第34話 涼子視点 不穏
由美子さんの様子がおかしい。仕事で忙しいのは仕方ないけど、久しぶりのデートでも、なんだかずっと上の空だった。
私が頼りないからなのは、でも急には変えられない。どうすればいいのかわからなくて、今まで通りにしかできない。
だから何でもない風に、由美子さんには今日は久しぶりに会えて嬉しかったし、またいつでも会いに行きますって送った。でも、返事はなくて、既読すらつかなかった。
それからも日々の連絡を、先日までと同じように送った。送ったけど、既読がつかない。
初日はわかる。でも二日目の夜から、変な汗が出てきた。三日目には、アプリを起動する指先が震えた。
だって、おかしいに決まっている。由美子さんが携帯電話を紛失しているとか、そう言うことでもなければ、全く見ることもないなんて、いくら疲れていても意図的でないとあり得ない。
見る気がなくても、間違って触ってしまうことだってあるのに。こんなにためたら、邪魔だ。一回二回なら、他のに埋もれたり、後でと思って忘れたと言い訳できる。
でももう10以上送っているのに、全くの無視なんて、あからさまだ。あからさまに、避けられているとしか、思えない。そう感じてしまう。嘘だよ。って思うけど、でも紛失したとしても、絶対すぐ連絡して代替用意するし、由美子さんは私の電話番号もメルアドも暗記しているんだから、すぐに教えてくれるはずだ。
恐い、と思った。私が何かしてしまったのか、と思って、すぐにそうではないと首を振る。だって、私は何もできないのだ。私では、何も由美子さんの力になんてなれなくて、支えることができないのだ。
いや、疲れているだけだ。本当に、他に何もする気がないほど気力がないだけだ。だからこのまま待てば、由美子さんから声をかけてくれるはずだ。そう、自分に言い聞かせるけど、由美子さんがもし私を好きでなくなったのだと考えると、とても怖い。
私にできるのは、馬鹿みたいに何にも気づいていないように、いつも通りの連絡文を送るだけだ。
そして由美子さんから連絡がないまま、五月になり、ゴールデンウィークがきてしまった。昨日は思い切って、明日からゴールデンウィークだし、せっかくだから会いたいと送ったけど、やっぱり返事はなかった。
「はああぁ」
ため息がとまらない。連休の朝を迎えても、携帯電話をチェックして、寝る前と変化のない画面に、気持ちは常にブルーだ。皮肉にも、お天気は最高である。こんな日は由美子さんとお出かけして、広場や喫茶店のテラスなんかで日をあびてのんびりしたい。
あー……由美子さんに会いたい。本当に、会いたい。今すぐ会って、聞きたい。どうして見てくれないの? 私のこと、興味がなくなったの? ただ、今が忙しいだけなら、いつまでだって、待つ。
頼りないなら、頼れるように頑張る。由美子さんが望むようになる。身長だってもっと伸びるし、高収入になる予定だし、いわゆる三高っていう……あれ、高収入高身長とあとなんだっけ、まぁそれは何でもいいか。
ともかく、できる限りのことはするつもりだ。なのにどうして、何も言ってくれないのか。
この間会った時も、様子はおかしかったけど、でもちゃんといつもみたいに抱きしめてくれたり手を繋いだのに。会いたいって、由美子さんから言ってくれたのに。
どうして、急に? 疲れていたから、私を呼んだけど、思いのほか癒されなかった? なんか違うなって思ったの?
「……由美子さん」
あなたがいない人生なんて、考えられない。由美子さんと出会わなければ、きっと私はこんなに人を好きに何てならなくて、ちょっと世間を舐めたままお金稼ぎだけしていたようなのしか考えられない。
だから、会いに行こう。とにかく会って話そう。
○
「……」
意味が分からなかった。家を訪ねたけど不在で、疲れているんじゃなかったのかとか考えてしまって、でも勝手に来たのはこっちだし、生活に必要なものはどうしたって買いに行ったりしなきゃいけない。と考え直した。
頭を冷やしてから、夕方にでももう一回訪ねようと決めて、でも家に居ても落ち着かないだろうから、とりあえずモールでうろうろすることにした。
お昼を食べて、軽くぶらついていると由美子さんと見たいなと思っていた映画をしていた。すぐに改善できる気もしないし、したとして映画だけが全てじゃないので、時間つぶしに見ることにした。連休だけあって、結構人が多い。
話は結構面白かったし、やっぱり由美子さんを誘おうかなと前向きな気持ちになれた。
それで15時も過ぎたので、そろそろ手土産の一つでももって、もう一回由美子さんの家に行こうとして、ぱっと、その姿が目についた。
由美子さんがいた。この人ごみの中でも、すぐにわかった。視界に入った瞬間に、すぐわかった。だって、由美子さんのことだから。大好きだから。いつも考えているから、後姿だって間違うわけない。
「ーー」
「ーーー」
由美子さんは、知らない女の人と歩いていた。
これが普通の状態なら、たまたま会えてラッキーってなもんだ。なんならそれを期待して、時間を潰す先にモールを選んだ。普段なら、お友達と出かけてたんだ。ってだけだ。
でも、今は、それだけで流せない。とてもじゃないけど、平静ではいられない。
だって、私の連絡はあんなに無視して、忙しいだけだ。大変なだけだ。疲れているだけだって自分に言い聞かせていたのに。
その人とは普通に会うんだ。そんな楽しそうに笑っちゃうんだ。しかも一緒に買い物して、あれ、よく見たら相手が持ってるのトイレットペーパーとか? これから一緒に家に帰るんですか? 家にいれちゃうんですか?
