第32話 由美子視点 別……れる?

「はぁ」


 涼子ちゃんと久しぶりのデートから、家に帰って、一日考えてみたけど、どうすべきか全くわからない。

 涼子ちゃんに、自分の人生をもっと考えてほしい。だけどそれをどうすればいいのか。わたしのことを考えてくれるのは嬉しい。でも、ないがしろにしてほしくない。


 我儘なのかもしれない。でも私は涼子ちゃんより年上な以上、道を示してあげるべきだ、と思う。あー、でも本当、私ってそんな大層な人間じゃないし、偉そうなこと言える立場じゃないんだけど。そもそも小学生に恋しちゃった時点で、全然やばい人だし。

 それに精神年齢だって、全然低くて、涼子ちゃんに甘えまくりだし、威厳もないし、勉強教えてあげるって言っても、普通に年上だからできただけで、同学年だったら普通に負ける程度の学力だ。


 そんな私が、涼子ちゃんに、どうしてあげればいいのか。どうすべきなのか、わからない。


「……ふっ」


 どうすべきかわからない? 甘えるのもいい加減にしろよ、私? 本当はわかっている。涼子ちゃんに自分のことを振り返らせて、考えさせる方法を。私でもできる、簡単な方法を、一つだけはすぐに思い付いている。


 私が、涼子ちゃんと別れれば、涼子ちゃんは私だけのことじゃなくて自分のことを考えざるを得ない。


 そんな簡単なことは、最初から思いついていた。でも絶対にしたくない。だから思いつかなかったことにした。私なんかが涼子ちゃんを導くとかおこがましいし、自分で選んだならいいじゃんとか、そういう風に誤魔化そうかとすら考えた。

 でもそれは、駄目だろう。恋人であることを抜きにして、小学生の頃から知っている相手が、簡単に進路を放り投げようとしたら、普通注意するでしょ? もっと考えなよって言うでしょ? それが普通じゃない? 私自身が駄目だからとか、恋人として対等なのにとか、関係ない。


 涼子ちゃんが私にとって大切な人であるからこそ、自分の人生の大切さをもっとわかってもらいたいし、わかってもらうために努力すべきだ。

 その為には、多少自分が損をしたとしても、憎まれ役に回ったとしても、だ。


「涼子ちゃん……はぁ」


 言葉では、絶対に言い負かされる。だからこそ、実力行使で別れてしまって、無理やり自覚させるしか、私には思いつかない。私は馬鹿だから、他には思いつかない。絶対に別れたくない。私の人生に、涼子ちゃんは必須だ。


 でも考えよう。別れたくないけど、涼子ちゃんを自覚させるために、一時的に別れる必要がある、と考えないといけない。普通なら、別れたらもうおしまいだけど、でも私たちはもう長い付き合いだ。

 別れたとして、涼子ちゃんは自分を振り返って改善してくれるはずだし、そうなってから私が声をかけるまで、ちゃんと私を好きなままでいてくれるはずだ。それからやり直そうってネタ晴らしして、そうすれば元通りになれる、はずだ。それだけ信頼できるくらい、私たちには長い時間を一緒に過ごして、お互いの気持ちを理解している。


「……」


 いや、そんなうまくいくかなって思わないでもない。でも、涼子ちゃんは頭のいい子だ。きっと私への愛情が薄れてしまう前に、ちゃんと改善して思い直してくれる。そうしたらすぐに告白すればいい。

 まさか別れてすぐに気持ちを切り替えて、すぐ恋人なんかを他に作ったりするわけがない。大丈夫。私は涼子ちゃんを信じてる。涼子ちゃんは私を心底愛しているんだ。簡単に、寝とられたりしない。


「う、うう……やだぁ」


 涼子ちゃんが他の子と仲良くしている想像してしまった。死にたい。駄目よ。許せるのは手を繋ぐまでだから。恋人つなぎとか論外だし、抱擁とか問題しかない。キス? そうなる前に脳内で相手を殺したわ。……いや、勝手に妄想して何をやっているんだ、私は。


 だ、大丈夫。大丈夫よ。もしそうなっても、私が大人の魅力で誘惑すればイチコロ! ……悲しい。で、でも大人の魅力はともかく、私のことが好みのタイプなのは間違いないんだから、大丈夫。大丈夫。

 ぱっと別れて、ぱっと付き合えばいいんだ。うん。そうよ。それだけの話。なんなら涼子ちゃんなら一週間とかで自覚して、自分からもう一回告白してくれるかも知れないし。


 だから大丈夫。前向きに考えよう。

 もう別れたあとのことは考えない。全てがうまく行ってすぐ復縁できると言うことにしよう。

 私はあれやこれやと同時に考えられるほど、器用じゃない。するしかないんだから、別れる前提で、その方法を考えよう。


 普通に考えたら、急だし、他に好きな人ができたとか? でもそれだと、復縁の際に少なくとも向こうから来てくれないし。


「って、ん?」


 いやでも、好きな人ができたと言ったとして、別れられるか? 仮に私が言われても、すぐには信じられない。それに、本当に? とかしつこく聞かれても誤魔化せるような演技力もない。

 好きじゃなくなったとかも、無理だ。今付き合ってる余裕がないとか……普通、待つわよね。て言うかそれこそ、じゃあ今すぐ学校もやめますとか言われたら困る。


「……え? 嘘でしょ?」


 別れる方法、なくない? そもそも、本当に他に好きな人ができたとしても、涼子ちゃんならじゃあ体に聞いてやる! とかしてきそうだし、そんなの絶対拒否できなくて、ソッコー涼子ちゃんに戻ってしまう気がする。

 好きな人と別れるって、どういうケース? 遠距離とかくらいしか思い付かない……あー、でも、そうね。距離をおく、がベストなのかしら?


