第38話 涼子視点 惚れるが負け
由美子さんから、もっと自分の人生を考えろと言われた。どうやら、由美子さんから見て、私は由美子さんに依存した考えで、自分を押し殺すように顧みていないように見えたらしい。
けど、自分ではそんな風に、全く思っていなかったし、言われてもそうか? と全くピンと来ない。
確かに、由美子さんのことばっか考えてますよ? でもそれって大好きだから当たり前のことで、考えないってことはできない。それはご飯食べずに生きていけって言っているようなものだ。だから無理。
でもそれじゃなくて、普通に生きている分に、別に由美子さん優先で人生設計しているつもりはない。いやある意味最優先事項だけど。そうじゃなくて、うーんと別に遠慮はしていない。
だって、もし由美子さんが私と別れるって言っても、絶対別れる気はない。今回怒って怒鳴りこみに来たけど、もし由美子さんの意思が固かったとして、その場では物わかりのいいふりをしつつ、その原因となった例えば他の人を完全に排除して、もう一度私と恋人にさせるつもりだ。
由美子さんが男性と結婚して子供作りたいとか、私にどうしようもできないことを言いだしたとして、それでもあきらめる気はない。あの手この手で言いくるめてでも、私から離れさせる気はない。
由美子さんのことを考えるのは当然だ。でも別に、そんな、由美子さんの為なら身を引くとか何でもするってわけじゃない。あくまで私が由美子さんを好きで一緒に居たくて、それを叶えるためだ。もちろん現状の両想いが最高なので、維持するつもりだけど、そのために私が人生放り投げたりする気はない。
「私、由美子さんが思っている以上に自己中に、自分の都合で物事考えてますよ?」
具体的に言わないけど、万が一の際には由美子さんの人権侵害になったとして、手放す気はない。そんな私が、まるで滅私奉公しているから、気づかせたかったみたいに言われても。
「え、いや、そんな冷静に言われても。私もね、今までそう思ってなかったんだけど、この間、私の為に進路捨てるって言っていたの聞いて、これはさすがに、まともな関係じゃないわって危機感を持って、涙を呑んで無視してたのよ? わかる? だからその呆れ顔やめなさい」
「あ、すみません」
由美子さんは一応、私のことを考えて、無理してやってたわけだし、私もかなり動揺して傷ついたんだけど、とりあえず今は真面目な顔をしておかないと、失礼だよね。
「でも、私そんな、進路捨てるって言いましたっけ」
「言ったわよ。高卒で働くって、気軽に言ったじゃない」
「あ、それですか。でもそれはあくまで、由美子さんが本当に大変なら、逃げ道になりますよって、意味です。別に、大学を出るのに、数年余分にかかったり後回しになるくらい、由美子さんと一生共にすることに比べたら些細ですよ」
「どこが些細、って、ん? 後回し?」
眉を寄せられた。あれ? 後回しって表現に引っかかっている? もしかして、何か勘違いしている?
