第237話 戦争の終わらせ方


冬場にしてはぽかぽかの陽気である。俺は野外に設えた椅子に優雅に腰掛け、秘書の仕事が終わるのを待つ。


「できました。これが日本語訳です」と、マルコが言って、俺に紙を渡してくる。


マルコは、日本語もある程度書ける。天才ではなかろうか。


「ええつと。『ウルカーンはウルの巫女が支配する。今後、貴族権の一切を認めない。従わぬ者の領地で作物は育たない。従う者は王城まで来い』っと。これ、期限は?」


「明日です」と、マルコ。


「そりゃ怒るわ。流石ビフさん」


俺は、メモを見ながら天を仰ぐ。


「千尋藻殿、どうなさるのですか」と、軍師が言った。こいつは、エアスランにいた転生者だ。生前はドイツで、とある一神教の洗礼を受けており、転生した際に聞こえて来た『世界の敵』を排除せよという意思を神命ととらえ、ひたむきにそれを実行しようとしている人物だ。


俺としても、この人は無碍にはできないのだ。一理あるから。


「俺のニルヴァーナの話は伝えたよな」


「はい。あなたが仕留めた『世界の敵』は、それが効かなかったと」


「そうだ。少なくとも、『追放』の方はそれで分かるはず。『無性欲』の方は折を見てケイティが頑張る予定だが、時間が掛かるだろうな。『逆恨み』と『婚約破棄』、そして『奴隷』の方のあぶり出しはこれからだ」


「分かっていますとも。あなたが私に協力して感謝しています」


「一応、俺もその神命受けたはずだからな。多少のことなら、他のことは度外視する」


「その事ですがな。私も神命だけに拘っているわけではございませんぞ。私はエアスランの軍師でもあるのです。あえて言わせていただきますが、エアスランは、今のウルカーンと戦争する意思は無い」


「色々と済まんかったなぁ。風竜に雷獣が大けがしたんだろう? それに、シャール元帥もヒリュウのヤツにチン○バッチンされてさ。クメール将軍とエリオンくんをころころしたの俺だし」


「いえ。あなたが本気で戦争に介入していたら、エアスランは滅んでいたでしょう」


「いやいや。そんときゃ、神敵しずくが介入していただろう。それしなかったから今がある。どう転んでもエアスランは滅ばなかったと思う」


「そうですか。分かりました。それで、どうするんです?」と、軍師が言った。


「とりあえず、もう少し前進させて。風が届く位置まで」


俺と軍師が戦場を見下ろしながら微調整していると、「あの、ちょっといい?」と、後ろにいたゴンベエが言った。


「はいはい。なんでしょう」


何となく、そのままゴンベエのお尻を触る。ゴンベエはロケットおっぱいの下で腕を組み、「あのさ、カモメ様が呼んでる」と言った。お尻はスルーされた。


「それって緊急事態? ゴンベエが無碍に出来ないのはわかるけど」


「どうも、男になるか女になるか迷ってるみたい。相談に乗ってあげてよ」


「あいつおっぱい好きじゃん。お前としている最中にも揉んでくるし。男じゃね?」


「それがね。おっぱい好きは、どうも憧れかもしれないんだって」


「じゃあよ。両性具有か、両性とも持っていない謎生命体にするか、いっそのこと男女の双子にすればいい。うん。できるだろ。アイツなら」


「なるほどね。双子か。でも、両方ともおっぱいは好きなのよね」


ゴンベエは少しだけうんざりした顔をした。良く揉まれるのだろう。カモメのヤツが人に擬態した特別な触手を造ったとき、一番の被害者はゴンベエになる気がする。


「おや。動きましたぞ」と、軍師が言った。


今、俺達はウルカーンから北西の小高い丘の上にいて、戦場を見下ろしている。


ウルカーンの国王派貴族が反乱を起したのだ。


あのウルカーン占領から、まだ数日も経っていない。こんなに早く動けるのなら、エアスランとの戦争ももっと真面目にやれば良かったのに。


眼下の敵の軍勢は、何と8万人。


軍師が言うには、兵糧は数日分しか無いだろうとのことだ。速攻でウルカーンを取り戻す気でいると思われる。


まあ、彼らが反発するのは分かっていたこと。エアスランとの戦争にも戦力を温存し、やりたい放題やってきた連中だ。言い訳は沢山あるのだろうが、今更どうでもいい。こいつらには、退場していただく。早くしなければ、外からどんどん侵略されてしまう。


『レミィ、いる?』


『はいはい、どうしたの?』


実は俺、聖女の眷属がうらやましく、また、日本にいるハマグリ妖怪のおしんが便利過ぎることに気付き、レミィを改造してしまった。


もともと殆ど俺で出来ていたヤツだ。目玉を一つ埋め込んだらできた。遠隔自立で動く眷属だ。好きなときにコンタクトが取れて、千里眼もインビジブルハンドも送れるし、念話もできる。ハーフヴァンパイアで頑丈で器用だし、超便利だ。


『ニルヴァーナを大量に噴霧する。そのつもりで待機せよ』


『了解。分かった』


俺は軍師に同じ事を伝える。


軍師は、「いよいよですな。エアスラン軍と、新しいウルカーン軍の共同作戦ですぞ」と言った。


敵の8万を迎え撃つのは、1万のエアスラン軍と5千のウルカーン軍なのだ。ウルカーン軍と言いつつも、1000ばかりはララヘイム兵が入っているから、殆ど多国籍軍だ。


総大将は、無敗の女マツリ将軍で、防御バフを操るチータラと、攻撃バフを操るパイパンが補佐に付いている。千人隊長にサイフォン、エリエール、ステファン、そしてハルキウを据えて、両翼の陣で8万を迎え撃つ。


