第16話 後悔の果てに

 目が覚めた。いや、覚めたのか? いつ寝たのか全く記憶がない。そっと起き上がると、まだ涼子ちゃんは寝ているようだ。寝不足のせいか頭がぼーっとするけど、むらむらはしていない。よし。

 時間は6時少し前。ちょっと早いけど、遅くもない。朝ご飯の支度をするし、そうそう洗濯物も干さなきゃ。もう起きよう。


 手早く静かに着替える。携帯電話をお尻ポケットに入れて立ち上がり、部屋を出る前にちらっと涼子ちゃんを見る。ベットの上の涼子ちゃんは掛け布団の端から顔を出している。可愛い顔。


「っ」


 どきっとした。顔を見ただけで、その無垢な寝顔を見ただけで、昨日の涼子ちゃんの隠す気のない姿が、瞼の裏に焼き付いているみたいに浮かんできた。咄嗟に口元を抑えて、一歩下がった。

 駄目だ。全然だめだ。涼子ちゃんを見たら、冷静ではいられない。先に家事を片付けよう。


 頭を振って、そっと部屋を出た。

 洗濯機が回っていなかったので、スイッチを入れて、台所に行って朝ご飯の支度をする。昨日炊いたご飯が残っているので、今日食べ切ろう。

 おかずは卵とハムを焼いて、お味噌汁と、なにかあと一品欲しい。冷蔵庫の中を好きにしていいとも昨日涼子ちゃんから言質をもらっているので、中を確認する。決まっている材料を出しながら考える。

 目玉焼きとハムで洋食っぽいけどお揚げと豆腐のお味噌汁で和風だから、軽くきんぴらでも作って和風度あげるかな。あと簡単なサラダでいいか。


 目玉焼きとハムは直前に焼くから、とりあえず常温放置で、金平のためごぼうとニンジンを千切りして炒めて味付けして、水気が飛ぶまで放置しながらお味噌汁の用意だ。

 味噌汁は顆粒だしを入れて具を入れて、沸騰させて味噌を入れて弱火にする。本当は豆腐も沸騰させないとか聞いたことあるけど、顆粒だしの時点で手抜きだし、別に本格派料理上手ってわけでもないからいいでしょ。豆腐ってがっつり火を通さないと、ちょっと落ち着かないし。

 そうこうしてたらきんぴらの水分も飛んだので火を止めて、ごま油をいれてから皿に移して、ゴマをふって簡単きんぴらできあがり。味噌汁の火を切って、洗濯機を確認しに行き、終わっていたので洗濯物を干した。


「……」


 涼子ちゃんの可愛い下着に、動揺はしたけれど、無心で干すことができた。目をそらして、指先が震えるのを無視すれば、問題なくできた。

 時計を見ると、そろそろ七時になる。涼子ちゃんに声をかけた方がいいかな。と考えたところで、ダイニングのスライドドアが開いた。


「ふわぁ、おはよー、ございます。由美子お姉さん」


 涼子ちゃんは、パジャマ姿だった。昨日見れなかった、水色のチェック柄で、少しだけ大きめの可愛いパジャマで、上のシャツをズボンにいれてたんだろうに半分でてしまっている涼子ちゃんは、呑気に欠伸をしてから笑った。

 その可愛すぎる姿に、そのだらしない姿に、パジャマを脱がしたい、と思ってしまった。


 駄目だ。全然駄目だ。昨日の熱は全く収まってなくて、私の皮膚を薄皮一枚剥いたすぐ下にあって、いつでも噴火をしようとしてる。朝なのに、関係なく、頭のなかは涼子ちゃんを見るだけでピンクの霧がかかったみたいになってしまう。


「おはよう、涼子ちゃん。ご飯できてるから、着替えてきて」

「あ、はーい」


 とにかく涼子ちゃんを一度引かせて、その間に私は自分の分を食べた。戻ってくる可愛い足音に、喉につまりそうになりながらお茶で飲み込む。


「改めて、おはよーございます!」

「おはよう。じゃ、私行くから、洗い物お願いね。洗濯物は干したから」

「え?」


 そして全力で逃げた。

 鞄を持ったまま、忘れ物をしたと一旦自宅へ退避して、部屋に鍵をかけて、一時間目を私はサボった。









「……はあぁ」


 死にたい。私って、本当にド変態なんじゃないだろうか。いくら好きで三年禁欲してる相手だからって、女子中学生の裸をちらっと見たからって、講義を1つサボるって。

 でもお陰でスッキリしたし、普通に眠いだけだ。今なら涼子ちゃんを見てもパンチラを密かに期待することもないはずだ。はずだけど、そもそも涼子ちゃんの顔をどう見ろって!? あー、脳内でめちゃくちゃにしただけに、気まずいわー。


