第23話 涼子ちゃん視点 恋人になる

 お風呂からでると、由美子お姉さんは私のベットに寝ていた。

 む、無邪気! くう。可愛い顔しすぎでしょ。


 はぁ。全く由美子お姉さんは。年下だと思って油断しすぎじゃないですか? それとも同性だから、そんな可能性は考えてないってことは、ないですよね? あの恥ずかしがり様は半端じゃなかったし。


 とにかく起こそう。これ以上私が変な気を起こす前に。


「由美子おねえさーん、おーい」

「ん。んん。涼子ちゃん?」


 声をかけると、寝ぼけた声で返事が返ってくる。可愛いなぁ、ほんとに。そんなに無防備だから、ほんと、しょうがないなぁ。私を信じてるってことだから、しょうがないなぁ。


 由美子お姉さんは、起き上がって目を擦ってからにこっと笑って、これからが本番だぞ、みたいなテンションになった。

 

「今夜こそ、涼子ちゃんと遅くまで語り合う予定なんだから」

「そうなんですか? まぁ、それなら私は嬉しいですけど」


 嬉しいけど、語り合うってのが触れ合う意味ならもっと嬉しい。由美子お姉さんは気安く私を隣に座らせるけど、ここはベッドである。

 ただでさえ、ラフな寝巻きになった由美子お姉さんは目のやり場に困るのに、隣に座るといい匂いがする。昨日今日と同じシャンプーとかなのに、なんなんですか、この匂い。


 どぎまぎしてると、由美子お姉さんは私の左腕をそっと両手で握る。至近距離で顔を見ると、寝起きだからか、ちょっと潤んだ瞳で勘違いしそうになる。


 そこから由美子お姉さんは、また謝ってきた。今度こそ私も改めて謝るけど、何だか、恥ずかしがったり怒ったりしたわけではないと言う。

 じゃああの、明らかにおかしい態度はなんだったんですか? と凄く疑問だけど、目をそらされた。


「お、大人の事情なの」

「えー? まぁ、聞いてほしくないなら、聞きませんけど」

「ありがとう」

「ふふふ。私は由美子お姉さんを愛しているので、無理強いはしません。てことで、ご褒美にキスしてほしいです」

「なんでやねん」


 スルーしてあげるので、対価にキスを要求したら、呆れた顔でつっこまれた。いやそこは唇をつっこむとこですよ? なーんて。

 だいぶ酔いも冷めたみたいだし、そこまで期待してないけど。でも、一回したのはしたんだから、ハードルさがってるはず。


 私のせいじゃないと言うなら、昨日我慢したご褒美がほしいと調子に乗るのは仕方ない。


「ちゅーでもいいです」

「おんなじだから」

「さっきしてくれたじゃないですかー」

「ぐ……。ほ、頬で、いい?」

「! はい! もちろんです」


 粘ると、なんと許可が出た! やったね! 何でも言ってみるものだ!


 にやけながら、そっと目を閉じる。さっきは一瞬だったし、せっかくの由美子お姉さんからのキスなら、頬の感触だってよくよく感じたい。目を閉じて神経を研ぎ澄ませて、由美子お姉さんを待つ。


「……。ん」


 そっと、頬に柔らかくて温かいものがあてられる。じわじわと、体が熱くなる。


 その感触が離れたことで、目を開ける。自分も真っ赤になっているとは思うけど、由美子お姉さんも、真っ赤っかだった。とても可愛くて、綺麗で、何かを我慢するように眉尻をさげて、口元を震わせ、にゅっと笑みになった。


 そんな顔も、綺麗だ。私は絶対、変な顔になっているのに、由美子お姉さんは綺麗なんて、ずるいとすら思う。だけど、そんな由美子お姉さんは、私の恋人なのだ。それがとても、嬉しい。


 そして由美子お姉さんはそっと私の両頬に手を添えて、顔を寄せてきた。どきどきしてきた。もしかしなくても、これ、もう一回、キスされる流れですよね? むしろ、唇にされる流れですよね? ああ、でも、至近距離で今の顔を見られるのが、少し恥ずかしい。


「涼子ちゃん、可愛いわ」

「うう。嘘です。自分でも変な顔してるってわかります」

「本当よ」

「じゃあ証明してくださいよぅ」


 意識したより数段甘えた声がでて、少し恥ずかしい。だけど私にとって、由美子お姉さんがいつでも好きなのとおなじで、由美子お姉さんもいつでも私を好きなのだ。なら、自分では似合わないと思うこんな態度も、こんな時くらい、いいだろう。

