第13話 日影との腐れ縁

 涼子ちゃんにお泊まりに誘われてから、涼子ちゃんのお母様に挨拶したり、お母さんにも説明したりして、ついに今週の木曜の放課後には、私は涼子ちゃんの家に行くことになった。


「機嫌良さそうだねー、ゆ、み、ちんっ」

「日影、何が言いたいの?」


 鼻唄を歌いそうになるのを堪えていると、にゅっと顔を出してきた幼馴染みの奥原日影が明るすぎる声をかけてきた。

 と言うか、日影との縁も筋金入りだな、と思う。幼稚園からまさか大学まで一緒とは。実家から通える範囲で一番偏差値も雰囲気もいい大学だけど、私は涼子ちゃんと離れたくないから近さを条件にいれて選んだ。

 しかし幸いと言うべきか、日影の希望する学部があって程よい偏差値で通いやすい大学も同じだったのだ。と言っても通いやすいは隣の家なんだから同じに決まってるけど。


 でもまさか、日影まで実家を出るつもりがなくて通う範囲で選ぶとは。悔しいことに私は頑張って今の大学にはいってるけど、日影は頑張らずに入れるところとしたらしいので、楽だからちょうどよかったんだろうけど。

 示し合わせてるわけでもなく、同時に大学名を言って第一希望が同じだった時は、こいつ普通にもっと上の大学狙えるのに合わせてくるとかストーカーか? と一瞬疑ったけど。


 そんなわけで腐れ縁続行中の日影は、唯一私と涼子ちゃんとの仲を知る人でもあったりする。


「ふふーん、知ってるよー? 今度、お泊まり、するんでしょー?」

「ど、どこからそんな話を」

「おばさんから」


 ですよね。それ以外にありえない。相も変わらず家に出入りしやがって。私の家はあんたのセカンドハウスかってくらい自然にいる。て言うか私より母と仲がいいかも知れない。

 しかし母は気安く、仲良しの小学生とお泊まりなんて、面倒見がいいのねと思ってるだろうけど、こやつは違う。そっちが正解ではあるけど、邪推されて楽しいわけがない。それに健全ではあるのだし。


「あっそ。で? あんたに関係ある?」

「つめたいなぁ、ロリコンのゆみちんは」

「ぐっ。や、やめなさいよ。そう言うんじゃないって、何度も言ったじゃない」

「えー? 何回も聞いたその言い訳はいいって」

「だから、言い訳じゃない。確かに、私が好きな人は、その、ちょっと、ちょーっと、気持ち、年下だけど。でも、そう、清らかな愛だから」

「ぶふっ、あ、あいっ! ふひは、はは、あ、愛て。真顔で」

「だ、黙りなさい、馬鹿!」


 笑い出す日影に、人気の少ない学内でも人気のないラウンジとしても、大きな声を出されると内容が内容だけに人目が気になる。今は昼食時だけど、食堂から離れたラウンジのここは比較的人は少ない。図書館とも近いし、私はお弁当だし学食関係ないからよく使うけど。


「てか、あんた今日は学食じゃないの?」

「まぁね。節約節約」


 節約って、総菜パン2個って物によっては学食の方が安いよね。まぁ、そこは好きにしたらいいけど。私に絡むためにわざわざ来たのか、と言うのは勘ぐり過ぎだろうか。


「いっただっきまーす」


 私の向かいに座った日影が呑気な顔で食べだす。見ていても仕方ないので、自分も食べる。お弁当のメニューは唐揚げ、卵焼き、キュウリを詰めたちくわだ。


「今日もシンプルなお弁当だなー。そんなんで、恋人の家にお泊りして大丈夫なの? 女子力アピールして、胃袋つかまなきゃ」

「うるさいわね。恋人じゃないけど、言われなくても、メニューなら考えてるし、練習もしたわよ」

「うっわ、まじで? 本気だね……」

「引くな。なんなの。別に、ないと思うなら、私と幼馴染の縁でもきったら?」

「もー、極端なこと言わないでよ。私とゆみちーの仲じゃん。ゆみちーとは姉妹みたいなものなんだから、いつでも味方だって。信じろ」

「ふん」


 まぁ、なんだかんだ言っても、こいつは私が付き合いだしたと言っても面白がるばかりだった。涼子ちゃんと喧嘩した時も何だかんだと話を聞いて、フォローしてくれたりして、涼子ちゃん自身とも面識があって何気に連絡先を交換したりしている。他の人に漏らしたりもしなかった。

 それに確かに、うっとうしいところも多々あるけど、長い年月をかけて過ごしてきた私と日影は、なんだかんだで信じてるようなそんな感じの気持ちはある。そんな感じなので、本気で日影が恋人のことくらいで今更私から離れたりはしないだろうとわかっていて言ったのだけど。

