第28話 冬の過ごし方
「お? 由美子さん、こたつ出したんですね」
「ええ。おコタは冬の代名詞と言ってもいいわ。と言うか毎年出してるじゃない」
そんな、お? なんて声出す必要ある? 私と涼子ちゃんの付き合いはすでに五年目で、冬になると小さなローテーブルを片付けて一人用炬燵が部屋の場所をとるのが毎年の恒例だ。
「いえ、まだ10月なので、さすがに予想外でした」
「今週末には台風もくるし。雨の日なんかぐっと気温が下がるじゃない」
こういうのは、早めに出すくらいがいいのだ。寒くなってからでは遅い。
私の説明に涼子ちゃんは、ははぁ、なんて意味ありげに相槌をうちながら、こたつの中に足を入れた。
「あれ? まだ電源入れてないんですか?」
「さすがにね。でも入ってると暖かいでしょ?」
「まぁそうですね。というかこたつ布団、新しくなってません? 前のは青かったような」
「そう! そうなのよー。ふふ。新しくしたの。いいでしょ」
もう何年もずっと使っているので、汚れが気になっていたのだ。元々、私が自分用の部屋を持つまでリビングにあった炬燵布団を流用したので、結構食べこぼしの染みとかあったし。その時に買い替えた新しい炬燵布団は今もリビングで現役だ。
その分、この一人用炬燵にしては炬燵布団のサイズが大きかったのはよかったけど、今年出すにあたってついにほころびから小さくだけど破けたので、思い切って新しく買うことにしたのだ。
「そうですね。敷布団までひいたんですね」
「セットで安かったの。元々絨毯だからいらないと思っていたけど、あるとやっぱり違うわよね。このすべすべした感触。靴下を履いていてもなお、気持ちいいんだもの」
「ご機嫌なようで、なによりです」
私もいつもの定位置に入って、そっと敷布団を撫でる。着る毛布みたいな感じの手触りで気持ちいい。
予算内で余裕で収まってこの気持ちよさ。思い切ってよかった。想像の倍くらい、いい。最高だ。はぁ、こたつ。もうずっとこのこたつ布団は大切にする。
「あれ? 由美子さん、そっち長くないですか?」
「え? ああ、そうよ。こっちだけ長くしているの」
この炬燵机はサイズからして、売られている最小サイズで問題なくつかえる。だけど今まで大きい掛け布団で悠々とくるまれていた幸せを知っている身では、今更小さいサイズ何て考えられない。
こればかりは多少値が張ろうと、妥協できない。でも全く前のままである必要はない。長方形の大きさのものを買って、自分が座る一か所にだけ布団が余るよう調整すれば、前のままの幸せを継続できる。ちなみにこれによって、他の三方は普通に炬燵に適応した長さなので、無駄に床にひろがっていないので、前より少し部屋が広く感じるのもポイントだ。
「えー、じゃあ私もそこに入ります」
「え、いや普通に無理でしょ」
この机、横幅、1メートルもないんだけど? 冗談だと思ったのに、涼子ちゃんはよっこいしょと立ち上がる。
「何を言っているんですか。由美子さんが股を開いてくれれば何の問題もありません」
「言い方」
いつからそんな下品な子になってしまったの? お姉さん悲しい。まぁ? 心当たりがなくはないけど。ちゃんと恋人になってから、色々あったりなかったりしたけど。
仕方ないので、ベッドにもたれる様に少し後ろにさがって炬燵机と間を空けて、足を開く。涼子ちゃんはするりと間に滑り込んでくる。
「おお、相変わらずいい座り心地ですね」
「やめなさい」
私にもたれるのはいいけど、あからさまに胸に頭を押し付けて弾むのはやめてよ。
この涼子ちゃん、どうも恋人になってから、スケベおやじのようになってきた気がする。体格差があるのをいいことに、ことあるごとに胸に顔を押し付けてくる。私だって、涼子ちゃんの胸に顔をうずめたいのに。ずるい。
「と言いながらも、好きにさせてくれる由美子さんが好きですよ」
「もう」
こんなふざけたことを他の人に、例えば幼馴染とかにされたならやめろと言って頭掴んで締め付けるところだ。でも涼子ちゃんなので、まぁいいかなって言うか、仕方ないなぁ可愛いなぁ好きだなぁって気持ちになって、許してしまう。惚れた弱みって、こういうことか。
「でも、こうしてくっつくと、よりあったかいわね」
「ですです。世はエコロジーな節約の時代です」
毎年こんな感じでくっついてきた気はするけど、寄り添うのはやっぱり心地いい。ほっとするして心が温かくなる。
最初は、ただくっつくだけでもドキドキしていた。だけど今は、こうして抱き合うような姿勢でも、痛いくらい心臓がドキドキしたりしない。ただ、心地よくて、幸せな気持ちになる。
そっと涼子ちゃんのお腹に手を回して抱きしめる。涼子ちゃんは黙って、私の手に自分の手を重ねた。涼子ちゃんの手は、まだ少し私より小さい。だけど指の長さだけ見たら、変わらないくらいだ。だからきっと、私より手は大きくなって、私より背も高くなるんだろうな、とぼんやり思う。
そうなったら、どうなるだろう。なんとなくその頃を考えてみて、想像する。たぶんその時には、今度は私が、涼子ちゃんに包まれているのだろう。
そう考えてから、ふと、何だかおかしくなる。当たり前に、一緒にいる前提だった。傍に居たいとか、そういう欲求じゃなくて、当たり前の予想として、考えた。そんな自分が、何故だか少しおかしかった。
「ねぇ涼子ちゃん」
