第26話 風邪!? 大変。すぐにうつしてもらわないと(錯乱) 前編

「涼子ちゃんが、風邪をひいたのよ」

「……へぇ。で?」

「でって、なによ」

「いや、そんな絶望的な顔でしょんぼりしている理由だから、その風邪がノロとかインフルとか、そういう話が続くのかと」

「縁起でもないこと言わないでよ!」


 涼子ちゃんが風邪をひいた。それは昨日のことだ。いつも通り遊びに行くと言っていたのに、時間になっても来なくて、おかしいなと思っていたら、風邪気味だから今日はやめておくという話だった。そして休日の今日。本当なら外デートとしてお出かけする予定だったのに。

 連絡ないし、多分風邪が悪化しているんだろう。心配だ。そんな休日の昼下がりにリビングに行くと、幼馴染の日影が何食わぬ顔していて、心配してきたから説明したのに、なんなのその反応。ってかお母さん買い物に行って留守任されているとか、マジであんたこの家の子みたいに振る舞ってるな。私この家にいたんですけど。


「日影は心配じゃないの?」

「子供じゃないんだから。あ、この場合は中学生は子供じゃないってことじゃなくて、心配しているゆみちーが、って意味でね。子供じゃないんだから、風邪くらいでそんな狼狽えないでよ」

「う、だって、心配なんだもの。あー、もしかしたら涼子ちゃん、寂しがっているかも」


 私だって、心配しすぎだってわかっている。でも、涼子ちゃんが相手なのだから、どうしたって冷静なんかではいられない。今すぐ顔を見に行きたいし、付きっ切りで看病したい。でも、そんなことして、涼子ちゃんの親御さんに変に思われたくないから、ここでこうしているしかない。

 私のこの思いが分からないなんて、ほんと日影は女心が分からないんだから。


 日影は呆れたようにため息をついた。もっと親身になれ。


「実家でしょうが。ってか、心配ならお見舞いに行けばいいじゃん」

「え、いやそんな、勝手に行くなんて」


 一応、今日はキャンセルで、ごめんね心配ないよって連絡はあったけど、それ以降は風邪なのに無理させたくないから、連絡もこっちからは何もしていない。行ってもいい? って聞くための連絡で起こしたりしたら本末転倒だ。


「恋人なんでしょ? じゃあいいじゃない」

「親御さんもいるのに」

「何するつもりだよ。ただのお見舞いなんだから、今までも友達の家に、親がいる状態で行ってるだろうが」


 それは……確かにその通りだ。じゃあ、友達として普通にお見舞いに行っても、別に変に思われない? なんでこんなに心配するのとか、勘ぐられない?


「……行ってもいいと思う? 変じゃない?」

「お見舞いに行くのに、変もないと思うけど。ってか思われたとしても、そうなんだからしょうがないでしょ」

「……行くわ」

「おー、いけいけ。留守番は任せろ」

「ありがと、日影」


 行くことにした。確かに、ここで悩んでも仕方ない。なら行こう。もし勘ぐられたなら……もう開き直ってしまえ。

 私は準備して、涼子ちゃんのお見舞いに行くことにした。









「あら、ああ、お見舞いに来てくれたの?」

「は、はい! その、急に来てしまってすみません。涼子ちゃ、その、涼子さんが心配で」

「やぁね。ちゃんでいいわよ。わざわざありがとう。あがってあがって」

「ありがとうございます。あのこれ、つまらないものですが」


 涼子ちゃんのお母さんが家にいたけど、普通に歓迎してくれた。やっぱり考えすぎだったみたいだ。お見舞いの品も問題なかったらしく、受け取ってもらえた。


 お母さんに先導されて涼子ちゃんの部屋へ向かう。なんだか新鮮だ。涼子ちゃんのお母さんは、やっぱちょっとブルジョア感を感じさせる、お上品な感じだ。髪もふわっとしてるし、家の中なのに衣服もちゃんとしてる。

 涼子ちゃんも成長してこうなるのだろうか、と私より高い背中を見ながらついていくと、お母さんはとんとんと涼子ちゃんの部屋をノックした。


「涼子」

「はーい、なにー?」

「あなたの大好きなお姉さんがお見舞いに来てくれたわよ」

「ふぁっ!? ちょっ、ま、待って!」

「待ってるでしょう? 慌てないで、見苦しくない程度に身支度整えなさい」

「あの、お母さん、そんな風邪なのに。気を使わせるようなら、私、帰りますから」


 声は元気なようだし、ほっとした。顔を見たい気持ちはあるけど、無理してほしくない。

 だからそう言ったんだけど、扉の向こうからはバタバタバタ! と激しい物音がして、すぐに涼子ちゃんの声がした。


「由美子さん! そう言わずにどうぞ!」

「え、あ、う、うん」

「じゃあ由美子さん、すぐ飲み物持ってくるから、中で待っていてね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 お母さんはドアを開けないまま、元来た廊下を戻った。それに軽くお辞儀をしてから、ドアの前に立つ。


「あの、涼子ちゃん? 入っても、本当にいいの? 無理しないでいいのよ?」

「どうぞ入ってください。私なら全然大丈夫です!」

「う、うん」


 促されたし、ここで帰るとお母さんの顔も潰すことになるかもだし、とりあえず入る。涼子ちゃんはベッドに入って上体を起こしていた。さっきの音はいったい何をしたのか。カーディガンを羽織ってはくれているけど。

