第42話 相合傘(屋外)


「うわぁ……まじか」


 休日。今日は午後から雨が降るらしく、涼子ちゃんが家でお掃除してくれている間に、雨が降らないうちにと買い物に来た。幸い今日はそれほど買うものもないし、さっと買おうと、身軽で来て買い物を済ませて、いざ帰ろうと出口まで来たら、降っていた。

 午前中は降水確率20%って言ってたのに。嘘つきじゃない。まだ11時すぎなのに。


「……」


 傘を買えば解決する。片手で持てる量しか荷物もない。だけど家に帰れば傘はあるのに、もったいないと貧乏性な心が否定する。

 連絡をして、涼子ちゃんに迎えに来てもらうか、それほど本降りではないし、走って帰るか、悩むところだ。本降りではないと言っても、帰るまでにはまぁ、シャワーを浴びずにはいられないだろう程度だ。


 とは言え、傘何てもったいないと言っても300円程度で売っている。わざわざ迎えにきてもらうほどでもない。うーん。……走るか。


「由美子さーん」

「ん?」


 恥ずかしくない程度に、こっそり壁際で足首とアキレス腱をほぐしていると、ふいに名前を呼ばれた。そちらを見ると、涼子ちゃんが小さく手を振っている。


「涼子ちゃん!」


 屋根のある部分まで近寄ると、涼子ちゃんは私の前まで来てにっこり微笑み、すっと私の頭上に傘を傾ける。


「お迎えにあがりましたよ、姫」

「涼子ちゃん、愛してるわ」


 言わなくても来てくれるなんて、何て最高の彼女なのかしら。結婚したい。

 お礼を言いながら傘を受け取ろうとして、あら? 手を離さない? と言うか涼子ちゃん、さしている傘以外手ぶら……?


「涼子ちゃん、傘、一本しか持ってきてないの? どうしたの? 傘、あったでしょ?」

「ありましたけど、相合傘をしたかったので」

「えー。馬鹿なの? 濡れるじゃない」


 買い物した荷物だってあるって言うのに、どうしてそういうことしちゃうの? 恋愛脳すぎるでしょ。そういうとこ、可愛くはあるけど、ちょっと面倒くさいわね。

 しかもよく見たら、傘、折り畳み傘? 小さい……絶対肩とか濡れるじゃない。せめてもっと大判の傘持ってきてよ。私一人でも大判が好きだから、男性が使うような大きいの2本は置いてたじゃない。


 ジト目で見て直球で批判する私に、涼子ちゃんは全く堪えずにこにこ笑顔を崩さず、荷物を持っていない方、私の左隣に並んで一緒に傘に入る。


「いいじゃないですか。帰って一緒にお風呂に入りましょう。お湯を沸かしてきましたよ」

「ありがたいけど、迎えに来てくれた意味ある?」


 仕方ないのでそのまま二人で歩き出して、店先から出発しながら会話する。ここまでされたらしょうがないからするけど、そんなにしたかったの? と言うか自然発生的にするものであって、わざわざセッティングしないでほしい。こんな小さい折り畳み傘、家にないし、用意してたでしょ。

 呆れる私に、涼子ちゃんは上機嫌で、私とぎゅうぎゅう肩をくっつけたまま、近い距離で応える。


「相合傘がしたかったんですもん。それに、身長が並ぶまで待ったんですよ?」

「え?どういうこと?」


 身長が並ぶまでって、たしかにこの間、涼子ちゃんは私と身長が並んだことに大喜びしていたけど。なに、待つって。いったいいつから待っていたのか、答えを聞きたいような、聞きたくないような。


「身長差があると不自然だから嫌だって、前に言ったじゃないですか」


 相合傘をしたいと言われて、身長差があるから嫌って私が言ったって? ……そんな会話、あったっけ? と言うか相合傘について会話なんてする?

 うーん……相合傘と言えば、昔涼子ちゃんがやりたがって室内で傘を広げてキスをしたことはあったわね。おかしな状況に、いつもよりドキドキしたのは覚えているわ。でも私、拒否したっけ? OKしたから室内で傘さしていたんじゃないの?


「そうだったかしら」

「そうですよー。もう、由美子さんはすぐ忘れちゃうんですから」

「その話したのって、いつ? あなたが小学生の時に、私の部屋で相合傘ごっこした覚えはあるんだけど」

「あ、その時ですよ。なんだ、覚えてたんですね」


 あ、その時なんだ。へー……そんな、正確に会話覚えてるの? 記憶力良すぎない? 何年前だと思ってるの? と言うか、時々涼子ちゃんがこういう風に、私が覚えてない昔のこと言ってくるんだけど、全部本気で本当にあったっぽいのよね。


