第37話 由美子視点 話し合い
「お、お待たせ」
「いえいえ。突然来たのはこちらですから」
お風呂から出てくると、涼子ちゃんはそう言って当然のような顔で迎えてくれた。自分の家のように振舞う涼子ちゃんに、ちょっとドキッとする。あんな風に暴言を吐いてしまったのに、涼子ちゃんはいつでも冷静で、やっぱり大人だ。
だからこそ、まさか私も、涼子ちゃんが私の為に進路をないがしろにするような子だと思ってなくて、余計焦ったんだけど。それさえ改善すれば、もう涼子ちゃんはパーフェクトすぎるくらいだ。
ここが正念場だ。ちゃんと話さないと。私は緊張しながらそっと、涼子ちゃんの向かいに座った。いつもならベッドで並んで座るところだけど、そうしたらきっと、真面目に話せない。
ただでさえ、久しぶりの涼子ちゃんに気持ちが浮足立っているのに。できるなら今すぐ隣に行って、抱きしめながらおしゃべりしたいけど、ここは我慢だ。
と、座ってから気づいた。机の上が片付いている! し、しまった! 完全に忘れていたけど、晩御飯の片付けとか何もしてなかった! しかも部屋の中も。
「あ、片付けたの? ご、ごめんなさい。その、来ると思ってなくて」
「いいんですって。気にしないでください」
「ありがとう……その、えっとー……、よ、用って何?」
にっこり微笑まれた。その目を見ているとぽってなって頭が真っ白になってしまって、私はそっと目をそらしながら涼子ちゃんを促す。元々、涼子ちゃんから訪ねてきたんだから、これが正しい順番よね?
涼子ちゃんは笑顔から、きりっとした顔になる。格好いいよぅ。
「どういうつもりですか? 私と別れるなんて。好きな人ができたとか、寝ぼけたこと言ってましたけど」
「ね、寝ぼけたって……確かに、あれは私が、悪かったわ。あの人は、好きな人じゃないわ。ただの友達」
あれはもう、完全に、やっちゃったと自分でも思うので、素直に謝る。涼子ちゃんがあまりに見当違いなことを聞いてくるからイラっとしたけど、あれはまずかった。別れるにしても、持っていき方下手くそか。
まぁ、へたくそってわかっているから正面からの説得じゃなくて遠回しに気づいてもらおうとしたわけだけど。
「そうでしたか。それは本当に、よかったです。でも、どうしてそんな嘘を?」
「……涼子ちゃんが、好きなのかなんて、言うからじゃない。あんなこと言われて、頭に血が上らないとでも思っているの?」
それに関しては、もう百パーセント涼子ちゃんの責任だ、と言いたい。元々、あんな強い、傷つける言葉なんて使うつもりはなかった。簡単に他に人に目が行くような人間だと、他ならぬ涼子ちゃんに思われていると思って、どんなに私がショックだったか。
そこで冷静になるのが大人の対応だったのだとは思うけど、でもしょうがないじゃない。相手が涼子ちゃんだからこそ、冷静ではいられないのだ。そこは愛ゆえにと言うことで許してほしい。
「え、そ、そこで、あんなに怒ったんですか?」
「当たり前でしょう? 私が、涼子ちゃん以外の人を好きになるって、本気で思って質問したわけ? そんなことあり得ないのに、ひどいわ」
「う、あ、そ、それは、その、すみませんでした」
そんなことで、みたいな反応されて、もっとショックを受けてしまった。なにこの子。あの質問が日常的にOKな会話だと思ったの? 絶対ないから。
思わず軽くにらんでしまうと、謝罪しながら涼子ちゃんは半笑いで誤魔化した。でもすぐにまた真顔になって、私に言う。
「でも由美子さん、私のこと無視しましたよね」
「え……」
お。おう。本題きた。えーっと、どういえばいい? と、とりあえず誤魔化す?
