第19話 恋人になろう

「由美子おねえさーん、おーい」

「ん。んん。涼子ちゃん?」


 声が聞こえたので、目を閉じたまま返事をする。意識は起きたけど、瞼が重い。そんな私に少し笑うみたいな気配がした。


「はい。涼子ちゃんです」

「今何時?」

「10時前です」

「まだまだね」


 よかった。やっぱりそんなに時間はたっていない。まだまだ夜はこれからだ。腕をのばして伸びをして、少しずつ意識だけでなく体も起こしていく。


「いやなにがですか。歯磨きしました? 一回起きてください」

「寝るには早いわ。ふわぁ」


 そしてあくびをして目をこすって、ようやく目を開けた。一瞬ぼやけた視界も、すぐに晴れる。うん。起きた。ちょっとだけどぐっすり寝たからか、眠気は収まった。

 目の前にいる涼子ちゃんを見ると、お風呂上りらしい上気した頬に、少し濡れた髪が非常に色っぽい。と寝起きからピンクになりそうな思考を緊急停止させて、とりあえず笑う。


「おはよう、涼子ちゃん」

「まだ酔ってます?」

「酔ってないわよ。起きたんだから、おはようでいいでしょ?」

「いや、早くないですし。と言うか起きなくてもいいですし。歯磨きして寝ましょう」

「いやよ。今夜こそ、涼子ちゃんと遅くまで語り合う予定なんだから」

「そうなんですか? まぁ、それなら私は嬉しいですけど」


 座って座ってと促して、涼子ちゃんを私の隣に座らせる。と言っても涼子ちゃんのベッドの端に座ってたままなんだけど。

 涼子ちゃんを右隣に座らせ、そっと左腕をとる。細くて華奢な腕だ。でもどうしてか、そんな子供の腕なのに、安心感とドキドキを感じてしまう私は末期かもしれない。

 いや、落ち着け私。布団の上にいるからって意識するな。あくまでおしゃべりするだけだから。昨日のお詫びも込めて、涼子ちゃんを喜ばせてあげたい。


「涼子ちゃん、昨日は本当にごめんなさいね」

「何度も謝らないでください。私が無神経にお風呂に乱入したせいです。由美子お姉さんが恥ずかしがりやさんなのに」

「別に恥ずかしかったわけじゃ」

「え? あれ? じゃあなんであんなに怒ってたんですか?」

「え、あ、えっと。怒ってたんじゃないわ」

「? そうなんですか? 差支えなければ、じゃあ、何であんなに連れなかったのか教えて欲しいんですけど。あ、あれですか。体調が悪かったとか?」


 や、やばい。藪をつついて蛇を出すの典型だコレ。もういいって許してもらってたのに、どうしても申し訳なくてついついまた謝ってしまったがために、詳しく聞かれてしまった。


「そ、それはその、やんごとない事情があったので、聞かないでくれると嬉しいです」

「なんですか、やんごとないって。余計に気になるんですけど」


 涼子ちゃんはずいっと私の顔を覗き込んでくる。純粋でぴゅあぴゅあな可愛い顔してる。キスしたいし、そのまま舌入れて押し倒したい。


「お、大人の事情なの」

「えー? まぁ、聞いてほしくないなら、聞きませんけど」

「ありがとう」

「ふふふ。私は由美子お姉さんを愛しているので、無理強いはしません。てことで、ご褒美にキスしてほしいです」

「なんでやねん」


 可愛い顔してトラップしかけてくるから困る。そして一刀両断で断ったのに、にやにやして全く堪えるところがない。鋼メンタル。素敵。


「ちゅーでもいいです」

「おんなじだから」

「さっきしてくれたじゃないですかー」

「ぐ……」


 それを言われると。ていうか、ほっぺだったし勢いでつい。酔ってたし。っていうか、ほっぺなら、セーフか? ほっぺなら我慢できるかも? だってほら、頬なら性的じゃないし。いくら私でも大丈夫でしょ。