「なんですか? キスしますか?」
「ふふ、それ、自分がしたいんでしょ」
「そうですが、何か?」
振り向いた涼子ちゃんが顎をあげてくるので、くすっと笑ってキスをする。
「ふふふ。いいですね。冬はいいですね」
「まだ冬には早いでしょ」
「そんなことありませんよ。おでんのシーズンも始まりますしね」
「いいわよね、おでん」
「はい、あと肉まんですね」
「ただ、コンビニのおでんって食べたことないのよね」
「え、そうだったんですか? と驚いてみたものの、私もありません」
「でしょうね」
食べたことあったら驚く。あのブルジョワ涼子ちゃんが食べてたら、逆に私が世間知らずみたいじゃない。
「なんかあのおでんって、あんまり味染みてるように見えないのよね」
「そうですね。ただ最近は結構テレビで特集あったりして、興味なくはないんですけど」
「そうなの? 特集はあっても、食べる発想はなかったわ」
だってなんていうか、おでんって、おかずじゃない? 食事は家かお店でするし、肉まんみたいにおやつで食べる感覚がない。家に持って帰ってご飯にしたりもしないし。
そんなに食べたいとも思わないから、特に食べないまま生きてきたけど。でも、確かに一回も食べたことないって言うより、しょうもないことでも、経験はしておいた方がいいかも。
「じゃあ、今度食べてみる?」
「お、いいですね。じゃあ、明日にでも来るとき、買っていきますよ」
「え? 私の部屋で食べる気? 嫌よ。汁物なんて、私の可愛いこたつ布団が汚れるわ」
「どういうことですか。まあいいですけど、じゃあ私の部屋ですか? それか、外で?」
「外でいいでしょ。コンビニの席で食べればいいじゃない」
最近はどこのコンビニでも、多少は飲食スペースがあるしね。お菓子を食べるくらいならいいけど、自室でご飯はちょっとヤダ。匂いも気になるし。
「そうですね。由美子さんはおでんで言うと何が好きですか?」
「やっぱり卵ね。特に、黄身と出汁を一緒に食べると最高よね」
「私も好きですけど、一番となると、私は大根ですかね」
「大根を割った時に、真ん中まで色がついていると、最高よね」
「いいですよねぇ……食べたくなってきました」
「今から行く?」
「お。積極的ですね」
「まだ外も、そんなに寒くないもの。これで真冬だったら、気軽に出かけたくはないけれど」
明日のつもりだったけど、話していたらお腹が空いてきた。どうせお菓子代わりに食べるなら、今日でも明日でも変わらない。一つ二つくらいなら、食べても夕食に影響しないでしょ。
涼子ちゃんを先に立たせて、炬燵から出る。
「んっ、ちょっと寒いわね」
くっついていると本当に温かかったので、離れて出るとさすがに温度差で寒く感じる。ここに入る前は、この格好のままで寒いとまで思ってなかったのに。
部屋着から、外に出る服に着替える。その際、涼子ちゃんがこっちを見ようとするので、上着をかけて見えなくした。親しき仲にも礼儀ありだ。
「いいじゃないですかー。裸だって見慣れているのに」
「それとこれとは別だから」
だいたい、まだ見慣れるって程じゃないわよ。少なくとも、素面では見慣れてないんだから。明るい中まじまじ見られるとか、もってのほかだ。普通に恥ずかしいから。
家を出て、最寄りのコンビニへ向かう。ここのコンビニのポイントカードを作るべきかどうか、悩むのよね。そんなに普段使わないけど、たまにこんな感じで急にコンビニってなると、やっぱ近いここに来るし。
じっくり見ていると、結構色々種類がある。なんなの、だし巻き卵って。ゆで卵じゃ駄目なの? とりあえずここは無難に、卵、大根、こんにゃく、餅入り巾着を購入。涼子ちゃんと半分ずつにして食べることにする。
「んー、涼子ちゃん、耳」
「はい」
「まぁまぁね」
素直に耳を出してきた涼子ちゃんの耳元に、小声で感想を言う。いくらレジに近いわけじゃないとはいえ、同じコンビニ内で大きな声で言える内容ではない。買っているお客さんとかいたら、営業妨害だし。
「そうですね。まずくはありませんけど、別にあんな絶賛することありませんよね。普通に家で作っている方が美味しいです」
「まぁ、お手軽にすぐ食べれるって言うのは、大きいけど」
こそこそ言いながら食べてから、何となく物足りなかったので、肉まんを購入して半分こにして食べながら帰る。
「ん。肉まんはやっぱり、普通に美味しいですね」
「そうね。ちょっと甘い感じで、定期的に食べたくなるわよね」
「私、ピザまんとか結構好きです」
「え、私ピザまん食べたことないんだけど」
何となく邪道な気がして。肉まんとアンマンしか食べたことない。もしかして私、保守的すぎ?
美味しいのかな、と懐疑的な私に、涼子ちゃんは肉まんを食べ切ってお腹を撫でつつ提案する。
「あ、じゃあ明日はピザまん食べましょうか」
「んー、いいけど、太りそう」
「肉まんとカロリーそんな違います?」
「知らないけど、イメージで」
まぁ、涼子ちゃんと半分こなら大丈夫か。
これからも、涼子ちゃんと一緒に、少しずつ新しい発見をしていくんだろうな、と何となく思った。そしてそれは、涼子ちゃんの方が背が高くなっても、きっと続くのだ。そう思うと、何となく、楽しくなった。
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