第12話 涼子ちゃんのお願い

「あの、ところでところでー、話はガラッと変わるんですけど」

「え? なに?」


 了解! と敬礼した右手をおろして、涼子ちゃんは両手を合わせてもじもじしながら、上目遣いでそう言い出す。


「もうすぐ、私の誕生日が近づいてきてると思うんですけど」

「……そう、ね。それで、なに? 何かおねだり?」


 3ヶ月後のことを近づいてきていると表現するのなら、まあそう言えなくもない。毎年誕生日には、日付が多少前後することはあっても、二人でしっかりお祝いをしている。と言っても、一方的な関係はよくないので、涼子ちゃんの金銭状況に合わせたものだ。

 と偉そうに言っているが、なかなかにブルジョワな涼子ちゃんの家では、衣服から漫画まで目に見える物品は申請すればすべて必要経費としてお小遣いと別にもらえるらしく、私と比べてめちゃくちゃ少ないわけではないのだけど。


 でもこんな風に改まって言うと言うことは、何かしら今までと違うことをお願いすると言うことだろう。金銭的な負担であれば、ある程度なら期待に応えられると思うけど、涼子ちゃんのことだ。油断して、何でもいいわよ、なんて言ったら、どんなことを言われるか。


 警戒しつつ促す私に、涼子ちゃんはあざといほど可愛い顔で、あのですね、なんて可愛い前置きをして言う。


「あのですね、私の家で、お泊りしませんか?」

「え? それってX指定ってこと?」

「え? なんですか?」

「あ、ごめんなさい。ちょっと混乱してしまって」


 危ない危ない。混乱のあまり妙な表現になってしまったけど、それが逆に涼子ちゃんに通じないみたいでよかった。R指定だと危なかったかもしれない。

 ぴゅあっぴゅあな涼子ちゃんが、意味ありげなことを言う訳がない。ていうか普通に私たちは二人とも実家に住んでいる。だからお泊りなんてしようものなら、普通に親と会うわけで、どうやったって関係なんて説明できない。

 いや、一応うちの親には涼子ちゃん会ったことあるけど、普通に懐いてる近所の子扱いで済んだけど。我が家は元々日影が入り浸っても何も言われないくらいのいい加減さだから何も気にしていないけど。さすがに小学生の家に高校生は、何か逆になっただけで不信感がやばいと思うのは私だけか。そんな気持ちもあって、私は涼子ちゃんを家の前まで送ったりはしても、絶対あがってない。


 とにかく、友達としてお泊りします、なんてとてもじゃないけど言えない。これで町内が一緒で親も面識あるとかならともかく、そうでもない。同じ幼稚園に通ってたくらいのご近所さんだけど、年代が違うからかすりもしない。って、年代が違うって言い切るのはなんかダメージあるわ。


「でも仕方ないでしょ? そんないきなりお泊り何て言われたら驚くわ」

「そうなんですけど、急に決まったもので」

「ん? なにが?」

「うちの両親が、急遽泊りで旅行に行くことになったんです。なんでも旅行券の期限が迫ってるのを忘れてたみたいで」


 大慌てで予定を合わせて、再来週の木金土の2泊3日で旅行に行くらしい。中学生になるし、学校もあるから涼子ちゃんは置いて行かれるそうだ。で、その間に泊まりに来て誕生日のお祝いをしてほしいと言うのが、涼子ちゃんのお願いだった。

 私としては、涼子ちゃんとおはようからお休みまで過ごせるのは望むところだ。理性には頑張ってもらわないといけないけど、すでに3年不動の鉄の理性と化しているので、たぶんきっと大丈夫と思いたい。


「でも、いないからって勝手に入って泊まるというのも、ご両親からしたら気分はよくないわよね。やっぱり事前に挨拶くらいしないと」


 言えるわけない、とずっと涼子ちゃんのご両親との顔合わせは避けてきたけど、ことここに至っては、逃げられないかもしれない。それにあくまで私たちは、まだ付き合っていないのだから、両想いであるとしても、友人と言うのに嘘はない。

 年の離れた友達として、堂々と挨拶すれば、変に怪しまれない、はず。ああ、怖いけど。娘に近づかないでとか言われたら、マジでどうしよう。


「うーん。友達泊めたいって言ったら自由にしてって言われたので、いいと思うんですけど」

「そういう訳にもいかないわ。事前に手土産でも持って挨拶して、事後にお礼の電話を入れるくらいは最低でもしないと」

「真面目ですねぇ」


 恋人(予定)の相手の親に、少しでも悪印象を持ってほしくないと言う、至極真っ当な意見である。このあたり、やっぱり涼子ちゃんは子供だ。でもそんな無邪気なところも可愛いし、変にこまっしゃくれてうちの親に手土産を渡されて変に勘繰られても困る。

