第22話 涼子ちゃん視点 酔っ払い由美子
お風呂から緊張しながら上がったけど、すでに由美子お姉さんは寝てしまっていた。時間があまりに早いので、怒っていて寝ているふりをしているのかな? と一瞬思ったけど、そうだとしたら怖いから考えるのをやめて私も寝た。
朝、目を覚ますとすでに由美子お姉さんの姿はなかった。まさか、もう出て行ってしまったのか、とドキッとして慌てて部屋をでると、台所からいい匂いがしてきて、朝ご飯をつくってくれているとわかってほっとした。
そうとわかれば吹っ飛んだ眠気も戻ってきて、あくびをしながら台所へ向かう。
「ふわぁ、おはよー、ございます。由美子お姉さん」
「おはよう、涼子ちゃん。ご飯できてるから、着替えてきて」
「あ、はーい」
普通に挨拶したけど、さっき慌てて寝間着のままで部屋を出たのだった。子供みたいなことをしてしまって、恥ずかしい。
でも、怒ってはいないみたいだ。少なくとも、今日は引きずってないんだろう。本当によかったー。今日はちゃんと自重して、のんびりいちゃいちゃするぞ!
気合を入れて、部屋に戻って着替えて顔を洗って、身支度を整えてから再度台所へ向かう。
「改めて、おはよーございます!」
「おはよう。じゃ、私行くから、洗い物お願いね。洗濯物は干したから」
「え?」
由美子お姉さんはダッシュで出て行った。
「え? ……ええええぇ、め、めっちゃ怒ってる?」
普通に許してくれたと思ったのに、怒ってる!?
あ、いやでも、だとしたらもっとわかりやすいはずだし、怒ってること自体を隠す由美子お姉さんでもないはずだ。
なら単に、恥ずかしすぎて、顔を合わせてその感情がまだぶり返したから逃げたのかな?
う、うーん。ちょっと、由美子お姉さんの真面目さを甘く見ていたかもしれない。
私はどうしたら、由美子お姉さんとイチャイチャできるか悩みながら、朝食を食べた。
どうしようか。と言うか普通に家に帰ってきてくれるのかなー。連絡して、ちゃんと謝って迎えに行った方がいいかな。
と悩みながら過ごしていると、由美子お姉さんの幼馴染の日影お姉さんから連絡が来た。
内容は、由美子お姉さんを借りてちょっと一杯ひっかけるから、遅くなると言う内容だった。
表現が完全におっさんだなと呆れるより、やっぱり由美子お姉さんは怒ってるのかな、と不安になった。
由美子お姉さんは日影お姉さんと仲良しだから、普通に普段で、ご飯食べるってだけなら何も思わない。
だけど今、お泊まりの時にわざわざ行くなんて、私を避ける気持ちがあるに決まってる。そのくらいには思われてる自信がある。それになにより、まだ由美子お姉さんはぎりぎり未成年なのだ。飲むって表現が比喩ならともかく、本気なら、普段なら絶対しないことをするってことだ。
めちゃくちゃに怒ってるのか、そうでなくても何かしら大変な気持ちじゃないと、ありえない。
どうしよう。私の軽はずみな行動で、由美子お姉さんを困らせている。困った顔を見るのは好きだけど、今回はそう言うレベルじゃない。
とりあえず日影お姉さんと由美子お姉さんにメールを送った。
由美子お姉さんに送るメールは少し迷った。待ってますとか、早く帰ってきてとか、そういうことを書きたいと思って、一度入力した。
だけど、それって何だか、子供っぽい。
由美子お姉さんは私を子ども扱いするし、実際問題、どうしたって私は年下で、何歳になっても由美子お姉さんより子供なのは変わらない。でもだからって、子供の態度のままでいるかと言ったらNOだ。
少しでも大人にみられるよう、少しでも格好いいと思ってもらえるよう、私は今まで努力してきたつもりだ。もちろんそれが功を奏しているかはともかく、その努力している私を元に、由美子お姉さんは私を好きだと言ってくれているのだ。
