その後の話
第43話 女子大生と社会人 温泉旅行 前編
涼子ちゃんの栄えある二十歳のお誕生日がやってきた。当日は当然お祝いするけど、平日だったので週末の本日、私たちはお祝いを兼ねて隣県の温泉旅館へとやってきていた。
「け、結構雰囲気のある宿ですね、いいんですか? 本当に」
「いいのよ。社会人をなめないことね」
お誕生日のお祝いも成人のお祝いも兼ねているので、当然費用は私もちだ。こちとら、すでに四捨五入することでアラサーと呼ばれる年齢なのだ。特別な日の奮発として、このくらい訳はない。
宿が見えてから入るときはまだ委縮したような涼子ちゃんだったけど、廊下を歩いて中庭の美しさに見惚れ、部屋に案内されて、そのシンプルながらも雰囲気のある感じにテンションを上げだした。
「わー、ひろい! なんですかこれ! スイートルームですか!?」
「ふふふ、いいでしょう」
ちょっと遠方まで足をのばしたかいがあるというものだ。よくあるビジネスホテルみたいな、一室なんて寂しいものではない。寝室、和室、洋室とそれぞれがそれなりに広い。その上、何といっても目玉は特別だ!
私は涼子ちゃんの驚きと喜びに満ちた顔を想像しながら、広い今の奥の窓ガラスに向いて外の景色に声を上げている涼子ちゃんに、扉をあけながら呼びかける。
「ささ、涼子ちゃん、これ見てこれ」
「ん? なんですか? そっちの部屋は何の……え? お、お風呂ですか?」
「イエスっ! お風呂です。専用の、露天風呂です。どうどう? 素敵でしょ? 惚れ直したでしょう?」
「お、おお、す、すごすぎて恐いんですけど、どれくらい高かったんですか?」
「大げさね。普通の部屋の倍もしないわ」
これは私も調べて意外だったのだけど、意外と安かったのだ。もちろんもっと高いのもあったけど、別に時期も特別観光シーズンでもないからか、二人で片手ははみ出るけど、交通費やもろもろの諸経費をいれても二ケタには届かないのだ。こういう特別室って、二ケタ前提かと思っていた。
「そうなんですか? ……いや、だまされませんよ、この旅館の普通の部屋に比べてでしょう」
「そんなことないけど、具体的には言えないわ。プレゼントだもの。あんまり値段を気にしないで」
値段をずばりそのもの言えるわけがないので、気になる気持ちはわからなくもないけど、そこは察してほしい。
もちろんお風呂からの景色も最高だ。街を一望できて、山脈の広大さも一目でわかる。実に素晴らしい。写真で見ていたけど、実際に見ると想像以上に気持ちいい。
「さぁ、じゃあとりあえず、まだ時間も早いし、外に出ましょうか」
「は、はい」
チェックインはしたものの、まだ夕方だ。昼食を食べてゆっくりしてから出発したので、まだ夕食まで時間はある。
軽く、温泉街をぶらぶらする。多少不安顔だった涼子ちゃんも、お店を冷やかしたり、神社を見て回ったりするうちに忘れてくれたようで、いつもどおりの笑顔になった。
歩き疲れて宿に戻ってきたところで、夕食の準備はできているみたいなので、帰ってそうそうだけど予定通りに運んでもらうようお願いする。
「あ、涼子ちゃん、もしかしてもう、お守りつけてるの?」
「へへ、そうですよ。可愛いですもん」
トイレをして戻ると、席についていた涼子ちゃんは、携帯電話にさっき買ったお守りをつけていた。
普通の長方形じゃなくて、ころっと丸い形で可愛いのだ。恋愛成就と言うことで、お互いに買いあった。もう成就しているのでは? とは思ったけど、それはそれだ。
「失礼いたします。お食事をお持ちしました」
「はーい、どうぞ、お願いします」
涼子ちゃんの隣に座ったところで、ちょうど外から声をかけられたので、そのまま入って運んでもらう。案内してもらう時にも会った、深緑の着物の仲居さんだ。お母さんよりは年下だろうけど、結構年配っぽいのに、小柄でどことなく可愛らしい感じだ。こうやって見ると、着物も結構いいなぁ。涼子ちゃんが成人式の日に着る着物、私も選ぶのにかませてもらえないだろうか。
「では、ごゆっくり」
仲居さんがいなくなったので、改めて涼子ちゃんに微笑みかける。実においしそうな食事だ。これは涼子ちゃんも大喜び……ん?