「ん? そうですよ? あれ、もしかして一生高卒って思ってました? そんなわけないでしょう。別にそれが悪いとは言いませんけど、特に希望職種もない今、大学卒業しているってレッテルは必要ですよ。でも、由美子さんが大変なら、そっちを優先して、大学は後回しでも構いません。長い人生ですから、もしかして、それを言ってるんですか?」
これか!? ここが勘違いで暴走の元のポイントなのか!? と思って一気に畳みかけると、由美子さんはわかっているのかいないのか、視線を漂わせて戸惑ったような顔をしながらも数度頷く。
「そうよ。だって、私の為に普通に進路する予定をやめるって、変じゃない。依存した関係だわ」
「そんなことありません。仮に私が、予定通りに年齢通りで大学に行くってことにこだわることで、由美子さんを一人にして、体や心を壊したらどうするんですか。そうなって、由美子さんを失うなんてこと、考えられません。それならまずは由美子さんを優先する。それだけの話でしょう。これのどこがおかしいって言うんですか」
「う、そ、それはだって、でも」
私の勢いに、思わずと言ったように反論しかけた由美子さんだったけど、すぐにその口は閉じられた。そして考え込むように手を口元にあてた。そしてじっとテーブルの上を見つめ、軽く前髪が動く程度に俯いた。
「……私、勘違いしてた?」
そしてそのまま視線だけを私に向けた。可愛い。
「どういう流れなのかわかりませんけど、少なくとも私は、普通に自分の人生も大事なものだと思ってますよ。もちろん、由美子さんが大事ですし、他のことより優先します。でもそれは、由美子さんの命にかかわるとか、そういう事なら恋人として当然の話ですよね」
「ま、まぁ、そうよね」
それがおかしい、と言うなら、私にとってはその由美子さんの考えこそおかしい。そうでなければ、由美子さんを世界で一番愛しているなんて言えない。そのくらいの思いと覚悟をもって、愛しているのだ。
「もちろん、由美子さんを中心に人生を考えてはいますよ。でもそれは大好きで、愛しているからです。愛する人と人生を共に過ごすことが、私が最も望む幸福です。私は私が幸せになるために、由美子さんと一緒にいることを選んでるんです。私が私の幸せのために生きることが、おかしいことですか?」
「お、おかしく、ありません……」
由美子さんに受け入れやすい言い方を選んで、反論しにくいよう説明すると、どうやら由美子さんにも伝わったらしい。由美子さんは目をそらしながらもそう答えた。
よっし! 勝った! ……じゃない。そういう話じゃないから。えっと、話を整理しよう。
要するに、由美子さんは私が働いてもいいよ。と言ったのを聞いて、私が由美子さんの為なら人生投げ出しちゃうよ、と言ったと思った。それはさすがに献身が過ぎるから、改善させようと思った。
口で言えよと思わないでもないけど、何故か由美子さんは、私に冷たくして自分を振り返らせて、気づかせようとしたのか。回りくどいけど、でも、言い分は理解した。
「由美子さんが誤解したことはわかりました。私も誤解されるようなこと言ったと思います。でも、手段が悪いと思います。無視されて、傷つきました」
「ご、ごめんなさい。でもね、その、私の口では、涼子ちゃんを説得する自信がなかったのよ。と言うか、言いくるめられそうで」
……それは、そうかも? 由美子さんってちょっとトロいと言うか、思考がのんびりしていて、大抵のことは勢いで誤魔化せてしまう。本人が自覚して流されないようにしてるから、簡単に押し切れないとこもあるけど。あと、私の日頃の行いも否めない。
えーっと、まぁ、そうだとして、うーん。口以外だと、やっぱりそうなる、のかな。それでもやっぱり言葉で言ってよって思うけど、口じゃ無理で他の手段ってなったら、やっぱり、無視が手っ取り早いのかな。
「ねぇ、涼子ちゃん」
「あ、はい。なんですか?」
何か納得できないし、どうにかして由美子さんに、過度にならない程度に怒って思い知らせてあげたい、と考えていると、何だか由美子さんは言いにくそうにもじもじした感じで私を呼んだ。
何を言うんだろう。もう二度と同じ勘違いによる暴走をしないよう言い聞かせたいけど、でも変にこじれてもこまる。由美子さんの心境は如何に?
