第47話 社会人と社会人 親に報告
久しぶりに実家に戻った。お正月に戻った以来だから、だいたい二ヶ月と少しぶりだ。冬の寒さが少しましになってきて、春が近いんだろう。
まあ、この間から私はずっと人生の春を満喫しているわけですが。
「珍しいわね、何でもない日に顔を出すなんて」
「まあ、こっちで用があってさ」
特にイベントもなければ祝日でもない週末だ。母がいぶかしがるのも無理はない。
今日は、私は勇気を出して帰ってきた。涼子ちゃんにプロポーズされて、それぞれが親に話して反応を見ようと決めたのだ。
とりあえず今日は涼子ちゃんが相手とは言わずに、ほのかに匂わすくらいで終わらせるつもりなので、何でもない風を装っている。
今までは涼子ちゃんと遊ぶって言う説明ばかりだから、浮いた話の一つもない人間だと思われていると思う。だけど幸いと言うべきか、お母さんが私にいい人いないの? みたいなことを言ってきたことはない。
でも世間的に、そろそろ結婚を視野にいれてもいい年齢だ。ひそかにお母さんも気にしているはずだ。それとなく探りをいれよう。
「ていうか、まだ決定事項ってわけじゃないんだけど、さ」
「ん? なに? 何かあるの? もしかして海外に転勤とか?」
「いや、ないから。そうじゃなくて……その、そろそろ、結婚したいなぁ、と思う人が、いるのよ、実は」
「え? あなた結婚するの?」
「まあ、すぐじゃないんだけど。お互いにそう言うことを考えてる段階って言うか」
あいまいに濁す。結婚する意志はお互いにあるわけだけど、戸籍的には夫婦ではないし。色々と、例えば養子縁組とか、そういうのも一つの手でもあるけど、まだ決めてないからね。
って、あれ? お母さん、驚くとか、喜ぶならわかるんだけど、何で顔しかめてるの? え? 怒るって可能性あるの? 黙ってたのか、みたいな? 今まで聞いてきたこともないのに?
「由美子……あなたももう、大人なんだから、決めたことに、親があまり干渉するのはよくないと思うんだけど、一つ聞いてもいいかしら」
「え、な、なに?」
「涼子ちゃんのことは、どうするつもりなの? ちゃんと話して、納得してもらっているんでしょうね」
「え? りょ、涼子ちゃんは関係ないじゃない。何言ってるのよ」
いや、思いっきり当事者なんだけどね。唐突に名前を出してきたから、思わず否定してしまった。
だけどそんな私に、お母さんは机の上に置いていた右手で、イライラしたようにとんとんと机をたたきだした。
うわ。これ、滅多に見ないけど、めっちゃ怒ってるときの反応だ。え、何で?
「由美子、あなたね、いくらなんでも、そんな子に育てた覚えはないわよ。いくら相手が年下だからって、そんな風にもてあそぶなんて、見損なったわ」
「え? えっと、え?」
年下をもてあそぶ? って、涼子ちゃんのこと? え? なんで? あ、もしかして涼子ちゃんと同居し始めたところなのに、結婚してその家を出ることを考えているって言ったから?!?
それは確かに、涼子ちゃんが相手だからそのまま住むつもりだったけど、そうじゃなければ引っ越すか、涼子ちゃんを追い出すつもりと取られても仕方ない。うう、話の持って行き方失敗したなぁ。
「ご、ごめん。えっと、涼子ちゃんの住居のことなら心配ないわ」
「は? 意味の分からないことを言わないでよ。恋人だったんでしょう? それどころか今も一緒に住んでいて、彼女は今もあなたと恋人のつもりなんじゃないの?」
「え?」
え? 彼女って、え? 明らかに、涼子ちゃんのことを、言ってる、よね? ……え? ばれてたの?
「な、え、お、なん、なんで、し、知ってたの!?」
「まあ、別にあの部屋、防音でもないし、前を通るときは聞こえるもの」
「!?」
え、あ、だ、だ、だい、じょう、ぶ。だって、うん。そういうことは、ちゃんと、いない日にしか、してないし。うん。
でもちょっと、キスとか、会話とか、ちょっと、死んだわ。
「とにかく、涼子ちゃんと別れるなら別れるで、ちゃんとしなさい」
「は? ふざけないで。別れるわけないでしょ。って、えっと、なに? 私たち何の話してるの?」
別れると言う単語に、つい強く返してしまったけど、ちょっと待って。お母さんはどういうつもりなの?
私の心理的ダメージはともかく、知ってたとして今まで何も言ってこなかったんだ。それで、今私が結婚するって言ったら急に怒ってきた?
パターンは二つね。まず一つ目。認めてくれていて、恋人を捨てると思って怒った。二つ目。女同士でいずれは別れると思っていたけど、ちゃんとしないのはダメでしょ。どっちだ?
お母さんのセリフだけだと二つ目にも思えるけど、私が結婚するって言ったから、同性でできない=他の人を選ぶと思って言ったと仮定すれば、一つ目と思えなくもない。
「何の話って、由美子が結婚するつもりで、涼子ちゃんと別れるって話でしょう?」
「だから別れないって。私は、涼子ちゃんと結婚するつもりなの」
「結婚って……できないでしょ」
「戸籍的には無理だけど、そういう気持ちでいるってこと」
「……そう。それならまぁ、好きにしなさい」
「あ、うん……」
頷いて、それから、あまりにスムーズに話が終わったことに、遅れて驚いた。
え、何なのこの展開。全く予想外すぎる。予定では軽く匂わして、徐々に涼子ちゃんとのことを察してもらうはずだったのに。なんで涼子ちゃんと結婚したいって言って、好きにしろって言われてるの?
