第236話 三匹のおっさん、異世界を切る


王子の決闘を受けた元貴族の少年は、見事に相手の心臓を貫いていた。


ハルキウの顔から血が流れている。勢いが削がれていたとはいえ、剣が当たったのだ。


王子の手から剣が離れ、石の床に落ちる。


二人ともゆっくり沈むが、膝を立てて留まる。倒れるなと、お互い支え合っているように見える。


ふと、この部屋の奥に気配を感じる。直ぐに千里眼を飛ばすと、先に続く廊下からこの部屋を覗き込む女性がいる。小柄で、まだ若い。


無粋なヤツだと思いながら、インビジブルハンドで掴み上げる。


「離せっ、この」


この場に似つかわしくない小物っぷりがイラッとくる。


小娘を宙に浮かせて部屋に入れると、ビフロンスとローパー伯爵がそれに気付く。


「巫女」と、ローパー伯爵が言った。


ビフロンスは獰猛な笑みを見せ、「御貝様。王は、私を恐れていました」と言って、歩き出した。


王は、じっと目の前の王子を見つめたまま、口を閉ざしている。


「だから、貴族が私を人犬にして追放したとき、王は歓喜したことでしょう」


「黙れ」と、王が呟いた。


「追放ではなく、殺すべきでした」


「黙れ!」


「私を穴奴隷にし、気分が良かった事でしょう」


「黙れ」


ビフロンスは優しい顔をして、「沢山の男の中に、こいつもいました。どうでしたか? よかったですか? 懐かしかったですか?」と言った。


王はそれには何も応えず、目線を逸らした。


「でも、私は感謝します」


ビフロンスはそう言って、ジタバタと暴れる小娘の方に行く。


「返して貰うぞ」


巫女は、ビフロンスを見て絶句する。あれは呼吸も出来ていないだろう。


ビフロンスは小娘の頭に手を回すと、ばきばきと腕に血管を浮き立たせる。


そして、爆ぜた。戦場でたまに聞こえる音がした。ビフロンスの頭が、相手の顔面にめり込んでいる。


ビフロンスが腕を放すと、顔が陥没したままの小娘が弛緩する。インビジブルハンドを解除すると、そのまま床に転がった。即死だ。


数秒後、ビフロンスは空に向かい「ウルよ。お久しぶりです。はい。ビフロンスです」と呟いた。


亜神の巫女。この世界には、そういう人種が存在する。彼女は、それに戻ったのだ。


ビフロンスは、ゆっくりと俺の方を向き、見つめる。その目は、先ほどまでのものとは異なって見えた。


「御貝様。国王を、殺してください」と言った。


目線が、抱き合う二人の方を向く。


「残酷に、殺してください」


王殺し。それも、化け者による。それが、彼女の選択か。


俺は、国王を見る。もはや、何の感情も読み取れない表情でただ呆然としている王の周囲に、特別な毒を噴霧した。


痛覚は残っていたようだ。ぼんやりしていた王は、瞬く間に奇声を張り上げる。


肺が溶けて声が出なくなってからも、床をのたうち回った。


皮膚が溶け、服がズルリと脱げても動き続け、玉座の間の中央ほどで動かなくなった。


もう、絶命しているはずなのだが、それでも物体は化学反応を続け、完全に黒くなって床に溶け込むまで、しゅうしゅうと音を立て続けた。


ビフロンスは、床の人の形をしたシミを眺め、何度か頷いた。


「ローパーよ」と、ビフロンスが言った。


ローパー伯爵は目線を落とし、「はい」と応じる。


「王は死んだ。伝説の化け貝に討たれ、ウルの巫女がそれを確認した」


「はい」


「ウルカーン全ての貴族に通達を。全ての財と、権力を放棄させよ。さもなくば死を」


「分かりました」と、ローパー伯爵が言った。


それを聞いたビフロンスは少しだけ笑顔になり、「ところでデシウス。あなた、王妃と王女は何処に逃がしました?」と言った。


ローパー伯爵は淀みなく「R国の船に」と言った。



◇◇◇


「ぐぉおおおおおほおおおお」


巨人が、地面から起きあがる。


己の顔面や体に毛むくじゃらの何かがめり込んでいる。


巨人はそれをベリベリと引き離しながら、足元の地面で潰れている獣を見下ろした。


まだぱりぱりと放電しているが、骨が不規則に跳び出しており、僅かに胸部が動いているものの、もはや勝負は付いたものと思われた。


聖女の要塞の上には、何時のまにか見物人達がいて、勝利した巨人に歓声を上げていた。


「ケイティ最強!」と、ナインが叫ぶ。


「やったね。これでエアスラン戦も一息かな」と、ギランが言った。


「やれやれ。しかし、なんて化け者だい。ちょっと、チート過ぎやしないか?」と、聖女が言った。


「ふん。やるなぁ。こりゃ、一杯やるのが楽しみだ」と、バルーン。


周りの戦闘メイドやノートゥンのモンクらも鬨の声を上げる。


巨人は、ゆっくりと雷獣に向き直ると、肘から先が無い左腕を右手でさする。


ずるん、と欠損していた左腕が生えてくる。


体の傷もじくじくと元に戻っていく。


一方、エアスラン軍の動きが慌ただしくなる。切り札である神獣2体を無力化されてなお、指揮官の命ずるままに動いているようである。


きゃぉあああああああああ!


