第27話 風邪!? 大変。すぐにうつしてもらわないと(錯乱) 後編
ゼリーを食べていると、涼子ちゃんがこん、と可愛く咳き込んだ。可愛いとはいえ、風邪の症状だ。とても心配だ。背中を撫でてあげると、涼子ちゃんは口元を隠しながら反対の手で私を制した。
「だ、大丈夫ですから」
「大丈夫って言っても、心配にはなるわよ」
「すみません。ありがとうございます」
「ええ、それはいいけど。気を使わせてもあれだし、そろそろ帰るわね」
最後のゼリーを口に放り込み、そう伝える。普段なら早すぎるくらいだけど、窓も閉めてゆっくり寝てもらうのが一番だろう。風邪は治りかけが肝心と言うし。
「そうですね。うつしても悪いですから、その方がいいです。また、連絡しますね」
その言葉に、ちょっとむっとする。涼子ちゃんが気を使ってくれているのはわかるけど、でもさっき、うつしてくれてもいいって言ったのに。
と思ってから、ちょっと思いついて、悪戯心がわいてきた。
「うつしてくれても、いいって言ったでしょ?」
帰る前に、軽くキスしてやろう。不意打ちで、驚くかな、と思って私は涼子ちゃんの背中にあてたままの手を涼子ちゃんの左肩に添えて抱き寄せるようにして、顔を寄せた。
「駄目ですって、由美子さん。我慢してください」
寄せたけど、涼子ちゃんはさっき当てていた左手をまた自分の口に覆って、右手で私の肩を押し返してきた。そんなに力は入ってないけど、動きをとめるくらいにはなる。
「なによ。さっきはキスしてほしいって感じだったじゃない」
「ほしいですよ。でも、我慢します。由美子さんのためですから」
むむむ? ……仕方ないか。何だか先走ったようで、少し恥ずかしいけど、そうまで言われて強行することもない。でもその、我慢って言い方は辞めてほしいんだけど。
「私を気遣うのは嬉しいけど、我慢って何よ」
「またまたぁ、由美子さんも、私にキスしたいんでしょ? 風邪が治るまで、もうちょっと待ってくださいねー」
手を下ろした涼子ちゃんはぽんぽんと私の肩にある右手で肩をたたいて、からかうようにニヤニヤしてそんなことを言う。
これで風邪で弱っているとか、どういうことなの。うー、否定できないけど。変に否定したせいで、余計に強調されてしまった気がする。
「まぁ、とりあえず今日はそろそろ帰るわね」
「はい。ちゃんと帰ったらうがい手洗いして、気を付けてくださいね」
「私は子供か」
でも、せっかくだ。ちょっと拗ねてみせてしまったし、この空気の微妙なまま別れては、余計に涼子ちゃんに気を使わせてしまう。どうせすでに恥ずかしいのだから、もう少しくらい、涼子ちゃんの為にも甘いことをしてやろう。
「涼子ちゃん」
「はい、なんですか?」
私は涼子ちゃんが下した左手をとって、もう一度涼子ちゃんの口元にあてて、そっとその上からキスをした。
「今日はこれで勘弁してあげるわ。治ったら、覚悟していてね」
「由美子さん……ふふ、ありがとうございます」
驚いたように瞬きした涼子ちゃんは、にこっと笑った。可愛い。ちょっと格好つけたみたいで、恥ずかしいけど、してよかった。
でもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。それに、近くで見つめあっていると、本当にキスをしたくなってくる。頬が軽く熱くなってきたので、立ち上がって誤魔化す。
「じゃあ、今度こそ、行くわね。早く元気になるのよ」
「はい」
にこにこと微笑む涼子ちゃんは、これ以上見ていると危険だ。早く帰ろう。カップを片付け、鞄を肩にかけ、お盆を手に持つ。
「由美子さん、本当に、今日はありがとうございました」
「いいのよ、気にしないで」
と答えて、いざドアを開けようとして、今日は会っている時間が短いからか、はたまた涼子ちゃんが風邪だからか、妙に離れがたくて、つい足を止めてしまう。いつまでもここにいてもしかたないのに。
「由美子さん?」
