第20話 プロポーズを待ってる
「ん……」
目が覚めた。ひどく疲れていた。倦怠感で体はだるくて、腕を上げて髪をかきあげるのさえ億劫だったけど、目の前にあって邪魔だからかき上げてどける。右側に気配を感じて目をやる。
すぐ隣で、涼子ちゃんがすやすやと、無邪気に寝ていた。その顔を見た瞬間、昨夜の情景がありありと脳裏に再生されて、思わず口元を抑えた。
昨日は、すごかった。自分でもわけのわからないままに、とんでもないことが起こった。私から攻めて欲望のままに涼子ちゃんの体を味わった後に、精根疲れ果てて、涼子ちゃんから手を離してベットに横たわったとたん、涼子ちゃんが起き上がったのだ。
涼子ちゃんは息も荒く、絶え絶えで、快楽にとろけた瞳は年不相応に妖艶で、だけど疲れを見せない爛々とした力を持っていた。そしてこう言った。
「お疲れ様です、由美子お姉さん。えへへ。それじゃあ、次は、私の番、ですよね」
「え?」
は? 番? え? これだけ汗だくになって、あんなに可愛くなっていた涼子ちゃんが、まだこれからだって? 嘘でしょ? 私より体力がないはずなのに。
そんな疑問が顔に出たのか、涼子ちゃんはにやりと笑う。
「何ですか、由美子お姉さん? もしかしてお姉さんこそ、女子中学生の性欲を舐めてたんじゃないですか?」
嘘でしょ?
と思ったけど本当だった。
それから、本当に、すごかった。もちろん、私もだけど涼子ちゃんは拙くて、幼い技巧でしかない。それでも、慣れた自分自身よりもずっと気持ちがよくて、死んだかと思った。ていうか死んだ。
なんだ、あれ。本当に私か。めちゃくちゃ恥ずかしい。あんな高い声でたとか知らない。しかも涼子ちゃんにめっちゃ変なこと言わされた。確かにその前に涼子ちゃんに言うよう強制したのは私だけど。なに? 仕返しなの?
「あぁぁ……」
死んだ。社会的に死んだ。もう駄目だ。私はロリコンの変態だったんだ。うすうすわかっていたけど。涼子ちゃんの前でも晒してしまったっていうか暴かれた。
「……由美子お姉さん、なに、悶えているんですか?」
「ごっ、りょ、涼子ちゃん、起きてたの?」
両手を顔にあてて、後悔とも喜びともとれる感情と共に昨夜のことを反芻していると、ふいに声をかけられて飛び上がって起き上がり、驚いた。もちろん相手は涼子ちゃんである。
涼子ちゃんはにやつきながら体を起こして、後ろに左手をついて体重をかけて顎をひいて上目遣いに、馬鹿にしたみたいな小悪魔的笑みを浮かべる。
「何ですか? そんなに昨日がよかったんですか? 可愛いですね」
「ば、馬鹿。何言ってるのよ」
「もう一回しますか?」
「馬鹿っ。朝から、変なこと言わないで」
私が耳まで熱を持ちながら否定するのを、涼子ちゃんは軽く笑って肩をすくめる。
「軽い冗談じゃないですか。お腹も減りましたし、シャワー浴びて、ご飯にしましょうか」
「……そうね」
め、めちゃくちゃ手のひらで転がされてる気がする。いや確かに、元々涼子ちゃんは人をからかうところがあったけど、何というか、一皮むけたみたいに、より大人っぽくなった。
一晩で、人と言うのはこんなに印象が変わるものか。昨日までだって、十分に格好良くて素敵だったのに、ますます涼子ちゃんはどきどきする魅力を増している。
「シャワー先に浴びてきてください。部屋を片付けておきますから」
「えっと、涼子ちゃん」
「遠慮せずどうぞ? 私の部屋ですし、由美子お姉さんの方がお疲れでしょうから」
ベッドから降りて促してくる涼子ちゃんに、私は名前を呼んだけど通じてない。
ううん。言っていいものか。でも、素直になるって、もう涼子ちゃんに偽らないでおこうって、昨夜決めたんだ。
「涼子ちゃん、その、シャワーだけど」
「なんですか?」
「い、一緒に……入ってあげても、いいわよ?」
「……是非!」
どうしても気恥ずかしさから目線をそらしてうつむき気味で可愛くない言い方になる私に、涼子ちゃんはとてつもなく可愛い顔で頷いた。
○
「由美子お姉さん、美味しいです」
「ありがとう……その、愛をこめてるから、かも?」
「さすがです、由美子お姉さん」
さすがです、なんて言う涼子ちゃんは穏やかな微笑みで、それこそ年上の大人みたいな顔で、何だか恥ずかしくなる。だけど、そんな顔を私の言葉でできたなら、それで嬉しくなる私は、単純だ。
シャワーを浴びて、まぁお互いに裸なわけで、色々あったけど、とにかく汗を流して部屋を綺麗にして、洗濯機をまわして、朝ご飯を食べている。
朝ご飯を美味しいとわざわざ声にだしてくれているけど、普通にありあわせのものだ。
「ねぇ、涼子ちゃん……」
「ん? なんですか? キスですか?」
「な、なんでよ」
確かにちょっと甘えた声が出ちゃった気がするけど、だからっていつまでも脳内ピンクのままじゃないから。
涼子ちゃんは感情を読ませない、にやついた顔になって、えー、残念と嘯いた。
「そうじゃなくて……何となく、名前を呼びたくなったの」
「いいですね。いかにもバカップルっぽくて。由美子お姉さん」
「一言余計よ」
「それもそうですね。恋人になったんですから」
ん? どういうこと? バカップルとか言わなくてよろしい、という私の言葉に、何が恋人になったんだから? 恋人になったからバカップルと言うカップル表記をつかえるようになったと言うこと? ん? それだと肯定するのがよくわからない。
首を傾げる私に、涼子ちゃんはんーとこれまた首を傾げて考え事をするように可愛い唸り声を上げる。
「さすがに呼び捨てはあれなんで、由美子さん、辺りでどうですか?」
「ど、どうって」
どきどきするけど? そう言うことは聞かれてないわよね? 急にどうした?
