第一章 出会い 1

「おはよう。」

 お母さんとお父さんも「おはよう。」と返してくれる。母は料理を作っていて、父はテレビを見ながら会社に行く準備をしている。すぐに朝食が出てきて、それを食べながらテレビを見る。いつもと変わらない日常。

 朝食を食べ終わると私も服を脱ぎ学校への行く準備をする。

「いってきます。」

 外へ出ると、住宅街が広がっている。静かな住宅街。歩いている人も、足音をたてていないような気がする。私もそれにならい、静かに学校へと向かう。住宅街を抜けて、大通りに出ると、会社に向かう人、学校へ向かう人など、たくさんの人が思い思いに歩いている。さっきまでの風景とは真逆で騒がしいといえる。

 学校に着くと校門には、生活指導の先生が立っていて、「遅刻するぞ。急げ!」と生徒を急かしている。でも、私はそんな声には従わずにゆっくりと校門を抜け、教室へと向かう。教室に着いたからとはいえ、私は中には入らない。人にぶつかったら困るからだ。

 私は人とぶつかってはいけない。人とぶつかりたくない。だって、私は……


 私は、


 これは、見えない存在として無視されているとか、実は幽霊というわけではなく、言葉通りに他の人からは見えないのだ。

 小学校に上がる前、透過症という病にかかり、私はその後一ヶ月で透明人間になってしまったのだ。これを知っているのは、今では父と母だけ。原因も治し方もわからない未知の病。担当してくれたお医者さんも、もう忘れているだろう。だから、知っているのは二人だけなのだ。

 この病は、触れるのに見えない。だから、人とぶつかるわけにはいかない。ぶつかれば騒がれてしまうかもしれないから。でも、私は学校へ人知れず通っていた。いつかもし、治った時に困らないように勝手に学校へ来ていた。でも、治るなんて思ってない。原因も分からないものが治るわけなんてない。だからこそ、私はこんな無駄なことをして苦しくなる。自分でしていることなのに苦しくなってしまう。こんな私に存在価値なんてあるのだろうかと考える。親以外とは話せない。働くこともできない私に、生きている意味なんてないだろう。こんなことばかり考えてしまうから、そう思うのかもしれないけれど、もう限界だった。


 もう、いっそのこと死んでしまおうかな……


 本当に爆発寸前だった。元気に友だちと帰る他の人を見ると今すぐにも死んでしまいたくなる。それに、この病気にかかって十八歳まで生きた人はいないとのことだった。そんな私は、今年十八歳になる。どうせ死ぬなら、遅いか早いかだけだ。そんなことを考えながら、いつものように人気のない路地を歩いていた。そこには一輪の花が咲いている。こんな隅で咲いている名も知らぬ花は、私と似ているような気がしたが、それはこの花に失礼だろう。

「あの……そこに誰かいますか?」

 しゃがみこで、花を見ていると私がいる方にむけて、そんな声が聞こえた気がした。

「あれ……居ませんか?」

「えっも、居ます。」

 恐る恐る答えてみた。間違いだったなら、幽霊だと思って怖がって逃げるだけだろう。この道を面白がって通る人が多くなるのは、少し迷惑だが仕方ない。

「よかった。誰かいるような気がしたから。」

 見えてはないようだ。そう思いながら、声のしている方を向くと、頭がいいと有名な高校の服を着た優しそうな男の人が立っている。

「見えてはいないんですよね。」

「あ、うん。見えてはないんですけど……あの、場所変えませんか?」

 それもそうだ。私は見えない存在なのだから、彼は誰もいないただ一輪の花が咲いてるだけの場所に話しかけていることになる。

 彼について行くと見覚えのある場所に来た。家の近くにある公園だ。静かな住宅街にある遊具もほとんどないこの公園なら、私と話すのにもちょうどいいだろう。

「ごめんなさい。いきなり。なんだか放っておけないような気がして。」

「いえ、大丈夫ですよ。」

 驚いてはいる。でも、誰かと話すのは家族以外の人と話すのは、幼稚園の頃以来で少し嬉しかった。

「幽霊なんですか?」

「いや、幽霊ではなくて……」

 彼に透過症についての話をした。今までずっと独りだったことも。

「それは辛かったですよね。一人で誰にも頼れないと。」

「そうですね。家族以外と話せないですし、家族と話すのも壁を感じるから、生きている意味が分からなくなってたんですよね。」

「他の人から見えないというのは、僕には分からない感覚ですけど、友だちが居ないから少しだけわかる気がします。」

 少し微笑んだその顔がこっちを向いて、目が合ったような気がした。これは、コンサートの中でアイドルと目が合ったように感じるといわれているあれだろう。そして、すぐに沈む夕日に目を向けた。

