第39話 由美子視点 愛してる

「……私、勘違いしてた?」

「どういう流れなのかわかりませんけど、少なくとも私は、普通に自分の人生も大事なものだと思ってますよ。もちろん、由美子さんが大事ですし、他のことより優先します。でもそれは、由美子さんの命にかかわるとか、そういう事なら恋人として当然の話ですよね」

「ま、まぁ、そうよね」


 それは私も、そうするわ。涼子ちゃんの生命にかかわることで、それを助ける為なら、何より優先するわ。その為なら、多少の犠牲はやむを得ない。だからこそ、今回私も涼子ちゃんの人生と言う大きなことに関わると思ったから、多少の期間涼子ちゃんと離れても仕方ないと我慢しようとしたわけだし。


「もちろん、由美子さんを中心に人生を考えてはいますよ。でもそれは大好きで、愛しているからです。愛する人と人生を共に過ごすことが、私が最も望む幸福です。私は私が幸せになるために、由美子さんと一緒にいることを選んでるんです。私が私の幸せのために生きることが、おかしいことですか?」

「お、おかしく、ありません……」


 暴走した自分に、いたたまれなくて視線をそらす私に、涼子ちゃんは半目で、どこか呆れたような顔で小さく息をつく。


「由美子さんが誤解したことはわかりました。私も誤解されるようなこと言ったと思います。でも、手段が悪いと思います。無視されて、傷つきました」

「ご、ごめんなさい。でもね、その、私の口では、涼子ちゃんを説得する自信がなかったのよ。と言うか、言いくるめられそうで」


 返事をしながら、混乱しそうな頭で、涼子ちゃんが言った言葉を頭の中で整理する。

 予想外の方向に会話が進んだので、頭がうまくついて行かなかった。


 でもよくよく考えると、そう言われてしまえば、確かにおかしくない。

 そもそも私は涼子ちゃんが言うことは何でも正しく感じてしまうし、それで言いくるめられてしまう。だから会話を避けていたんだけど、今聞いた話では、そもそもの私の心配は全くの杞憂だったということになる。


 こ、こんなことなら、ちゃんとその場で聞き直せばよかった! すごく悩んで、寂しさも我慢していたのに! 変に涼子ちゃんを警戒するあまり、確認を怠ったせいだ。

 でも、本当に勘違い? 本題に入る前に、涼子ちゃんがよくわかってない感じで後回しにしてもいい、みたいな言い方だし、あれ、そこ? みたいな反応で言っていたから、誤魔化しではないと思うけど。


 でも涼子ちゃんなら、私の一言から察して先回りしてそんな反応をわざとした、と考えられなくもない? うーん、さすがに疑心暗鬼すぎる、わよね。

 と言うか、じゃあ、本当にいいの? もう、我慢しなくていいの?


 徐々に涼子ちゃんの言い分が頭にしみ込むと共に、私の中で我慢していた涼子ちゃん愛が膨れ上がってきて、そわそわしながら私は涼子ちゃんの名前を呼ぶ。


「ねぇ、涼子ちゃん」

「あ、はい。なんですか?」

「ホントに、大丈夫なのよね? 私、涼子ちゃんを子供扱いしなくていいのよね」

「そうですね。勘違いは、私がそうとも取れる言い方をしてしまったのがあるかもしれませんけど、私を子ども扱いしていたのが、原因の一つだったと思います」


 私が勘違いしていた要因まで頭を巡らせてくれている。これは改善策とか、今後ないように考えてくれているんだろう。冷静で頭のいい涼子ちゃんだから、さすが。

 と言うかもう、何でこんな聡明な涼子ちゃんを疑ったのか、今となっては自分が信じられない。疲れていて視野狭窄になっていた?


 ううん、とにかくもう、そんなのは後回しだ。もう、我慢しなくていいのよね?