「どうした?」と、バルーンが言った。いきなり金切り声を上げ出した巨人を訝しがったようだ。


「あれ!」と、ナイン。巨人の足元を指さしている。


そこには、巨人のすねにかじりつく大きな黒いやつがいた。


それは、まるでイルカやシャチのボディのように、黒くつるっとした質感の二足歩行の何かだった。


身長こそ巨人の膝くらいしか無かったが、ぎざぎざの大きな牙が、巨人の足に深く食い込んでいた。


ぼぎん、と、大きな音がした。顎の力で足がかみ砕かれたものと思われた。


「神敵。あいつだ。来やがった」


バルーンはそう言うと、何かをキョロキョロと探す。


「こりゃ」


バルーンの後ろに小さな人影があった。バルーンは大声を上げてのけぞる。


「バルーンか。外で遊びたいんだろう? ならば、じっとしておけ」と、下の方からそう聞こえる。


「お前、またうちらの邪魔を。あれか? おっさんか? 雷獣がおっさんだからか? お前、おっさんがすき……」


何かを言おうとしたバールンは、一瞬で消える。ここではないどこかに移されたと思われる。


それを見ていた聖女は、「あんたは、まさか」と言って、怯えの混じる表情をみせた。


聖女の前に揺れるは黒い髪。夕闇の中で、神秘的な青い光を放っていた。


日本に、売ってあるような普通の洋服に身を包んだ少女に見える何かは、「千尋藻が王を殺した。順番を違えるな」と言った。


見とれていた聖女は、はっとなって、周囲の部下に指示を出し始めた。



◇◇◇


小田原亨とモンスター娘のレイテが敵陣に突入したとき、タイミングを合わせて砦から炎が撃ち下ろされた。


仲間が上を取っている。そのことは相当有利なことで、直ぐにチータラ将軍率いる重装歩兵が敵戦線を押し上げる。


そのタイミングで、城壁の外に待機していたマツリ将軍率いる本隊が、一気にウルカーンに突入する。


ウルカーン軍は1万ほどであったが、伏兵1000と想定していなかった壁破りの300に、為す術もなく各個撃破されていく。


最初に敵将を討ち取ったこと、城壁破りという敵の意表をついた戦術が功を奏したこと、高規格の魔道具を大量に持ち込んでいたこと、そして何より二つのバフによる強化が有効にはたらいたことで、ほぼ一方的となっていた。


ウルカーン軍は、背後を突かれ、殻を破られてからの崩壊は早かった。初期に即応した手練れは、小田原亨とレイテの突入により討ち取られ、あとはちりじりとなっていった。




・・・・


王都防衛軍の本部があった場所、石の砦の最上階には、白い軍服姿の麗人がいた。


そこに、どやどやと賑やかな連中が入ってくる。


「やったね。僕たち、やったんだね」


「そうよネムちゃん」


「にゃー」


「ゴンベエどこいった?」


「スパルタカスさん、ゴンベエさんはヒリュウ探しに行くって、聖女の要塞の方に行った」


「元気だなぁ」


「ヒリュウ、ドサクサに紛れて、エアスランの元帥のチン○切るかもだから、止めてくるって。愛人時代の恨みを晴らすとか」


「女は怖いなぁ」


「サイフォンさまぁ。これからどうなるんでしょうね」


「国王派貴族との戦争です」


「うへぇ。私、早く日本に行きたいのになぁ」


「でも、直ぐに終わるでしょう。ひとひねりです」


「ばうわう!」


フェンリル狼が、尻尾を振りながら、麗人の足元に座る。


「お疲れバター。頑張ったわね」


愛犬を撫でまくる麗人の目の前に、一人の女性が近づく。


「アイリーン将軍、私がマツリです。この度は、お疲れ様でした」


ぼろぼろになり、返り血を浴びた皮鎧に身を包んだ男爵家の養子が、元公爵令嬢の前で敬礼する。


元公爵令嬢は、軽く会釈をし、「あら、。ご苦労だったわね。今回の勝利は当然として、これからが大変よ。世界は血なまぐさいって、あの人が言っていたから」と返した。


マツリは驚いた声を出し、「今からはアイリーン将軍ですよね。私はナナフシに戻って、ヒカリエと一緒に草を育てて、あの人の妾になって、そして子供も……」と、途中からが幸せそうな顔をして言った。


アイリーンは凶悪な目付きになって、「いえ、あたなが将軍です。この国の。そしてこれからも。ずっとそのあとも」と言った。


「そんな、困ります。わたし、いや、僕は貴族出身でもないし、将軍なんて務まりません」


「貴族制は無くなるわ。あの人が勝ったんだもの。あなたは無敗の女。負け女は、公職から引退するわ」


マツリは大きく目を見開いて、「そんな、困る。かくなる上は」と言って、サイフォン、カルメン、ネム、マルコと目線を合わせていく。だが、全員に目を逸らされて、絶句する。


アイリーンは腰の剣を外して重そうに放り投げ、「バター、私を連れてって。あの人のもとに」と言った。


「あなた、女に戻る気? ずるい」


「じゃね、マツリ将軍。諦めてた女を楽しむわ」


アイリーンは銀のフェンリルに跳び乗ると、振り向かずに砦から飛び出した。


マツリは、そのあとを窓まで追いかけた。


すでにフェンリルはいなかった。東の空からは、うっすらと旭が昇っていた。

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