あ、もしかして、恋人になったんだから、余計な『お姉さん』はいらないって解釈したってこと? すごい独自解釈されたけど、確かに、呼び方が変わるのはありだ。
ずっとお姉さんと呼ばれていて違和感なかったけど、日陰のこともお姉さんと呼んでいるし、特別感ある方がいいわよね。
「ぐっときます」
「何で敬語何ですか?」
「うるさいわね。ちょっとドキッとしただけじゃない」
「えへへ。いいですね。敬語の由美子さんも、可愛いです」
「……もう、涼子ちゃんは何でもいいんでしょ」
「そうですよ。由美子さんなら、何だって好きです」
平然と言われた。しかもこんな時だけ、からかうにやにや笑いじゃなくて、はにかんだような笑顔だから、ずるい。
私は照れてしまっているのを自覚しつつ、心のままに微笑んでみる。
「私も、好きよ」
涼子ちゃんはぐっと口元を一度引き締めた。え? なんできりっとした顔したの? 格好いいけど。
「もう、もう、あー、もうほんと、大好きです。もー、一生一緒に居てください!」
「それはもちろんそのつもりだけど。え、あっ」
「そ、そのつもりだったんですか。いや嬉しいですけど」
ほ、本音が駄々漏れてしまった。いや悪いことではないけど。
と言うか普通に相槌うってしまったけど、もしかして今のプロポーズ? そういう事? いやー、でも、普通にご飯食べながら言われたし、ロマンチックな雰囲気ってわけでもないし、うん。ノーカウントで。
「そのつもりよ? だから涼子ちゃん、大人になって、プロポーズしてくれるの、待ってるからね」
「……はい。頑張ります、えへへ……由美子さん、愛してますよ」
「もう。……私もよ」
照れつつも応えると、涼子ちゃんは嬉しくてたまらないとばかりの笑顔になる。可愛すぎる。
はぁ。この二泊三日、いろいろあったけど、本当に泊まってよかった。
「あ、そう言えばすっかりお泊りに浮かれて忘れてたけど、これって元々涼子ちゃんの誕生日プレゼントだったわよね?」
「え? 忘れてたんですか? なのに泊まりに来てくれたんですか?」
「だって、私も泊まりたかったし?」
最初は覚えてたはずなんだけど、どこで忘れてしまったのか。少なくとも誕生日プレゼントを忘れた時点で忘れている。
「今回は、私にとってもプレゼントしてもらったから、また、改めて誕生日会しましょうか」
「いいんですか? 嬉しいですけど。といいますかプレゼントですか?」
「ええ。涼子ちゃん自身を、プレゼントしてくれたでしょ?」
「……もうずっと前から、由美子さんのものですよ、とは思いますけど、それ以前にその発想、おっさんみたいですね」
「ぐ……う、うるさいわね」
私はむっと涼子ちゃんをにらむけど、涼子ちゃんはにやっとまた悪い顔で笑う。
「ま、そんなところも、可愛いですけど。そうだ、また次にお泊りする時は、由美子さん用にお酒も用意しましょう」
「え? なんでよ」
涼子ちゃんは飲めない訳だし、そんな私だけサービスしてもらう理由がない。一緒に楽しめないなら、無理する必要はない。
「美味しかったんでしょ? それに、酔っぱらった由美子さんも可愛いですから。あんまり人前に出したくはないですけど、私の前だけなら、へべれけになっても大丈夫ですからね? むしろ見たいです」
「……か、考えておきます」
って、そもそも、普通に、お泊りする前提で話が進んでいるけど……まぁ、いいか。でも家に泊まるのは、今回みたいな特例じゃないと、なかなか、いちゃいちゃできないし。生殺しのような。うーん。
「由美子さん、次は温泉宿にお泊りしましょうよ。私、お金出しますから」
「んー。せめて折半にするとして、まぁ、考えておきます」
温泉宿! なにそれ、新婚旅行みたいで素敵。すぐには無理だろうけど、夢が膨らむ。
「ふふ。由美子さん、可愛いですよ」
ぐ、また、そういう事を。何回言われても、会話の流れに関係なく唐突に不意打ちされると、照れる。だから私も、やり返してやる。
「涼子ちゃんだって、可愛いわ」
「知ってます。でも、由美子さんの方が可愛くて美人で愛らしくて魅力的ですよ」
「……」
何この子。本当に、かなわない。
でも、そういうところも、悪くない。きっと私は、ずっと、死ぬまでこの子に振り回されるのだろう。だけど、それも悪くない。むしろ、そうなってほしい。そんな馬鹿なことを思った。
私と涼子ちゃんは、体を重ねて、思いを確かめ合って、今まで以上に相思相愛になった。涼子ちゃんとの二泊三日は、こうして幸せに過ぎて行くのだった。
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