第17話 酔っ払い

「そんな恋人、さっさと別れちゃいなよ。俺、前から由美子ちゃんのこと、いいなって思ってたんだ」


 どうしてこうなったんだろう。確か三杯飲んで、いい感じにくらくらしてきて、そろそろ帰る勇気出てきたんじゃない? と日影に言われて、うーんとか悩んでると、この男がやってきた。

 いや、サークルの先輩だし、この男とか言ったら駄目だけど。なんか顔をうろ覚えレベルなのに、めっちゃ馴れ馴れしく話しかけてきて、日影がいやちょっとーって遠慮してほしい雰囲気出したのに、強引に相席してきた。


 酔っぱらってるとか珍しいねーとか言われて、あんまり邪険にすることもできないし、私も酔ってたからつい、ちょっと喧嘩して気まずい、くらいに誤魔化して言ってしまった。そしたら別に恋人とも言っていないのに、上記のことを言われた。


 別れろとか言われる筋合いないし、て言うかどさくさに紛れてアプローチしてくるとか、全くもって、男らしくない。

 この先輩、別に今まで悪印象はなかった。普通に先輩として優しかったし、授業のテストのアドバイスとかしてくれるし、私以外の後輩にも優しくて、友達も多い感じで、いい人だと思っていた。顔も悪くない。背も高いし、他のスポーツサークルにも入ってるとか体格もいい。イケメンだと友達の間でも評判が高い。

 って、あら? よく考えたら、普通に恋愛対象としても、いい人だ。喧嘩して管巻いてる私に引かずに慰めてるし。なのに何で、今こんなに急に印象が悪くなったんだろう?


「俺なら、そいつと違って、由美子ちゃんのこと悩ませたりしないよ」


 あ、そうか。わかった。

 涼子ちゃんのことを、悪く言うからだ。そして、涼子ちゃんこそが今の私の恋愛対象の基準で、涼子ちゃんと比べるからだ。涼子ちゃんは、真正面から私に告白してくれた。こんな風に、つけ込む感じではなかった。もっと男らしくて、格好良い。

 それに涼子ちゃんは、私を悩ませてるわけじゃない。涼子ちゃんの何を知っていて、そんな訳知り顔でいるのか。何も知らないのに、勝手なことを言うんじゃない。

 そう思う。だから、この先輩に腹が立つし、恋愛対象としてもなしで嫌悪感さえ感じるんだ。


 ここははっきり、断ろう。角が立つかも知れない。サークルで人気の先輩に冷たくしたと、もしかしてサークル内に居づらくなるかもしれない。でも、それとこれとは別だ。ちゃんと断らないと、涼子ちゃんに失礼だ。あとついでに先輩にも。


「そんなこと言われても、困りますぅ。だってぇ、私、先輩のこと、そーゆー目で、見てないですしー」

「そう言わないで、今考えてみてよ。俺、本気だよ」


 え、こいつ、しつこいわね。見てないって現在進行形で言っているのに。こっちも真剣だっつーの。

 言葉だけでは通じないようなので、態度もはっきりさせてやろうと、私はぎゅっと、先輩を睨み付けて、肩を押して言ってやる。


「しつこいですぅ。あっち、行ってくださーいー」

「そんな目で見られて、ほっとけないよ」


 は? 頭おかしいの? 先輩に対してかなり失礼だけど、めちゃくちゃはっきり言ったのに。イケメンだから調子に乗ってるの? 女子中学生以下の格好良さの癖に、調子に乗るな。


「日影ぇ」

「う、うーん。ゆみちん、ちょっと、ちょっとトイレついてきて」

「はー? もー、日影ったらぁ」


 何か日影からこそこそ耳打ちで、子供みたいなお願いされた。でも他ならぬ日影のお願いだ。仕方ない。何だかんだ、言って、妹みたいな子だ。ていうか昔は、私より背も高いのに泣き虫で私の後をついてきていた頃も短いけどあった日影だ。仕方ない。何だかんだ私も、日影に甘いんだから。

 席をたって、日影の手をひいてトイレに行く。


「あ、個室まで入らなくてもいいから」

「? 遠慮しなくてもぉ、出終わるまで、隣にいるわよー?」

「ねぇ、めっちゃ酔ってるよね」

「んー? まぁ、くらくらするわねぇ」

「さっきとか、先輩に上目遣いで肩に触れて寄り添いながらあっち行けとか、誘惑してるように見えなくもないけど」

「はー? 寝ぼけないでよぉ。涼子ちゃんの方が、ふふふ。ずっと格好いいわぁ」

「あ、はい。ちょっと待ってて。水もらってくるから。ここで待ってて。いいね?」


 何だかよくわからないことを言われた。水よりお酒飲みたいのに。さっき飲んでた5杯目のカップ、まだ残っていたのに。ああ、でもなんだか、涼子ちゃんに会いたくなってきちゃった。タイプじゃない人に迫られても、いらってくるだけだわ。


 落ち着こう。そう思って、洗い場のふちに手をかけて、持たれるようにして力を抜く。自分の顔を見ると、少し赤い。化粧をしていても赤いとは、結構赤いのかも?

 もしかして私、あんまりお酒に強くない? 今、自覚してないだけで結構酔ってる? 上目使いとか言われたの、普通に睨んでたし何に言ってるのかと思ったけど、もしかして力入ってなくて本当に、客観的にそう見えたってこと?


