番外編2
第25話 壁ドンと顎クイがしたい
「由美子さん、お願いがあるんですけど」
「何?」
「壁ドン顎クイさせてください」
「は?」
「恋人なんだからいいじゃないですか」
「恋人と言うワードを便利に使ってる気がする」
晴れて恋人になれて数か月、涼子ちゃんと過ごすいつもの自室デートなわけだけど、急に真顔で妙なことを言いだした。
いや壁ドンとか、そう言うの流行ってるみたいだけどさ。でもそれってこういう風に宣言してやるものじゃないでしょ。普通に過ごす時に自然と出てドキッとしちゃうものじゃないの? ……いや、自然にドンってならないか。
自然になるものなら、普通に今までに起こっているはずだ。そのくらいには、正式な恋人宣言する前から距離は近かったし。……ん? 壁ドンと言うか、壁に追い込まれるとかは普通にあったような。
「いいじゃないですかー、なんか距離があるのでいちゃいちゃしたくなったんです」
「距離ある?」
最近気になった作家の小説を、図書館で大人借りしてきて読んでいるところだ。涼子ちゃんも読書は嫌いじゃないようで、私がベッドにもたれている隣で、肩が触れ合う距離で別の本を読んでいる。
涼子ちゃんは若干肩を持たれかけてきているくらいなので、あえて言うならゼロ距離だ。
涼子ちゃんはこてんと首を傾けて、私の肩に自分の頭を押し付けながら唇を尖らせる。
「ありますー、心の距離が空いてますー」
「は? 私の心は常に涼子ちゃんに寄り添っているわけだけど、何離れてんの?」
「……すみません。ただ本に夢中な由美子さんの気を引きたくてテキトー言いました。心はいつも一つでした」
「よろしい」
冗談なのは端からわかっていたし、あと、心はいつも一つってフレーズが気に入ったので、許します。
確かに、本を読みだしてから、小一時間くらいになる。そろそろ涼子ちゃん成分を補給するのもいいかもしれない。
私は本をいったんテーブルに置いて、涼子ちゃんのおでこにこつんと頭をぶつけてから体を起こす。そして涼子ちゃんに向きなおる。
「では涼子ちゃん、存分にどうぞ」
「どうぞって言われても。壁ないですし」
「あ、そうね」
壁際に移動する。壁にもたれるように立って、これで良し。涼子ちゃんもとことこついてきた。
「えっと……」
涼子ちゃんは戸惑ったように何やらもじもじしている。可愛いけど、どうしたの? 壁ドンは?
「その、私としても、じゃれの一環のつもりとは言え、真面目に由美子さんをきゅんとさせたいと思って提案しました」
「その発言にきゅんとしました」
「ありがとうございます。そういうチョロいとこも好きです」
こいつめ。中学生が大学生にチョロいとか半笑いで言うな。いやまぁ、自覚なくはないけども。と言うか、私も別にふざけているつもりないけど? わざわざ立って壁際まで移動するという、ちょっと馬鹿っぽいことまでしてるんだから。
「でも、まだ、由美子さんの方が背が高いんですから、このまま壁ドンしても馬鹿みたいじゃないですか」
「え、あ、そういう事」
涼子ちゃんも大きくなったとはいえ、まだ中一だ。私より10センチ以上は低い。立ったままキスしようとしたら、お互いがちょっとずつ合わせる努力が必要になる。
ドンだからいいでしょ、と思ったけど、これはうっかり。確かに、ドンされるとしたら、もっとこう、涼子ちゃんに囲われている感が必要だものね。
「んー、じゃあ、座ればいい?」
「お願いします」
座る。涼子ちゃんの邪魔にならないよう、正座をすると、涼子ちゃんは膝立ちで私に近寄り、私の膝に乗って両足で私のひざを挟むように座った。どういう姿勢なの。あと地味に重い。でも顔がとても近いので、我慢するけど。
「お、思った以上に近くて、自分でびびってます」
「そうね。ちょっとドキドキしてきたわ」
「流れではともかく、こうしようってなって、この距離感にはなりませんもんね」
キス一つで騒ぐような関係ではないけど、いちゃいちゃの雰囲気からのキス距離と、真顔からの距離だと感覚が違うものだ。
「じゃあ行きますよ。はい、どん」
どん、と言いながら涼子ちゃんは私がもたれている壁に手をついた。……あれ? ピンと来ない。
「なんか変ですね」
「そうね。この姿勢だと、全然手とかどうでもいいわね」