「どうしたの? 涼子ちゃん。ほっぺたなんて膨らませて」
わざとらしく頬に空気をつめている涼子ちゃんに、吹き出しそうになるのをこらえて、そっと人差し指で頬をつんつんする。可愛い。
もう二十歳になるけど、全然子供っぽい仕草が似あっていて、最高に可愛い。なのにいざとなったら格好いいとか、もう反則なくらい最高な恋人だ。
「どうかしたの? じゃありませんよ。なんですか? 仲居さんをじっと見て。年下の恋人を目の前にして、熟女に見とれるとか、おふざけが過ぎるんじゃありませんこと?」
別に見とれてたわけじゃないけど、何故急にお嬢様風? ていうか、熟女て。
まぁ、いいか。涼子ちゃんの誕生日祝いできているのだ。ここは過剰にラブラブする方向でいこう。
「馬鹿なこと言わないでよ。私が愛する涼子ちゃん以外に、見とれるわけないじゃない。でもそんなところも可愛いわ。愛してる」
顔を寄せると拒否はされなかったので、軽く頬にキスをする。涼子ちゃんは頬の空気を抜いて、でも不満げな目つきはそのままだ。
「明らかに見てました」
「しょうがないわね、素直に言うわ。涼子ちゃんの着物姿を想像していたのよ。普段からとても可憐で可愛い涼子ちゃんだから、きっととっても素敵で可愛いだろうと思って」
「私のですか? ……なんか、信じたいんですけど、いつになく軽薄なので信じにくいんですが」
「ええ? 涼子ちゃんへのお祝いだから、全体的に涼子ちゃんに寄せてるつもりなんだけど」
軽薄って。涼子ちゃんはいつも、わざわざ言わなくてもいいのに、ってくらいに私を褒めて好き好き言ってくれるから、その愛情表現のテンションに寄せてるだけなんだけど。涼子ちゃんが喜ぶかと思ったんだけど。その反応は予想外すぎる。
「え? 私の真似なんですか?」
「真似って言うか、いつもの涼子ちゃんにテンションを合わせてるつもりなんだけど」
「……普通でお願いします。私、いつもの恥ずかしがり屋で愛らしい由美子さんが、とても好きなので」
いいんだけど、涼子ちゃんに寄せていると言う私の言葉に不可思議そうな反応するのは解せない。今のそのセリフを自分で顧みてほしい。
そこ、恥ずかしがりやとか愛らしいとかいらないでしょ。わざとやってる? いやまぁ、褒められて悪い気は、あれ? そもそもこれ褒めてる? うーんまあ、好きなとこなんだし、いいんだけど。
「じゃあ普通に言うわ。来年の成人式、着物はもう注文しているの? 是非見たいし、できればいろんな着物姿を見たいから、試着に同行したいんだけど」
「えー? 決めてませんけど、そんなにですか? ちゃんと約束したわけじゃないですけど、友達と、一緒にレンタル屋いこっかー、みたいな話はしてます」
う、そうなの。それなら仕方ない。友達との関係は大事だ。それに割り込んでまですることじゃない。ただその恰好が見たいだけのミーハー心で、成人式と言う時期にこだわりがあるわけじゃない。
「そう……じゃあ、全然関係ない日にちょっと借りにいかない?」
「いいですけど、個人的にはあんまり気乗りしませんね」
「えー? どうして? 涼子ちゃん、コスプレ好きじゃない」
あれやこれやと、思い出したかのように時々衣装を持ってきては、特殊なことをさせる涼子ちゃんにしては珍しい反応だ。てっきり、喜んで、と返事をされると思ったのに。
「日本人の着物姿がコスプレに分類されるかはともかく、あれ、エロイことできないですよ。動きにくいし、汚せないし、脱着も難しいですから」
「……それもそうねぇ」
とんでもない発言だけど、正直私だって、いざそうなったらそういう気持ちになるのは否定できない。だいたい、涼子ちゃんの提案だって、何だかんだいつも楽しいし。
それに確かに、冷静に考えてみると、普通に過ごすのも割と大変な格好だ。着替えてみて何をするということもなしに、目的なしに着替えるには少しハードルが高い。レンタルと言っても、子供のお小遣いでできるわけじゃないんだから。
「あれ? 否定しないんですか?」
「それ目的で提案はしていないけど、実際にそうなったら我慢するのは難しそうだし」
「浴衣で妥協しましょう。今、安いの売ってますから」
「そうね。しょうがないわ」
着物気分を味わうことでここは妥協しよう。浴衣なら、確か個人で洗えるようなのもあるはずだし。とりあえず、浴衣の話はここで終わろう。
「それはともかく、冷めないうちに食べましょうか」
「そうですね。あ。アーンしてあげます。全部」
「よろしい、受けて立ちます。ただし、全て交互で」
「望むところです」
馬鹿みたいにイチャイチャしながら食べた。ちょっと行儀が悪かったかもしれない。でもお祝いの為のラブラブ旅行なんだから、こんな時くらい許されるわよね。
途中で景色を楽しんだりしながら、ゆっくりと味わった。とても楽しいし、涼子ちゃんも楽しんでくれた。
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