あー、まぁ、うん。最終的にはそのつもりだったし、受け入れてもらえたのは、素直に嬉しい。もし反対されて、別れろって言われても絶対別れたくない。場合によっては、お母さんと距離を置くようになることも視野に入れていた。でもできるなら、認めてほしいと思っていた。これ以上ない結果だ。
「あの、お母さん。反対されなくて嬉しいけど、なんで普通に涼子ちゃんとのこと認めてくれたの?」
「普通にって言うか……私も最初気づいたときは悩んだわよ。でも、時間があったからね。それにもうずっと長い付き合いだし、そりゃ、諦めるわよ」
「そ、そうなんだ」
「ええ。最初はもう、小学生に手を出してるって、すごい悩んだのよ? でも、涼子ちゃんの方がノリノリだったし、若いころのことだしって、流してたのよ。でもそれが長く続いて、本気だなってなって、まぁ、認めるしかないじゃない?」
「っ……そ、そう、なんだ」
死にたい。何それ。小学生の時からばれてた。しかも涼子ちゃんに押されてたのもばれてた。死にそうって言うか死んだ。
「まぁ、でも結婚できないし子供もできないし、適齢期になったから別れるって言うなら、それも否定するつもりはなかったけど。でも彼女の青春を束縛しておいて、自分の都合で軽く捨てるなんて、さすがに人としてどうかと思って、怒ってたのよ。でも覚悟決めて添い遂げるなら、私から言うことはないわ。好きにしなさい」
お母さんの言葉は、知られていた恥ずかしさはそのままだけど、でもじんときた。涼子ちゃんとは全然違う意味で、お母さんにはかなわないな、と思った。全部知られて、その上で見守っていてくれたんだ。
この感謝を、ちゃんと伝えよう。もう子供じゃないんだから、ちゃんとしないと。
「あの、ありがとう……。あの、私、本気で、涼子ちゃんと愛し合ってます。一生を、共にしていこうと思ってるんです」
「え? あ、うん。別にわざわざ私に言ってくれなくても、本人に言ってあげて?」
「あの、真面目に話しているから」
「あ、ごめんなさい」
首を傾げられたけど、眉をしかめるとさすがにお母さんも真顔になって、姿勢を正してくれた。私だって恥ずかしいんだから、そこは察してほしい。
私は咳ばらいをしてから気を取り直して口を開く。
「あの、それで、今まで、本当にお世話になりました。ありがとうございました。これからも、幸せになるから、見守っていてください」
そして頭を下げる。そこまでする気はなかったけど、気づいたら自然に、おでこが机につくくらい下げていた。そんな私に、普段聞かないお母さんの声がかけられる。
「……はい、見守っているので、幸せになって下さい」
顔を上げると、見てるとむずがゆくなるような、優しい顔をしていた。誤魔化すように、つい笑ってしまう。
「何でお母さんまで敬語なの?」
「うるさいわね。照れくさいからよ」
こうして、私の親への報告は何事もなく終了した。
翌日、帰宅して涼子ちゃんと結果報告をすると、涼子ちゃん側も察せられていたらしく、スムーズに話が進んだとのこと。
何とも恥ずかしいけど、でもそりゃあそうか。私たちは、ばれないようにと親の前では友達と言って、態度にも気を付けていたつもりだった。でも実際には殆ど毎週デートして、二人で旅行もしたり、ついには一緒に住んでいるのだ。全く思っていない方が、鈍感だったのか。
恥ずかしい。全然気づかなかった。
「私の方は、結構オープンな感じでしたけどね。明確には言葉にしませんでしたけど、今日もデートとか普通に言ってましたし」
「なんなの、この私だけ恥ずかしい暴露大会みたいなの」
「そんな大げさな」
大げさじゃない。でも、まぁ、いいか。これで親と言う、一番デリケートかつ大きな難関を超えたのだ。ここまできたらもう、結婚に向けての障害なんてないに等しい。
「なんにせよ、これで後は式の予定ですね」
「え、ちょっと気が早くない?」
「式場の予約は、人気があるとこだと一年前でも取れにくいみたいですよ」
「え、そうなの?」
「そりゃあ、まぁいい日悪い日もありますからね」
「それもそうね。じゃあ、具体的に考えていきますか」
「はい。まずドレスからですね」
「何でよ。時期とか予算とか、規模でしょ」
予算無制限じゃないんだから、ドレスは計算して使える費用内で考えないといけない。先にすごい豪華なのを見てしまったら、後から他のがみすぼらしく感じたら損だ。
一生に一度の結婚式なんだから、100%満足したい。
力説する私に、涼子ちゃんは軽く微笑みつつも肩をすくめた。
「ま、私は基本的に由美子さんの好みに合わせますよ」
「えぇ? なんでそんなこと言うのよ。涼子ちゃんにとっても、最高の式じゃなきゃ意味ないのよ? わかってる?」
「わかってますけど、私は由美子さんが私の隣にいてくれる結婚式ってだけで最高なので」
「……なんかちょっと、ずるくない?」
「そうですよ? 私はずるいんです。キスしてくれてもいいですよ?」
「馬鹿。自分でずるいとか、言うんじゃないわよ」
でもキスはするけど。
結婚式の予定は、すぐには決まりそうもない。でも考えている時間も楽しくて、きっと結婚式も、どんなふうになってもいい思い出になるだろうなって、確信した。
おしまい。
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