涼子ちゃんの体がこんなにくっついて、顔を寄せてるから、もう手の位置とか興味ない。むしろ直接触れないとか、まどろっこしい。
「そうですね。そもそもの姿勢が、壁ドンより上だからかも知れません」
変えましょう。と言われ、促されるまま座り直す。壁にもたれたまま、足を伸ばす。その上に涼子ちゃんは私の足をまたいで膝立ちして、上体を寄せてきてそっと私の頭の横に両手をついた。
これは、悪くない。視界の全体に涼子ちゃんが見えるし、体が触れてない分、逆に圧迫感や上から来る顔の角度に意識がいく。
「どうですか? 私としては、さっきより離れたのは寂しいですけど、見下ろしているのは新鮮で悪い気分じゃありません」
「見下ろされているのも、悪い気分じゃありません」
「ときめきましたか?」
「ほどほどに」
素直に答えると涼子ちゃんはにやっと笑う。ちょっと悪そうな、悪童みたいな感じで可愛さと凛々しさを感じて、ときめく。
日常的にされるとうざいかもしれないけど、遊びでする分には楽しい。落ち着いていろんな角度の涼子ちゃんを観察するのも楽しいかも知れない。
「じゃあ、このままで、こう…由美子さん」
涼子ちゃんは左手をついたまま、右手だけ降ろして、そっと私の頬に添えた。そしてゆっくりとすべらせるようにして顎に手をかけた。
「好きですよ」
くい、と顎を持ち上げて上を向けられ、落ちてくるようにキスされた。
ゆっくりと、唇をあわせるだけの口づけ。何度もキスをしていても、少し熱くて、少し心臓は早くなる。涼子ちゃんはたっぷりキスをして、名残惜しそうに唇だけで軽く甘噛みするようについばんでから顔を離した。
そしてその距離のまま、熱い呼吸で囁く。
「どうですか? ときめきました?」
「うん……私も好きよ」
胸が熱くなった。こんな風に思うとは、最初の冗談な始まりからは想像しなかった。私って、ホント単純だ。涼子ちゃんから真面目な顔で迫られたら、どんな流れでもときめくんだから。
「ふふふ。由美子さんは、素直で可愛いですね。ご褒美に、もう一回キスしてあげます」
「なによ。涼子ちゃんがしたいんでしょ」
「否定はしませんけど、由美子さんにとっても、私にとっても、ご褒美ですから、いいじゃないですか」
「ん」
いいけど。別に否定はしないけど、私にとってもご褒美って言い切ってしまうのがどうかと。そんな自信満々なところも、きゅんときちゃうんですけども。
数回キスを繰り返して、満足したのか涼子ちゃんは壁から手を離して、私の上から退いた。
「さて、本でも読みましょうか」
「ちょっと待って」
「ん? なんですか?」
「次、私の番でしょ。はい、早く壁際に座って」
「えー……されるのはなんか、私のキャラ的にどうかと」
「馬鹿ね、だからいいんじゃない。はい、早く」
立ち上がって涼子ちゃんを座らせ、私が覆いかぶさるように壁に手をつく。こうして見下ろすと、確かに違う気がする。何というか、そういう時は興奮しているから、それほど気にしないけど、やっぱり小さいなって思う。
小柄で華奢で、でも見上げてくるその瞳は力強くて爛々としている。腕の中にいるのに、まるで私が狙われる側みたいだ。
わぁ、なんだか、ぞくぞくする。めちゃくちゃにキスしてやりたくなる。この状態で、あんな優しいキスできるとか、涼子ちゃんって、理性強いって言うか、大人だなぁ。本当、敵わないな。
「涼子ちゃん、好きよ」
涼子ちゃんには敵わないので、しょうがないので諦めて、本能のまま濃厚なキスをすることにした。右手で顎をひっかけるようにして強引にあげさせ、噛みつくようにキスをして、上から唾を流し込むように舌を割り入れて、荒らすようにキスをする。
「ん! んん」
涼子ちゃんは最初は驚いたようだったけど、すぐにそれに応えてくれて、両手を私の頭に回して抱きしめてきた。そして息苦しくなるほどキスをして、私は顔を離した。
「はぁ。どう? ときめいた?」
「えへへ、はい。由美子さんの魅力に、ときめきました」
涼子ちゃんはにっこり笑って、今度は自分からまたキスしてきた。そうこうしていたら、夕方になって、結局この日は本を読み切ることができなかった。
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