イタズラ決行!

 それから一時間後。



「およ?」



 ルカやサーシャと共にカフェテリアに入ったキリハは、そこにあった光景に目をまたたいた。



 そこにいたのは、ディアラントとカレンの二人。

 珍しい組み合わせだ。



 椅子に座ってうつむいてるカレンの前で、ディアラントは何やら焦ったような、困ったような様子。



 一体何があったのだろう。

 キリハたちは互いに顔を見合わせながら、彼らに近づいた。



「おはよー。」

「おお、キリハ! いいところに!!」



 こちらに気づいたディライトが、パッと表情を明るくする。

 キリハはこてんと首を傾げた。



「どうしたの?」

「それが……」



 ディアラントの視線がカレンに移る。



「さっきカレンちゃんが、そこのサッシにつまずいて盛大に転んじゃってさ。その時に足をひねったっぽくて、動けないみたいなんだよ。」

「え…? カレン、大丈夫!?」



 目を大きくしたキリハは、大慌てでカレンの前に膝をついた。



「つー…。思いっきりやっちゃったっぽい……」



 顔を歪めるカレンの表情を見て、キリハは少し肩の力を抜く。



「よかった…。泣いてたわけじゃなかったんだね。」

「こんなんで泣かないわよ。大勢の前でかっこ悪いとこを見せちゃって、恥ずかしくて死にそうなだけで……」

「ああ…」



 周囲を見回し、キリハは納得。



 皆が朝食を取りにくるこの時間帯だ。

 カフェテリアは、多くの人で混み合っている。



 この中で転んだら、自分も少し恥ずかしいかもしれない。



「キリハ。悪いんだけど、カレンちゃんを医務室に連れてってくれるか? オレ、もう会議に行かなきゃいけなくて……」

「いいよ、いいよ。」



 ちらちらと腕時計を確認しながら頼んでくるディアラントに、キリハは二つ返事でそれを了承した。

 そして、すぐにカレンへと視線を戻す。



「カレン、立てる? おんぶする?」

「おんぶまでは…。ちょっと、支えてもらっていい?」

「もちろん。」



 立ち上がろうとしたカレンを支え、キリハは彼女のスピードに合わせて自分も立ち上がる。



「いった…っ」



 やっぱり無理があったようだ。

 一歩踏み出そうとしたカレンは、ふらりとバランスを崩してしまった。



「危ない! ほんとに大丈夫?」

「ううぅー…」



 キリハの腕にしがみつき、カレンは身を固くしてうめく。

 相当痛いみたいだ。



 キリハは気遣わしげに、カレンの肩を優しく叩いた。



「焦んなくていいよ。痛いもんね。やっぱり、おんぶしよっか?」

「そこは本当に大丈夫。あの……もうちょっともたれてもいい?」

「全然いいよ。がっつりもたれかかって。」



 そう言うと、カレンは素直に身を寄せてきた。



「ありがとう。ほんとにごめんね?」



 潤んだ瞳をして、間近からキリハを見上げるカレン。



 互いの体が密着すると同時に――― その豊満な胸が、キリハの腕に強く押しつけられる。



「なっ…!?」

「カ、カレンちゃん…っ」



 それに反応したのは、ルカとサーシャの二人。

 顔を赤らめる二人は、当然カレンの行為が色んな意味で際どいことに気づいている。



 しかし、当のキリハはというと……



「大丈夫だよ。医務室まで頑張ろうね。あと、今日は任務を休んだ方がよくない? 後でターニャに言っとくから、手当てしたら部屋まで送るね。」



 心配百パーセント。

 この状況の美味しさに、微塵も気づいていないようであった。



「――― ちっ。つまらん。」



 さりげなく視線を逸らし、カレンは低く毒づく。

 それを見るディアラントも、なんともいえない顔で空笑いを浮かべるしかなかった。



 やっぱりだめでしたか。

 最強の女の武器が効かないとは、この子は煩悩というものを、どこに置き忘れてきたのだろう。



 実のところ、ちょっとくらいキリハを狼狽うろたえさせる自信があったカレンは、悔しいやら面白くないやらでふてくされる。

 ディアラントは、ますます複雑な顔へ。



 とにもかくにも、イタズラは失敗ということで。

 さっくりとネタバラシでもしようと思った、その時。



「おい。」



 ルカがキリハの肩を掴んだ。



「代わる。」



 ルカは剣呑な声音で、ぶっきらぼうにそう告げる。



「へ?」

「いいから。カレン、こっちに来い。」



 きょとんとするキリハは放置で、ルカはカレンに手を差し出した。



 彼がこんな行動に出るのも仕方あるまい。

 なんたって好きな女の子が、他の男に誤解を与えかねない行為をしているのだから。



「………♪」



 ルカを見つめるカレンが、鋭く目を光らせた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る