「なんのこと? それは確かに、忙しかったけど」
「いやそんな、あからさまにぎくっとしてから、顔をそらして言われても」
ぐぐ。そういう訳じゃないけど。だって、心の準備してなかったから。不自然になってしまったのは認める。
どう、会話を持っていくべきか考えましょう。まず、確かにそれはその通りだから認めるとして、こうこうこういう流れで、自分のことをもっと顧みてほしかったの、と言ったとしよう。
それだと、私が言ったから考えるってことになって、やっぱり私がしたかったのとちょっと違う気がする。自主的に考えるべきことだし。だから、うん。ちゃんと、考えてもらおう。
「……確かに、無視していたわ。認めましょう。でも、なんでだと思う?」
「え? 無視しといて質問とか、何なんですか?」
「……うるさいわね、さっさと考えなさい」
その通りかも知れないけども。でもスマートな流れとか、今更、軌道修正できないんだから。
ちょっと睨むようにして力技で促すと、涼子ちゃんは右手をあげて口元にもってきて、考え込むように視線を泳がせた。よしよし本気で考えてくれている。
「……」
だけどすぐには答えが出ないようだ。いくらでも待つけど、でも何だか涼子ちゃんは困っているようで、ちらちらと私に視線を戻したりそわそわしだした。うーん。自力だけじゃ、すぐには無理か。
このまま、宿題として追い返すのも考えないではないけど、でも、もう夜も遅いし、一人で返すのは不安だ。送ってあげたいけど、そうしたら私はもっと遅い時間に一人だ。この辺りが特別治安が悪いわけではないけど、お風呂も入ったし、あんまりしたくない。この後泊めてあげるとしたら、じゃあ話はいったん切り上げて、何事もないみたいに、何て風にはできない。
「……わからない? ヒント、ちゃんと考えて」
しょうがないからヒント形式にしてみた。なんだろう。真面目に話しているのにふざけているみたいになってしまう。だから私、こう言う真面目な説得とか向いてないのよ、ほんとヤダ。
「え? ちゃんと考えて、がヒントですか? ……由美子さんのことをもっと四六時中気にかけてほしかったから、わざとつれない態度をしたとかですか?」
えー、いやいや。どんだけ。仮に万が一そうだとして、その答えをストレートに言わずにクイズ形式とか、なめてる。私をそういう人間だと思っていることが、めっちゃなめている。私は子供か。かまってちゃんか。
「違うわよ。そんなわけないでしょう。じゃあヒント2、むしろその逆よ」
「えー? 由美子さんのことを考えてほしくなかったってことですか? それって、何か隠し事があるから、ってことは、サプライズ的な何かを考えてくれたってことですか?」
「違うわよ。もー」
全然伝わらない。しかも話すごとに、涼子ちゃんめっちゃ面倒そうな顔になっている。この流れで、未来予想図を振り返って人生のこと考えてとかシリアスな答え絶対出ないじゃない。もういいわよ。
話しが進まなさ過ぎて面倒になってきたので、とりあえず答えを言うことにする。
「いいわよ。ちゃんと言うわ」
「初めからそうしてください」
「怒るわよ」
小突いてやろうか。こいつ。
こっちは真剣だというのに、ダレてくるのやめてくれない? いやたしかに、この回りくどい会話めっちゃめんどくさいなーって思うし、そもそも私が勝手に無視したり嘘ついたわけだけど。私が自己中でこういうことしていると思わないでほしい。泣くほど嫌だけど、涼子ちゃんの為と思ってしているのだから。
「あのね、私は、涼子ちゃんにもっと、涼子ちゃん自身のことを考えてほしかったの。私に言われたからじゃなくて、涼子ちゃん自身が、涼子ちゃんの意思で考えてほしかったの」
もっと自分を顧みて、もっと自分の為に、自分のやりたい人生を送ってほしい。私だけを見て、私を優先して、他を投げやりにするような、そんな人間であってほしくない。
そんな涼子ちゃんは……正直嬉しいかって言われたら嬉しいけど、でも、それは間違っている。依存にも似た、歪な関係だ。
「由美子さん、仰る意味がよくわかりませんけど。私は私のことを考えてますけど」
「そうじゃなくて、もっと大事にしてほしいというか」
「十分しているつもりですけど」
「してないわよ」
全然通じてない、どころか自覚もない? えー。どういえばいいの? まぁ、最初から自覚してないと思っているから、ちゃんと気づいてほしいってニュアンスで話しているわけだけど。この言い方で伝わらないの?
