第234話 三匹のおっさん、進軍する
「俺が、行こう」
これは流石に、頭にきた。強制自爆装置ということは、生きた人間を無理矢理自爆させているということだ。自由を奪い、自爆魔術を刻印し、何らかの魔道具で強制発動させているのだろう。
元の人間は、おそらくは奴隷。この国の奴隷は、重罪人の他はララヘイム系の人かジュノンソー家のものしかいない。
ビフロンスは、まだ怖い顔のまま、「いいえ。これは我らの戦い。まだ、貴方様の出番ではない」と言った。
「分かった。だけど、守りたいと思ったら守る」
俺がそう言うと、ビフロンスは俺を抱き締めた。俺も負けじと抱きつき返す。ふかふかとした抱き心地。気分が落ち着く。冷静でいられる。
懐かしい腕が俺に巻き付き、元は俺だったものが口の中に入ってくる。いや、この舌はもう俺のものじゃない。彼女のものだ。
「見ていてください。勝ちます」
ビフロンスは、至近距離で俺を見つめる。
彼女の燃えるようなライオンヘアが、炎の上昇気流に乗って美しく舞い上がる。
ビフロンスの目線が城に向く。俺も、一緒にウルカーン城を見る。
ぱちぱちと燃上がる壊れた跳ね橋の上を、無数の何かが高速で通り過ぎる。小さな黒い砲弾のようだった。
強烈な音と振動、そして熱風。一瞬遅れ、ウルカーン城の城門に、キノコ雲が立ち昇る。
俺はビフロンスを抱き締めながら、その強烈な爆風に耐える。ビフロンスも俺を抱き締めて支えてくれる。これじゃ、どっちが助けているのか分からない。
いや、彼女は、不器用な慈愛の人だ。人を助けることはあっても、助けられることは案外苦手なのだろうと思った。
オレンジ色の炎と黒い煙、破壊された城壁と赤く溶解した石積みが見えてくる。あれじゃあ、自爆兵器もろとも木っ端微塵になっただろう。
ウルカーンの得意魔術は炎だ。元々は植物の神を祭る国であるが、炎は有機物から生成されるのもであからして、すべからくウルカーンの魔道士は炎を好む。
沈黙したウルカーン城入り口に、味方が土魔術で橋を渡す。それは細く頼りない橋であったが、兵士達は何の躊躇もなく城に突入していく。
未だ高熱を発しているとみられる赤く溶ける石積みをものともせず、最強の戦士達が城の中に散っていく。やがて、随所で響き渡る怒声、轟音、爆音、爆風、そして強烈な閃光が夜空に刺さる。
この世界の城攻めと言うものは、このようにして行うのかと感嘆する。
「参りましょう。私にとっては懐かしい場所です」
俺を抱き締めていたビフロンスが拘束を解き、城に向けて歩き出した。
俺達が、やるべきことも、そこにある。
俺とハルキウは、彼女の背中を追いかけた。
◇◇◇
防塁から飛び降りた七三分けのおっさんは、落下途中で奇妙な咆吼を上げると、瞬く間に大きくなる。
それは、特殊スキル『巨大化』というもので、おおよそ人とは思えない特殊なスキルであった。
それに相対するは、黄金の少女。ぱちぱちと小さな破裂音を立てながら、長い髪が静電気で浮き上がる。
鬼のような形相をした少女が数歩ほど歩むと、彼女の体も大きくなり、四つ足になる。
エアスランの亜神であり、最強の神獣として国防の要であり、国母であるエアの父親であり、今は囚われの身である風竜の伴侶である。
雷獣、太古より国を守ってきた彼は、巨大化していく七三分けに臆すること無く強烈な雷を纏いながら走り出す。
巨大な獣が怒りの咆吼を上げながら、巨人に襲い掛かる。
着地した巨人はゆっくりと上体を起し、巨大な口を開けて突っ込んでくる雷獣を睨み付ける。
巨人の右腕がぶうんと風を切りながら、雷獣の突進に合せてフックを放つ。
巨人の拳が雷獣の側頭部に当たり、噛みつきの初撃は
