第14話 お泊り始めました
「おかえりなさい、由美子お姉さん!」
一度家に帰って荷物を持って、途中で買い物をしてから涼子ちゃんの家へ行くと、そう元気に迎えられた。
「ただいま……ただいま、涼子ちゃん」
おかえりなさい、に思わずそう返事してから、何だか新婚家庭みたい! と恥ずかしくなって、でもこんな機会は滅多にないので、改めてそう挨拶しておいた。涼子ちゃんはそんな私の心境を知ってか知らずか、にやぁと笑って玄関に招き入れてからサンダルを脱いで上に上がってからわざとらしく両手でスカートの端を軽く持ち上げてお姫様みたいにお辞儀する。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それともー、わ、た、し?」
ここで涼子ちゃんって言ったら、せめてそのままスカート上げてパンツ見せてくれないかな。とか考えてしまったけど自重する。と言うかこの発想はさすがにひどい。
「どれも用意なんてできてないでしょ」
「そうですけどー、そこはほら、私って言ってくれないと」
「はいはい。じゃあさっそくご飯作るわよ。材料も買ってきたし」
「えー。そんな軍資金なら母からもらってますし、なにより一緒にお買い物に行こうと思ってたのに」
「う。ご、ごめんなさい。そこまで気が回らなくて」
「え、いえ、そんな本気で謝るようなことじゃないですけど。あー、まぁ、悪い気はしないですけど」
由美子お姉さんってツンツンの癖に、私のこと大好きですよねーとか言われた。くう。その通りだけどそんなどや顔で言われたら恥ずかしい。
だって、涼子ちゃんが私と一緒に夕飯の材料のお買い物と言う新婚イベントを楽しみにしてくれていたと思うと、申し訳なくなるのも当たり前だし、私だってとっても残念だ。
「うるさいわね。大好きよ。何か文句ある?」
だからつい、こんなきつい言い方になってしまった。涼子ちゃんは赤くなって、いやまぁ、何て言葉を濁して一度視線をそらしたけど、すぐに私の荷物を持ってニコッと笑った。
「私も大好きですっ」
私もこのくらい素直に笑顔で言えたら。気持ちは伝えられても、どうしても恥ずかしくて、しかめっ面みたいになってると思うし。伝わっていても、自分でもっとちゃんと伝えられたらと思わずにはいられない。まぁ、あんまり素直に伝え過ぎても、X指定できない以上、自重しなきゃだけど。
「さ、私の部屋はこっちですよー」
とりあえず上がって案内される。この間涼子ちゃんのお母様にあいさつした時も、少しお邪魔したけど、涼子ちゃんの部屋は小学生らしい可愛らしい部屋だ。いや色合いはクール系だけど、何というか、何となく雰囲気がそういう感じだ。机の上の小物とか、一つ一つが部屋全体の雰囲気をつくっている。
「って、あら? 私、涼子ちゃんの部屋に泊まるの?」
「え? そりゃそうですよね? 私の友達としてお泊りに来て、客間に泊まったらおかしいですよね?」
おかしくは……いやでも、確かに、日影は当然として、普通に友達とお互いの家に泊まるときは、自室で一緒に寝て寝るまでお話しするのが普通だった。涼子ちゃんを意識しすぎて、えっとか言ってしまったけど、涼子ちゃんみたいなピュア子からしたら、逆に不思議よね。
涼子ちゃんの部屋には、私用らしい布団がたたまれているから、涼子ちゃんのシングルベッドで添い寝じゃないだけましだ。でも同じ空間で寝るのか。はぁ。頑張れ理性。可愛い涼子ちゃんが望んでるんだから、可愛いお泊りでの清らかな新婚ごっこをやりきろう。
涼子ちゃんの部屋に荷物を置いて、台所へ移動する。
「さてさて、可愛い奥さんは、今日は何作ってくれるんですかー?」
可愛いって言われた。軽口でもいちいち嬉しい自分が憎い。っていうか、そういう涼子ちゃんこそ可愛いわ。
「言ってなかったけ? 涼子ちゃんの好きなハンバーグとポテトサラダとコンソメスープ、明日はナポリタンとシーザーサラダと、スープ餃子よ」
「お、おお? ハンバーグとナポリタンは好きですけど。そんな何品も作るんですか? 私唐揚げだけとかでも全然いいですけど」
「そんなわけないし、唐揚げって、油つかうからよその家では作りにくいしやめておくわ」
揚げるだけって思っているのかも知れないけど、油跳ねとか後処理とか、使い勝手のわからない台所でやるにはハードルが高い。下手に汚れを残すわけにも行かないし。スープとサラダがあれば、最低限それっぽく見えるからするけど、普段私の家もだけどたぶん涼子ちゃんの家ももっと副菜多いでしょうに。
「だいたい、一品だけなんて、そんなんじゃいい奥さんになれないでしょ。馬鹿なこと言わないでよ」
「ああ、はい……そ、そうですね」
ん? なんか顔が赤く……今私奥さんとかいった? う。そのつもりだけど、涼子ちゃんの奥さんになる気満々で、そのためのアピールする気満々みたいだ。そのつもりだけど、言う気はなかったのに。だってアピールしますアピールって、あざとすぎるでしょ。