「じゃあ、また、今まで通りにしてもいいのよね」

「ん? えっと、どうぞ大人扱いしてください」


 涼子ちゃんが答えてくれてすぐに、私は飛び出すようにして立ち上がり、テーブルを回って涼子ちゃんに抱き着いた。


「涼子ちゃーん!」

「わっ!?」

「うわぁー。涼子ちゃーん、会いたかったー、寂しかったー」

「ゆ、由美子さん……」


 戸惑う声が頭上から聞こえたけど無視する。だって、今目の前に涼子ちゃんがいて抱きしめてるんだもん! あー。涼子ちゃんだー。ずっと会いたかった。ずっと求めていた。

 たった少しの間だったけど、意図的に距離を置くことの、どんなにつらかったか。でももう我慢しなくていい! 心のままに愛していいんだ!


「よしよし」


 涼子ちゃんは私を抱きしめ返してくれながら、私の髪を撫でてくれる。ああ、気持ちいい! 包まれている感じが堪らない。涼子ちゃんの母性におぼれそう。愛してる。

 心がみたされるのを感じる。ああ、今私は生きている。


「由美子さん、好きですよ」

「私も好きぃ。ごめんねぇ、涼子ちゃん、ほんとに、ごめんなさい」

「いいですよ。許してあげます」


 私が、自分から決めて避けても、こんなにつらかったんだ。なのに涼子ちゃんのこの大人の対応。神か。ああ、本当に涼子ちゃんは大人だなぁ。私だったら、勝手に誤解して振り回されたら、ふざけんなって思うだろうに。


「う、うう、涼子ちゃんは、本当に、大人よね、なのに私、勘違いして、ごめんね」

「いいんです。もうそれ以上、いいんですよ」


 こんなに人間ができている、大人な涼子ちゃんが、そんな人生を棒に振るみたいなこと、考えるわけがなかった。

 私が馬鹿だった。涼子ちゃんを信用し切れていなかったんだ。今までも、涼子ちゃんは子供じゃなくて、涼子ちゃんと言う存在として、存分に甘えたりしてきたつもりだった。

 でも心の奥の深層心理では年下と思っていたんだろう。だからこんな勘違いをしたんだ。もう、絶対に疑わない。涼子ちゃんが怪しいことを言ったとして、ちゃんと本人と納得するまで話そう。


 涼子ちゃんは大丈夫だ、私が心配しなくても、ちゃんとわかっているんだ。


「由美子さん、愛してます。だから、由美子さんが私を愛してくれている限り、許してあげます」

「涼子ちゃん……愛してる」

「はい、私もです」


 涼子ちゃん、何でこんな優しいのか。自分がへっぽこで馬鹿すぎて、嫌になる。でもこんな私を、涼子ちゃんは愛してくれているんだ。

 私は涼子ちゃんに促されるまま顔をあげて、口づけた。









「由美子さん、起きてください」


 可愛い声が聞こえる。ゆさゆさと優しく揺すられるのが気持ちよくて、もっと眠りたくなる。


「ん、んん……んー」


 涼子ちゃんだーと頭では考えてるのに、瞼が重い。


「ゆっくりさせてあげたいのはやまやまですけど、さすがに、もうお昼ですよ。あと布団も干しますから」

「ぐにゅ、うー、りょーこちゃん?」


 ほんとに涼子ちゃんかな? と何故か疑う気持ちがでてくる。だって、朝から涼子ちゃんがいるなんてそんなこと……あ、家は出たんだった。ていうか、ていうか、昨日!


「はい、涼子ちゃんですよ」

「わ、あ、と、えっと、お、おはようございます」


 ぱちっとさっきまでの重い瞼が嘘みたいに眠気が消えて、飛び起きる。目がった涼子ちゃんはにこにこしている。


「はい、おはようございます。ご飯もできてますよ。着替えてください」

「あ、ありがとう……ありがとう」

「なんですか、ぼんやりして。それとも、着替えさせてほしいって、おねだりですか?」


 昨日まで喧嘩?したり仲直りでめちゃくちゃになったりして、そして今日は涼子ちゃんが甲斐甲斐しくご飯作って起こしてくれてる新婚プレイ状態な流れに、寝起きだからか頭がついていかなくて、どういう反応すればいいのかわからない。

 そんな私に、涼子ちゃんはくすっと笑って、キュートな小悪魔顔でそう言ってきた。


「そんなわけ……えっと、じゃあ、お願いしようかしら」

「え? 本気ですか?」

「駄目?」


 きょとんとされた。言い出した癖にって思うけど、まぁ冗談なのはわかっている。でも、涼子ちゃんとほんの少しだけど離れて、寂しくて苦しくて、心がちぎれちゃうくらい辛かった。そもそも仕事で疲れて、あんまり会えなかったのも辛かったし。

