中学生編

第11話 涼子ちゃんと制服

「じゃーん! どうですか、由美子お姉さん」


 お休みのある日、私の部屋にいつものごとくやってきた涼子ちゃんは、そう言って、スカートを振り回すようにくるりと回った。おしい。と考えた自分が嫌になる。


「可愛いわよ。よく似合ってる」

「えへへぇ。ありがとうございます」


 涼子ちゃんが着ているのは、私もかつて通った公立中学の制服だ。そう、涼子ちゃんはこの春、中学生になるのだ。


「はぁ、涼子ちゃんが中学生ねぇ……私も年をとるはずだわ」


 私が涼子ちゃんに告白されてから、3年たった。小学4年の涼子ちゃんは中学生に、高校2年だった私は去年から大学生をしている。

 そうか、中学生かぁ……改めて、ほんと、私と涼子ちゃんって、年の差大きいなぁ。6歳だもんねぇ。


「由美子お姉さんってば、おばさんみたいなこと言わないでくださいよ」

「うっ。冗談でもおばさんはやめてよ。少女って名乗れない年になると、冗談じゃなくなるんだから」


 今年に二十歳になると、もう少女ではいられない。そうなるともうおばさんが身近に迫ってるようでそら恐ろしい。そして、涼子ちゃんが中学生と思うと、尚更恐ろしい。

 眉をしかめて文句を言うと、涼子ちゃんは涼しい顔で私の隣に座る。


「いやいや。まだ早いでしょ。それに、由美子お姉さんみたいな美人が、おばさんにダメージ受けるとか舐めてるでしょう」

「……」


 び、美人。うーん。涼子ちゃんは、ほんとに、さらっと褒めるから。


「照れて可愛いなぁ、もう。由美子お姉さん、進学のお祝いにキスしてくれませんか?」

「し、しないわよ、馬鹿」


 このマセガキ。と内心毒づくけど、そんなマセガキと、すでにこの3年間で数え切れないほど唇を重ねてきたのは紛れもない事実なわけで。私はそっと目をそらした。

 なんでこんな、小生意気なマセガキが、こんなに好きなのか、自分でも嫌になってしまう。3年、色々なことがあった。


 この3年間で、涼子ちゃんが子供過ぎるなと呆れることもたくさんあった。苛立ったり、声を荒げてしまうこともあった。逆にきっと、涼子ちゃんも私に対して呆れたり思ったのと違うとたくさん思ったと思う。受験だってあったし、すれ違ったりして会えなかったり、うまく言葉を出せなかったり、意地を張って避けたり、そんなこともあった。

 だけどそのいずれも、私たちの関係を他人に戻してしまうことはなかった。むしろ一つ一つ問題を乗り越える度に、私たちは言葉にしなくても確実に、その絆を強めていったように思う。


 でも、だからって、私からキスするかと言えば、それは全く別問題だ。だって


「だいたい、私たち、恋人でもないんだから」


 そう、私たちはまだ、恋人ではないのだから。


 私のそんな、すでに何度となく繰り返された言葉に、涼子ちゃんは傷つくでもなく、むしろ楽しそうににやにやと笑って私に身を寄せてきた。


「またまた、そんなことを言って。いつまでたってもツンツンで、ピュアピュアなんですから」

「もー……やめてよ。そういう風にからかわれるの、好きじゃないってば」

「分かってます。でも由美子お姉さんもわかってるでしょう? 私が、こんな風に由美子お姉さんをからかうのが好きなこと」


 嫌と言うほどわかっている。年下の癖に、いや年下だからか。子供だからか、涼子ちゃんは全く躊躇うことなく、好き好きオーラ全開だ。そんな風にされて、照れないわけがない。

 それに、時間がたてばたつほど、私は涼子ちゃんと恋人になるわけにはいかなくて、付き合うことはできないまま、私たちは恋人ではないけど他にないほど仲良しで、会うたびにキスする関係に甘んじている。


