第235話 三匹のおっさんとウルカーンの夜

夜の要塞、目映い閃光を放つ二つの巨体が、肉体同士でぶつかりあっていた。


巨人は、自ずから引きちぎった左腕の残骸で、雷獣の顔面を叩き付ける。


ゴァア!


さすがの雷獣もこれは嫌がった様子で、突進を止めて頭を下げてしまう。


「お、おおおお!」


巨人が右腕をサイドに構え、足が止まった雷獣の胴体に、それを突き刺した。


ド! という音と共に、離れた左腕は半分くらいまで雷獣の体にめり込む。


ガアアア!


雷獣は、痛みが無いかの様にそれを無視して動き、前足で巨人の右腕を押え、顔面に噛みつく。


左腕を失っている巨人はそれを防ぎきれず、雷獣の顎は首元に入り込み、牙がめりめりと肉に食い込んだ。


巨人はちぎれた左腕を手放し、雷獣を引き離すべく首を掴むが、雷獣の顎は外れない。


「う、ぉおおおおおお!」


巨人は雷獣に食らいつかれながら、背中側にある要塞の防塁に足を掛ける。巨人の足が石積みにめり込み、一部ががらがらと崩れ落ちる。かまわずもう一歩を踏み出す。


どうやら、防塁を昇っているようだった。


もともと身長15メートル程度ある巨人が、体高10メートル程の獣を引きずりながら、高さ10メートルほどの防塁に無理矢理昇る。


「おおおおおお!」


もう一度、巨人が咆吼する。膝を屈め、ゆっくりと跳び上がる。


防塁が重量に耐えきれずに座屈する。それでも、膝の伸びしろが残っており、ジャンプを続けると抱える雷獣ごと宙に浮き上がる。


浮き上がった先、空中で停止するが、巨人と雷獣はそこからもう一段上昇を開始する。あまり知られていないが、妖怪ちん○は短時間なら空を飛ぶことが出来るのだ。


ジャンプと合せ、身長の倍くらいは飛んだだろうか。そのまま巨人が上になり、自由落下を開始する。


大質量の物体が、ゆっくりと、そして加速度的に地面に激突した。



◇◇◇


「小田原!?」


暗闇の中から出てきた人物に対し、ネムが目玉をくりっとさせて叫ぶ。


「そうだ。覚えているか?」と、スキンヘッドが返す。


「小田原だ、小田原だぁ!」


ネムが一目散に走り出す。スキンヘッドの元へ。


「あ、ネム、任務は?」と、隣のマルコが言った。


現在のマツリ軍は小休憩を兼ねた様子見中であり、このくらいのことは許される空気があった。


ネムはそのまま小田原亨の首に両腕を回し、鎖骨辺りに顔を埋めた。


マツリは、スレイプニールの上から、「おや、あなたは小田原さんでしたね。そちらの方はレイテさんでしたか? 確かカシャンボ娘の」と言った。


「カシャンボ!」


モンスター娘の種類に反応したのはマルコだ。辺りをキョロキョロと見渡し、そして不思議な顔をした。


「如何にも。ちょっと野暮用でな。あいつについて来た」


カシャンボ娘のレイテは、そう言って親指で小田原亨とネムを指さした。


「さて、今の我々は作戦中ですが、指揮はどうしたらいいんでしょうね」と、マツリが小田原亨の方を見て言った。


小田原亨は、自分を抱き締めるネムをそのままにして、「自分は神敵に言われてこの島に転移しただけだ。戦争はそのまま続けてくれていい」と言った。


「神敵、三匹のおっさんが転移したとき、その存在も姿を眩ましたと聞きました。一緒におられたのですか?」


「そうだ。昨日まで一緒に仕事してたんだ。神敵は、あっちの世界に溶け込んで楽しくやってるぜ?」


マツリは少し真顔になって、「仕事、神敵と一緒にって、まあいいや。じゃあ、このまま私が指揮しますね」と言った。


「それもいいんだが、子供達を守るのもおっさんの役目」


スキンヘッドの目の前には、崩れた防塁からこちらを伺いつつ、吹き飛んだ岩が纏まっている部分などで陣を固める集団が見えた。


小田原亨は、抱き締めていたネムを斜め後ろに降ろし、つかつかと前に歩く。


にやりと笑い、カシャンボ娘もそれに続く。


「にゃー」


「ご一緒しよう」


ウルカーンの伝説二人も前に出る。


「早く終わらせようぜ。宴会するのが楽しみだ」


「戦猫旗を掲げよ! 総員、魚鱗の陣!」


「防御こそが攻撃だ!」


バッタ軍の精鋭が、未だ粘りを見せる王都防衛軍に襲い掛かった。



◇◇◇


脇目も振らず、俺の前で城内を進んでいたビフロンスが、僅かに歩を緩める。


俺は、何も言わずビフロンスの前に出る。ここからは、危険なんだと思う。助けを口に出さないところが彼女らしい。


隣を走っていたハルキウ・ナイルも前に出ようとするが、俺がそれを手で制す。この二人は、死なせてはいけない人物だ。この大陸の新時代に必要な人材だと思うから。