由美子お姉さんには、面と向かって子供だって何度も言われている。そう怒鳴られて、呆れられたこともある。だから、本当に大人とは思われてないと思う。それでも見え見えの見栄だとしても、その見栄があった状態で好かれているなら、続けるべきだ。
生来格好つけの私としても、そうしたいし、そうしていれば、いつか本当に、大人になれるって信じているから。
私は由美子お姉さんには、晩御飯を食べてくる前提で、ゆっくりするようにメールを打った。そうすれば、夕飯を食べるつもりでもそうでなくても、急かされているとか嫌な風には受け取らないはずだ。
一応、夕飯の準備はする。自分の分は当然必要だし、もしかしたらいらないとなったとしても、ないより有ったほうがいい。少しでも気持ちがつたわるなら、何だってしよう。
とか言っても、私はそれほど料理経験があるわけでもないし、練習してないし献立も考えてない。美味しくなければ意味がない。なので経験があって一番簡単な、カレーをつくることにした。
○
カレーは煮込み時間が長いほうがいい。用意はそれほどかからずに終えたけど、さて、ここから何分煮込むかが重要だ。
最低限火が通るくらいはもう煮込んだし確認した。味もまあまあいける。そして、まだ由美子お姉さんからも日影お姉さんからも連絡はない。
時間は6時半頃だ。昨日は7時前くらいから食べていたから少し早いけど、由美子お姉さんが食べなくて一人なら、普通に食べてもいい。待つとして、いったい何時まで待つかが問題だ。
あんまり待ちすぎて、帰ってきた由美子お姉さんに気を遣わせてもNGだ。うーん。9時にまだなら引くよね。となると、8時くらいに食べだしたらいいかな?
と考えていると、日影お姉さんから連絡があった。何でも、知り合いに絡まれたし由美子お姉さんが酔っぱらって手に負えないから迎えに来てほしいとのこと。
え、なにそれ。本当に飲むのも驚きだけど、手に負えない? あの由美子お姉さんが、仮にめちゃくちゃお酒に弱いとしても、手に負えないほど飲む?
そんな、大事件じゃないですか! てか、やばい。そんなに? そんなになんですか!?
冷や汗が止まらない。とりあえず指だけ動かして、返信はする。ソッコー行きます! と。
そして出掛ける準備をして、行き先を地図アプリに入力して家を出ながらも、どうしようどうしようと頭の中がぐるぐるしている。
由美子お姉さんは私にああ言ったけど、本当はめちゃくちゃに嫌で、死ぬほど怒ってたのかな。
嫌われたらどうしよう。由美子お姉さんが隠した以上、別れるなんて言う段階ではないけど、確実に好感度は下がったよね。
あああ、やばいなぁ。折角、由美子お姉さんは私との将来考えてくれてたのに、絶対ランクダウンしたよ。
いや、前向きに考えよう! そこまで行ってたんだし、ここからまたあげればいいだけだ! 頑張ろう! 頑張ろう!
もう、これ以降は下心を消そう。由美子お姉さんの望む、清らかで子供でピュアな関係を貫こう。
私はそう決心して、何とか気持ちをあげて、待ち合わせのお店へ向かった。
お店は案外近かった。夜にお店に入るのに、少し緊張しながら入る。入り口すぐのレジにいたお姉さんにすみません、と声をかけてから、奥に由美子お姉さんの姿が見えて、思わず声をあげていた。
「あ、由美子お姉さん! 日影お姉さんも!」
その隣に日影お姉さんもいたので、慌てて続ける。急いで近寄り、知らない男の人もいたので、挨拶がてら頭をさげる。
「不肖ながら、私篠原涼子がお迎えにあがりました」
「涼子ちゃん!」
「って、ええええ?」
由美子お姉さんに抱きつかれた。何事!?
酔っぱらってるだけに、顔を合わせてすぐに怒られることすら覚悟していたのに、なにこれ!? 天国!?