「……ねぇ、なんでそういうの全部覚えてるの? 恐いんだけど」

「愛してるからです」

「愛が重いわ」


 涼子ちゃんのことは愛してるけど、何年一緒に過ごして、何日たわいない日常を重ねて、何度会話をしてきたと思ってるの? 全部にいちいち考えて考えて会話したわけでもないし、ただふざけたりいちゃいちゃした中での会話の一言一句まで覚えてるとか、普通無理でしょ。

 当たり前のように言われて、ひくわ。涼子ちゃんって、時々思うんだけど、私のこと好きすぎる気がする。悪い気はしないし、嬉しいけど。


「もー、なんですか。私はこんなに由美子さんのこと愛してるのに、そのそっけない態度は」

「そんなこと言われても……相合傘って言っても、まぁ、改めて言われると、これはこれでって気がするけど」


 たわいない密着度だけど、傘に雨が当たって音がするので、他の音は聞こえない。傘の中で少し大きめの声で話している声はちゃんと聞こえるけど、雨音との距離が近いのでどうしても、足音も車の音も聞こえない。

 まるで他になにもないみたいで、世界に私たちだけ、みたいな妄想をすることもできる。外なのに愛してるって普通に、どころか大きめの声で言えるのも、雨音がうるさいからだ。

 外で言っているってだけで、結構特別な感じがして、ドキッとする。思う存分話せるのは悪くない。思ったより濡れてないし……あれ? 濡れてないのはおかしくない?


「あ、涼子ちゃん、自分の方、殆ど入ってないじゃない」


 よく見たら涼子ちゃんは肩どころか頭まで外に出ているくらい、盛大に私側に傘がよっていた。さすがに涼子ちゃんばかり見て歩くのは危ないし、気づかなかった。


「いいんですよ、帰ったら一緒に入るんですから」

「それはいいけど、だったらなおさら、私も濡れても問題ないじゃない」

「荷物があるじゃないですか」

「だったら交代。持って、私が濡れるわ」

「もー、いいんです。たまには、格好つけさせてください」


 ぐ……そう言われると、困る。すごい申し訳ないけど、嬉しい。私と身長変わらない、全然可愛い女の子なのに、その物言いは格好良すぎて、普通にドキドキしてきた。

 キスしたくなってきた。外だけど、傘していて、いつもより人もいないし、こんな会話までしてるから気持ちが高ぶってきて、いいかなって気になってきた。


 いやいや。もし見られたらまずい。近所の人に見られたら気まずい。仮に男女だとしても、見られたら気まずいのに。


「由美子さん、キスしませんか?」

「ちょ、ちょっと、心を読んで誘惑してくるのやめて」

「ふふっ。やだな、読んでませんよ。ただ、私も由美子さんも、同じことを考えたってだけですよ」


 だって私たち、ラブラブカップルですもんね、とか頭悪そうなこと言われた。くっそ。こんな馬鹿っぽいこと言われているのに、まだいつもよりドキドキしてる私の心臓は何なの? 冷めていい場面でしょ、今の会話は。


「駄目、家まで我慢しなさい」

「いいじゃないですか。傘に隠れれば、誰にも見えませんよ」


 言いながら涼子ちゃんは顔を寄せてくる。強引! いつものことだけど、きゅんとしてしまう。ってダメダメ! 駄目って言ったら駄目!


「よ、寄らないで」

「おっとと、ぬ、濡れちゃいますから」

「ご、ごめんなさい」


 顔をそらして、体ごと逃げるようにひねると、慌てたように涼子ちゃんが傘をさらに差しだしてくる。いけない、よけなきゃってばかりに意識がいってしまった。

 ますます涼子ちゃんが濡れて風邪をひかれたら大変だ。涼子ちゃんに身を寄せて、離れないよう空いている左手で涼子ちゃんの傘をさしている右手の二の腕のあたりを掴むようにして軽く腕を組んだ。


「今はこれで、我慢して」

「ん、んー、確かに、外で腕組みってしてくれないですし、うーん、しょうがないですねぇ」

「うん、いい子ね」

「しょうがないので、もう少しおっぱい押し付けてくれたら帰るまで我慢します」

「……馬鹿」


 しょうがないので、ぎゅっと左腕に力をこめて体ごと押し付けるようにする。少し歩きにくいけど、この方が傘に入るし、しょうがない。


「えへへ、ありがとうございます、愛してますよ、由美子さん」

「調子がいいんだから」


 全く。本当にこの子は。いつからそんなにおっぱいが好きに……あれ? もしかして結構最初の方から好きじゃない?


「ねぇ由美子さん、ちょっとお願いがあるんですけど」

「なに?」

「帰ったら、お風呂場でも腕組んでほしいです」

「……帰ったらね。もう、この話は終わり。早く帰って、温まりましょう」

「やった。もう、由美子さん大好きです」


 もう、恥ずかしいことばっかり、言わないでほしい。私だって、キスしたいのを我慢してるのに、外なのに、我慢できなくなるじゃない。

 私は涼子ちゃんを睨んで、にやけている間抜け可愛い顔に、ため息をついた。

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