壊れたオルゴール(残された一つ)

帆尊歩

第1話

部屋には壊れたオルゴールだけが残されていた。

妻はオルゴールが好きだった。

幾つものオルゴールを集めては、さまざまな曲を楽しんでいた。

その影響で娘もオルゴールが好きになり、親子でオルゴールを集めた。


諏訪にオルゴール博物館というのがある。

妻はそこがお気に入りで、結構な距離があるにもかかわらず家族三人でよく行った。

さまざまな曲のムーブメントが並び、自分でオルゴールを作ることが出来る。

そのせいでうちは、オルゴールだらけになった。

そんな事が当たり前の日常だった。

でも今となってはなんて楽しいい日々だったのだろう。

諏訪地方は諏訪湖を中心とした観光地だ。

ホテルや、温泉、そして御柱で有名な諏訪神社。

その諏訪神社の秋宮と呼ばれる近くにオルゴール博物館はあり、そこを中心に、家族で諏訪を訪れた。


何が影響したのかわからない。

はじめは単なる言い争いだった。

そのうち言い争いすらなくなった。

家の中には冷たい空気が流れ、そこで少しでも空気を和らげようとしたのか、オルゴールの音がよく鳴っていた。

ある時イラついて。

「うるさい」と叫んで、そのオルゴールを投げつけたことがあった。

当然オルゴールは壊れた。

そして今、目の前にたった一つ残されているオルゴールがそれだ。

それは私への戒めのつもりで置いて行ったのか。

壊されて、いらないから置いて行ったのか。

私への嫌がらせで置いて行ったのか。

それは今でも分からない。

でも私はテーブルの上に置かれた壊れたオルゴールを見つめる。


でも決して、触れることが出来ない。

そしてニメートル以上近づくことさえ出来ない。

もしこのオルゴールが、音を奏でることが出来るようになったら、妻と娘は戻って来てくれるのだろうか。

そしたらもう一度三人で諏訪に行って、オルゴール博物館に行って、入れ物とムーブメントを買って、自分好みのオルゴールを作って、三人で見せあうことが出来るだろうか。

また家の中がオルゴールでいっぱいになって。

「音が合わさって気持ち悪いから、順番だ」なんて言い合って、次はいつ行こうなんて、言い合っていただろうか。

もしのこのオルゴールが直せたら、それらが叶うなら、私はいますぐにでも諏訪まで行くだろう。

いや直してはいけないのかもしれない。

これは償いだ。


私は部屋の真ん中のテーブルにある壊れたオルゴールを見つめる。

今はまだ、触れることはおろか、近づく事さえ出来ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れたオルゴール(残された一つ) 帆尊歩 @hosonayumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