第46話 社会人と社会人 プロポーズ

 涼子ちゃんのプロポーズを受けた私は、顔が熱くなるほど泣いてから、ようやく涙を止めることができた。


「う、うぅ、ご、ごめんね。情けなくて」

「構いません。由美子さんが泣き虫なのは、知ってますから」

「な、なによ。泣き虫って。私そんな頻繁に泣いてないわよ」

「頻繁ではないですけど。まぁ、それに、普段から由美子さんは、すぐ怒って、すぐ笑って、そう言う感情を隠さないところが、私は好きなんです。だからいくら泣いたって、余計好きになるだけです。気にすることないですよ」

「……フォローしてくれてるつもりかもしれないけど、複雑」


 感情的で隠すこともできない子供ってことじゃない。どういうことなの。これでも職場では、教育係も任されてるし、仕事でも頼られること増えてるんだけど。そういう事じゃないってのはわかっているけど。


 だけど思わず膨れてしまう私に、涼子ちゃんはにこっと笑って頬にキスして、そっと背中に回していた手を下ろした。そして私の左手の指先をひっかけるように握って持ち上げる。


「由美子さん、改めて、言います。私と一緒になってください」

「っ、はい! 喜んで!」


 ぎゅっとその涼子ちゃんの指先を握り返しながら、私は笑顔で応えた。それに涼子ちゃんも、さっきまでの包容力に溢れた笑顔じゃなくて、ぱっと花が咲いたみたいな年相応の弾けた笑顔になる。


「やた! 由美子さん愛してる!」

「私も!」


 お互いに、どちらともなく抱きしめ合う。ぎゅっと抱き合うと、その暖かさが、この幸せが夢ではないと告げるようだ。


「うぅぅ、りょうこちゃーん」

「あれ、また泣いてます?」

「な、泣いてないわよっ。もう、涼子ちゃん。こんな時まで、意地悪しないで」

「すみません。意地悪のつもりはないんですけど。愛です」

「愛で何でも誤魔化されないわよ」


 泣きそうになったけど、さっきみたいに会話も難しいレベルじゃないんだからスルーしてくれたらいいのに。わざわざ突っ込みをいれるなんて。

 もうほんと、涼子ちゃんのこういうところは……こういうとこも好きだけど、でも、プロポーズしてくれたとこなんだから、空気読んでよね。


 抱き合うのをやめて、普通に戻る。何となく手を涼子ちゃんの膝に置くと重ねられので手を繋ぎながら、涼子ちゃんは笑う。


「えへ、すみません。でも、本当に嬉しいんです。受け入れてくれて」

「わかるわ。頭では両想いってわかっていても、やっぱり、不安だもの」

「そうなんです。だって、由美子さんは、年々大人で魅力的になっていくから、本当、私は気が気じゃないですもん」

「え、そ、そんな風に思ってたの?」

「はい。だから早くプロポーズしたのは、由美子さんの為でもありますけど、私の為でもあります」


 不安感から、他の人に目を向けられないように、何ていうとさすがに女々しくて引きます? なんて冗談めかして涼子ちゃんは言うけど、う、うっそだー。

 私が年々魅力的になっていくとか、私の不安を読んでお世辞で言ってるんじゃないの? と勘繰りたくなるくらいだ。


 別に、そんなパッと見は皺とかないけど、白髪が気になるくらいには生えてきているし、疲れると目の下に年齢が出る時もある。肌の水をはじく力も、何だか昔ほどでない気もする。地味にだけど、ふいにあれ、年取ってきたなって感じる、このダメージ、わかってないの? わかっていて言っているならさすがに殴るけど。

 あとこれは気づいてないと思うけど、傷の治りが遅くなってきた。料理中にちょっと火傷するくらい、何回もあったことなのに、一か月前にした火傷、うっすらまだ跡が残っているのよね。ひどめの症状だったけど、これは結構堪えてて、最近一番気になる部分だ。