 やばいなぁ。


「すー、はー」


 大きく深呼吸してみる。目を閉じて呼吸をする。くらくらする、世界が回る感覚が、目を開けているときより強くなるみたいで、でもちょっと気持ちいい。


「お待たせ、ゆみちー。さ、飲んで」

「あ、うん。ありがと」


 目を開けると、さっきより回ってない。揺れてる、くらいになった。水を飲む。


「っ、んっ、んっ! ぷはぁ。……ごめん、もう一杯もらっていい?」


 口をつけると、何だか急に喉が渇いて、一気に飲んでしまった。飲み干しても、さっきまで感じてなかったのに、飢餓感と言えば言い過ぎだけど、渇いて仕方ない。

 お願いすると、日影はにかっと笑うと、眼前に水のはいったポットを出してきて、カップに注いでくれた。


「だと思った。飲み過ぎ。水飲んだらトイレ行って」

「ん」


 飲み干す、とまた入れられた。もう一回飲み干す。さらに入れられた。喉は渇いてないけど、何となく飲み干すと、さらに入れられた。


「もういいよ」

「じゃあ最後だから、飲んでトイレ行って」

「わ、わかったわよ」


 頑張って飲み干した。そしてトイレに行くと、思いのほかいっぱい出てきた。そのまま何となく、ぼーっとしてると、何だか段々頭がさえてきた気がする。まだくらくらするけど。

 立ち上がると、さっきまで力加減がうまくいかなかったことを思い出す。さっきは扉に鍵をかけるのすら勢い余って、手を扉にぶつけていたけど、今は普通にできた。ていうか、ぶつけた時点でおかしいって気づけ私。


「長かったね、酔いは覚めた?」

「うーん。結構覚めた。ちょっとふらふらするけど」

「初めてなのに、飲み過ぎだって」

「だって、美味しかったし」

「とりあえず席にもどろっか」

「そうね。ていうか、帰ろうか。あ、もう六時半じゃん」


 スマホを取り出すと、昨日なら涼子ちゃんと晩御飯食べてる頃だ。あ、涼子ちゃんから連絡着てる。なになに? 日影から晩御飯食べてるのは連絡もらってるから、ゆっくりしてきてね、だと?

 な、なんてことでしょう。せっかくの二日だけの新婚のうち一日をこんな無駄に使うなんて。ちょっとだけ飲んで、晩御飯は普通に帰ってから作るつもりだったのに。


「早く帰ろう」

「それはいいけど、先輩はどうするの?」

「ん? あ、忘れてた」


 え、どうしよう。まぁ、さっきは説得力なかったかもだけど、こんどこそ普通に断ればいいわよね?

 席に戻ると、先輩が心配そうな顔してた。とりあえず何食わぬ顔して席に座る。ってあいた! 勢いよく席に座ったせいで、机に腕ぶつけた。冷静冷静。


「すみません、先輩。お待たせしました」

「いや、大丈夫だよ。だいぶ酔ってたみたいだけど、ちょっとは楽になったみたいでよかった」

「す、すみません」


 くっ。そうだ、この先輩普通にいい人なんだよね。ああ、なんか、冷静になるとちょっと申し訳ない。結構待たせたし。しかも失礼なこと言ってしまった。酔いって怖い。

 もし、涼子ちゃんに出会ってなかったら、惚れてたかもしれないくらいに、イケメンだしいい人だ。でも、私はもう涼子ちゃんのものなのだ。めろめろのどろどろ……まだ酔ってるなぁ、私。


「そろそろ、お暇しますね」

「まだふらついているぞ? 送るよ」

「いえそんな。日影もいますし」

「駄目だ。せめて二人いないと、人ひとりを運ぶのは大変なんだ。それが嫌なら、もうしばらく休憩してからにしろ」


 う。困ったなぁ。先輩の言っていることは正論だ。でも涼子ちゃんの家に送られるわけにはいかないし、できればすぐに帰りたいのに。


「まあまあ、大丈夫ですよ、先輩。わたしが迎えを呼んだんで、そろそろ来るはずです」

「え?」

「なに?」


 誰を呼んだんだろう? と首を傾げてから、考えてみる。来てくれるのはありがたいけど、私涼子ちゃんの家に帰りたいから、お母さんとか来てもらっても困るんだよね。あれ、でも日影ももちろんそのくらい知ってるはずよね?


 何故か先輩は嫌そうな顔をしている。あれ、なんか露骨な顔してる。迎えが来るならOKじゃないの?


「それってまさか、由美子ちゃんを泣かせてる男じゃないよね」


 いや、泣いてないけど。っていうか、その手があったか!

 先輩の質問に日影が応える前に、すみませーんと可愛い声が聞こえた。


「あ、由美子お姉さん! 日影お姉さんも!」


 入り口で店員さんに話しかけてから、振り向いた私に気づいた涼子ちゃんはパッと笑顔で私の元に近寄ってきて、手前で止まって気取ってお辞儀をする。


「不肖ながら、私篠原涼子がお迎えにあがりました」

「涼子ちゃん!」

「って、ええええ?」


 たまらず私は、大好きな涼子ちゃんに会えたのが嬉しくて抱き着いた。


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