第5話 デート3

「で、どうですか? 由美子お姉さん?」


 涼子ちゃんは目をきらめかせながら尋ねてくるけど、ちょっとアイスが美味しすぎて頭に入ってこない。

 期間限定のさくらもち味のアイス、やばい。超美味しい。ちょっとしょっぱいのがいける。


「あの、聞いてます?」

「聞いてる聞いてる。で? 何のこと?」

「それ、聞いてないって言いますよね」


 ちらりと隣の涼子ちゃんを見直すと、呆れたような大人びた顔をしている。気がしたけど、すぐにアイスを舐めて年相応の顔をしたから多分気のせい。

 それなりにあちこち回って、おやつの時間も過ぎたけど夕方には少し早い。小学生に合わせた五時解散を意識してるので、そろそろ終盤と言ってもいいだろう。


 締めに向かってアイスを食べているところで、涼子ちゃんのさっきの台詞だ。と言うことはアイスの味を聞いているのではないだろう。ふむ。


「あ、デートの感想ってこと?」

「そう! そうです!」


 よかった。あたったか。

 満面の笑顔で頷く涼子ちゃんを見ると、スルーせずに考えてよかったと何だか嬉しくなる。……うん? いやまあ、友達なら普通の感情よね? 別に。うん。


「そうねぇ。うん。いい感じだわ。すごいいい。楽しかった。またデートしたいくらいに」


 ちょっとリップサービスで過剰に褒めたけど、別に嘘ではない。単に普通ならここまではっきり言わないけど、でも小学生だしね。変に飾った態度とるのも逆に意識してると思われたらあれだし。

 なのであっさりめのテンションでさらーっと褒めてみたんだけど


「本当に!? やったぁ!」


 めちゃくちゃ喜ばれた。敬語じゃなくなってて素だし、めちゃガッツポーズしてるし、そんな、全力で喜ばれると、何というか。涼子ちゃん可愛い。それでちょっと照れる。


「じゃあじゃあ、お願い聞いくれるんですよね?」

「ん? そうね、いいわよ」


 えへへとはにかむように、後ろ手に手を組んで顔をのぞき込むように身をよじってくる涼子ちゃんに、私は軽く頷く。

 約束したときは何だか不安になるような反応だったけど、今日1日付き合って、涼子ちゃんが如何にいい子か改めてわかった。私が嫌だと言えば無理をするような子ではない。


「じゃあ、由美子お姉さんのお家まで送らせてください。家につくまでがデートです。なんちて」

「ん? そんなのでいいの? それくらいならお願いを使うまでもないわ」


 小学生に見送りをさせる、と言うのは抵抗がなくはないけど。でもまあまだ時間も早いし、元々私の家の近くまで来てたくらいだし近所なんだろう。なら大した問題ではない。理屈もわかるしね。

 了承すると涼子ちゃんはぱっと笑顔になる。可愛い。……はっ!? あれ、なんか今日、私やたら涼子ちゃんのこと可愛く思ってない? ううん? いや、年下だし、可愛いと思うのは普通だけどさ。


「やった! じゃあお姉さん、ささ、お手をどうぞ」

「えっ」


 涼子ちゃんは私の前に立ってから気取ったように手を振って、お辞儀をして手を差し出してきた。

 な、何なのその感じは?


 あまりに仰々しい態度に思わず一歩引いた私だけど、涼子ちゃんはポーズをやめないし、通行人がくすくす笑って恥ずかしい。

 ためらう私に涼子ちゃんはウインクして促してくる。何だよその仕草は! 割と堂に入って見えるのが何か悔しい!


「えと、じゃあ、はい」

「はい!」


 仕方ないから手を出す。笑顔で手を取られた。思ってたより柔らかくてぷにっとしてるけど、思ってたよりは大きい。背は私よりずっと低いのに、手は関節一本分くらいしか変わらないんじゃないかな? 指が長いんだと思う。

 離さないぞと言わんばかりにぎゅっと握られると、何だよその劇団員みたいな動きと思ってたのに、何故かどきっとして心臓が早くなった。


「えへへー、さ、名残惜しいですが、帰りましょうか」

「う、うん」


 手なんて、幼なじみの日影となんてふざけて繋ぐのもたまにあるのに。女子小学生相手にどきっとするなんて。そんなの、いや、でも、ほら。日影は言っても半分親戚くらいの心の距離感だしね。まだ涼子ちゃんはそうでもないし、心の距離に対して体が近いから思わずどきっとしただけだって。うん。


 そんな風に頭の中で色々と考えてたら、気づいたら家についていた。て言うか、え、何か先導されたけどなんですでに家を知られてるの? ストーカーなの?