それ、おかしくないですか? 恋人は私なのに。そんなのおかしいじゃないですか。だって、じゃあなんで、私のこと無視するんですか? 私はいったい、なんなんですか? 言いたいことがあるなら言えばいいのに、なんで、何も言わないの?
頭の中がめちゃくちゃになって、今すぐに由美子さんに駆け寄って問いただしたかった。
だけど、そんなこと、無理だ。外だし人も多いし、全然勘違いだったら、勝手に関係を暴露することになる。こんなところで問い詰めて、冷静に話し合えるわけがない。
それに何より、あまりの衝撃と恐怖で、私の足は一歩も動かなかった。由美子さんの背中が人ごみの向こうへ消えていくのを、馬鹿みたいにじっと見送っていた。
「……っ、はぁ」
何をしているんだろう。何だか、頭がくらくらする。私は家に帰って、ぼんやりとしていた。
そして夜になって、母に言われるまま晩御飯を食べて、お風呂に入って、段々と、怒りがわいてきた。
何をやっているんだ、私は。こんなの、どう考えても、怒っていいレベルだ。さすがに一緒にいた人が単なる友達だったら迷惑だからそこは我慢するとして、何をショックを受けて呆然としているんだ。
すぐに連絡しよう。ご機嫌伺いなんかしない。怒鳴って詰って、由美子さんが反省するまで許してあげない。何を弱気になっていたんだ。何も言われていないのに、嫌われたのかとか、うじうじして。私は馬鹿か。聞かなきゃ何にもわかんない。はっきりさせなきゃ、始まらない。
すぐに私は電話をかけた。何コールもかけてでないまま、勝手に切れた。コール制限がうっとうしいと思いつつ、かけなおす。かけなおす。かけなおす。かけなおす。
「……はい」
「っ……こんばんは、由美子さん」
何度もかけなおすと、ようやく、つながった。私は口から飛び出そうになる喜びの声を抑えて、平静を装って挨拶をする。まずは話をしよう。全て何かしら、理由があったのかもしれない。
「こんばんは。その、何か用?」
どこか気まずそうな歯切れの悪さで、由美子さんはそう答えた。ここからが、大事だ。順をおって優しく、答えやすいように聞こう。
「はい。お久しぶりですね。連絡も、見てくれてないみたいですし。大変ですか?」
「そ、そうね。毎日、忙しくて。ごめんなさいね」
「へぇ。そうなんですか。ところで今日、由美子さんが知らない人と歩いているのを見たんですけど……あの人のこと好きなんですか?」
「は?」
しまっ、何を、言っているんだ私は。全然遠回りじゃないし、そもそもなんだ、その悪意しかない聞き方。でも、だって、それが、一番の不安だったんだ。何より聞きたいことだったんだ。
私への好感度が下がっても、それでも私が一番ならよかった。一番でなくなっても、まだほかに好きな人ができるまでは大丈夫だ。挽回できる。でも、もし他の人を私より好きになったら? それだけは絶対に、許せないことだ。
「……見てたんだ」
由美子さんの反応は、怒った声だった。意味が分からない。困惑して誤魔化したり、的外れで呆れているとかじゃない。怒るって、なにそれ。逆ギレ?
どう反応すればいいのかわからなくて、声を出せない私に、由美子さんは続けた。
「そうね、そうよ。だったら、何よ! 他に好きな人ができたから別れましょう! 涼子ちゃんなんてもう知らない! 大嫌い! もう連絡してこないで!」
「なっ」
電話が切られた。
肯定された? え、好きな人ってこと? 大嫌いって、なんで? わけがわからない。本当に好きな人ができたって言うなら、謝れよ。キレるってどういうこと?
「っ」
携帯電話を、思いっきりベッドにたたきつけた。反動で飛び上がって床に転がった。がんっと思いのほか大きい音が出た。
なん、なんなんですか? 意味が分からない。こんなの、わけがわからない。別れるってこと? なんで? この間はちょっとおかしいけど、でも何も言わなかったのに。それから完全無視していきなりこれって、どういうこと?
「……」
いや、落ち着こう。
携帯電話をひろって、ベッドに座りなおす。
明らかに、由美子さんはおかしい。仮に、本当に他に好きな人ができたのだとしよう。で、私と別れたいとしよう。でも、だとして何も言わずに無視しようとしたり、こんな勝手なことをする人だった? 仮にそうだったとして、こんな話し合いとも呼べないやり取りで、納得ができる?
できるわけがない。
「っ」
立ち上がって、すぐに着替えて、必要なものだけ掴んで、家を飛び出した。
顔も合わせず、こんな一方的な話で、納得できるはずない。話し合わなきゃ。由美子さんが嫌がっても怒っても、家に押しかけて、無理やりでも話さなきゃ。
幸い、家の鍵はあずかっているし、マンション入り口のオートロックの解除方法も教えてもらっている。部屋に押し入ってしまおう。
本当に、本当に私を好きじゃないというなら、思い出させてやる。私をあれだけ好きだと言ったことを、その思いをなんとしてでも思い出させてやる。私なしじゃいられないようにしてやる。
だってもう、私は由美子さん無しじゃいられないんだ。ならそれが、対等ってものだ。例え誰が何といおうと、私は由美子さんと一緒にいるんだ。例え、由美子さん自身が嫌がったとしても、今更、なかったことになんてできない。
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