第239話 もうひとつのエピローグ


ガタタン・・・ゴトト・・コン・・ザザー・・・



気が遠くなるような静謐の中でも、僅かな振動はある。


それは、地球の鼓動、波の伝播、それから生き物の活動に起因する。


常時微動とか言うヤツだ。


久々に目を覚ましたな。あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。


まずは、周辺を探る。ほとんど変わっていないと思う。


実は眠っていたのは一瞬だったのではないかと思ったが、結構塵が積もっているので、百年くらいは経っているのではないか。


俺は、触手を出した。特別な触手だ。人の形をした特別な、生殖能力すら持っている触手を出す。


このボディは、水中でも活動出来る。もちろん、この深海でも。


俺は、二本の足で海底をてくてくと歩き、断崖絶壁に掘られているほこらの上に積もっている塵を払う。


ここは、マリアナ海溝の奥底だ。付近に大量の潜水艦やら魚雷やらが沈んでいる。


俺を殺そうとしたやつらの末路だ。一緒に深海で眠るのも嫌なので、今度クラーケンに撤去を頼もうかと思う。


あいつら元気かな。


レミィを感じる。あいつ、未だに現役だな。ティラマトは、寝てるなこりゃ。


前はおしんやサイフォンなんかとも繋がっていたのだが、今はもういない。おしんは代替わりしたし、サイフォンは人として死ぬことを選んだ。相当長生きしたけど。


ああ、知り合いは少なくなった。子孫は沢山残っているようだ。


上から、何かがゆっくりと降りてくる。まだまだ相当上だけど。


この深海に適応できるものは、そうそういないはずだ。


アンモナイト娘だろう。俺の子孫達。もう血は薄まっていると思うのだが、元気そうでなにより。彼女らの住処はここの上だ。俺が起きたので様子を見に来ているのだろう。


オオサンショウウオ娘やミノタウロス娘にも俺の子孫がいる。しばらくは魔王軍のトップに君臨していたようなのだが、血が薄まり、ケイティ系列の方が強くなったと聞く。デンキウナギ娘やサンダーバード娘なんかがその代表格だった。今はどうなのだろう。一時期は小田原さんのところのオーガ娘なんかも強かった。


なんだか、懐かしい。


子供、たくさんつくったなぁ。忍者、元公爵令嬢、戦闘メイド、10人の水魔術士、元孤児の秘書、元伯爵令嬢とも将軍になった男爵令嬢とも結局やった。半分俺で出来た女王やらテイマーやらモンスター娘ともやりまくった。吸血鬼とも出来た。レミィが出来たと言った時には、本気でビビった。だってあいつの内蔵、俺だもん。


桜、最初の娘。その母親が俺の最初の妻ということになる。アイツには苦労をかけた。次から次に子供ができるんだから。世間からもバッシングを受けたし、暗殺者を送り込まれたこともある。


俺がやりたいことをやり出したとき、何も言わずにやらせてくれた良き伴侶。貝になったとき、少しは驚いたようだが、それでもそれを受け入れてくれた良き理解者。女を連れて帰ってきても、モンスター娘を自分の子供と紹介したときも、家族として受け入れてくれた懐の深さ。何故かあの大陸以外の女とは駄目と言われたが、自分の中で独特なルールでもあったのだろう。最後まで確認しなかったが、嫁は何かをずっと読んでいた。小説だと思うけど、それに関係しているような気がしてならない。


それが最初の妻。俗世の妻。最後の最後まで気丈に振る舞って、ブレずにずっと味方をしてくれた。


だから、あいつの墓は、この深海にある。ずっと一緒だった。




む? カモメから念話が届く。


ああ、起きたぞと返す。今はブラジルにいるそうだ。


何しているか聞いてみると、穴を掘っていると返ってくる。あいつも好きだな。穴掘りが。


日本も穴だらけになったからな。




次に聖女に念話してみる。起きていたようだ。クラーケンが近くにいないのが意外だったが、どうやら日本の船にちょっかいをかけたモンスター娘を懲らしめに出動しているらしい。あのクラーケン軍団、一時期は数がかなり増えたからな。今は、海坊主サイズが10匹くらいなんだと。


日本に来いと言われたが、どうするか迷う。今はあれから80年ほどが経っているらしい。


次にビフロンスと連絡を取る。変わりなく、とっても元気らしい。こちらも元気付けられる。アトラス大陸のビフロンスは、最初の50年くらいは国の意思決定者として君臨したが、その後は一線を退き、生きる伝説のような感じになっている。エアやティラマト、エルフの始祖エル、それからクラーケンの聖女も不老だから、あそこの大陸は長寿の化け者に守られているというわけだ。まだまだ盤石だろう。


千里眼で地上に顕現する。


レミィがびっくりしてやがる。


こいつ、女を抱いていたな。褐色肌の、極上の女だ。とりあえず、その女を揉んでおく。


女が喚き散らしている。レミィがその子をなだめすかす。


さてと、ここは、何処だ?


窓の外には、真っ赤な太陽と砂漠がある。アラビアかインド地方かな?