 言葉で別れようって言ったって、そんな嘘を普通に言える気がしない。なら避けて避けて避けまくって、忙しいと言い訳して自然消滅くらいしか…………え、でもそれって復縁しにくくない? ってか、復縁はするとして、めっちゃ時間かかるわよね?

 仕事忙しいのは本当なのに、数ヵ月か何なら数年単位で涼子ちゃんと別れることになるの? 癒しはないの? ご褒美もなしで頑張らないといけないの?


「…………はぁ、つら」


 そこは、それこそ、私に不利益だとしても、涼子ちゃんのためにってこと、よね。

 うう、辛い。想像だけで辛い。本当に嫌だ。


「……はぁ」


 とりあえず、涼子ちゃんからの今日のデートの連絡が来る前に、ゴールデンウィークとかお休みも会えないし、連絡もあんまりできないって断っておこう。

 それで、全部スルーしていくのだ。あー、地獄か。いや、でも、あれよ。


 これも涼子ちゃんと、清く正しいカップル関係になって、一緒に暮らして事実婚する為には必要な試練なのよ。そう。今なら修正も簡単なはず。これが、大人になって、二人で暮らしてからとかなら、もっとこじれる。

 今がベストタイミングのはずだ。そう。前向きに考えよう。涼子ちゃんのためだし、私も変に罪悪感とかもちたくない。


 ここで決めないと、納得するまでやらないと、一生後悔する。うじうじして、涼子ちゃんと真っすぐ目を合わせられなくなる? そんなの気まずくって、ガチで別れたらどうするのよ。一人寂しく余生を過ごすとか絶対嫌!


 だから、仕方ない。

 はぁ、涼子ちゃんに会いたいよぉ。これからしばらく会えないとか、地獄か。あー、せめて黄金週間で、イチャイチャしてから……そんなことしたら、ますます急に? って怪しいですよね。わかってます。


 今なら、一か月会えなかったし、ちょうど距離が空いていたんだから、そんなに怪しまれないはず。いきなり抱き着いたけど、まぁ、これからイチャイチャしてからよりはましだ。会わなければ、嘘も見破られようがない。


「……寝よ」


 とりあえず寝て、つらいことは忘れることにした。









 そしてそれから数日。私は先日まで返信しようしようと、既読はつけても入力で力尽きていた。なのに返信をしないのだと決めてから、余計につらく感じた。後ですればいいと夕食やお風呂は普通に済ませていたのに、今ではその時間すら、意識してしまって、涼子ちゃんのことばかり思っていた。


 それでも幸いなことに、仕事中は涼子ちゃんを忘れようととにかく力を入れたので、仕事にまで影響が出ることはなかった。これで仕事までめちゃくちゃになったら、もうフォローのしようもないからね。無視してこっちが駄目とか、涼子ちゃんに申し訳が立たない。


「山口さん、その書類整理終わったら、ちょっと休憩していいから」

「いえ。私、できるだけ早く仕事を覚えたいんです。もうすぐ終わりますので、お手すきなら教えて欲しいです」

「うわぁ、やる気だねぇ。若い。まぁ、じゃあ終わったら私の席に来てね」

「はい。ありがとうございます」


 指示された書類を、漏れがないかチェックして種別順に整理して、第二書架に収納する。終わったらすぐに先輩の元へ向かう。


「先輩、今よろしいですか? お願いしたいのですが」

「お、早いねぇ。力持ちか」

「そうですね、そこそこ自信があります」


 元々体を動かすのは結構好きだし、涼子ちゃんのことを持ち上げたりだっこしたりもよくしていたので、平均よりは力もある方だと思う。あ、涼子ちゃんこと考えてしまった。仕事仕事。


「そっかー、じゃ、悪いんだけど力仕事頼んじゃおうかな」

「何でも言ってください」

「ん? 何でもって言った?」

「はい。えっと、教わったことなら、何でもします」


 意味ありげに聞き返されて、大口をたたいてしまったと反省する。どんな指示でもききますってことだったんだけど、何でもできますって主張に聞こえたのかも。やる気が空回りしているなぁ。恥ずかしい。


「あ、そ。じゃあ第一資材置き場から、A4とB5の束、2箱ずつ持ってきてもらって、部署内のコピー機の中と横の予備棚に補充してくれる? あ、倉庫内の台車つかっていいし、無理して腰いわしたりしないでね」

「了解しました」

「誰かしら気づいたら補充するんだけど、新人がする風潮やっぱあるし、倉庫まで行くのは毎日じゃないけど、できれば気にかけて補充してくれると助かるー」

「わかりました。任せてください」

「……真面目なのはいいけど、まぁ、なんだろ。ほどほどにね。じゃ、終わったら、次のやつ用意しておくから声かけてね」

「わかりました」


 できれば書類仕事とか頭を使うほうが、涼子ちゃんを脳内から追い出せていいんだけど、贅沢は言っていられない。真面目に一生懸命すれば、肉体労働でも無心になれる。

 頑張るぞー。


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