「ホントに、大丈夫なのよね? 私、涼子ちゃんを子供扱いしなくていいのよね」
「そうですね。勘違いは、私がそうとも取れる言い方をしてしまったのがあるかもしれませんけど、私を子ども扱いしていたのが、原因の一つだったと思います」
そこかな。やっぱり私を子ども扱いしていたんだろう。ぶっちゃけ今までは、私に甘えた態度をとってきてくれてたし、子ども扱いされていたと最近何て全然思ってなかったけど、深層心理では違っていて、それが表に出てきたんだろう。いい機会だし、今度こそ改善をしてもらおう。
「じゃあ、また、今まで通りにしてもいいのよね」
「ん? えっと、どうぞ大人扱いしてください」
今の文脈おかしかった。子ども扱いしなくていいなら今まで通りにって、今までまるで子供扱いしてなかったみたいだ。はいともいいえとも返答に困って、私はとりあえず自分の願望を伝えた。
まぁ、そうはいっても簡単にならないだろうけど。
由美子さんは私のちょっとあやふやな感じの物言いに、だけど気にした風ではなく、にこーっと嬉しそうに口の端をあげた。
その嬉しくてたまらない、みたいな顔に、あれっと思って声をかけるより早く、由美子さんは勢いよく立ち上がった。
「涼子ちゃーん!」
「わっ!?」
そして、小さいテーブルを迂回して私に飛びつくようにして抱き着いてきた。予想外で、しかもいつになく素早い動きに驚いて声をあげつつ、条件反射で抱きしめ返す。
「うわぁー。涼子ちゃーん、会いたかったー、寂しかったー」
「ゆ、由美子さん……」
そんなに? この間の方が、会わなかった時間よっぽど多いのに。それだけ、私のことを意図的に無視してたのがつらかったってこと? ……もう、本当、しょうがないなぁ、由美子さんは。
「よしよし」
由美子さんの髪をそっと撫でる。その手触りに、抱きしめるぬくもりに、私までつられたように、なんだか心がぽっと温かくなって、じんわりと実感する。
ああ、今、私は由美子さんといるんだ。由美子さんと分かり合っているんだ。愛し合っているんだ。そう言う感覚が何故かとてつもなく懐かしいような、欲しくてたまらなかったものがやっと手に入ったような感じがした。
ほんの少しの時間だった。離れてたと言えないくらいかもしれない。人から見たら、本当にくだらない些細なすれ違いだったのかも知れない。だけど、本当に、今嬉しい。胸が震えるくらい、由美子さんが愛しい。
「由美子さん、好きですよ」
「私も好きぃ。ごめんねぇ、涼子ちゃん、ほんとに、ごめんなさい」
「いいですよ。許してあげます」
由美子さんだから、仕方ないなぁ。
本当に傷ついたし、ショックだった。死んだかと思った。でもそれは、それだけ由美子さんのこと、大好きでたまらなくて、本気で一生を共にしたいからだ。
なら、もう仕方ない。こんなに惚れているんだから、しょうがない。惚れたものが負け、と言う言葉がある。私はもう、由美子さんが関わることに関しては、最終的には何でも許してしまうのだ。ならもう、開きなおるしかない。由美子さんのことは、全部許そう。
由美子さんだから、許そう。
「う、うう、涼子ちゃんは、本当に、大人よね、なのに私、勘違いして、ごめんね」
「いいんです。もうそれ以上、いいんですよ」
私は別に、由美子さんが思うほど人間ができているわけじゃない。持ち上げてくれるほど、大人だとも思えない。ただ、由美子さんのことが、大好きなのだ。
もし由美子さんが本当に、私のことを好きじゃなくて、他の人を好きだというなら、それはもう、大人な物わかりのよさなんて欠片もなくなる。大人どころか子供でもしないような、どんな手段でもとるだろう。
でも、由美子さんが私を好きだというなら。私を愛していると言って、私だけを見て、私だけを求めてくれるなら、私は全てを許せる。
由美子さんの全てが好きだから、こんな風に勘違いで振り回されても、好きだって抱き着いてくるなら、許してしまう。ここに来るまでは頭に血が上っていたし、さっきまでは、どうしてやろうか、何て風にも少しは考えていたのに。
もう、何もかもがどうでもいい。由美子さんが私の腕の中にいるんだから、もう、いいんだ。
「由美子さん、愛してます。だから、由美子さんが私を愛してくれている限り、許してあげます」
「涼子ちゃん……愛してる」
「はい、私もです」
私は由美子さんを抱き起こして、キスをした。
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