 と、そういう訳で私としては老化を感じている。人間の肉体のピークは間違いなく20前後。

 そんなピークの涼子ちゃんに、年々魅力的とか言われても……嬉しいけど、もろ手を挙げて信じて喜ぶようなことにはならない。


「あれ? なんでそんな胡乱な目を向けられてるんですか?」

「いや、私としては、年々魅力的で、捨てられるんじゃないかって思ってたのは、私の方だから」

「まぁ、さっきのネガティブ発言で気づきましたけど。だからちょっと前倒ししたわけですし」

「あ、そう言えば晩御飯の時に、とか最初に言ってたわね」

「はい。でも、あんなに由美子さんが泣く事考えたら、ご飯時は避けて正解でしたね」


 せっかくのご飯、冷めたらもったいないですもんね、とか言われた。それはその通りだけど、何だろう。怒ればいいの? 泣いたのは事実だけど、それを受け入れて普通に計算に組み込んで発言されると、何だろう。とても複雑です。泣く前提かい、みたいな。


 ジト目で見ると、涼子ちゃんはわかっているのかニコニコ笑顔のまま、繋いでいる手に左手も重ねてぎゅっと握りながら、ぐいと上体を寄せてきた。思わずのけぞるけど、お構いなしで涼子ちゃんは口を開く。


「それはともかくー、これからは、もうネガティブ発言しないでくださいよ? 私に愛されていることを自覚してください」

「う。これからは、気を付けるわ」


 確かに、不安を払しょくしてほしくてつい言ってしまうけど、聞いている方はいい気持ちじゃないわよね。まして決定的な言葉を言ってくれているんだから、涼子ちゃんが言う通りだわ。自信を持たないのは、涼子ちゃんの決死のプロポーズを信じないのと同じことだものね。


「これからのことは、また話し合いたいと思いますけど、とにかく今日から、私たちは新婚家庭になるんですから」

「し、新婚……そ、それはちょっと気が早いんじゃない?」


 今までも、新婚みたいだと思うことはあったし、涼子ちゃんがそんな感じの言葉を口に出すたび嬉しかったけど。でもプロポーズ受けてその日から新婚は展開早すぎでしょ。


「何言ってるんですか。戸籍にこだわらない私たちは、気持ちがゴールインしたらもう、全てゴールインですよ。あ、式とかそういうのも、おいおい話し合いましょうね」


 全てゴールインとか、もう絶対勢いで物を言っているでしょって思うけど、正直、嬉しい。それに式も視野に入れてるんだ。写真だけでもって思っていたけど、やっぱり参加者が少なくてもやってみたいって憧れはあるのよね。


「そ、そうね。じゃあ、新婚……し、新婚」


 照れる。今までは軽い気持ちで、新婚さんごっこみたいなことしてたけど、実際に新婚なんだ。って思うと、異様に照れる。涼子ちゃんと結婚、新婚。ってもう何もかもが幸せにしか考えられない。

 思わず目をそらす私に、涼子ちゃんは軽くキスをして気を引いてくる。


「由美子さん、新婚ですよー、新婚。何します?」

「何するって、とりあえず、ケーキ買いに行く?」

「それもいいですけど、そうじゃないですよ。せっかくなんですから、こう、裸エプロンするとか、そういう新婚らしいことしましょうよ」

「それはもうしたじゃない」

「私がしただけなので、今度は由美子さんにお願いしたいです」

「嫌よ。馬鹿じゃないの? この寒いのに」


 新婚って言葉の勢いで何でも叶えると思ったら大間違いだからね? だいたい、その時も言ったけど、裸エプロンで料理とか危ないでしょ。

 涼子ちゃんのことは好きだけど、そういう危ないこととかはNGです。


「じゃあ、ベッドの上ならいいですか?」

「……え? ベッドの上でエプロン着ろってこと?」

「そうです。新婚初夜なんですから、いいでしょう?」

「えー……」


 初夜って。その言葉は照れくさいし、かなえてあげたい気がしないでもないけど。でも、エプロンでそういう事する自体が抵抗あるって言うか。ベッドに入れることに対して汚い気もするし、エプロンが料理以外のもので汚れるのもちょっと。

 あと、そこまで裸エプロンに思い入れを持っているのも引く。新婚初夜って言うちょっと胸が高鳴るワードなんだから、普通にしててもいつもと違って新鮮な気持ちでできると思うんだけど。と言うか逆に、初夜がそれで本当にいいの?