石畳の荘厳な廊下をこつこつと歩く。何となく、この先に何があるのか想像がつく。


城に突入したぬえ達は、あえてここは狙わなかった。誰が行くべきか分かっているからだろう。


俺の足元で、もの凄い勢いの炎が吹き出る。


これは、確か炎系の地雷インフェルノ。荘園『シラサギ』で見たな。靴と服の一部が燃えてしまう。俺のチートボディは燃えたりしない。熱いけど。


俺は、お返しとばかりに大量の水を生成する。廊下伝いに床、壁、天井、全てを洗濯するかのようにぐるんぐるんとかき混ぜながら進ませていく。


途中触雷し、地雷から炎が吹き出ているようだが、かまわず水でかき回す。伏兵も出たが、一緒に水でかき回す。


ビフロンスとハルキウをインビジブルハンドでガードしながら、大量の水の後ろを歩いて行く。


やがて、ちょっとした広間に出る。


ダンスパーティでも開かれそうな優雅な広間だ。


ここまでくると、流石に水が汚くなったので、絡め取った地雷や死体ごと外に捨てる。


直ぐに新しい水を生成し、それを従えながらダンスホールの様なところに入る。


人がいる。さびれたバス停にいる老人のような風貌で、豪華そうな椅子に座る年齢不詳の男性だった。


その椅子の後ろには、二人の人物が立っていた。そのうちの一人には見覚えがある。


カイゼル髭のスキンヘッド、デシウス・ローパー伯爵だ。もう一人は若い男子。知らないな。燃えるような黄金の髪は、誰かを彷彿とさせるけど。


「貴様は、誰だ?」と、椅子の人物が言った。声が小さくて聞き取り辛い。


俺はその問いには答えず、「戦争を終わらせに来た」と言った。彼の右目の横がぴくんと動く。


「何故だ?」


どういう意味だ? よく分からん。


俺が不思議な顔をしたからだろうか、椅子の人は、「お前達がウルカーンで戦えば、エアスランなど駆逐できた」と言った。


「ああ、そうか。言い方が悪かった。俺は、ウルカーン王朝を終わらせにきたんだ。多分、ここの王朝がなくなると、世界が動き出す。良い方に」


「お前達は、私を恨んでいるか?」


「王国の責任者は王だろう。結果を見ろ。他国に攻められ、内戦まで起きた」


「私は象徴だった。王政には王族が必要だった。権威があるからこそ、統治ができたのだ」


何だこいつはめんどくさい。


「この国の貴族はクソだ。だから、そのトップもクソだ」


「貴族制と王政こそ、この大陸の人口規模で皆が幸せになれる理想の統治体制なのだ」


「残念だったな。世界は一つになった。王政は終わりだ」


俺がそう言うと、椅子の後ろの若者が鬼の様な形相になる。この子は、王族か?


一方の椅子に座る人物は、怒るそぶりを見せず、「私は、この国を、この大陸の幸せを願っていた」と言った。


「世界の敵に気付かず、貴族の暴走を許し、挙げ句の果てにビフロンスを追放する。奴隷制度も復活させる。国のために戦った将軍を性奴隷にする。これが幸せか? エアスランの軍師からも、最初は協力要請とかあったのでは?」


椅子の人物の指は、少しだけ震えていた。


「王の器、では無いな」


「貴様!」


後ろの若者が、激高して剣に手を掛ける。隣のローパー伯爵が目を閉じる。


「私と、決闘しろ」


吹き出しそうになった。こいつは、バカなんじゃなかろうか。お前の周りには、もうインビジブルハンドが大量に漂っているというのに。


王族は、死ぬ瞬間および死後も影響力がある。


卑怯だけど、俺はビフロンスに采配をお任せしたい、のだが? ビフロンスは無言で少年を見つめている。


かつん、と、一歩前に出る。青いおかっぱ頭のハルキウ少年が、俺の隣に並ぶ。


俺は、無意味な決闘はやめろと言うつもりだったが、この場の誰も止めようとしない。ハルキウは、まだ15歳だというのに、戦わせて良いものだろうか。


それとも、俺には理解できない矜持があるのだろうか。ならば、異邦人の俺が、それを止めるのも憚られる。


黙っていると、激高していた目の前の若者の顔から険が取れて、どこか優しい表情になる。


ハルキウは、背中の大盾をがらんと投げ捨て、腰の剣を引き抜く。それを受けて、相手も引き抜く。


二人は無言だった。魔術もおそらく使っていない。


俺は、無粋なことはしたくないと思った。


二人が地面を蹴った。


ハルキウの両手に持つ剣が、相手の体に根元まで突き刺さる。


ハルキウの頭が揺れる。相手の剣が、側頭部を叩き付けていた。


貴族社会の終焉、そう感じた。


遠くで鳴る戦闘の音が、いきなり大きくなったような気がした。

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