 だからできるだけ涼子ちゃんと触れ合いたい。もっといちゃいちゃしたい。可能なら四六時中、一緒に居たい。


 少し恥ずかしいけど、そうおねだりする私に、涼子ちゃんはそっと私の頭を撫でてくる。


「駄目じゃないですけど……お昼ご飯、冷めちゃうかも知れませんね」


 そう言いながら、そっと服の襟に手をかけた。ん? いや別に、そういうつもりではないんだけど。いやまぁ、いいけど。


 とりあえず朝からいちゃいちゃ(意味深)してから、ご飯食べた。お布団も干した。なんと洗濯物や掃除ももう終わらせてくれていた。仕上げの掃除機だけは私がしたけど、申し訳ない。

 終わらせてベッド脇に並んで座って、ごめんねとありがとうを言うと、涼子ちゃんたら何でもないみたいに笑顔で答えてくれる。


「いいんですよ。由美子さんはお疲れですし、何より、起きてる時間はいちゃいちゃしたいなって、自分のわがままですから」

「はぁ、涼子ちゃん愛してる。結婚して、あ。ごめん今のなし」

「はいはい。私が就職するまで待ってくださいねー」


 く、涼子ちゃんが魅力的すぎて、ついプロポーズしてしまう。涼子ちゃんからプロポーズしてくれる約束になっているし、焦っているわけじゃないけど、ついつい。だってあんまりにも涼子ちゃんが素敵だから。

 でもこうしてついプロポーズっちゃうのも、わりとよくあるので、涼子ちゃんはスルーしてくれた。それはそれでどうかと思うんだけど。


 もっと最初のころは、照れたりしてくれてたのに。何回も言って慣れさせたのは私だけど。魂の叫びなんだからしょうがないじゃない。


「でも、これからは毎週末は泊まりに来ますよ」

「え? いいの?」

「忙しいからって、由美子さんを一人にしてはいけないと痛感しました。私がすれば、由美子さんが家事に追われて時間がないってこともなくなりますし、一緒にやればすぐ終わりますしね」

「う、嬉しい。でも、その、やっぱり毎週って決めちゃうと、他の付き合いもあるだろうし」


 ご家族にも変に思われてもあれだし、週末の予定を決めていたら、涼子ちゃんが友達と遊べないし。付き合いが悪いってなると友達と疎遠になったりして、そうなるのは不本意だ。

 やんわりと断ろうとしたんだけど、涼子ちゃんはにーっこりと微笑んで、そっと私の顔を掴んだ。頬を掴まれ、自然と唇が付きだされる形になる。


「う?」

「由美子さん、今回のこと、本当に反省してます?」

「し、しへはふ」

「だったら、心配しなくても、友達とかも、何かイベントあったらそっち優先してこっちは一日だけとか、自分で判断します。家族にだってどうとでもしますし。だいたい、恋人がいるのは友達も知ってますし、友達より多少優先したくらいで、浮きませんから」

「……ほへん」

「わかってくれたならいいです」


 手を離された。確かに、これでは昨日までと同じだ。反省してるつもりだけど、前から私は涼子ちゃんを大人と思ったうえでのあれだったんだから、なかなか簡単には変わらないのかもしれない。

 手を離されて、しょんぼりしながら頷く私に、涼子ちゃんはふふっと笑って軽く私にキスをする。


「もう、由美子さん可愛いんですから」

「なによぉ。反省してます」

「いや、嫌味とかじゃないですよ。本気で思ってるんです。と言う訳で、これから金曜の夜には来るので、残業があるときは連絡してくださいよ」

「うん。……本当に、家事まで手伝ってくれる気?」

「もちろんです。将来のことを考えて、今から分担を分けていきましょう」

「……涼子ちゃん、愛してる」

「私も、愛してますよ」


 こんなに可愛くて、こんなに気遣いできて、こんなに完璧な女の子が、私だけの恋人なんて。もう凄すぎる。幸せすぎる。

 涼子ちゃんから来てくれたからよかったけど、この幸せを一時自分から手放すような馬鹿な真似をしてしまったことが、今更ながら悔しいし自分でも信じられない。私って本当に馬鹿だなぁ。涼子ちゃんがいなくちゃ、生きていけないのに。