 由美子お姉さんは、そのまま私に応えるように、唇を私の口へと触れさせ、そのまま舌を入れてきた。


 驚いたけど、それで思わずびくっとなった私を逃がさないとばかりに、由美子お姉さんはぎゅっと私を抱きしめて、私の口の中で暴れた。

 それに私の頭の中はもうめちゃくちゃで、興奮して、馬鹿みたいに由美子お姉さんを味わおうと、無我夢中で応える。だけどどこか冷静な部分の私が、舌先に感じるカレー味に、少し笑えた。

 初めてのキスはレモンの味、なんてのを信じるような子供ではないけど、でも、初めてのディープキスはカレー味、何ていうのは、少しおかしくて、でもなんだか、格好つけても格好付かない、私たちらしい気がした。


「はぁっ、はぁ……涼子ちゃん、可愛いわ。証明できてる?」

「はあ、はっ、はぁ……は、はい」


 キスを終えた由美子お姉さんは、そう熱い吐息混じりに、熱のこもった瞳で私に問いかける。私は息も絶え絶えになりながら、何とか返事をする。もっと、体力つけよう、と思いながら。


「っ!! あ、ご、ご、ごめん、涼子ちゃん」


 すると、何故か由美子お姉さんははっとしたように、いきなり私から離れた。


「え? な、なんで謝るんですか?」

「なんでって、その、いきなりしちゃったし」

「そんなの、恋人じゃないですか。驚きはしましたけど、むしろ今まで全然キスしてくれなかった方がおかしいです」


 まぁ確かに驚いたけど。だっていきなり舌が入ってきたし。こんな展開は全く想定していなかったけど、でも、謝ることではない。由美子お姉さんがキスしたとして、そこまでしないと思っていたけど、実際普通に知識として、そういうのは知ってて当たり前だ。

 そういう恋人同士がすることを、急にしてきたからって、謝るほど私たちの付き合いは短くない。むしろ、もしかして今まで待っていたと言うなら、申し訳なかったかなとすら思う。


「え、だ、だって。涼子ちゃんは小学生だし、恋人になったら、今みたいなこと、したくなるから」


 首を傾げる私に、由美子お姉さんは戸惑ったように、視線をそらしながらそう説明した。

 それを聞いて、内容を理解した瞬間、一気に頭の中が甘々ムードから、怒りに沸騰して、気づけば大声を出していた。


「もう中学生です! 大人です!」

「!」


 しまったと思った。こんな風に感情のまま怒鳴るなんて、子供だ。でも、そう思っても、私の頭は冷静に何てなれなくて、口も止まらない。


「私のこと、中学生じゃなくて、私として、ただの篠原涼子として見てほしいです。もしそれだけが理由で、キスしないように恋人じゃないって言い張ってたなら、怒ります。がっかりです。由美子お姉さんは、私を馬鹿にしすぎです」

「馬鹿にしてるわけじゃ」

「してます!」


 だって、しょうがない。あんまりだ。あんまりだ。ずっと恋人じゃないって言われて、それでも、由美子お姉さんが真面目だから、そう宣言してくれないだけだって、信じていた。否定されて、私が少しも傷つかないと、思っていたの? いつものことで、それでも何度も口にするから? わかってる自分でわかってて、平気な振りをしていた。

 それでも、ちょっとは、嫌だなって思うのは止められない。どうしたって、何回聞いたって、毎回少しは期待する。その度に否定されて、本当は私が思うほど私のこと好きじゃないのかなって、不安に思うことだって、たまにはある。


 だけどそれも、由美子お姉さんの性格から来るものだから。そんな性格も込みで好きなんだからって、そう自分に言い聞かせて、これでいいって満足していた。

 なのに、恋人じゃないって言っていたのは、私に手を出さないように? それを我慢するために? なにそれ。


 由美子お姉さんが倫理観から普通に我慢できてそうするなら、それでもいい。そう思ってたのに、我慢できないくらい私を思っていて、だからその理由付けの為に、恋人じゃないって言っていたの? その為にキスもしてくれなかったの?