「えっと、あ、あと……その手、洗う前に、間接キスしといて」
「え?」
不思議そうに呼ばれて、誤魔化すために開いた口は勝手にそんなことを言っていた。しまった。直接キスできなくて間接キスくらいしようかなとか思っていたから、つい。涼子ちゃんにやらせてどうするのよ、と思ったけど、いやでも、それも悪くないかも? 想像したら、ちょっとぐっとくる。
「りょ、涼子ちゃんに、私の愛で元気を分けてあげようってことだから、別に、他意はないから。じゃ、また」
「あ、はい。また」
してほしいけど、その理由を説明できるはずもないので、否定はせずにそれだけ言って逃げるように部屋を出た。
「……」
う。やってしまったかも。なんか、誤魔化そうとして余計に恥ずかしいことを言ってしまった気がする。あー、でも、だって。涼子ちゃんが可愛すぎるから、キスしたくなりすぎて、もう涼子ちゃんを愛でたすぎて、しょうがないんだから、仕方がないじゃない。
でもめちゃきょとんとしてた気がする。最後背中向けたままで振り向かなくてよかった。この顔を見られていたら、とてもじゃないけど余計に見苦しい言い訳をしていただろう。今のなし、とか変になかったことにする方が恥ずかしい。
もう、もう言ってしまったものは仕方ない。だいたい恋人なんだし、多少は甘いこと言ったって、別にいいじゃない。と開き直ろう。うん。
私は居間によって、涼子ちゃんのお母さんに挨拶してから家に帰った。はぁ、私の手にも涼子ちゃんにキスしてもらえばよかった。
○
「先日はご心配おかけしてすみませんでした。涼子、復活! です」
週末を終えて、さらに数日置いた放課後、涼子ちゃんは満を持して我が家へ遊びに来た。連絡はとっていたけど、会えて嬉しい!
数日だけど、会えないってなると寂しかった。この前もちょっとしか会えなかったし、その前は風邪で急きょ会えなかったわけだし。実質一週間くらい会ってないみたいなものだ。
「おめでとう、涼子ちゃん、頑張ったわねっ」
「あ、あんまり真面目にお祝いされると恐縮なので、流してください」
「ごめんごめん。つい」
会えたのが嬉しいので、過剰に祝福感を出してしまった。涼子ちゃんはボケを流されたような反応で両手で私を制した。はい、はしゃいですみません。
涼子ちゃんはお礼だと言って、お茶菓子を持ってきてくれている。お茶を用意して、机の上で出すと、中身は金平糖だった。久しぶりに見た。可愛い。
それに小さいけど立派な包みに入っている。結構お高そうだ。並んで座って、どの味から食べる? なんて相談していると、ふいに涼子ちゃんは顔を上げた。
「あ、そうだ、由美子さん」
「なぁに?」
顔を上げると、涼子ちゃんは意味ありげに左手を顔の高さまで上げてひらひら振り出した。
え? 何? くるくるぱー?
「ちゃんのあの後、キスしましたから」
「! あ、ああ、そう」
しま。わ、忘れていた。間接キスしてね、とか言ったんだった。だって、あの時は涼子ちゃんとキスしたい欲が高まっていたし、なんかテンション上がってたし、つい。
ぐ、ぐぐ。してくれたのは全然いいんだけど、なんか、わざわざこれ見よがしに言わなくても。あの後すぐにきた連絡では触れてなかったくせに。ここでくるか。意地悪。
「ふふふ。あの時の由美子さん可愛かったなー。私と必死にキスしたがって」
「ちょ、ちょっと。勝手に記憶をねつ造しないでよ」
そんなことないでしょ。そりゃしたかったし、しようとしたけど。でも必死とか、言い方。普通だったでしょ。付き合いたてでもあるまいし、そんなねばっこい執着したりしてない。
「えー? そうですかぁ?」
「そうです。きっと涼子ちゃんは風邪で意識がもうろうとしていたのよ、しょうがないわねぇ」
よしよし、と頭を撫でてごまかす。涼子ちゃんはわざとらしく、ごろにゃーんと声を上げて私に抱き着いてきた。
「うーん、由美子さんの体は久しぶりでも柔らかいですねぇ。あといい匂いがします」
