気づいてんじゃん



「ルカ、ありがとぉ~♪」



 カレンはキリハからルカに乗り換え、先ほどと同じように距離を詰める。

 すると、ルカがやにわに顔を真っ赤にした。



「ばっ…馬鹿! それ以上はくっつくな!!」

「えー? 無理だよー。だって、痛いんだもーん。腕がだめっていうなら、おんぶをお願いすることになっちゃうけどぉ?」



「まだそっちの方が……いや、そっちも危ねぇっ!!」

「危ないって、何が? あたし、そんなに重くないけどー?」

「そ、そういう意味じゃなくて……」



「ルカー。あたしそろそろ、片足で立ってるのきついなぁ~?」

「のわあぁぁっ!? やめろーっ!!」



 慌てふためくルカに、カレンはにんまりとご満悦。



 そうだよ。

 これだよ。

 これが普通の反応ですよねー。



 自信を取り戻したカレンはルカにすり寄り、ルカはそこから逃げようと必死になる。

 そこで、状況を見かねたキリハが口を開いた。



「ルカ、いい加減にしなよ。足痛いって言ってんのに、くっつくななんて無茶な……」

「お前はアホかぁっ!?」



 じと目のキリハに、ルカが渾身の力で叫ぶ。



「この悪人面を見やがれ! 足ひねったって、ほぼ確実に嘘だぞ!?」

「そんなわけないでしょうが……」



「そんなわけあるんだよ!! つーか、おかしいとは思わねぇのか!? そこのぼんくら師匠、一向に会議に行かねぇじゃねぇかよ!!」

「やっぱり、カレンが心配なんじゃない?」

「ドアホーッ!!」



 カレンに迫られたことで、ルカはイタズラに気づいた様子。



 天然っ子へのむなしい全力ツッコミに、カレンとディアラントが小さく噴き出した。

 それを見たルカは、さらに目くじらを立てる。



「ほら見ろ、笑ったぁ!! こうなったら、分かりやすく教えてやるよ…っ」



 そう宣言したルカはカレンの両肩を掴むと、その体を一気に自分から引き剥がした。



「あ、ちょっと待って…っ。あたし、今ほんとに片足で立ってて―――」



 ぐらりと後ろにバランスを崩すカレン。

 その体は、傍でおろおろとしていたサーシャに勢いよくぶつかった。



「わっ…」

「きゃあ!」



 二人は、もつれ合うようにして床に転がることに。



「ふ、二人とも大丈夫!?」



 派手な音を立てて倒れた二人の元に、キリハが慌てて駆け寄った。



「ルカ! 今のはひどいよ!!」

「うるせーっ!!」



 キリハに非難されても、ルカは肩をいからせて怒鳴るだけ。

 その姿たるや、まさに威嚇態勢の野良猫であった。



「あてて…。サーシャ、大丈夫…?」

「だ、大丈夫…だけど……」



 起き上がったサーシャの様子がおかしい。

 異変に気づいたカレンは、まじまじとサーシャを見下ろして……



「あーらら…。サーシャが足をやっちゃった?」



 バツが悪そうに表情を歪めた。



 足首を押さえているサーシャ。

 ちょっと涙目の彼女は、カレンの指摘を受けると気まずそうに縮こまってしまった。



「ええっ!? 大丈夫!? カレンは平気!?」



 まさかの事態に、キリハが目を白黒とさせた。



「あたしは平気よ。嘘だもーん。」

「ええっ!? ほんとに嘘だったの!?」

「ほらなーっ!?」



 あっさりと演技だと暴露したカレンにキリハは驚き、ルカはそれ見たことかと喚く。

 とんでもない混沌状態である。



「あー…。とりあえず、ガチで医務室に行こうか。」



 カレンと同じく、ちょっとした罪悪感で苦笑いをするディアラントが、控えめにそう言った。



「う、うん!」



 大慌てのキリハが、サーシャに手を伸ばす。





 そして――― 彼女の体をひょいと胸に抱えて立ち上がった。





「~~~っ!?」



 サーシャの顔が、沸騰したように朱で染まる。

 他の三人も、思わぬキリハの行動に両目を見開いた。



「あの……キリハさん?」

「何?」



「何やってらっしゃるのかなぁ…?」

「何って、サーシャを医務室に連れてってあげようと……」



「………」



 どうしよう。

 何からどう突っ込んだらいい?



 三人は割と真剣に考えた。



「キリハー…。あたしの時はおんぶだったのに、なんでサーシャはお姫様抱っこなの?」



 視線だけで会話した結果、カレンが切り込み隊長を買って出た。



「え…?」



 キリハは目をまんまるにする。



「いや、なんとなく……カレンは、お姫様抱っこは嫌がるかなって………あれ…?」



 途中で何かに気づいたようだ。

 パチパチと目をまたたいていたキリハの声が、尻すぼみになって消えていく。



「ごめん。ちゃんと、大丈夫か訊いてから抱っこすればよかったね。嫌だったかな…?」



 サーシャにそう訊ねるキリハ。



 赤面するわけでもなく、かといってぎこちなくなるわけでもない。

 サーシャを見つめるその瞳は、これまでと同様に純粋無垢そのもの。



 気づいたとはいっても、そういう意味ではなかったようだ。



「ううん……ううん!!」



 訊ねられたサーシャは、ぶんぶんと首を横に振る。

 それを見たキリハは、ほっとしたように胸をなで下ろした。



「嫌じゃないなら、よかった。もう、このままでいい?」

「う、うん…っ」



「じゃ、早いとこ医務室に行こっか。ちゃんと掴まっててね。」

「は、はい…」



 素直にキリハの首に手を回すサーシャ。

 その手にきゅっと力をこめて、さりげなくキリハの首筋に頭を寄せたサーシャは、それはもう幸せそうに頬を緩めていた。



 一方そんなサーシャに気づいていないキリハは、彼女に「大丈夫? 揺れない?」と訊ねながら、とことことカフェテリアを出ていく。



「気づいてんじゃん。」

「気づいてんな。」

「気づいてるわねぇ……」



 キリハたちが視界から消えるや否や、総ツッコミの三人であった。



 どうやらキリハは、サーシャから向けられる恋心にしっかりと気づいているようだ。



 ――― ただし、本能でだが。



「あれ、どうしたもんかしら……」



 カレンが呟くと、ルカとディアラントがうなりながら虚空を見上げる。

 頭を悩ませること数秒。



「ほっとけ。」

「あれはもう、自然の成り行きに任せるしかないかなぁ……」



 二人の口から出たのは、放置という名の撤退宣言。



「だよねぇ……」



 全く同じ結論に至っていたカレンは、思わずこめかみに指を当てる。



 いや、別にね?

 二人がそれでいいなら、それでいいんですよ?



 ドラマチックな恋だけが恋愛じゃないし、あんな風にじっくりと育む絆も、ありといえばあり。



 こうなったらもう、見守るしかあるまい。

 だが見守りに徹したとして、アドバイザーのいないあの二人が、恋人への一歩を踏み出すのは何年後の話になるのやら。



 まあアドバイスがあったとしても、先ほどのツッコミで何も気づかなかったキリハが、恋愛感情を学ぶとも思えないけれど。



 さてさて、このもどかしさをどうすればよいのやら。

 それぞれが考えを巡らせた結果。



「――― はあぁ……」



 三人は誰からともなく溜め息を吐き出して、やれやれと肩を落とすしかなかった。



◆ ◆ ◆

 余談



 キリハは多分、胸より脚派。

 そしてカレンが言った「あのレベル」のアプローチは、第5部を読んでくれれば分かりますw


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