第6話 キス

「あ、あのー……お、お姉さん? 聞こえてます?」

「へっ!? あ、ああ、ええ」


 思わず呆けてしまった私に、おずおずと涼子ちゃんが首を傾げてきて、その可愛さに思わず相槌をうってしまった。

 ここは聞いてないって言うべきだったかも! だって、き、き、キスって、そんなむちゃくちゃな。お願いって、そう言うのはなしでしょなし!


 案の定、頷いたことで涼子ちゃんは断られたのではない、と希望を持ったらしく表情を明るくさせて、より顔を赤らめさせながらそっと私に近寄ってくる。


「じゃ、じゃあ……いい、ですよね?」

「え、いや、そう言う、訳、では……」


 付き合ってる訳でもないのにキスとか、良いわけがないし、もちろん答えはノーだ。だけどそう答えようとするも、涼子ちゃんが手をついて四つん這いでそっと近寄って顔が近寄ってくるから、どんどん鼓動が早くなって言葉がでなくなる。


 涼子ちゃんの瞳がきらきらしてるのも、小さいけどぷりっとした唇がかすかに息と共に動くのも、まばたきで睫毛が揺れるのも、毛先一本までよく見える。涼子ちゃんが、可愛すぎる。やばい。可愛すぎて震えてきた。


「……」


 動揺している間にも涼子ちゃんは近づいてきていて、私は思わず後ろに手をついて下がってしまう。だけどそんな退いている私に堪えず、涼子ちゃんはぐいとさらに近づいてくる。


「由美子お姉さん……」


 そのまま、ついに壁まで追い詰められてしまう。壁私涼子ちゃんのサンドイッチ状態。押しつぶされちゃう。 

 って言ってる場合か。壁に頭があたってるから、もう動きようがなくて、涼子ちゃんとの距離はどんどんなくなっていって、息が当たるくらいになってしまう。


 顔全体は見えなくて、それどころかもう涼子ちゃんの瞳だけがドアップで、とろけそうな熱い瞳に、私の思考回路まで溶かされてしまいそうだ。


「だ、駄目よ」


 かろうじて口を開く。流されそうにここまできたけど、私たちは恋人ではないし、年だって離れてるし、女同士だし、お願いを聞くって言ってもそんなつもりなんて全然なかったし。

 こんなの、よくない。こんな流れではなくて、もっとこう、ロマンチックにいい雰囲気で手でも繋ぎながらとか。とか!


「嫌、ですか?」

「っ……き、キスなんて、恋人でもないのに、駄目よ」

「だから、お願いを使ってるじゃないですか。特別なことなのは、わかってます。だからしたいんです。由美子お姉さんだから、したいんです」


 そんな、こと、言われて、ときめかないはずがない。ドキドキしないはずがない。例え涼子ちゃんのことを好きでなくても、恋してしまう。そのくらい、格好いい。


「由美子お姉さん……嫌なら、突き飛ばしてください。そうじゃなきゃ、もう、止まれません」

「っう……」


 嫌……じゃないから、困っているのだ。駄目だ。駄目なのは駄目だ。だけどけして、嫌ではない。

 単純だと笑わば笑え。今日1日で、恋に落ちてしまったのだ。好きな相手にキスを迫られて嫌なわけがない。


「……由美子お姉さん、好きですよ」


 応えない私に、涼子ちゃんはドキドキを加速させる大人っぽい妖艶な笑みを浮かべて、そっと私に口づけた。感触は、よくわからなかった。ただ脳天まで突き抜けるような甘さに、全身がしびれたように幸せな気持ちになって、どうしてか泣きそうだった。









「……くあぁぁぁーーっ!!」


 思い出して悶絶してしまう。

 今日のデートの出来は上々で、それどころか最後に最高にハッピーなイベントが起こった。


 由美子お姉さんが家に上げてくれたところまでは想定内だった。だけど由美子お姉さんのお部屋は、すごくいい匂いがして、女の子らしくてきゅんきゅんして、独りで待たされた時なんてベッドにダイブしたい気持ちを抑えるのに苦労した。


「ふへへへ」


 そして向かい合って話をしていると、何だか由美子お姉さんは照れたりしてくれて、大好きって言ったら赤くなってくれた。めっちゃいい雰囲気のいい感じだった。

 その顔を見てたらがぜんテンションがあがってきて、我慢できなくてキスしたくなって、気づいたらお願いしていた。


 本当はもっと段階踏んで、もっとソフトなお願いをするつもりだった。なのに気づいたら口から出ていた。


 由美子お姉さんは顔を真っ赤にしていて、余計にむらむらして、もう後戻りできなくて突っ走った。そしたら受け入れてくれた!


「ぐへっ」


 柔らかかったなぁ。そんで由美子お姉さんの可愛いこと可愛いこと! これはもう、めっちゃ脈あり! て言うかもう付き合う寸前! 秒読み段階! お母さんお父さん! 私、素敵な花嫁になります! みたいな! みたいな!