「涼子ちゃん会いたかったよー」
「わ、わかりましたから、帰りましょうね」
少なくとも、怒ってない。好感度も下がってない。どころか上がってません? 私に関係ないところで酔って上がるわけもないので、元々が高くて酔って露わになったってことだと思うけど……これ、ヤバくないですか? めちゃくちゃ可愛いんですけど!
とりあえずこんなに可愛い由美子お姉さんを、あまり人目にさらしたくない。だってこんなの見たら、誰彼構わず惚れられてしまう!
由美子お姉さんを日影お姉さんと挟んで、お店を出る。もう一人いた先輩とやらは絡んできている人ってことなので、スルーした。
由美子お姉さんは、足取りもやや危うくて、遠慮なく体重をかけてくる。普段なら絶対にないだけに、頼られているかと思うと嬉しい。頭を撫でられるのも恥ずかしいけど、大好きとか普通に言われて、普通に嬉しい。
もちろん普段のちょっと恥じらった感じも可愛いけど、こんなデレデレした感じで好意100%前面にだして言われると、どれだけ私のこと好きなんですかって感じで、にやけそうだ。
「涼子ちゃん、可愛いわぁ。大好き、ふふふ」
「ゆ、由美子お姉さん。えっと、ありがとうございます」
「涼子ちゃん、いい子だね。時にはぶん殴ってもいいんだよ?」
「い、いえいえ。こう言う由美子お姉さんも、素敵ですよ」
日影お姉さんがいるので、私も100%で応えるわけにもいかないので、なんとかそう取り繕う。
と言うか、清く行こう! って決めたのに、こんなにぎゅうぎゅう抱き着かれたら、そんなの意識しちゃうに決まってる。ああ。私死にそう。
「涼子ちゃん!!」
「わっ!? な、なんですか?」
とか思ってたら、急に叫ばれた。
「ごめんね、涼子ちゃん。私、涼子ちゃんに冷たくしちゃって」
申し訳なさそうな、眉をよせた可愛すぎる顔で謝られて、はっとする。
由美子お姉さんの魅力的な体で忘れかけていたけど、確かにぎくしゃくしたままだったんだった。と言うか、由美子お姉さんから謝ってきた!? 私が謝るつもりだったのに。
「あ、ああ。そんなの、私が悪かったんですから、しょうがないですよ。私こそ、ごめんなさい」
「涼子ちゃんーーー、あああぁ。大好きぃ」
頬ずりされた。あああぁ。私も大好きぃ。
熱くなる顔を抑えながら、私は家に帰った。送ってもらった日影お姉さんとも別れて、由美子お姉さんと家に入って二人になる。
声をかける前に、何だか緊張しちゃって、由美子お姉さんの手をぎゅっと強く握る。
「由美子お姉さん、お酒飲まれてたみたいですけど、お腹は減ってませんか? 一応私、作ったんですけど」
「食べるわ。お腹が張り切れても食べるわ」
あ、はい。こ、これも愛情からなんだろうけど、そんな極端な反応されると、ほんと困る。いや困らないけど。うーん。何というか、嬉しすぎて、格好つけにくい。
「由美子お姉さん、何だかキャラが違うような、そうでもないような」
「断言するけど、酔っているわ」
「あ、はい」
めっちゃ真顔で言われた。自覚はしているんですね。
思わず返事する私に、由美子お姉さんは真顔のまま、少しだけ声を潜めるみたいにして、私に顔を寄せる。
「だから素直なの。こんな私は嫌い?」
「……ちょっと戸惑うけど、好きです」
こんなに真剣に、嫌いかって聞かれて、嫌いと言える人なんかいない。そもそも実際大好きだし。
と言うか、本当にどう反応すればいいのか、戸惑ってしまって、さらっと返せなくて、困る。
由美子お姉さんの目をまっすぐ見て返せなくて、思わず照れで目をそらしてしまう私に、由美子お姉さんはにこっと笑って、そのままさらに近づいてきて、私の頬に唇を寄せた。
思わず顔ごと振り向くと、由美子お姉さんはにこにこしていて、さっきの感触が夢じゃなくて、かーっと体温が上がるのがわかる。
何回も毎日みたいにキスしたりした。頬だけじゃなくて、由美子お姉さんの顔中、私の唇が触れてないところはないと思う。でも、そのいずれも、私からだった。拒まれないけど由美子お姉さんからは、絶対にされなかった。
それが、された。ただそれだけで、表情を制御できないくらい、めちゃくちゃに嬉しい! 飛び上がりそうだ!