「ほ、頬で、いい?」

「! はい! もちろんです」


 涼子ちゃんは途端にぱっと花が咲いたみたいに笑顔になって、頬を染めながら目を閉じた。

 そ、そんな本格的に。そんな顔されたら、何してもいいみたいに捉えちゃって、頬じゃないとこにキスしたくなっちゃう! 我慢我慢。

 涼子ちゃんへのお詫びの気持ちなんだから。そう、これは清らかな愛だから。


「……。ん」


 そっと唇を押し付けるように、頬に口づけた。何度も唇を合わせているのに、どうしてか改めて自分からしたのだと思うと、とても、気恥ずかしい。

 照れながら目を開けると、涼子ちゃんもぱちりと目を開けた。真っ赤になっていて、眉をあげて目を見開いて、堪えきれないと言わんばかりににゅっと口を歪めて、変な顔をしていた。だけどこの変な顔は、私がキスして動揺して、それを隠そうとしてこうなっているのだと思うと、とてつもなく興奮した。


 たまらず、私はそっとそんな涼子ちゃんの顔を挟むように両手をそれぞれの両頬にあてて、顔を寄せる。


「涼子ちゃん、可愛いわ」

「うう。嘘です。自分でも変な顔してるってわかります」

「本当よ」

「じゃあ証明してくださいよぅ」


 甘えたように言われて、私は引き寄せられるように自然に涼子ちゃんに口づけて、そのまま舌をいれていた。

 初めてのことなのに、とっくに知ってたみたいに私の舌は涼子ちゃんの口のなかを動いていく。歯を、舌を、歯茎を、舐めて、味わい、その感触を、熱さを余すとこなく感じていく。


「っ、はっ」


 涼子ちゃんも私も、まだ歯磨きしていないから、カレーの風味をほんのり感じる。甘いのに、スパイシーさがあるのが、中学生の涼子ちゃんとの背徳感の表れのようで、背筋がぴりぴりするほど気持ちいい!


「はぁっ、はぁ……涼子ちゃん、可愛いわ。証明できてる?」

「はあ、はっ、はぁ……は、はい」


 ああ、なんて、可愛いのか。紅潮しきった顔で、眉尻を下げて涙目で、その身を震わせて、細切れに洗い息をする涼子ちゃんの、なんて可愛いことか。犯罪的な可愛さであり、事実幼い涼子ちゃんに手を出している犯罪感に、ん? んんん? あれ、今、私、何した?


「っ!! あ、ご、ご、ごめん、涼子ちゃん」


 さーっと体から熱が引いていくと同時に、私は勢いよく離れた。

 や、やってしまった。涼子ちゃんに手を出さないように、涼子ちゃんを汚さないように、私はずっと耐えてきたのに。お酒の勢いでもない。もうさめている。眠気で朦朧したわけでもない。すっきりしている。禁欲生活の上で欲求不満だったわけでもない。朝からあれだけ発散してきた。まして今は裸よりきわどい性的なものを見たわけでもない。

 ただただ、涼子ちゃんの可愛い顔を見ただけで、耐えきれなくて、頬にキスしただけでタガが外れてしまった。


「え? な、なんで謝るんですか?」

「なんでって、その、いきなりしちゃったし」

「そんなの、恋人じゃないですか。驚きはしましたけど、むしろ今まで全然キスしてくれなかった方がおかしいです」


 青ざめるほど後悔する私に、涼子ちゃんはきょとんとしていて、不思議そうにしている。え、あれ? 今の、全然セーフだったの? 普通のキス扱いなの? あれ? 私の感覚がおかしいのか?


「え、だ、だって。涼子ちゃんは小学生だし、恋人になったら、今みたいなこと、したくなるから」

「もう中学生です! 大人です!」

「!」


 昨日から私があれだけ身勝手なことをしても、一言も怒らなかった涼子ちゃんが、声を荒げた。中学生だって、大人じゃない。だけど涼子ちゃんはそう思っていない。


「私のこと、中学生じゃなくて、私として、ただの篠原涼子として見てほしいです。もしそれだけが理由で、キスしないように恋人じゃないって言い張ってたなら、怒ります。がっかりです。由美子お姉さんは、私を馬鹿にしすぎです」

「馬鹿にしてるわけじゃ」

「してます!」


 強い言葉で、言い切られた。そう、なのだろうか。私はただ、中学生の涼子ちゃんの清い体を、私と言う魔の手から守りたくて、我慢してきたのに。それは涼子ちゃんを馬鹿にしていたんだろうか。だって、涼子ちゃんは事実として子供で、まだそんな、えっちなことをするには早い。

 涼子ちゃんはさっきまでとは別の理由で赤くなっているみたいな、眉を吊り上げた顔で、私の両肩を乱暴につかむと押し倒してきた。

 ベッドの上で倒れるだけなので、痛くもないけど、え、なにごと? え? 怒られてる?


