第44話 女子大生と社会人 温泉旅行 後編
「さ、お風呂よ、涼子ちゃん」
「はい。当然のように一緒に入るんですね」
「当たり前じゃない。温泉旅行に来た女性二人が、別々にお風呂に入るなんて、そんな不自然なことがある?」
食後の休憩をしてから、そろそろかと支度をしながら促したら、涼子ちゃんは何故か苦笑気味だった。
わざわざ時間ずらすなんて、普通に考えて、逆におかしい。なんてね。共有風呂ならともかく、家族風呂なんだから、別に人に知られるわけじゃないし、不自然と言うほどでもない。でもこれが、恋人となるともう不自然でしかない。
というか涼子ちゃんだってわかっていたでしょうに、なんでちょっともったいぶってるのよ。
「だいたい、普段は嫌って言っても乱入してきたりするくせに、何なのその反応は?」
「まぁ、一緒に入ること自体は嬉しいんですけど、何というか、調子が狂います。嫌がっているのを若干無理強いして一緒に入るのが楽しいんですよ」
「最低な趣味ね」
まぁ、私も嫌がりつつ強引にその後の展開にもっていかれるの、嫌いじゃないけど。むしろ好きだし、外から声かけられた時点で期待しているわけだけど。まぁ、それはともかく。
「とにかく、今日は一緒に入るわよ」
「はい、お背中流させていただきます」
「苦しゅうないわよ」
涼子ちゃんをともない、お風呂へ向かう。源泉からひかれているらしく、入っていないときも常にお湯は出ている。なのでいつでも熱々のお湯がはられている。最高。
まずはいつも通り、普通に掛け湯をして体を温めてから、体と頭を洗う。お互いに洗いっこする時に、多少じゃれ合うのはご愛敬だ。少し体がほてってきた。
すっかり汗を流して清めてから、湯船につかる。普通に二人が並んで入るに十分な大きさのお風呂なわけだけど、涼子ちゃんたら家でのお風呂のように私の足の間に入ってもたれてくる。
背を越されてから、普段はすっかり涼子ちゃんに肩を抱かれて抱き上げられたりする様になったけど、お風呂の中では昔と変わらず、私の腕の中にいる。それはどこかくすぐったくて、とても愛おしい。
「涼子ちゃん、いい景色ね」
「はい、最高です。由美子さん、もっと、ぎゅっと、してもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
涼子ちゃんのお腹の前にまわした腕に力をこめて、涼子ちゃんを抱きしめた。お湯の中なので、涼子ちゃんはまるで昔のままみたいに軽くて、だけどおでこが当たるのは頭じゃなくて、肩だ。それが少しだけ寂しいような、だけどとてつもなく嬉しくて胸が熱くなるような、不思議な感覚だ。
体がこんなに変わるほど、長い時間を一緒に過ごしてきたのだと実感する。そしてこれから、その倍以上を一緒に過ごすのだと思うと、涙が出そうなほど、嬉しい。この喜びを、なんと言おう。
馬鹿みたいだ。自分で用意した雰囲気のいい状況で、自分で感傷的になっている。だけどしょうがないじゃない。だって、自画自賛するほど、二人きりで景色のいい露天風呂に入っているというこのシチュエーションは、最高なんだから。
「あれ? 肩冷たいんですけど、もしかして泣いてます?」
「う、うるさい、わね」
「え、ちょ、まじでなんでですか? 今は身も心も温まるシーンだと思うんですど」
そんなの、自分でも説明できない。涼子ちゃんを強く抱きしめて、こすりつけるようにして涙を止める。
「ふぅ、ちょっと、感傷的になっただけよ」
「えー。普通にこの景色に感動しますし、控えめに言って最高ですけど、泣きます? とりあえず抱きしめるのやめてくれます? 慰めますから」
「いらないわ。手を離すけど、ちょっと退いて、待っててくれる?」
「え? は、はぁ」
涼子ちゃんを退かせて、湯船から出て、いったん脱衣所に戻る。隅の箱からセットされている桶を取り出して、そっと湯船に戻る。
「なんです? 何を……え、お酒ですか?」
「そうよ。せっかく涼子ちゃんが二十歳になったんだから、こうしてのんびりお酒を飲むのが、今回の旅の目的なんだから」
「あ、そうだったんですか。それで家族風呂なわけですね」
「ええ」
せっかくの初めての飲酒なんだから、特別な演出をしたいと思うのが当然だ。自室でだらだらとか、絶対ダメ。まして居酒屋でとか論外だ。なので二人きりで特別な場所で、と言うことでここです。
色々考えた結果だけど、我ながらベストチョイスだ。