 と言うことを真顔で、涼子ちゃんが今にも覆いかぶさろうとしてくるのを制して説明した。しょんぼりしてしまった。


「……はい、そうですよね」


 そ、そんなに落ち込む? それそんなしたかったの? もしかしてプロポーズとくっつけてそれもずっと企んでいたの?


「あの、何も絶対裸エプロンは嫌って言ってるんじゃないわよ?」

「え? そうなんですか?」

「まぁ、暖かくなって、ソファで大丈夫になって、新しいエプロンを買えば」


 そもそも涼子ちゃんの時も、新しいのを自分で買ってきてたし、それ以降、全く使う様子ないからスルーしているだけだから。

 涼子ちゃんはどうもそういう、普段と違う衣装が好きなようで、色々と用意してくることがあるので、もう私も慣れた。だからどうしてもと言うなら、馬鹿みたいな格好だけど、新婚になる前でもしたのに。


「え? そうなんですか? 私の時、普通に怒ってたから、エプロンは嫌なのかと」

「怒ってたのは、裸で揚げ物しようとしたからでしょ。危なすぎるわよ。裸エプロンは百歩譲っても、その恰好で料理はしないから」

「えー? じゃあ百歩譲って、水着着てもいいですから」

「危ないって言ってんでしょうがっ」


 水着とかそういう問題じゃないから。防御力の話をしているのであって、露出面積の話をしてるんじゃない。頭にチョップしてやる。人の話は聞け。


「うーん。裸エプロンと言う異常にエロイ格好で、平然と料理をするというシュールエロをしたかったんですけど」

「危ないからね?」


 そして、危なさを差し引いたとして、裸エプロンで後ろから見つめられて、平然とできるわけないでしょ? 馬鹿なの?


「ねぇ涼子ちゃん、新婚初日から、こんな馬鹿な話で終わらせたくないから、話変えない?」

「そうですね、仕方ないので、その流れに乗りましょう」


 仕方なくない。さっきのプロポーズで感動した流れで、もっとロマンチックな一日になることを期待するのが自然でしょうが。

 だいたい、あのプロポーズでいい雰囲気なところに、いきなりこんな下の話ばっかりする人いる? ……あ、なんかいらっとしてきた。


「涼子ちゃん、今日一日くらい、いいムードのままできなかったの? 私、もしかして怒ってもいいとこ?」

「いえ、怒るのはやめてください。私も、別に、最初からプロポーズにかこつけて色々しようと思っていたわけじゃありません。プロポーズはプロポーズとして、真剣にしました」

「それは、信じるけど」

「でも正直、その後の流れはテンションあがって調子に乗りましたけど。でも愛ゆえなので許してください」

「あんまりそれを言うと、愛って言葉の価値下がるから、やめてくれない?」


 愛してるって言われるのは嬉しいけど、愛ゆえにって、誤魔化しの時しか聞かないし。


「えー? 私の愛は、いくら言葉に出しても目減りしませんよ?」

「残念ながら、受けとる私の器までしか意味がないから。私の器がどんぶりからお茶碗になれば、涼子ちゃんがバケツ一杯持ってきても、意味ないのよ」

「んー、何気に深いこと言われた気がします」

「そう? とにかく、涼子ちゃんの愛を受け取る器は、今25Mプールくらいしかないから、気を付けてね」

「はい。由美子さんが私のこととても好きなのはよくわかりました」

「馬鹿ね。涼子ちゃんの愛が多すぎただけよ」


 まぁとりあえず、お互いに満足いくまで愛し合っているのは間違いない。これをキープしていくことが、一番重要だ。

 涼子ちゃんが言うように、これから新婚夫婦になったのだから、これからはもっと、涼子ちゃんの愛を信じて受け入れていこう、そして逆に、私の愛も信じてもらえるよう、頑張ろう。


「涼子ちゃん、改めて、これからもよろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 そうして自然な流れでキスをしながら、私たちは永遠を約束した。


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