さらに聖女率いるノートゥン軍1000が後方任務と補給を担当し、ウルカーンの冒険者たちが輜重隊の護衛任務につく。


今回のうちの陣容をみると、もうすでに、この大陸は一つになっていると感じる。アトラス大陸5大国のうち4カ国が入っているからだ。


さらに、少数民族国家のエルヴィンは元々ウルカーンから別れた国家でほとんど外交権は放棄しているし、ティラネディーアも潜在的にはウルカーンと仲がいい。ただし、あそこはまだ貴族制だったりする。お酒好きの民族で、陽気で明るい人達だから、案外貴族制止めると言ってもウルカーンほど混乱は無いかもしれない。


タケノコはタケノコだし。あの魔王軍は、今ウルカーンの地下迷宮にいる。あの伏魔殿を完膚なきまでに浄化するつもりでいる。ウルカーンにいたクロサマとか色々な手練れを連れて、暴れ回っているらしい。実は、小田原さんもそこについて行った。迷宮は白兵戦が活躍するから、というのが理由だ。だが、多分、オンナだと思う。彼は、むっつりな感じで女好きなのだ。


ケイティは、いち早く日本に帰った。


しずくが、頼まれ事が多すぎて捌ききれなくなったらしい。俺にもちょくちょく連絡がくる。あいつは、頼み事を断れない体質だからな。俺が戻ったら、ちょっと、事業仕分けしてやるとしよう。というか、いち早く数名を日本に送り込んで、語学その他を勉強させていたりする。もう少しで、ずいぶん楽になると思うんだけど。


俺と軍師、秘書のマルコとゴンベエが、自軍がゆっくりと動いていく様子を見下ろす。マツリ将軍は見事に軍を動かしている。寡兵とはいえ、寄せ集め軍のはずなのに。才能があったのだろう。


『おい』


ん?


『しずく? しずくなのか?』


『私、忙しいんだが?』


『ごめん、あと少しなんだ』


『おまえ、楽しんでないか? 楽しんでいるだろう』


『そんなことない。この大陸には、このけじめが必要なんだよ』


『桜は学業に戻った。お前の奥方にも手伝って貰っている」


『アイリーンとアリシア送ったでしょ』


先日、自衛隊からUS2という飛行艇をスイネルまで飛ばしてもらって、ローパー一家、アイリーン、それからメイドのアリシアを日本に送ったのだ。ウルカーンの外交としずくのお仕事を手伝って貰うために。今後、ノートゥン、エアスラン、ララヘイムの外交官も順次送る予定だ。


『余計に忙しくなった。アリシアはぽんこつだし』


『ご、ごめん。それはごめん。ティラマトがもうすぐ地上だから、それまで待って』


その時、良い風が吹く。味方から敵陣方向のそよ風だ。これを待っていた。


『今なんだ。今がチャンス。ごめんしずく。ちょっと戦争で忙しい』


俺は、興奮しながら大量のニルヴァーナを噴射する。


そのタイミングに合わせ、エアスランの風魔術士達が、毒の方向を制御しようと風を調節する。


敵がバタバタと倒れ出す。


ふむ。倒れない奴らもいるが、相当効いている。


「おお、素晴らしい。まさしく対軍魔術。この戦争はこれからのこの大陸の命運が掛かっていると言えましょう。ただ勝つだけでは駄目なのです。。永遠と語り継がれるくらいのインパクトが必要なのです。それでこそ、国が一つに纏まるのです」


軍師は、両手を広げながらそう言った。


「倒れていない奴らが多いな。まさか、結構いるってことか?」


「一定数いてもおかしくありません。突撃の準備をさせましょう」


俺がマツリのところにいるレミィに連絡を取ろうとすると、いきなり戦場の空が割れる。ばりばりと大きく裂ける。


「何、あれ」


そこから、ぬるりと何かが地面に降り立つ。デカい。巨大化ケイティの倍くらいある。


黒いメタリックな色彩で、細い手足の芯に美しい流線型の装甲を纏っている。まるでヤスリで削り出したかのような繊細な造形は、優美で神々しく、それでいて力強さがあった。


顔には仮面を付けているのか、表情までは分からない。それを例えるなら、鎧を纏った巨大人型兵器であった。


右手には、剣を持っている。頭部の兜の頂上部からは、深く青いテールが伸びて、一歩進むとそれが後方にたなびいた。


人型兵器が、巨大な剣を振るう。


地上の軍隊が、その風圧だけではじけ飛ぶ。味方ごと。


「あ、ステファン、ステファーーン」


彼の部隊が、敵軍ごと吹き飛んだ。彼、エアスランに捕まっていた第二王子なんだが、この戦争で貴族系の兵士共々、お亡くなりになっていただく予定だったから、別に良いんだけど。


人型兵器が、今度は左手をかざす。8万の敵兵に向けて、無数の弾丸が発射される。


上空から撃ち下ろされる圧倒的な質量エネルギーが、地上の敵を面的に吹き飛ばす。


絶望はさらに訪れる。着弾したその弾丸から手足が生えて、生き残っていた敵兵に食らいつく。さながら地獄絵図が、一瞬にして顕現した。


『終わったよな。この戦争』


目の前の超巨大黒騎士は、地面に突き刺した剣に両手を添えて、俺がいる丘の方を向いた。


俺は、「日本に帰ります」と言った。

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