「そ、れ、にー、ふふ。私はちゃーんとわかってますよー?」

「なにをよ」

「由美子お姉さんが、私にからかわれても、本気で怒ったりしないってことを、です」


 ぐぬぬ。こいつ。本当に、もう、もう! そりゃ、そう言うとこも好きよ! あー、もうだから腹立つ。

 もう何を言っても、涼子ちゃんにはからかわれてしまうのをわかっているので、口を閉じていると、涼子ちゃんはふいに真面目な顔をする。


「と言うか由美子お姉さん、ちょっと真面目なこと言ってもいいですか?」

「……何よ?」


 急に真面目な顔されると、どきっとする。はあ、jcの癖に、格好いいとか、なんなの。

 とは思うけど、それを顔に出さないように涼子ちゃんを促す。


「由美子お姉さんが、ギャルっぽいのにくそ真面目で、だから子供の私と恋人になるのはって抵抗あったのはわかってます」

「……」


 くそ真面目って。いや確かに不真面目なつもりはないけど。っていうか、もう制服じゃないし、そんなギャルでもないと思うんだけど。

 とりあえず黙って次の言葉を待つ。


「でも、もう私、中学生です。大人です。だから、恋人って認めてほしいです。そりゃ、恋人って名目になっても今までと変わらないと思いますけど。でもやっぱり、恋人に、ちゃんとなりたいです」


 由美子お姉さんのこと、ちゃんと本気だから、ちゃんとしたいです。

 なんて、真剣で、どきどきしちゃう眼差しで、涼子ちゃんはそう私をまっすぐ見つめて言うのだ。


「そ、それは、まだ無理よ」

「なんでですか?」

「それは、私の方が、もっと大人になっちゃったって言うか……ホントに犯罪になっちゃったって言うか」


 法律的に18歳未満かで区切られてるわけで、バレちゃったらガチでやばいし。


「そんなのバレなきゃいいんですよ。と言うか、普通に男女で付き合ってる人いるし、私も調べましたけど、裁判で認められた例もあるんですから」

「そ、そうなの」


 理論武装してこようとしてる。小賢しい。でもそんな風に調べるって、今後について真剣みたいで、ぐっとくるけど。

 でも、駄目なのだ。そういう問題ではない。法律的に、何て言ってるのは実のところ言い訳でしかない。恋人になれないのは、もっと大きな問題があるのだ。


「私だって、本気よ。それはわかってほしいの。でも、だからこそ、駄目なの」


 本気で、涼子ちゃんが好きだ。愛してる。だから、恋人になっても今と変わらない何て言う涼子ちゃんとは、まだ恋人になれない。


 涼子ちゃんを恋人として正式に認めて、自分からキスしても許されるの関係になってしまったら、そんなの、理性が持たないに決まってる。


 涼子ちゃんを好きになるほど、愛するほど、真剣になるほど、思わずにはいられない。その柔らかな唇も、滑らかな肌も、膨らみだしてる胸部も、時々大胆に見せられる太ももも、何もかも、見るたび感じるたび、発情せずにはいられない。

 それを自覚してから、自分がロリコンの変態ではないかと小一時間悩むことを、事ある毎に何度も繰り返した。


 それでも、涼子ちゃんのふとした仕草に、気の緩みに、口づけに、意識せずにはいられない。

 三年たった。刻一刻と、涼子ちゃんは成長する。頭ひとつ以上小さかった涼子ちゃんは、もう私が屈まなくてもキスできるくらいの差になった。体つきも以前より丸みをおびた。私の気持ちは高まるばかりで、衰える気配はまるでない。

 さっきだって、くるりと回る涼子ちゃんの、スカートがめくれてパンツが見えないかと無意識に期待してしまった自分に自己嫌悪した。


「もー、わかりましたよ。ほんとに、由美子お姉さんは真面目なんですから」


 真面目なんかじゃない。さっき涼子ちゃんは私をピュアピュアなんて揶揄したけど、ピュアなのは涼子ちゃんだ。涼子ちゃんが恋人になっても、キスするだけと変わらないと思ってるのに、私が恋人になった途端に急変できるわけがない。

 それをして嫌われたら、涼子ちゃんが傷ついたら、私はどうすればいいのか。マセガキと内心で涼子ちゃんを罵る私だけど、本当はもっともっと、マセてほしいのだ。


 だけどこんな私を口にすることすらできなくて、私は涼子ちゃんの勘違いを肯定する。


「そうよ。真面目なの。だから、早く、大人になってね?」


 後半は恥ずかしかったけど、でもどうせホントの意味はわからないんだから、そっと涼子ちゃんの様子をうかがいつつも言ってみる。

 涼子ちゃんはにかっと笑って、びしっと右手をあげて敬礼した。


「わかりました。2倍速で頑張ります」


 うぁ、カッコ可愛い。ホントに、2倍速で成長して、年齢差も半分になってくれたらいいのに、なんて益体もないことを考えてしまうくらい、好きだ。


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