 ちょっと冷静になった。まあ、すぐ近くで手紙を渡された訳だし、その時にチェックされてたんだろう。手紙を渡すのに待ち伏せてたと言うのは、それほど悪印象ではないし、まあ、いいか。


「それでは」

「あ、ちょっと。あがっていきなよ。まだ早いし」


 時間は四時半だ。まだちょっと早い。て言うか帰るつもりなかったけど、涼子ちゃんのお願いからの流れで帰りだしたしね。

 てな訳で、私だけ玄関の中にいれて挨拶しようとする涼子ちゃんを引き止める。


「えっ!? い、いいんですか?」

「もちろん。誘ったんだし」


 何やら感激風の涼子ちゃんを部屋にあげてから、飲み物を持って部屋に戻る。


「お待たせー」

「いえっ! 全然! 待ってませんよ!?」


 何故か声を裏返して挙動不審に反応する涼子ちゃん。え、なに? 何なのその反応は。またちょっと怖いわー。この子、ちょいちょい変な感じ出すのが怖いわー。

 とりあえず向かい合うように座ってジュースは渡す。


「ありがとうございます! いやー、由美子お姉さんがいれてくれたかと思うと、美味しさもひとしおですね!」

「せめて飲んでから言いなさいよ」

「飲まなくてもわかりますよ」

「じゃあ飲まなくてもよくない?」

「いえいえ! 飲みます飲みます!」


 ちょっとイラついたので取り上げようと手を出すと、大袈裟に両手でカップを持ち上げて私を避けてから、身をよじって慌てて飲みだした。

 なんなのよ。そんなヨイショしなくていいっての。だけどイラっとする反面、慌ててえへへと誤魔化し笑いするその様は可愛らしい。むむむ。


「ぷはー。さて、ではでは、お姉さーん、そのー、確認したいことがあるんですけどー」

「ん? 何? とりま言ってみ」

「はい。えっと、さっき、お願いを使うまでもないって言ってくださったと思うんですけどぉ。それってつまり、ここまでしたお見送りはカウントしないってことで、間違いないんですよね!?」

「え? うーん」


 別にいいっちゃいいんだけど。でも手をつないだのに。いやまあ、別にそれをお願いされたわけでも強制されたわけでもないけど。でもドキドキしたし……えっ、いや、まあ、深い意味はないけど。て言うかそれはカウントに関係ないか。


「……ダメ、ですか? そうですよね。図々しいですよね」

「あっ、いや! えっと、カウントしない、わ」


 しょんぼり肩を落とす涼子ちゃんに、思わず声がでて、気持ちもまとまらないまま私はそう答えていた。

 だって、変だもん。何だか、昨日より今日は、と言うかさっきより今ですら、涼子ちゃんのことがどんどん可愛く思えてきて、何だか、何でもないことで心臓が動いてしまう。いや動かなきゃ死ぬけども。そうではなくて。


「ありがとうございます! さすが由美子お姉さん! 優しい。そう言うところ、大好きです。えへへ」

「っ」


 う。か、可愛い。

 満面の笑顔で、それなら向けられたらはにかみ笑顔に、心臓がうるさくなる。やばい。もう誤魔化せないくらい、ときめいてしまった。こ、これって、もしかして、もしかしなくても、いやいや。でもなぁ。

 普通に、ないでしょ。だって子供だし。JSだよ? JS。犯罪……いや、犯罪ってことはないか。私も未成年だし。でも犯罪的だよね。ないない。


「えっと、そう、そう言えば」


 とにかく何か話題を変えよう! 私は視線をそらしながら何とか口を開く。


「ゲームセンターで涼子ちゃんと仲良さそうだった、あの男の人って、知り……合、い、かなー、なんて、まあ、私には関係ないわよね」

「従兄弟ですねー」


 とりあえず口を開けただけで何も内容を考えてなかったけど、勝手に出てきた話題はやっぱり涼子ちゃん関連だった。でもそんな踏み込むのはやり過ぎな気がして後半誤魔化した。

 でも涼子ちゃんは気にすることなくにこっと爽やかに笑って答えてくれた。


「そ、そうなの」


 従兄弟かー。なら、って、従兄弟って結婚できるじゃん! わざわざ今日のシフト確認してたみたいだし、全然安心できな……安心て! 完全にそれ目当てじゃん! う、うう。


「はい。高志君があそこでバイトしてるんで、由美子お姉さんにうまくとってあげられない時に協力してもらおうかと思ってシフト聞いておいたんです。でも必要なかったですけどね」


 いやー、由美子お姉さんの為なら何でもしちゃいますよ。なんて決め顔で言ってる面白いのは置いといて、そうなんだ。私の為だったんだ………ふふ。はっ! ごほ、ごほん! べ、別に嬉しくないけど!


「へ、へー。まあ、聞いてないけどね」

「っすよね。それで、えっとー、お、お願いのこと、なんですけど」

「ん?」


 何やら言いよどむ涼子ちゃん。恥ずかしそうに顔を赤くして、両手をあわせてもじもじしている。この感じも悪くない。可愛い。…………なんかもう、認めるだけ認めてもいい気がしてきた。別に私が気持ちを出さなければ犯罪的ではないし。うん。好きだ。涼子ちゃんのこと好きだわ。

 ………やば。頭の中で考えるだけでも恥ずかしい。どきどきしてきた。こんなの、絶対口にするの無理だわ。


 ……涼子ちゃん、凄いな。考えたら、初対面なのに声かけて、告白して、なんて、もの凄いハードルが高い。私に出来るとは思えない。やばいなぁ。涼子ちゃんの凄さを再発見して、余計にどきどきしてきた。


「な、なに? えっと、一応言っておくけど、お願いで付き合うとかは、無理だから、ね」


 念の為釘をさすのは忘れない。好きだけど、付き合うのはやっぱり、まだ早いって言うか。頭がついていかないし、ね。


「わ、わかってますって! そうじゃなくて、その……き、キスしたいです!」

「へあ?」


 涼子ちゃんが真っ赤な可愛すぎる顔で言ったことが、すぐに頭に入ってこなくて馬鹿みたいな声を出してしまった。


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