 だってつい、引くわーって感じの顔をされていらっとしたから。自分から言い出しておいてなによ。


「てかさ、普通に恋人じゃないって意地張ってるわりに、やってることは本気すぎるよね? 何なのその天邪鬼」

「天邪鬼ってわけじゃないわよ。別に、好きなのは否定してないでしょ」

「お。素直じゃん」

「うるさいわね。あんたに嘘ついても仕方ないし、だいたい、本気なんだから、誤魔化せないわよ」


 好きだと言うこの気持ちは、いつでも胸の奥から溢れてくる愛おしいと言う気持ちは、もう誤魔化せない。自分で自分を誤魔化せないのに、嘘をついたって仕方ない。それに嘘をついて、それで涼子ちゃんとこじれても嫌だ。

 私は将来涼子ちゃんと恋人になって一生を共に過ごすつもりだ。女同士であるから、やっぱり将来的に不安がないとは言えない。でも、それらすべての苦労を乗り越えてでも、涼子ちゃんとは一緒にいたい。それは間違いない。


「ふーん。昔はあんなに可愛かったのに、何だか大人になっちゃって」

「おばさんみたいなこと言わないでよ。てか、人のことばっか言ってるけど、日影こそ好きな人とかいないの?」

「んー。内緒。あ、少なくともゆみちーじゃないし、ロリコンでもないから、そこは安心してね」

「はいはい。で、何だって今日はわざわざ話しかけに来たの?」

「え? そんな改まって聞かれても。土日挟んで4日くらい話してないから、時間空いたしおしゃべりでもしよっかなって」

「そうなの。日影って私のこと好きよね。あ、変な意味じゃないけど」


 飄々としている日影だけど、ちょいちょい絡んでくるし、特に用事がなくてもこうして会いに来るとは。フォロー入れてもらわなくても、日影が私を恋愛的な意味で好きってのはありえないけど、普通に姉妹感情としても好かれているよね―とは思う。


「好きだけど、自分で言う? 高校では毎日会ってたのに、大学入ったら、機会がないとなかなか会いに来ない薄情なゆみちんとは違うのだよ」

「薄情って。私から会いに行く前に、日影が会いに来るから、っていうか、普通に時間が合う時は一緒にご飯食べたり通ったりもしてるでしょうが」

「そうだけどー。私だって友達多くて忙しい中を会いに来てるんだから、もっと感謝してよね」

「私だって友達くらいいるわよ」


 人を友達のいない可哀想な子扱いするんじゃない。まぁ、確かに放課後や休日の多くは涼子ちゃんと会うのに使っているし、映画研究サークルにもたまに参加するくらいしかしてないし、大学での友達とめっちゃ仲良しって感じではないけど。普通に話すし、たまに遊んだりするし、友達だし。うん。


「ま、おばさんからお泊り聞いてからかいに来たってのもあるけど」

「それでしょ。いい話風にするんじゃないわよ、日陰の癖に」

「またそんな、俺様なことを。涼子ちゃんに嫌われるよ」

「可愛い涼子ちゃんにこんなこと言いませんー」

「可愛い幼馴染にもっと優しくしてよ」

「可愛くはない」

「ひどい。ま、とりあえず相変わらず仲良くしてるみたいでよかったよ。二人をくっつけた手前、気にしてたから」

「え? ……え? ごめん、何のことを言っているのかわからないんだけど。なんか活躍したっけ?」


 唐突に言われた言葉にぽかんとしてしまう。まるで日影が私と涼子ちゃんを出合わせたみたいな、何らかの積極的橋渡しをしたかのようなことを言うけど。そんなことは別になかった。

 確かにちょっとこじれた時に間に入ってくれたことはあったけど、別れたわけでもないし、くっつけたとは言わないわよね?


「え? ひどくない? ほら、ゆみちーが一番最初にラブレターもらった時に、断らずに前向きな返事しろって言ったの私だよ?」

「ええ? うーん。そう言えば、そうだったかしら?」


 確かに最初にラブレターもらって読んでた時、日影もいたわね。そう言えば、それで、友達からって送ったんだっけ?

 そう言われてみれば、切って捨ててたら今の関係はないわけだし、恩人になるのか。うわぁ、なんかすごい嫌だけど。


「私の大活躍を忘れるなんてひどいなぁ」

「うーん、そうね。確かにそうだったかも。じゃあ、今更だけどありがとう、日影。感謝してるわ」

「うわっ。なんかめっちゃ素直に言われた。気持ち悪っ」

「殴られたいの?」

「あ、いつものゆみちーだ」


 失礼なことを言う。少なくとも涼子ちゃんに関して、私はいつでも本気だと日影にも伝えていると言うのに。


「とにかく、これからも仲良くやるから、心配しないでいいわ」

「自信満々だね。ま、お泊りして大人の階段上ったら、もう簡単に別れたりしないだろうし、一安心かな」

「いやしねーよ。てか、してないからって常に別れの危機みたいに言うな」

「またまた、狙ってんでしょ? むっつりゆみちーは」

「死ね」


 さっきの感謝の言葉返せ。私はにやにやする日影にいらっとして、まだ食べていない総菜パンを強奪して絶望の顔をさせることで憂さを晴らした。


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