「もうそろそろ帰りましょうか。遅くなると心配されるでしょうから。」

「はい。そうですね。」

 彼の家もこの公園から近いようだったけど、私の家とは公演を挟んで反対側にあるようで、公園を出る時にはお別れだ。

「また、明日もここで話せますか?」

 まだ話していたいと思っていた私に、彼の優しい声が響く。

「はい。ぜひ、私もお話したいです。」

「よかった。これで、友だちですね。僕は貴女に絶対に気づきますから。」

「ありがとう……ございます。」

 照れてしまった。初めてそんなことを言われたし、私に気づいてくれると言われるのが嬉しかった。

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は、シロヤマ タケルっていいます。」

「シロヤマくん……私は、ヤマグチ ヒロコといいます。普通な名前ですよね。」

「いや、いい名前だと思いますよ。えっと、ヤマグチさんって呼べばいいですかね。」

「あ、はい。」

 名前で呼んでほしかったなと少し思ったけど、私が名字で呼んでしまったからしかたない。

「それじゃ、また明日。」

「うん。また明日。」

 私達は公演を後にした。自己紹介をしていたらほとんど陽は沈んでいた。

 初めてちゃんとした友だちが出来た。とてもとても幸せな気分で、スキップしながら家に帰った。スキップしていても、喜んでいても、他の人に気づかれることはないが、シロヤマくんなら気づいてくれるのだろうか。そんなことを考えながら眠りについた。

 いつものように学校に行って、あの公園に向かうと彼はまだ来ていなかった。進学校だから、終わるのも遅いのだろう。人を待つということは、私の記憶がある中で初めてでワクワクしていた。外で親に会うことはないし、会っても気づかれることはない。ドラマや漫画、小説の中でしかった待ち合わせは、こんなにもワクワクするものなのかと、普通の人が羨ましくなる。

「お待たせしました。」

 私に向けて声がとんでくる。それだけのことで幸せだ。

「いえ、待ってないですよ。」

「なら、よかったです。」

 その後は、ベンチに座ってたわいもない話をしていた。話といっても質問合戦になった。なにが好きなのか嫌いなのか、行ってみたいところはあるのか、してみたいことはあるのかなんて、お互いを知っていこうとしていた。その中で、私たちが同じ歳であることがわかった。

「あの、提案なんですけど。」

 突然の言葉に、今まで笑っていた私よ顔は多分、きょとんとしていて笑える顔になっていたと思う。

「敬語やませんか?」

「あ、はい。いいですよ。」

 敬語をやめる。これは仲良くなってきたという事でいいのだろうか。人と話すことに慣れていない私は、そんなことを考えていた。

「それじゃ、よろしくね。」

「はい!よろしくお願いします!」

 なんて、敬語で答えてしまったりして笑い合う。こんな感じ漫画とかにありそうな気がする。

 私達はその後も、土日以外の学校帰りに公園で話すようになった。シロヤマくんは友だちがいないと行ってきたけど、あれだけ優しくておもしろければ、友だちも簡単に出来ると思う。それでも、私と話してくれることが嬉しかった。でも、なんだか悪いような気がして、「友だちは大丈夫?」と聞いてみたことがあったけど、「大丈夫、大丈夫。」と軽く流されてしまったから、それ以降はその話について触れないようにした。といってもそんなことより、六歳の頃から他人と話していない私は、高校三年生になったこと歳で出来た、唯一の友だちという存在が嬉しくて仕方がなかった。

 こんな幸せなことが起きると知っていたら、死にたいなんて思わなかっただろう。

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