第36話 涼子視点 疑問
走って、由美子さんの家にたどり着く。正直、家を出てすぐに、あ、自転車出せばよかった! と考えたけどもう戻る時間も惜しくて、そのまま走った。
自動ドアも待ち遠しく足踏みし、階段を駆け上がって、鍵をいれて回して、開くが早いかそのままノブをひねって開けた!
はずが、チェーンがかかっていてガクッとなって、派手に音がなった。一瞬、やべっと思ったけど、視線を上げると由美子さんがすぐそこに居て、もう何も考えられなくて、私はただ名前を呼んだ。
「由美子さん!」
「え、りょ、涼子ちゃん?」
呼ばれた由美子さんは、何だかぼんやりした様子で、子供みたいに無造作に目をこすって、ぽかんとした顔で足取りもおぼつかない様子で、壁にもたれるように近づいてきた。
その様子に、何だか毒気を抜かれてしまう。連絡しないでって言ったくせに、会いに来た私に怒るでもない。もしかして、酔っている? いやでも酔った勢いで本音をいった可能性もある。とにかく話し合わなきゃ。
興奮していないみたいだし、普通にお願いして入れてもらおう。
「由美子さん、開けてくだ、え? あの、泣いて、ます?」
だけど近づいてきたその顔に、驚く。由美子さんは廊下の電気をつけていなかったから、脱衣所からの光で逆光でよく見えなかった。でもこっちに来て、通路の明かりで前から見た由美子さんは、ありありと涙の跡があった。
単なる跡だけじゃなく、普通に号泣したみたいな、泣き顔だった。
「えっ、あ、やだっ。な、何で来たのよっ」
思わず指摘すると、今気づいたみたいに、由美子さんは両手でその顔を隠して前かがみ気味にうつむいて、そう強めの声を上げた。
こんな状況だけど、すごく可愛くて、どきっとした。あー、好きだって、絶対別れたくないって思った。絶対に説得する。無理なら、もう実力行使をしてでも、振り向かせる。その為には中に入らないと。
「話したいんです」
「私には、話すことなんてないし、帰ってよ!」
「大きな声を出さないでください。近所に聞こえますよ」
興奮してきたように声を出す由美子さんに、あくまで淡々と返す。こんなに弱っている由美子さんに、私もキツイ言葉で話す何てできるはずがない。とっくに怒りは納まっていた。
由美子さんをどう口説いてその気にさせるか、そもそもどうしてこうなったのか、改めて優しく聞き出していこう。冷静に、落ち着こう。ただでさえ由美子さんは年上なんだ。なら冷静にならないと、アドバンテージは取れない。
「いいんですか? 入れてくれないなら、このままここで私も騒ぎますよ」
「……い、いれてもいいけど、お風呂、はいるところだから、待ってて」
「わかりました」
私の言葉に観念したのか、由美子さんは躊躇いながらそう言った。位置的に、そうだろうとは思ったので、それは異論はない。その間に、由美子さんが冷静になってしまうかなと思ったけど、それは仕方ない。
混乱する由美子さんを丸め込むより、お互い本音を話し切って、納得して付き合うのがベストだ。
「顔、恥ずかしいから、ドア閉めて、私が解除してから、ちょっと待ってから、入ってきて」
う、だから。そういうとこが、可愛い。と言うか、私のこと嫌いって言ったのに、気にしすぎだし、そんな態度、期待するに決まっている。
何か理由があって、本当は私のこと嫌いじゃなくて、あの女の人も、好きじゃないんですよね?
「わかりました。急にきてすみません」
「……ううん。来てくれて、嬉しい」
由美子さんはそう言って、少しだけ手をずらして、はにかんだ。
そんな顔されると、期待、するよ。期待するし、絶対、諦めるなんて無理だ。もし諦めさせるつもりなら、絶対に、逆効果だよ。
部屋に上がる。脱衣所の前を通るときは、ちょっとどきっとしたけど、スルーする。ここで馬鹿をやる年は過ぎた。
部屋の中はすこし散らかっていた。夕食を食べたままの状態で、お酒の缶も転がっていた。片付けておこう。手持無沙汰だし、集中しにくい。
○
「お、お待たせ」
「いえいえ。突然来たのはこちらですから」
由美子さんがお風呂から出てきた。当然のように、薄着の部屋着でどきっとする。真面目な話をするのに、誘惑するのはやめてほしい。
由美子さんはおどおどしたような感じで、自分の部屋なのに居心地悪そうに、私と机を挟んだ位置に座った。てっきり隣に来てくれると思ったので、上座(ベッド側)に座ってしまった。
でもここから移動するのもおかしいので、私はそのまま向かい合った。
「あ、片付けたの? ご、ごめんなさい。その、来ると思ってなくて」
「いいんですって。気にしないでください」
「ありがとう……その、えっとー……、よ、用って何?」
由美子さんは目線をそらしながら、そう私を促した。確かに用がある、話があるって言って来た訳だけど、私からか。
ちょっとだけ、悲しくなる。自分からは何も言ってくれないんだ。弁明もしてくれないんだ。いや、きっと私に甘えているんだ。ならここは、大人にならないと。
「どういうつもりですか? 私と別れるなんて。好きな人ができたとか、寝ぼけたこと言ってましたけど」
「ね、寝ぼけたって……確かに、あれは私が、悪かったわ。あの人は、好きな人じゃないわ。ただの友達」
っ! う、や、やった! やっぱり! 信じてました! 私に黙ってそういう事しちゃう人じゃないって、信じてました!
って、ただ喜んでる場合じゃないよね。そもそもなんであんなこと言ったんですか? 明らかにおかしいでしょう。すでに泥酔してたとか?