「涼子ちゃん、私、頑張るから、見捨てないでね」

「大丈夫です。私、由美子さんのこと、愛してますから」

「じゃあ、愛されるように、頑張る」


 私の物言いに、涼子ちゃんはくすっと笑って、私が無意識に涼子ちゃんの太ももの上に置いていた左手に、そっと自分の手を重ねた。


「それはいいですね。まず何してくれるんです?」

「んーっと、とりあえず、私を膝枕させてあげる。膝」

「させてあげるって、まぁ、いいですけど」

「なによ。好きでしょ?」

「好きですけど。まぁ。あ、でも」


 膝枕に適正な距離を取って座りなおす私に、涼子ちゃんは何かを思いついたように、意味ありげに言葉を切る。


「なに?」

「由美子さんの方が、もっと好きです」

「ふふ。なにそれ。でも私も」


 涼子ちゃんの膝に頭を置きながら応える。涼子ちゃんは嬉しそうに笑いながら、私の髪をなでてくる。はぁ、幸せだ。


「由美子さん、考え方や感じ方を変えるのは、すぐには難しいと思いますけど、でも、これからはちゃんと私と話し合ってくださいね。絶対、一人で突っ走らないでくださいね」

「わかってるわ。昨夜も言ったじゃない」

「言いましたけど、睦言では、法的な縛りもないのは常識ですよ」

「むつごとって……と言うか、昼間でも法的な縛りないと思うけど」

「気持ちが違いますし、頭への入り方も違うでしょう? ほーら、脳内に直接入れてあげます。ふーっ」

「ふふっ、や、やめてよ」


 前かがみになって、耳に息を吹きかけてきた。身をよじりながら、何とか右手で涼子ちゃんの体を押し返す。


「ふふ。まぁ、でもこれで、忘れないでしょう?」

「忘れないわ。涼子ちゃんとのことだもの」

「あれ、そんなこと言っちゃっていいんですか? 三年前にどこでデートしたかとか、交わした会話内容についてテストとかしていびりますよ?」

「やめてよ。そんなの涼子ちゃんだって覚えてないでしょう?」

「覚えてますよー? だって、由美子さんのことですもん。愛してますもん」

「ずるい。そんなの、証拠がないわ。ショーコを出しなさい」


 まるで私が覚えてないのが愛がないように言う。ひどい。そんな三年前の何でもない日のデートとか、すぐ思い出せるわけない。だって何年付き合っていると思ってるの? 春頃のデートとして覚えていても、それが3年前か4年前かすぐ判断できないに決まっている。

 苦情を入れると、涼子ちゃんは微笑んでそっと自分の胸に手を当てる。


「この愛です」

「見えないから。物的証拠を出しなさい」

「しょうがないなぁ。由美子さん、ちょっと起きてください」

「ん?」


 言われるまま起き上がると、涼子ちゃんはにっこりほほ笑んで、ゆっくり私の服を脱がせにかかる。


「ちょっと涼子ちゃん? 何してるの?」

「由美子さんが私の愛を証明しろと言うので」

「そんなこと言ってないけど」


 3年前の記憶がはっきりしてる証拠を出せって言っているのに。いやまぁ、実際のところどうでもいいんだけど、覚えていると言い張るからつい言っただけだし。


「あと、むらむらしたので」

「ストレートすぎる。ていうか、昨日から朝からもしたじゃない」

「久しぶりなんですから、いいじゃないですか。あと昨夜のは、仲直りの証なので別カウントです」

「どういうことなの」

「いいじゃないですか。それとも私を愛してないんですか?」

「む……いいでしょう。じゃあ、証明してあげるわ。私がどれだけ涼子ちゃんを愛しているか、その体で分からせてあげるわ」

「望むところです」


 私たちはもつれあうように、ベッドに転がった。


 こうして私たちは仲直りして、より一層いちゃいちゃする日々を送っていくのであった。









 おわり。

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