 いやまぁ、その。嫌と言うわけではない。別にずっと隠すつもりはない。でも現状だと、私がロリコンに思われても嫌だから、少なくとも涼子ちゃんが成人までは隠したい。


 でも私はもう大学生なのだ。小学生とは違うのだから、挨拶の一つもしないと非常識と思われてしまう。


「とにかく、挨拶は早いほうがいいわ。ご両親の好きなものは? あ、て言うか黒髪にした方がいいわよね」


 私の髪の毛は高校の時ほど金髪ではないけど、かなり明るめの髪色だ。化粧は別に、涼子ちゃんがギャルギャル言うほど目力ばりばりの濃いメイクではないつもりだけど、気持ち清楚系にしておくか。


「ええっ、なんでですか。私、由美子お姉さんの髪、似合っていて好きなのに」

「いや、それは嬉しいけど、やっぱりその、ご両親からしたらあなたまで染髪に興味を持ったら困るでしょうし、そういう悪影響を及ぼしそうな人に見えないようにしないと」

「そうはいっても悪影響なら受けてますけどね」

「え? 嘘」


 さらっと怖いこと言われた。いったい私が何の影響を与えたと言うのだ。こんなに頑張って健全な関係で我慢していると言うのに。むしろ涼子ちゃんこそ、私の恋愛観とか倫理観とかガリガリ変えていってくれて影響力強すぎるんだけど。

 聞き返す私に、涼子ちゃんはにやっとまたいつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「常に、私は由美子お姉さんへの愛で溢れています。これを由美子お姉さんの影響と言わずに何というんですか。もう他に人は目に入りません」

「いい影響だから、それはいいの」

「まぁ、私も校則破ってまで染めたいと思いませんし。ていうか思ってたら、校則ない小学校のうちに染めますけど。ていうか、そんな気にしなくても大丈夫ですよ。由美子お姉さんのことはそれとなく伝えてますから」

「え? ちょ、ちょっと、え、な、何て?」


 すでに話してるだって!? た、確かにずっと一緒なわけだし、どこに遊びに行くのとか聞かれたら話の流れで紹介をするってことは普通にあり得る! 全くその可能性を考慮してなかった。私の中で触れたくないデリケートゾーンだったので、思考停止してた。やばいぞ。


「親切で美人の近所のお姉さんと仲良くなって、勉強教えてもらってるとか、そういう感じのプラスアピールしてますから、安心してください」

「そ、それならまぁ」


 美人と言う初対面へのハードルあげてくれるのはこの際無視して、勉強なら実際に教えてあげてるし、それなら一番無難で一番印象のいい紹介文じゃなかろうか。

 それに以前から知り合っていることを向こうも知っているなら、私の髪色を見ても変わってない涼子ちゃんと言う前提条件を知ってもらえるわけだし、黒に染めることもないか。変にその時だけ猫かぶっても、後で町中で会うこともあり得るわけで、誤魔化すの難しいし。


「うちのお母さんなら、水曜はいつも休みなんで、その日なら挨拶できますよ。私からも言っておきますね」

「じゃあ、それでお願い。もう春休みも終わるし、放課後で、そうね。4時以降なら時間とか、日時も水曜以外でも大丈夫って伝えておいて。くれぐれも、失礼のないように」

「はいはい、私の親なんですから、大丈夫ですって」


 呆れたように言われたけど、だから不安なのだ。親だからといつもの感じのなぁなぁ説明で、悪印象を受けるのは私なのだから。


「あなたの親だから、言っているのよ。あと好きなものの質問に答えて。手土産にするから」

「んー。甘いものなら何でも好きですよ」

「じゃあ、和菓子と洋菓子なら?」

「うーん、洋菓子ですね」

「じゃあ、近くの洋菓子やでフィナンシェか何か買うわ。クッキーとか日持ちする方がいいかしら」

「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ。お菓子はすぐ食べちゃいますから」

「そう。じゃあその時、一緒に選んでくれる?」

「もちろんです。デートですね」

「もう……いちいち言わなくても、その通りよ」


 にやっと笑って了承されたけど、そんなの当たり前のことだ。さりげなくいつも通りで誘ってるのに、わざわざ口に出して確認する涼子ちゃんはマジでS。

 いつも涼子ちゃんばかりが積極的だから、私からも言おうと思っても、いつもこんな風にからかうから、つい消極的になってしまうのをわかっているのか。


「いちいち言って、由美子お姉さんを恥ずかしがらせたいんです。可愛いから」


 つい照れ臭くなってしまった私に、涼子ちゃんはそんなことを言う。むむむ。だから、それが、困る。


 涼子ちゃんが中学生になる数日前、一足早く制服姿を見せてもらおうと思っただけなのに。何だか急に、色んな話が出てきて、はぁ。いったいどうなるんだろう。どきどき。

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