湯船につかって、水面が落ち着いてからそっと桶を浮かべてみる。あ、ほんとに浮かんだ。すごい。
「さて、じゃあいただきましょうか」
「う、うーん、大丈夫ですか? 泣いてましたし、今日はちょっと情緒不安定なのでは?」
「大丈夫よ。あーすごく長く一緒にいるなって実感して、涼子ちゃんへの愛しさが溢れただけだから」
「そうなんですか? まぁ、大丈夫ならいいですけど、ほんと、泣き虫ですよね」
「もう、意地悪な言い方しないで」
「まぁまぁ。とりあえず、そういう事ならいただきますよ。でも私、まだお酒って飲んだことないんですよね」
「あら、そうなの? てっきり、家とか友達とで軽く飲んでると思ったわ」
二人で飲む最初なのでと気合を入れはしたけど、誕生日当日ではないし、友達や家族でも祝っているだろうから、その際に飲んでいると思っていた。嬉しい誤算だ。
「お酒を飲む由美子さんは可愛いですけど、私はお酒で失敗したくないので」
「……」
え、私そんな失敗してる? 確かに最初はちょっと失敗したけど。それ以降はそんな、失敗とかしてないわよね? ほどほどに飲んでるわよね? やだ、こわいから考えないでおこう。
「ま、お風呂の中だし、少しだけよ。さ、注ぐからもって」
「ありがとうございます」
露天風呂と言えば、日本酒である。涼子ちゃんに小さなおちょこを渡す。ちなみに落としたりしても大丈夫な竹製だ。可愛い。
そっと注いでから、自分の分もささっと注ぐ。これで準備は万全だ。
「さ、それじゃあ、そうね、涼子ちゃんの二十歳のお祝いとして、乾杯しましょうか」
「それより由美子さんの可愛らしさに乾杯しましょうよ」
「却下。はい、誕生日おめでとう、涼子ちゃん、乾杯」
「乾杯。ありがとうございます」
カツ、とおちょこを合わせてから、そっと飲み込む。
きれいな夜景をバックに、色っぽい涼子ちゃんを見ながら口に含んだお酒は、何とも言えない味だ。フルーティな感じで飲みやすい。飲み干して息をはいてから、酒精がもれてしまわないよう、思わず口元を押さえてしまって、少し笑ってしまう。
「うーん、思ったよりは、そんなアルコール臭はしないですね。でも、飲むと結構来ますね」
「口に合わなかった?」
「お酒自体初めてですから、こんなものなのか、わかりません。でも、美味しそうに飲んでる由美子さんは、美味しそうですね」
「酔ったの?」
「さすがに酔ってませんけど、酔うのは恐いので、一杯だけで止めておきますね」
え? だいぶ残っているんだけど。私も強いほうじゃないし、残り1合も日本酒飲んで酔わない自信はないんだけど。まぁ、大丈夫か。1合なら悪酔いしてしまうほどじゃないし。
「じゃあ、私がいただくわね」
「そうはいきません」
「え?」
「酔いつぶれられたら困るので、お風呂をあがって、ベッドでゆっくりしてから飲みましょう」
「えー? せっかくの露天風呂でのお酒なのに?」
「もう一杯くらいならいいですけど、強くないのに、お風呂でこれ以上飲むのはやめてください。倒れられたら困ります」
「うーん」
さすがに大げさだけど、でも私もお風呂で飲むのは初めてだし、調子に乗らない方がいいのはわかる。しかたない。もう一杯を存分に味わおう。
「さ、今度は私がついであげます」
「あ、ありがと、涼子ちゃん」
涼子ちゃんをつまみにゆっくりと飲んで、お風呂から上がった。そして涼子ちゃんが望むようにベッドでゆっくりした。
結局疲れて、その後お酒を飲むどころではなかったけど、涼子ちゃんも満足してくれたみたいだし、涼子ちゃんはあんまり飲まなかったけど美味しいと思ってないのに無理強いしては意味がない。私は美味しくいただいたので、それで良しとする。
こうして一泊二日の温泉旅行は終わった。
「涼子ちゃん、楽しんでくれた?」
「もちろんです。最高の誕生日プレゼントでした」
「ほんとに? 毎年同じこと言ってくれるから、不安だわ。結局、お酒はあんまりだったみたいだし」
「それはそれです。毎年最高なんですから、しょうがないじゃないですか。あと、お酒をのんで乱れるのが、少し怖いので」
「あら、そうなの? じゃあ今度は、お家で、遠慮なく飲んでみましょうか」
にっこり笑うと、涼子ちゃんはしょうがないなとでも言うように苦笑して、今度の約束をした。
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