巨人は急所を守るために左腕を雷獣に噛みつかせ、右手でもう一度フックを入れる。
フックが頭に当たるが、雷獣は噛みつくのを止めず、逆に前足の爪を巨人の体に立てつつ、後ろ足で地面を蹴って、巨人を押し倒そうと試みる。
「ふぉおおおお!」
巨人が大きく天を仰ぎ、そまま頭部を撃ち下ろす。巨人のおでこが雷獣の頭頂部に激突する。
巨大な質量同士がぶつかる振動が、地面に伝わり木々を揺らす。
「こぉおおおおお!」
周囲に大量の稲妻が走る。閃光、爆音、一部は上空にまで打ち上がり、空気を切り裂くエネルギーの慟哭が数キロ先までゴロゴロと響き渡る。
がりっと、鋭利なもの同士が摩擦する音が聞こえ、雷獣の顎が巨人の左腕からズルリと外れる。
「きゃあああああ!」
巨人が甲高い声を上げる。
食いつかれていた巨人の左腕は、雷獣の牙で肉を引きちぎられ、生白い骨が見えていた。
少し離れた四足の獣の体が巨人の正面を向いて、しなやかに縮まる。数本の美しい黄金の尻尾がゆらゆらと揺れる。
対する巨人は、自ずから左腕の肘から先を引きちぎる。
巨人はゆっくり歩きながら、左腕を右手に持ち、それを大きく振りかぶる。
ゴァアア!
雷獣の再びの突撃、巨人は、雷獣の顔面目がけ、右手に持つ左腕を叩き付けた。
◇◇◇
小田原亨とモンスター娘のレイテは、攻撃魔術が吹き荒れる砦近くの荒野にいて、その光景を見つめていた。
怒声、断末魔、爆音と叫び声、そこには、ありとあらゆる生き様があった。
小田原亨は、これまで見てきた戦いの中で、最も激しい戦いだと思った。味方も必死だが、敵も必死だ。
その砦周辺の激戦区に、水の壁が到達する。
水の壁を利用して攻めるのかと一瞬は思ったが、それは直ちに間違いだった事に気付く。水壁はそのままウルカーンの城壁に激突し、そのまま吸い込まれるように石積みの壁に溶け込んでいく。
やがて、ばりばりと何かが破れるような音がして、強烈な振動が地面を襲う。
それは、大量の水が石積みの隙間を通ることで石積みの要が吹き飛び、また基礎が洗掘されたことで上部構造が崩れ去る音であった。
強烈な振動と大質量の重低音、岩の割れる高音が合わさり、夜のウルカーンの空を引き裂く。
小田原亨はその壮絶な光景を、同じく戦うのが馬鹿らしくなったかの如くリラックスしているレイテと共にしばらく見物することになった。
水の壁が完全に石の壁を通過したとき、最初は高さ10メートルほどであったはずの人工物は、地面ごとえぐられ、高さ1,2メートルほどの瓦礫と化していた。
砦を囲む戦闘音も、心なしか小さくなっている。あまりの出来事にお互い冷静になったのかもしれない。
小田原亨は、水の壁の後ろを進んでいた一団に見覚えがあった。
スレイプニールに乗って猫が描かれた旗を振るのは、バッタ男爵の養子になった若い女性のマツリだ。そしてその随伴にいるのは、ネムとマルコであった。
彼女達は、小田原亨にとっても同じ冒険者パーティの仲間だった。
千尋藻城、そしてケイティと一緒に日本に戻ってしまった小田原であったが、彼女らの事は一時たりとも忘れなかった。一緒に異世界を冒険した仲間である。
「あそこに自分の仲間達がいる。合流するぜ」と、小田原亨は隣のレイテに言った。視線は仲間に向けたまま。
「ほう。お前の仲間ね。私も付いて行っていいか?」と、レイテが返す。
小田原亨は、意外なことを言う鬼神のようなモンスター娘を何だか少しだけ可愛く感じ、「一緒に行こうぜ」と言った。
それに対し、レイテは白い歯が見えるほどの笑顔で応えた。
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