「ありがと。でもそのコメントいらないから」
変態じゃないんだから。あと露骨に鼻をならしてかがないで。恥ずかしいから。
「ね、由美子さん」
「なに?」
「これから、覚悟が必要になるくらい、キスされちゃうんですよね?」
きゃっ、なんてわざとらしくも可愛らしい声をあげて、涼子ちゃんは嫌々をするようにそのまま私の胸に頭を擦り付ける。こらこら。
「涼子ちゃん、とりあえず離れましょうか」
「えー、なんでですか?」
「決まってるでしょ? そんなにくっついていたら、キスできないわ」
ぽんと肩を叩きながら言うと、涼子ちゃんは顔をあげてにこーっと笑うと、ぴょんと飛び上がるような動きで離れた。
「もう、由美子さんったら、私のこと大好きなんですから」
「もちろん、大好きよ」
「……くふ。ふ、ふふへ。えへへ」
変な笑いをしだした。そんなに嬉しいのか。涼子ちゃんも、離れていて寂しかったのかな。あんなだったけど、やっぱり風邪で心細かったんだろう。
そう思えば、このにやけ顔も奇声のような笑い声も、可愛らしい。
可愛らしいけど、やっぱりちょっとキモい感じのにやけっぷりなので、キスをして目を閉じることにする。涼子ちゃんの頬に手を添えて顔をよせると、涼子ちゃんはすかさず目を閉じるので口づける。
「ん!」
涼子ちゃんはすぐにそのまま私の首に腕を回してぐっと体ごと寄せてきた。思わず左手を後ろについて涼子ちゃんを支えながら、頬に添えていた右手は涼子ちゃんの腰に回す。
「んんっ」
有言実行として、最初から舌をいれて我慢しないで気持ちのままに口づける。熱はもうないはずなのに、熱くなる涼子ちゃんの口内の気持ちよさに、ぐっと腕に力が入る。
そのまま一息つくまで勢いのままキスをして、疲れたころにそっと腕の力を抜くと、涼子ちゃんも脱力して、少しだけ顔を離す。
「ふぅ……由美子さん、今日は大胆ですね」
「そう?」
「はい。今日は普通にご家族もおられるのに」
「あー、まぁ、大丈夫でしょ」
今までは確かに、家にいる時は普通のキスだけで我慢してた。足音が聞こえるくらいには集中しすぎないよう、気を付けていた。でも、今回はあれだし。ていうか、今までもお母さんとか勝手に入ってきたこともないし。なんていうか、慣れてきたと言うか。
もう、涼子ちゃんのことが好きすぎて、この際ばれても仕方ないかなくらいの気持ちになってキスの欲求に勝てなくなっている。たぶん後でちょっと後悔するけど、結局今後も普通にキスはOKにしてしまいそうな自分がいる。
「あ、由美子さん、持ってきたんで、金平糖食べてくださいよ」
「いいわね。じゃあ一粒ずつ一緒に食べて、どの味が一番美味しいか決めましょう」
「……一応聞きますけど、一緒に食べてって」
「もちろん一粒を、同時になめるってことだけど?」
自分でもちょっとどうかと思わなくもないけど、でも、もっとキスしたいんだもん! 涼子ちゃんが可愛すぎるのが悪い。それに勢いでだけど覚悟決めさせたわけだし、その涼子ちゃんの覚悟を無駄にしてはいけないわ。と言う訳で、今日は全快祝いにとことんキスをします。
涼子ちゃんは私の言葉に、呆れたように眉尻をさげて、だけど口の端をにやけさせた。
「いいですけど、本当に、由美子さん私のこと好きすぎじゃないですか?」
「もちろん好きよ。なに? さっきから。涼子ちゃん、私への愛が足りないんじゃない?」
「む。それは聞き捨てなりませんね。しょうがないですねぇ。ここは私も覚悟を決めて、証明して見せますよ」
まずはメロン味でいいですか? と涼子ちゃんは金平糖を一つ、口に入れた。
この日は一日、キスをした。ちなみに、どれが一番おいしいかと言う結論は出なかった。考えてみれば当たり前の話で、全て涼子ちゃん味になるんだから、甲乙つけられるはずもなかった。
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