私まで顔が赤くなってしまうけど、そんな私を見て涼子ちゃんは余裕を取り戻したようで、赤いままだけどにししといたずらっ子っぽく笑う。
「いい奥さんを持てて、私は幸せ者ですね」
「もう。からかわないでよ。何年も後の話よ」
全く、まだ気が早い。私は誤魔化すように涼子ちゃんに背を向けてシンクに向かい、水で流してから玉ねぎの頭とお尻を切って、水で流しながら皮をむく。涙が出やすいので、水でよく流しながら切るのがいい。
そうして料理を始める私を、涼子ちゃんは後ろのダイニングキッチンに座って時々茶々を入れたり、器具やお皿を出してくれたりしながらも黙ってみていた。
○
「由美子お姉さん、美味しいです!」
いただきますして食べ始めて、すぐに涼子ちゃんは笑顔百パーセントで、若干フライングしてない? ってくらいの速度でそう言った。
何でも感激してくれて、たぶん失敗してても本気で喜んでくれちゃう優しい涼子ちゃんだけど、今日はほんとに自信作だ。だから素直に喜ぼう。ちゃんと、涼子ちゃんのためよと伝えよう。
「ありがと。その、嬉しいわ。涼子ちゃんに喜んでもらえるよう……その、練習したわ」
本当はこんなことを言うのは、恥ずかしい。このくらいできて当然よ、と言ってもよかったのかもしれない。だけど、ここは素直に、そう言いたいと思った。見栄を張った姿じゃなくて、ありのまま、涼子ちゃんを思っている、ちょっとどんくさいところも全部知ってほしいと思った。
すでに涼子ちゃんだって嫌と言うほど知っているだろうけど、それでも意地を張ってきた私だけど、でも今日はお泊りで、特別なデートで、新婚さんごっこ中なのだ。なら、少しくらいいつもと違う素直さを出したって許される気がした。誰にって言えば、まぁ、自分に何だけど。
「由美子お姉さん……なんか今日、素直で、可愛いですね。あ、いつもももちろん可愛いですけど」
「あ、ありがと。うん……そう言ってもらえて、嬉しい」
「……めっちゃくちゃキスしたいんですけど」
「な、なに言ってるのよ。食事中に」
「じゃあマッハで食べ終わりますね!」
「やめてよ。涼子ちゃんの為に作ったのに」
「は! すみません。つい。じゃあ、後の楽しみにしますね!」
キスするの前提で話されてる。でも大歓迎だからね!
ふ、ふふふ。何というか、いつも涼子ちゃんはぐいぐいすり寄ってきてくれる感じで、嬉しいけど、私の態度にあからさまに反応してくれているのを肌で感じると、嬉しい。たまには私も年上として、涼子ちゃんを振り回したっていいわよね。
「由美子お姉さん、本当に、美味しいですよ。えへへ。愛を感じます」
「ん……まぁ、入れてるから」
「もー、お姉さん、大好きです」
「も、もう。何回も言わなくてもわかってるし、そんな何回も、連呼しなくても、その、恥ずかしいから」
「そうですね、食べるの邪魔しちゃってすみません。つい、愛が溢れて」
こいつ、私が恥じらいながら言っている言葉を軽々しく超えてくる! ぐぬぬ。何なの。たまには私から言って、涼子ちゃんをぽっとさせてやろうと思っているのに! 照れてはいるみたいで顔赤いし可愛いけど、イケイケなセリフはむしろパワーアップしてる!
あー、もう、涼子ちゃん可愛いし、カッコイイよぅ。心臓が忙しくて、疲れちゃう。はぁ。
「その、涼子ちゃん」
「はいはい、何ですか? 何か気になることあります? あ、もちろん洗い物は私がしますから」
「いいわよ。別に。って言いたいけど、これ足元のとこ、食器乾燥機なのよね?」
「はい、そうです」
「私の家ないし、任せるわ」
「りょーかいです」
無理にして、変に間違ったりしたくないし。ここは涼子ちゃんに任せよう。それに将来、どうせ家事も分担になるんだろうし、無理に私一人でやっても仕方ないわよね。
「食べ終わったら、お風呂の場所とかも教えますね」
「お願いね。あ、お風呂掃除はどのタイミングでしてる?」
「え、お風呂掃除ですか? したことないですけど、確か母は最後に入ってそのまましてました」
「うーんじゃあ私もそうするわ」
「いやいやいいですって。お客様なんですから。一日くらい洗わなくてもいいですから」
「汚いし嫌」
「わ、わかりましたよ。じゃあ、明日ご飯作ってもらってるときに私が洗いますから」
「いいわよ、別に。簡単でよかったら、家でもやってるし、私が綺麗なのがいいってわがままだし」
「いえ。由美子お姉さんがお望みなら、します。ていうかしたいです。やらせてください!」
「わ、わかったわよ」
そこまで言われたなら、この家に慣れてるわけでもないし、任せる方が無難か。申し訳ないけど、遠慮だけじゃなくて何かあって嫌がってるのかも知れないし。
こうして家事の分担をするのも、未来の予行練習みたいで少しわくわくしながら、食事をした。
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