 まぁ、もしこれで余所行きの格好何てされていたら、恐縮しきりなので、寝間着に羽織っているくらいが予想通りでいいんだけど。


「お邪魔します」

「変に遠慮しないでくださいよ。何度も来てるじゃないですか」


 いや、そういう問題ではないんだけど。まあ、お母さんの反応からしても、本人の様子からも元気そうだし、よかったけど。

 ベッドの横にクッションを引き寄せて座り、涼子ちゃんを見上げる。涼子ちゃんはニコニコしていて、とても風邪には……いや、やっぱり少し赤いかも。


「大丈夫なの? 風邪は」

「由美子さんの顔を見たら、風邪菌も逃げていきましたよ」

「微妙なんだけど。菌が逃げるってどういう存在なのよ」

「いい意味でですよ。あと、普通に大丈夫です。昨日の夜は結構熱があったんですけど、今は微熱くらいです。うつしたら悪いので、今週は由美子さん断ちかと思ってましたけど、会いに来てくれて、嬉しいです」

「涼子ちゃん……私なら、うつしてくれてもいいのよ。むしろ、涼子ちゃんが治るなら、積極席にうつしてくれてもいいわ。なんてね」

「それって、もしかして風邪で弱っている私を、キスで慰めてくれるってお誘いですか?」

「な、なんでそうなるのよ」


 涼子ちゃんはにやっと笑ってそう言った。別にキスくらいいいけど、ご家族がいるって状態で、呑気なことを言うなぁ。

 まだ微熱があるらしいけど、こうして冗談で私をからかおうとするくらいには、気持ちに余裕があるということだ。大丈夫だと頭ではわかっていても、やっぱり姿を見ないと不安だった。でも見て、言葉を交わして、安心した。


「えー、そういうつもりで来たんじゃないんですか?」

「違います。純粋に心配したのよ」


 と、ドアがノックされた。


「由美子さん、ドア、開けてくれる?」

「あ、はい、すぐに」


 思わずドキッとしながら慌てて立ち上がる。だ、大丈夫よね。変なこと話してないし、大きな声でもないし、仮に聞こえても冗談に聞こえるはず。

 ドアを開けると、お母さんは中に入らず、お盆を渡された。飲み物と、私が持ってきたゼリーだ。お母さんは、涼子ちゃんも暇を持て余しているから、時間があるならゆっくり相手してあげてねと言って戻って行った。


 うーん。私としては、あんまり長居をしてはどうかな、と思っていたけど、仮に社交辞令込みでもああいわれたら、いた方がいいかなとも思う。と言うか本音を言うならずっと居たいし。


「飲む? あとこのゼリー、買って来たの。食べる?」

「食べます食べます。アーンしてください」


 甘えるなぁとは思ったけど、病人なので仕方ない。ここは素直に甘やかしてあげよう。

 こわれるまま、ベッド脇に腰を下ろして食べさせてあげる。近づくと、少し熱っぽい気配がして、ああ、やっぱり風邪なんだと感じられた。


「んー、美味しいです」

「よかった」

「涼子ちゃんが風邪をひくのって、初めてじゃない?」

「そうでしたっけ。これでも小さいころは病弱系美少女だったんですけど」


 小さいころは、と言う表現に、ちょっとくすっとしてしまった。今も中学一年生。まだまだ子供の頃、で通じるくらいなのに。

 でもつまり、私と出会うよりもさらに前の、小学校低学年の頃と言うことだろう。今よりもっと子供の頃の涼子ちゃん、か。きっととても可愛かったんだろうなぁ。はぁ、会ってみたかった。

 その頃の私はまだ中学生か。……馬鹿みたいなことしてた記憶しかない。涼子ちゃんと比べて低かったのかもしれない。悲しい。


「あれ? 笑いました?」

「ん。今も美少女だなって思っただけよ」

「本当ですかぁ?」

「本当よ。あと涼子ちゃんのその頃にも会いたかったなって思ってたわ」

「んー。私はやめておきます」

「え? なんでよ。どうせ無理なんだから、うまいこと合わせてよ」

「そんな接待会話でいいんですか」

「いやだけど、でも何で嫌なの?」


 ゼリーを全部食べた涼子ちゃんの頭を撫でて、カップをお盆に下げながら尋ねる。涼子ちゃんは猫のように目を細めて喉をならす。


「んふー。だって、そんなころから出会っていたら、なおさら由美子さんに子供として見られて、恋愛対象になれないじゃないですか」

「合格」


 ときめく系の理由だったので許した。我ながら単純よね。


「あれ、と言うかずっと窓開けてるけど、そろそろ閉めたら? 風邪には温めた方がいいわよ」


 季節はそろそろ秋になりつつある、暑い日もあるけど、日によっては冷えることもある。今日はどちらかと言えば涼しいし、これから気温が下がることを考えたら、忘れないうちに閉めておいた方が無難だろう。


「あ、開けてるんですよ。換気の為に」

「それはわかっているわよ。でも私がこの部屋に来て、30分近く経つけど、まだ閉めないの? だいたい五分もあれば、部屋の空気って入れ替わるらしいわよ」

「相変わらず、妙なところで博識ですね」

「普段馬鹿みたいに言わないで」

「そんなつもりで言ってませんよ。でも由美子さんがいる間は、開けておきます。うつしたら悪いので」

「え、あ、そういう事?」


 私の為に開けていたのか。鈍感で申し訳ない。と言うか、そういう事なら、早いところお暇しないと。私はささっと自分の分のゼリーを食べる。うん、美味しい。

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