「えへへー、由美子お姉さーん」


 自分の部屋で独りで名前を呼ぶだけで、もう天にも登るとはこのこと! 鮮明に由美子お姉さんのことを思い出せる!


「はぁー、由美子お姉さん……」


 大好き。超好き。愛してる。


 嘘みたいだ。こんな関係になれるなんて。勇気を振り絞ってよかった。

 初めて由美子お姉さんを見たのは、もう半年も前だ。と言っても姿は多分前から見かけてたんだろうけど、認識したのは、その時だ。

 私がゴミを落として、でも拾うのも面倒でそのまま無視して行こうとしたとき、由美子お姉さんはそれを拾って私に声をかけた。落としたわよ、と。

 ゴミだ。誰が見てもゴミの、丸められたガムの包み紙。だから由美子お姉さんから見て、ポイ捨てしたんだってわかったはずだ。だけどそれを注意するでもなく、角のたたない方法で、さらっとポイ捨てを阻止した。

 何でもないみたいに、そう言うことができる人がいるんだと、驚いた。ポイ捨てを注意する人は、口うるさい爺とか近所にいないことはない。だけど、由美子お姉さんはあまりにスマートだった。不良みたいな格好で、当たり前みたいに正しいことを、嫌みなくする姿に見惚れて、それから目で追ってた。


 見れば見るほど、好きになっていった。もちろん、完璧超人なんかじゃない。正しいことをする前に、どうしようかなって迷ってるみたいな間や周りを見ることもある。一度なんて、落ちてるゴミをスルーしてから、戻ってきて拾っているのを見たことがある。

 きっと周りの目を気にしてるんだ。だけどその上で、正しいことをしたいと思ってるんだ。すごく純粋な人なんだなって、可愛く思えて、気持ちが抑えられなくなった。


 見ているだけでは堪らなくなって、声をかけることに決めた。だけどどうしていいかわからなくて、お姉さんと同年代の高志君に年下からアプローチする方法を相談したりして、ついに決行した。

 やっぱり優しい由美子お姉さんは私を拒絶しなくて、自惚れじゃなくて楽しんでくれてて、調子にのってさらにぐいぐいしてしまった。


 だけどそれを後悔するより先に、由美子お姉さんの脈ありな反応! はぁー。ちょっと弱気で真っ赤になって受け身の由美子お姉さん、たまんない。可愛すぎる。

 ずっと、見ていただけだったけど、話して由美子お姉さんを知ることができるたびに、どんどん好きになっていく。愛してる。幸せにします。


「……由美子お姉さん、大好き」


 ああ、明日はどう声をかけよう。どんな話をしよう。どう由美子お姉さんにアプローチしよう。

 どうしてもっと好かれよう。どうやって恋人になって、もっとラブラブになろうか。


 頭の中では幸せな妄想ばかりが膨らんで、私はずっとにやけ顔がとまらなかった。









「おっはようございます! 由美子お姉さん!」

「! お、おは、よう。って言うか、ど、どしたの?」


 翌日、日曜日。まだ昨日のキスで頭がぐるぐるしているところに、朝から涼子ちゃんが家に訪ねてきた。

 昨日はまだ照れ顔で大人しめだったのに、元気百パーセントで登場した。でも爽やかな笑顔も素敵。きゅん!


「すみません。約束もしてないのに。由美子お姉さんに会いたくて。えへへ」

「……」


 うわぁぁ。可愛いよぅぅ。キスしたいよぅぅ。ぎゅってしたいよぅぅ。ああぁぁ……やばい。頭がおかしくなりそう。


 はにかんだ涼子ちゃんの可愛さに死にそうになりながら、何とか平静を装ってドアを全開にする。


「ま、まあ、とりあえず、入ったら?」


 声が裏返ったりなんかしてない。ないったらない。私は冷静だ。


「はい! えへへ、それってつまり、またキスしてもいいってことですよね?」

「っ!? は、はぁ? そんなこと言ってないし」

「まあまあ。由美子お姉さん、愛してますよ」

「!?」


 涼子ちゃんの強烈な言葉に、何と言えばいいかわからなくてただ馬鹿みたいに口をパクパクさせてしまう。

 そんな私に、涼子ちゃんはくすりと、大人っぽく微笑んだ。


 まるで、私の方が年下みたいに翻弄されている。だけどそれがちっとも嫌ではなくて、ドキドキは昨日よりも加速していく。


 まだ恋人じゃないのに、涼子ちゃんがロリな内は恋人になんてなれないと思うのに、私はもっともっとと、涼子ちゃんがリードしてくれることを望んでしまって、そっと唾を飲み込んで涼子ちゃんを部屋に入れた。


 そして当たり前みたいに、キスをされた。


 もう、恋人でもいいかも、なんて。ロリコンでもいいかも、なんて。そんなことを考えてしまう。そんな私はもう、手遅れらしい。


 私はそっと涼子ちゃんに身をゆだね、何度もキスを繰り返した。


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