消えたアシアト追いかけて

柊羽

第1話

「ずっと一緒だよ」

最悪の目覚めだ。いつまでも子供じみた約束に捕らわれているなんて笑ってしまう。君は今僕の目には届かないどこかにいるのに。


幼い頃から芸能スクールに通っていた。親のエゴとか良く言う人も居たけど、いろんなものに触れてたくさんの人と話して自分の価値観を育てて欲しいという思いから通わせて貰っていた。勿論無理矢理では無かったし両親はなにより僕の気持ちを尊重してくれていた。なにより僕は歌やダンス、お芝居が好きだった。引っ込み思案な僕が礼儀を知り、感情をさらけ出すことが出来るのはスクールだけだったから僕は毎週たのしみだった。自分が一番になるとか評価とか割とどうでも良くて気の向くまま練習をしていた。そのうち僕のことを面白く思わない奴も増えてきていじめもあった。でもそれも相手の負け惜しみだと分かっていたし、それにへこんでいる時間が僕には惜しかった。そんな時彼はやってきた。

「こりゃ大物になるぞ…」

大人達が息をのむ。今まで僕が浴びていた賞賛の声は彼へと浴びせられた。これが原石なのだと。いや、これが磨かれた完成された宝石なのだと。僕も例外ではなく彼の芝居に引き込まれた。同じ世代にこんな芝居が出来る奴がいるのかと。産まれたルックスだけでなく実力の伴う俳優がいたのかと。評価なんてどうでも良い。でも初めて僕から逸れた期待の目線を僕に戻したい。いやコイツと対等に芝居がしたい。僕がコイツをもっと輝かせる相手になりたい。楽しい以外の感情で芝居をしたいと彼をみて思ったのだ。


演劇コースにいた子達は彼の演技をみて自分には無理だとやる気をなくした子が続出した。中にはスクールを退学したものもいたくらい、彼はたくさんの影響を与えた。それは良い影響と言えないかもしれないが、彼に食らいついていく覚悟がないならこれから先成長していく見込みもないだろう。それにこのスクールに宝石がやってきたのだ。これを逃す手はない。大人からすれば万々歳だ。たとえ数人の退学者が出ようと有名俳優を輩出すれば後には入学者が増える。そんな中僕が先生に伝えたいことは決まっている。

「先生、演技の練習をメインでさせてください」

先生は目を丸くした。それもそのはず。僕はこのスクール一番の優等生だから。歌、ダンス、演技どれを取ったて僕が一番優れた存在だからだ。それも演技は彼に一番を取られてしまったけれど。

「どうして?あなたは歌もダンスも上手い。これからもいくらだって成長できる。わざわざ演劇を選ぶ必要はないんじゃない?」

何度も言うけれど、僕は自分が一番じゃなきゃ嫌だなんて思ったことがない。ただ好きなことをしていたら前に誰も立っていなかっただけだ。だけど今は僕の前にいる。それに手を伸ばしてみたい、負けたくないと思う自分も。

「僕は彼を超えて彼をもっと輝かせる人間になりたいんです。主役になるのは僕じゃない。彼が良い。」

彼とはまだ話してもいなければ名前も知らないのに僕の決意は固かった。僕は彼と最高の舞台を作りたいと強く思っていたから。彼なら僕の芸能への思いを理解してくれるとなぜか確信していたから。

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消えたアシアト追いかけて 柊羽 @syuuha

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