「そうでしたか。それは本当に、よかったです。でも、どうしてそんな嘘を?」
「……涼子ちゃんが、好きなのかなんて、言うからじゃない。あんなこと言われて、頭に血が上らないとでも思っているの?」
「え、そ、そこで、あんなに怒ったんですか?」
「当たり前でしょう? 私が、涼子ちゃん以外の人を好きになるって、本気で思って質問したわけ? そんなことあり得ないのに、ひどいわ」
「う、あ、そ、それは、その、すみませんでした」
涙目で睨まれた。可愛すぎか。え、てかじゃあ、あの言葉は、完全にイラついたから売り言葉に買い言葉なノリで言っただけなんですか? それで号泣してたんですか? なんですか、そのポンコツ感。言っちゃったとして電話してきてすぐ訂正してくれれば済むのに。何泣き寝入りしようとしてるんですか。可愛いけども。
もうほんと、恋愛に関して臆病すぎる。普段は普通に大人っぽくて、生活もちゃんとしててびしっと決めてて、格好良くて美人でうっとりするのに、私には甘えて怯えてびびって泣いちゃうとか、もう本当、そういうとこが好きですよ! めんどくさいなぁ。
って、あれ? ちょっと待った待った。でもこれで全部解決ーとはならない。だって、そもそも私だって普段ならそんな勘ぐりはしない。由美子さんが私のことガン無視するから不安になったんだ。
「でも由美子さん、私のこと無視しましたよね」
「え……なんのこと? それは確かに、忙しかったけど」
「いやそんな、あからさまにぎくっとしてから、顔をそらして言われても」
わざとしてるんですか?
「……確かに、無視していたわ。認めましょう。でも、なんでだと思う?」
「え? 無視しといて質問とか、何なんですか?」
「……うるさいわね、さっさと考えなさい」
何だか理不尽だ。開き直るにもほどがある。察してちゃんか。
でも仕方ない。ほかならぬ由美子さんなのだから、考えよう。私を無視した理由、ね。忙しいだけじゃなく。……本気で、私への好感度が下がって、優先度が下がったから、くらいしか思いつかない。でもそれではないはずだ。
由美子さんは、大真面目な、真剣すぎるくらいの顔で、じっと私を見つめて、答えを待っている。とてもじゃないけど、顔恐いですよーなんてちゃかしてうやむやにできる雰囲気じゃない。でも、無視した理由なんて、一つしか思い浮かばない。でも、それだけは違うって、信じてる。
「……」
「……わからない? ヒント、ちゃんと考えて」
「え? ちゃんと考えて、がヒントですか? ……由美子さんのことをもっと四六時中気にかけてほしかったから、わざとつれない態度をしたとかですか?」
だとしたら、さすがにめんどくさすぎる。しかもヒント形式とか。許しはするけど、いくら何でも文句を言うレベルだ。可愛いだけで済ませられない。いや最終的には許す自分は目に見えているけれども。
と考えていると、由美子さんは胡乱げな目を向けてくる。
「違うわよ。そんなわけないでしょう。じゃあヒント2、むしろその逆よ」
「えー? 由美子さんのことを考えてほしくなかったってことですか? それって、何か隠し事があるから、ってことは、サプライズ的な何かを考えてくれたってことですか?」
「違うわよ。もー、いいわよ。ちゃんと言うわ」
「初めからそうしてください」
言葉で言わなきゃわかるわけないんですから。これがいちゃいちゃ中なら、甘えて察してよーとか言われても全然余裕で許しますけど、でもシリアスな場面では真面目に話し合いましょうよ。私たち、何も言わなくても相手のこと全部わかっているの、とかってお花畑な付き合いでもないでしょうよ。
面倒すぎるやりとりに、不満を隠さずに言うと、由美子さんは依然として真剣な顔のまま、口を開く。
「怒るわよ。あのね、私は、涼子ちゃんにもっと、涼子ちゃん自身のことを考えてほしかったの」
そして、それは私自身が自分から考えて、言われたからでなく、自分の意思でそうして欲しかった。と由美子さんは言った。
それは確かに、自分で自分のことを考えるのに、人の意思が入ったらおかしいというのはわからなくはないけど。でも意味がよくわからない。自分のことなのだから、普通に考えているけど。自分の何について考えろと言うのか。
「由美子さん、仰る意味がよくわかりませんけど。私は私のことを考えてますけど」
「そうじゃなくて、もっと大事にしてほしいというか」
「十分しているつもりですけど」
そりゃあ、由美子さんが怪我しそうになって、思わず身を挺してしまったことは過去にあったけど、でもそれはその時怒られたり色々あって、終わった話だ。最近になって、別にそんな自暴自棄にするようなことは一切なかったのに。
急にこんな、ガン無視なんて感じの悪い方法で、私に考えさせるようなものじゃないだろう。
「してないわよ」
「別に私、どこも怪我してませんけど」
「ああ、もう、そうじゃなくて、大事にしてほしいのは気持ちって言うか、精神的になの」
「はぁ」
話しが通じなくて苛立ったように言われたけど、いやそれこそ意味が分からない。と言うかどっちかと言うと、私は自分のことばかり考えてしまって、由美子さんを呆れさせてきたことの方が多いというのに。
「察しが悪くてすみません。もっと具体的に言ってくれませんか?」
「えー? こういうこと自分で言うの恥ずかしいんだけど。何というか、涼子ちゃんは私のことばかり考えて、私優先で考えてくれているところがあるみたいだから、そうじゃなくて、涼子ちゃんの人生は涼子ちゃんのものなんだから、私に遠慮とかせず、ちゃんと自分のやりたい人生を考えてほしいって、そういう事なんだけど」
……? んん? えーっと? そ、そうか?
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