少なくともアトラス大陸や日本ではないな。


レミィががみがみと何か言っている。どうやら大変だったらしい。そりゃ、大変だっただろう。世界大戦の真っ只中に世界の敵が攻めてきたんだから。


俺は引きこもってしまうし。


世界大戦は、魔道や怪異を利用した超ハイブリッド戦になった。大国が怪異に悩まされている中、力を持っていなかった国々が新たな力で核保有国に対抗する術を得た。


まあ、遠く離れた核物質の核反応を制御する魔術が開発された時点で、世界大戦を予測した人がいたっけ。さらに、レーダー類が効かなくなる粒子を散布する魔術。これが決定的だった。


世界は、第二次世界大戦前、いや、もっと前に逆戻りする。


いち早く魔術や怪異を取り入れた国は強くなり、それが出来なかった国は散々な目にあった。


とりわけ各地で強力な怪異が暴れ回ったC国が瞬く間に分裂した。


日本はがちがちに防御を固め、イギリスがかつての力を取り戻した。


インドが最強になり、バングラディシュ、スリランカ、ミャンマー、ベトナム、モンゴル、R国などの周辺国家と一緒にのたうち回るC国に軍事侵攻し、解体していった。途中で日本、イギリス、アメリカも介入し、多くの国が独立を果たした。しれっと、K国が北に侵攻し、こちらは惨敗して、少なくとも俺がいた頃は南北に別れたままだった。


R国は油田と穀物が振るわなくなり、青色吐息で日本に難癖をつけ極東に軍事力を集結させたが、特別軍事作戦を開始した初日に全ての船と戦車が動かなくなり、ミサイルが不発弾に変わったところで罠だと気付いた。日本は余裕で北方領土、それから南樺太を占領した。魔術戦術による勝利だった。


しかし、インドや一応の戦勝国であるR国も歪みを抱えていた国家だった。


次はこの二カ国が分裂寸前まで追い込まれた。


東南アジア、アフリカ大陸や中東諸国も小競り合いを始め、ブラジルが仲裁に乗り出したがこちらは国内の軍事クーデターであっという間に政権が変わった。とどめに、アメリカからハワイが独立し、本土も東部と西部の2つに分裂、世界は混沌となった。


ビフロンス率いるウルクシエルが本気になれば、世界はここを中心に回ったはずだったが、彼女は可能な限り中立を保った。


一方、三匹のおっさんと聖女は戦った。主に日本政府の要請を受けて、対怪異に対するものに関し、世界中を飛び回って戦った。しずくは普段は知らんぷりしていたが、いつもひっそりとついて来た。そしてピンチの時には助けてくれた。


子供らが育ったあとは、子供達も戦った。


世界大戦は、150年間続いた。いや、後の世に世界大戦と名付けられただけで、間に数回ほど、10年前後の平和はあったし、戦いも小競り合いが殆どだった。大量破壊兵器が使えず、移動手段も限られるため、戦争に時間が掛かるようになったのだ。逆に開戦のハードルが下がったため、まさに群雄割拠の時代になった。


まるで、異世界時代のアトラス大陸のように。


三匹のおっさんは疲れた。


ケイティはタケノコに引きこもり、小田原さんは地下迷宮に帰って行った。


俺は最後まで世界大戦を頑張った。そして、新しい『世界の敵』が攻めて来た。ヤツラの今回の戦略は、魔道兵による正攻法だった。俺は、妖怪軍団を引き連れて10年ほど戦い抜いた。もう一息で推し戻すというとき、俺の子孫達を助けるために、アイツが次元の狭間にひっかかってしまった。


だから俺も、疲れて眠りについた。何もかもを放り投げて。


アイツとは子供が出来なかった。もともと生殖能力が無かったのだ。その代り、ほぼ自己完結で永遠に生きることができる。それは果たして生命体だといえるのか。そんなヤツが、なぜあんなに優しいのか。なぜ人類を愛すのか。


その理由は俺には未だに分からないが、だからこそ、俺はアイツのことが忘れられず、共に歩いていきたいと思っているのだ。


ああそうだ、眠りについたのも、長生きしようと思ったからだった。それなのに、たった80年で目覚めてしまうとは、なんと滑稽な。


俺がインビジブルハンドを使って無言でレミィのお相手のお尻を撫でていると、本体の頭上の方に、アンモナイト娘が降りてきた。


二人の可愛いアンモナイト娘だ。ピーカブーさんによく似ている。


「お目覚めですか? 御貝様」


綺麗な日本語でそう言った。


「みんな、元気そうで良かった。また眠ろうと思う」


俺は、近くまで寄ってきたアンモナイト娘の頭を撫でる。


あと1万年、どうやって過ごそうか。








少しだけ、前向きに考える。


究極の暇つぶしとは何かを考える。もちろん、睡眠以外で。


千年に一度起き出して災厄を起してみる。世界中の美女とひたすらセック○しまくる? ティラマトを起こしに行って、一緒に世界征服してみるとか。


どれもいまいちだ。ティラマトは一度は起してやらないといけないとは思うけど。


そうだ。ひらめいた。記憶を消した特別な触手を世に放ち、それを見物するとかどうだろう。


ケイティと小田原さんも誘えばいい。


今度はもう少し若くするか。もちろん独身だ。断片的で意味ありげな記憶を残しておいて、悩ませつつ世界中を冒険させるのだ。若い俺は、どんなエロい放浪譚を見せてくれるのだろう。お話が制御できるよう、知り合いの妖怪を一緒に同行させればいい。暇つぶしには、覗きが一番だ。


同時に、レミィともう一人つくるか。家族はたくさん欲しいって言ってたからな。


覗きもいいが、やっぱり生でも楽しみたい。100年ばかりはレミィと夫婦生活もいいだろう。いや、その前にティラマトか? とりあえず、レミィと一発しよう。そうしよう。


俺は、何だか楽しくなって、深海から浮上を開始した。




#本編完了 次回、編集後記 お楽しみに

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