「あれ? ゆみちー、どしたの? 愛の巣に帰らないの?」

「日影か」


 いちいち突っ込みがうざい。けど、放課後になっているのに、まだ学内に残ってだらだらしているのが不思議だったのだろう。

 私も不思議だ。昨日の今はすでにスーパーで買い物していて、いちゃいちゃ生活を夢見ていたはずなのに。どうしてこんな帰りたくない、リストラされた夫みたいな心境でいなきゃいけないんだ。予想していなかった展開にもほどがある。


「日影か、じゃなくて。ほんとにどしたの? 顔色悪いよ。喧嘩した?」


 日影は心配そうな顔で、中庭のベンチに座る私の隣に座った。その表情がいつになく真面目で、私ってそんなに顔色悪いのか、と自覚する。スッキリはしたけど、寝不足には違いない。


「喧嘩とかじゃなくて、その……私が悪いんだけど」

「じゃあ謝れよ」

「もうちょっと先まで聞けよ」


 私が悪いけども、ここから私に同情を乞うような話を続ける流れだろうが。ぶったぎるんじゃない。幼馴染より幼女を庇うんじゃない。って、いや? 普通なら、大学生と中学生が喧嘩してたら中学生庇うか。うう……心理的ダメージが。


「その、私がお風呂入ってたら、涼子ちゃんまで来て、顔が見れなくて、気まずいの」

「……はー? 小学生低学年みたいなこと言ってるけど、本気?」

「う、うるさいわね。そんなこと言っても、その、わかるでしょ? そんなの見ちゃったら、我慢できなくなるし、その、むらむらするじゃないっ」


 小さい声で人に聞こえないようにしつつ、もうこの際日影には全部言っちゃう。こいつには隠す恥ももうない。ていうか日影の恥こそ私は何もかも知っているので、逆に知られてもいっかって感じだ。それより解決策を知りたい。


「それで、家に帰って、一限サボっちゃって、涼子ちゃんと、顔合わせにくいなって。わかるでしょ?」

「ええっ、真面目のゆみちんがサボるって……えっと…まぁ、それだけ好きってことだし、いいんじゃない? 愛でしょ? 愛」

「目をそらしながら言うな」


 私が平均より性欲強いみたいに受け取れるじゃない。そんなことないわよね? 普通よね? 普通って言え!


「まぁ、相手には通じてないなら、早く帰って普通に謝りなよ。それが一番いいでしょ」

「そ、それは、頭ではわかってるのよ? でも、普通にできる自信がなくて……」


 わかっている。ピュアな涼子ちゃんは私のそんなよこしまな心はわかっていないのだ。なら普通に話しかけて怒ってないよと言うのが、一番私も涼子ちゃんも今日を楽しんでお泊り会ができるだろう。でも、涼子ちゃんの顔を見て、普通にできる自信がない。

 一晩寝ても駄目だった。今はすっきりしていても、また顔を見ると思い出してしまうかもしれない。そうなったら、余計に涼子ちゃんを傷つけるかもしれない。


 しょんぼりしてしまう私に、日影は頭をかいて、ぴっと私に向かって右手人差し指をたてた。


「うーん。じゃあ、一杯飲みに行く?」

「へ? いや私、誕生日まだだし」

「大丈夫大丈夫。私は過ぎてるから」

「そんな無茶な」

「てか、去年の新歓コンパで飲むでしょ?」

「飲まないから」

「えぇ……真面目すぎない?」

「普通だから」


 とはいったものの、実際体の成長が云々と言うので言えば、もう成長なんてしないし、同じ学年でもう飲んでる人もいるのだし、いいような気もする。法律が気にはなるけど、ぶっちゃけもはやあってないようなものだ。

 こんなにも、落ち着かない私の心を落ち着けるには、外部から何らかの力を借りるのもやむを得ない。ここはお酒の力を借りて帰るのがいいかもしれない。素直になって謝れるはずだ。


 私は日影に付いて、まだ夕方の町中へ繰り出すことにした。


「ここ、ここ。早い時間からやってるし、おすすめー」


 日影に連れられて、17時過ぎにお店に到着した。日影はどうやらそこそこ利用しているお店らしく、慣れた様子で奥のテーブルへ移動した。


「まず飲み物何にする? 甘いチューハイとかカクテルならいけるでしょ」

「って言われても。おすすめは?」

「んー。あ、コーヒー好きでしょ? カルーアミルクなら甘いし、お酒感ないよ」

「じゃあそれで」

「おうよ。いい機会だし、親友同士語り合おうぜ!」


 親友とかはともかく、確かにいつも涼子ちゃんとの付き合い優先だし、ご飯食べに行くにしたってお酒は飲まなかったし、涼子ちゃんについて自分から話したりもしなかった。

 この際だ。懺悔だと思って、話してみよう。なんて、普段なら絶対思わないのに、落ち込みモードの私は血迷ってしまった。

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