「私だって、いつまでも子供じゃありません」


 涼子ちゃんはそう言って、私に口付けて、さっきの仕返しとばかりに舌を入れてきた。思わず反応してしまう私を押さえつけるように、荒々しく涼子ちゃんは私の口の中を暴れていく。上からだから、唾も落ちてきて、息苦しくてそれを飲んでしまって、体を上から抑えられているのとあいまって、余計に興奮してしまう。

 もう、中学生とかどうでもいい。私が間違っていた。


「っ、はっ、はぁっ、はぁぁ、ゆ、由美子お姉さん」

「んっ、はあ、りょ、涼子ちゃん……ごめんなさい。私が、悪かったわ」


 涼子ちゃんは唇を離しても至近距離のままで、私を見つめてくる。どきどきを通り越してばくばくうるさい心臓が、早く早くと急かしてくる。

 だけどそんな私を焦らすように、涼子ちゃんはニッと笑って、顔を少し高くまで上げる。ああ、そんな。


「由美子お姉さん、じゃあ、私と、今度こそ、恋人になってくれますか?」

「……はいっ。私も、涼子ちゃんと、恋人になりたい。なりたかったの、ずっと」


 なりたかった。両想いで、恋人を求められて告白されて、それでも我慢して拒否することのどれだけ心苦しかったか。どれだけつらかったか。だけどもう、その苦労の日々も報われた。世間的にまだ中学生は子供だ。だけどそれがどうしたと言うのだ。

 世界中の誰より素敵な涼子ちゃんを、世間のスケールで計ることが間違いだったんだ。そんなもの関係なく、心のまま求めれば、涼子ちゃんなら応えてくれるんだ。許してくれるんだ。こんなに、凄いことが、この世に他にあるだろうか。こんなにすごい人が、他にいるだろうか。ああ、愛してる。


「涼子ちゃん……」

「由美子お姉さん。嬉しいです。やっと、素直になってくれたんですね」

「うん……遅くなってごめんね」

「いいんです。由美子お姉さんだから、いいんです。怒鳴ったり、無理やりして、すみませんでした」


 涼子ちゃんはそう言って、私の肩から手を離して起き上がった。? え? 何で離れたの? とりあえず私も起き上がる。


「う、ううん。それはいいのよ。私が悪いんだもの」


 と言うかもっとしてほしい。もっと怒鳴って無理やり強引に力づくでしてほしい。実際には私の方が力が強いとか、そういう事はどうでもいいから。されるがまま強引にされる設定でされるから。


「じゃあ、仲直りのキスしましょうか」

「うん!」


 待ってました。そっと目を閉じて待つと、唇に慣れた感触が触れる。どきどきしていると、何故かそのまま唇が離れて、思わず目を開ける。

 涼子ちゃんは照れた顔をしている。可愛い。


「えへへ。改まると、照れますね。遅くなっちゃいましたし、歯磨きして、寝ましょうか」


 …………は? は? いや、ちょ、待て。待って。ねぇ。そんな、そんなのあり? ありなわけ、ないでしょう!


「涼子ちゃん、先に謝っておくわ。ごめんなさい」

「へ?」


 私は立ち上がろうとする涼子ちゃんの肩を掴んで、さっきと逆に押し倒す。


「でも、涼子ちゃんも悪いのよ? だってもう、私たち恋人なんだもの」

「え、はい。そうですね?」

「うん、だからね、女子大生の性欲、舐め過ぎだからね?」


 涼子ちゃんのパジャマのボタンをぷちぷち外しながら、私はそう言って、とまどう涼子ちゃんに口づけた。


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