「別に私、どこも怪我してませんけど」
あまつさえ、そんな見当違いなことを。うーん。どう、どう言えば。
「ああ、もう、そうじゃなくて、大事にしてほしいのは気持ちって言うか、精神的になの」
「はぁ。察しが悪くてすみません。もっと具体的に言ってくれませんか?」
「えー? こういうこと自分で言うの恥ずかしいんだけど。何というか、涼子ちゃんは私のことばかり考えて、私優先で考えてくれているところがあるみたいだから、そうじゃなくて、涼子ちゃんの人生は涼子ちゃんのものなんだから、私に遠慮とかせず、ちゃんと自分のやりたい人生を考えてほしいって、そういう事なんだけど」
う、は、恥ずかしい。なんだこのセリフ。私のこと好きすぎるでしょって、素面で言うとか、拷問か。なんでこんな辱めをうけるのか。
「私、由美子さんが思っている以上に自己中に、自分の都合で物事考えてますよ?」
と、恥ずかしさで悶えていると、涼子ちゃんは首を傾げながらきょとんとした。クールに返答された。
まぁそりゃ、自覚してないのに、ただ言われても困るわよね。自覚を促すには、どう言えばいいのか。普通に、私がそう思った経緯を言えば、さすがに納得する、わよね?
「え、いや、そんな冷静に言われても。私もね、今までそう思ってなかったんだけど、この間、私の為に進路捨てるって言っていたの聞いて、これはさすがに、まともな関係じゃないわって危機感を持って、涙を呑んで無視してたのよ? わかる? だからその呆れ顔やめなさい」
納得するまで説明はします。でもいい加減、その顔はシリアスにもどそっか。こっちはずっと真面目に話しているのに、そんな普通の、よりむしろ軽い感じでいられると、イラってするし無駄に恥ずかしい。
「あ、すみません。でも、私そんな、進路捨てるって言いましたっけ」
よし。真顔になった。ここからが本番よ!
「言ったわよ。高卒で働くって、気軽に言ったじゃない」
「あ、それですか。でもそれはあくまで、由美子さんが本当に大変なら、逃げ道になりますよって、意味です。別に、大学を出るのに、数年余分にかかったり後回しになるくらい、由美子さんと一生共にすることに比べたら些細ですよ」
「どこが些細、って、ん? 後回し?」
「ん? そうですよ? あれ、もしかして一生高卒って思ってました? そんなわけないでしょう。別にそれが悪いとは言いませんけど、特に希望職種もない今、大学卒業しているってレッテルは必要ですよ。でも、由美子さんが大変なら、そっちを優先して、大学は後回しでも構いません。長い人生ですから、もしかして、それを言ってるんですか?」
え? あれ? なんか話がずれてる? えっと、とりあえず私が言っているのはその発言のことだから、質問はイエスよね?
「そうよ。だって、私の為に普通に進路する予定をやめるって、変じゃない。依存した関係だわ」
「そんなことありません。仮に私が、予定通りに年齢通りで大学に行くってことにこだわることで、由美子さんを一人にして、体や心を壊したらどうするんですか。そうなって、由美子さんを失うなんてこと、考えられません。それならまずは由美子さんを優先する。それだけの話でしょう。これのどこがおかしいって言うんですか」
「う、そ、それはだって、でも」
あれ? ちょ、ちょっと待って。私、勘違いしてた? え? だって、あら? は、話を整理しましょう。
えーっと、まず私は、涼子ちゃんが、私の為なら進路を放り投げてしまうような考えで、自分の人生を軽んじていると思った。だから、それは矯正すべきだと思った。お互いがお互いを思い合うだけじゃなくて、自分のことも考えて、自分も相手も尊重しあう関係でいたい。たとえ時間をかけてでも、今直しておくべきだ。と思った。
うん。ここまではいいでしょう。
で、今涼子ちゃんが言うところには、別に投げ出したわけではないと。私がガチで死にそうなくらい大変だって言うなら、一時的に優先して逃げ場所になってもいい、と安心させるために言っただけで、私が立ち直ったなら普通に大学に入りなおすところだった、と。
……え? なんか、それって受け取るニュアンス全然変わってくるわよね?
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