「あ、えっと」
言葉に詰まる私に、由美子お姉さんははっとしたように目を見開く。
「ご、ごめん、涼子ちゃん。ご飯食べよ、ご飯」
「あ、は、はい! 由美子お姉さん大好きです!」
「私もよ」
や、ヤバかった。あのままだと自分でも何を口走るか。
とりあえずご飯を食べる。台所へ行って、温め直して、二人分を用意する。昨日とまるで逆で、私がそうするのを由美子お姉さんが席に座って見ていた。じっと見られていると、何だか、そんな普通のことが恥ずかしく感じられた。
自分でつくったカレーは、まぁまぁ美味しい。由美子お姉さんは美味しくてたまらないみたいな顔で食べてくれる。
「涼子ちゃん、美味しいわ」
「よかったです。えへへ。私、カレーは何回かつくったから自信があるんです」
「そうなの。作ってもらえて、嬉しいわ」
もう、もう由美子お姉さんたら。そんなに褒められて、もちろん悪い気はしない。
「えへへ……由美子お姉さん、その……えへへ、何でもありません。お風呂ももういれてますから、食べたら入りましょう。もちろん、覗いたり入ったりしませんから」
昨日のことを改めて謝ろうかと思ったけど、やめた。酔った由美子お姉さんは、私が悪いと思っていないみたいだし、この状態で謝って許してもらっても仕方ない。
とりあえず、疑われないよう、宣言しておく。安心してはいってもらいたい。もう二度と、しないから。
と決意していると、由美子お姉さんはそんな私の下心は知らないので、にっこり笑う。昨日のことはもう気にしていないみたいだ。
「涼子ちゃん、帰るのが遅くなってごめんなさいね」
「いえいえ、いいんですよ」
「夕ご飯も作らずに」
「昨日作ってもらったんですから、いいんですよ」
「ましてお酒飲んで、酔っぱらって、迎えにきてもらって」
「意外でしたけど、たまにはそういうこともあります。大人ですから、付き合いもありますよね」
それどころか、私のせいで困らせたのに、そんな風に謝られた。とても申し訳ないので、そう優等生な返事をしておく。
実際、由美子お姉さんは真面目すぎるのだ。泊まるからって、全部全部自分がしなきゃダメとか、迷惑かけちゃダメ、みたいに思うのは、どうかと思う。もっと私に頼ってほしい。頼りないのはわかっているけど、私は、由美子お姉さんの恋人なんだから。……まぁ、本人認めてくれないけど。
「涼子ちゃん……結婚しましょう」
「はいはい。酔ってないときに、私から言いますからね」
この人は。恋人を頑なに認めないくせに、酔ったからってプロポーズしてくるとか、嬉しいけど。
ほんとにお酒弱いな。飲むのはいいけど、私のいないとこではあんまり飲んでもらわないよう、明日にでも素面の状態でお願いしておこう。
「涼子ちゃん、好きよ」
あーもう。私も好きですよ。もー。嬉しいけど、ほんと、調子狂う。酔っ払い由美子お姉さんは、ほんとに、たまにでいいです。
「もう、わかりましたよ。何だか、嬉しいですけど、お姉さんからそうまで言われると、照れちゃいますね」
「可愛いわ」
……由美子お姉さんの方が、可愛いっての。
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