 そんなのあんまりじゃない? 私が子供なのは変えられないけど、それでも、毎日成長している。私だって、もう、大人だ。


 私だって、何も知らないままじゃない。恋人同士で、触れるキス以上のことがあるってことなんて、ずっと前から知っている。そしてそれをしたいって、思ってた。だから、それだけのことで、私の為にって、我慢していたのなら、私ももう、我慢しない。


 私は由美子お姉さんの肩を掴んで、押し倒した。それだけで、心臓がバクバクとうるさい。見下ろした由美子お姉さんは赤い顔で、でもきょとんとしていて、その純粋な表情を、これから私が変えるのだと思うとぞくぞくした。


「私だって、いつまでも子供じゃありません」


 そして、口づけた。さっきされたのより、ずっと強く。私の方が、大人なんだと示したくて、そんな行為こそ子供っぽいと自覚しながらも、強く口づけた。


「っ、はっ、はぁっ、はぁぁ、ゆ、由美子お姉さん」

「んっ、はあ、りょ、涼子ちゃん……ごめんなさい。私が、悪かったわ」


 呼吸が苦しくなって、唇を離す。それでも離れがたくて、私はまたすぐキスできそうな距離のまま、名前を呼ぶと、由美子お姉さんは、とろんとした瞳で、そう答えた。

 その目を見て、ああ、やっぱり、由美子お姉さんはどんな顔をしていても、とても綺麗だと思った。


 どくりと、心臓がうるさくて、私は手に力が入りそうになるのを堪える。これ以上力をこめたら、由美子お姉さんを傷つけてしまいそうで、怖い。

 だけど、これだけはちゃんと、言葉にしてほしい。


「由美子お姉さん、じゃあ、私と、今度こそ、恋人になってくれますか?」

「……はいっ。私も、涼子ちゃんと、恋人になりたい。なりたかったの、ずっと」


 そう答えた由美子お姉さんは、とても無邪気な、それこそ子供みたいな顔で、愛おしいと言う感情が溢れてくる。本当は、このまま、本当に押し倒そうかとすら思った。だけどやっぱり、由美子お姉さんを傷つけることは、私にはできない。

 だからこれでいい。由美子お姉さんが私を恋人と認めてくれて、子供だからだけで私を見ないと決めてくれたなら、ここから先は私の責任だ。私が自分で、その一線を越えたくなるように、させればいい。


「涼子ちゃん……」

「由美子お姉さん。嬉しいです。やっと、素直になってくれたんですね」

「うん……遅くなってごめんね」

「いいんです。由美子お姉さんだから、いいんです。怒鳴ったり、無理やりして、すみませんでした」


 謝罪して、そっと、由美子お姉さんの肩から手を離して起き上がる。これ以上近いと、頭でわかっていても、勝手に動いて止まらなくなりそうだ。いったん離れて、温度を下げよう。



「う、ううん。それはいいのよ。私が悪いんだもの」


 そう思ったのに、由美子お姉さんはまだまだ濡れた顔で、温度はちっとも下がらない。せめて、せめてもう一度キスを!


「じゃあ、仲直りのキスしましょうか」

「うん!」


 待ってました、とばかりに返事をされて、ちょっと笑ってしまう。由美子お姉さんの方が、よっぽど子供みたいだ。目を閉じて待つ由美子お姉さんに、そっとキスをする。さっきまでと違う、優しい触れるだけのキス。

 いつもならどんどんドキドキが加速するけど、今日ばかりは、優しい気持ちになって、ただ純粋に、由美子お姉さんが好きだなぁって、改めて思った。


 離れて由美子お姉さんの顔を見ると、もう何度もキスしたのに、なんだか、恋人としてのキスだと実感して、ただのキスが、妙に照れくさい。


「えへへ。改まると、照れますね。遅くなっちゃいましたし、歯磨きして、寝ましょうか」


 ここらでやめよう。そうじゃないと、本当にとまらなくなってしまう。


「涼子ちゃん、先に謝っておくわ。ごめんなさい」

「へ?」


 だっていうのに、何故か私は由美子お姉さんに押し倒されていた。混乱する私に、由美子お姉さんは何とも色っぽい顔をしていた。


「でも、涼子ちゃんも悪いのよ? だってもう、私たち恋人なんだもの」

「え、はい。そうですね?」

「うん、だからね、女子大生の性欲、舐め過ぎだからね?」


 そう言って、由美子お姉さんは私のパジャマを脱がした。

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