壊れたオルゴール

柴田 恭太朗

ラ・ヴィ・アン・ローズ

 ――オルゴールはバラの花。


 ボクはそう思った。

 まるくて指先でころがせるほど小さな筒。金色に光る筒にはトゲがはえている。

 キレイに見えるけど、うっかり指でさわるとチクリと痛い。だからバラの花。


 教科書とペン立てをどかして広くした机の上には、ギザギザの歯車とネジとバラの筒がならべてある。さっきまでオルゴールの箱の中にあった部品だ。これ、ボクがこわしたんじゃないよ、最初からこわれていたんだ。


 ボクは小さなドライバーを使って元どおりに組み立てていく。ネジをまわしながらテーボジィの言葉を思い出した。テーボジィがいうには、ボクは手先が器用なんだって。だから「九歳のキミなら直せるかもね」っていって、サビてこわれたオルゴールをくれたんだ。


 テーボジィっていうのは、近くの河原に住んでいる人の名前。白いひげをはやしたおじいさん。びっくりするかもしれないけど、テーボジィの家は古い段ボールでできてる。テーボジィはフローシャだから。でも大人がいうように怖い人じゃないよ。だって人を殺したことがないって言ってたし。きっといい人。


 ボクは黄色い小さなドライバーをギュッとにぎって、なんどもまちがえながらネジと歯車を元どおりに組み立てた。でもやっぱりオルゴールは動かなかった。このバラのトゲみたいな筒が回ればいいはずなんだけど。でも、ピクリともしない。


 次の日、ボクは河原にあるテーボジィの段ボールの家へ行った。

「なおせなかったよ」

 こまった顔をしてボクはオルゴールをテーボジィに見せる。

「そうかい。キミにはまだ早かったかな?」

 テーボジィは笑うとサンタクロースみたいな顔になる。

「うん。できなかった」

「できなかったんじゃないさ、これからできるようになるんだ。それまで持っておいで。なおったら音を聞かせとくれないか」

(これからって……ボクにはわからない)、だからだまった。


 ボクがだまっていると、テーボジィはいたずらっぽい顔をした。

「そのオルゴールが鳴ると中から小さな妖精があらわれるんじゃ」

「ウッソだぁ」

 ボクはふきだした。

「ウソじゃないよ、そのオルゴールはわしが若いときに買ったものだからの。ラヴィアンローズ、『バラ色の人生』って曲が流れると妖精がヒョッコリ顔をだすんじゃよ」

「バラ……」

 テーボジィの冗談に笑いながら、それでもボクはバラって言葉に思いがふくらんでドキドキした。


 やっぱりオルゴールはバラ。

 バラの妖精が住んでいる音の箱なんだ。

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壊れたオルゴール 柴田 恭太朗 @sofia_2020

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