第233話 三匹のおっさん、戦争に介入する


「遠くで花火が上がっているようですね」


七三分けのおっさんが、真っ暗闇の防塁の上からそう言った。


遠くでは、確かにドンドコと強烈な音が響いている。


「そうだな。昼間だったらちょっと飛んで見てこようと思うんだが、夜は目が見えねぇからな」と、隣の女性が言った。


「バルーンさんって、鳥目です?」と、ケイティ。


バルーンは、綺麗な自分の白い髪をいじりながら、「困ったもんだ」と言った。


「照明弾打ち込みましょうか?」


「いや、いい。多分、明るくなる」


防塁から見下ろす先には、この要塞を包囲するエアスラン軍が見えた。ほぼもぬけの殻状態の聖女の要塞に2万近くの兵を割いている姿は滑稽であったが、まったく気配を消してしまうとばれる恐れがあったため、敵の監視を飽きさせない程度にはちょくちょく防塁から顔を出していた。


「来ますかね。雷獣さん」


「来るさ。こいつらは夫婦だからな」と、バルーンが言った。バルーンの手元には、太い木杭に磔にされた少年モードの風竜がいた。


「ほう。そうなのですか? では、相手は女性ということですな」と、ケイティ。


「少し面倒臭い話なんだが、エアスランにエアって巫女がいるだろ? そいつ、風竜が母親で雷獣が父親なんだ」


七三分けは意外そうな顔をして、「ほう。この方、女性だったのですか」と言った。


「そうだ。亜神同士が子をなすっていうのも悪夢だろ? だから、50年前にうちらがエアスランを占領したとき、性転換魔術で変えたんだ。性別を」


「ほう。でも、お互い別の性に変ったんなら、それはそれで子を成せるのでは?」


「それがな、雷獣の方は少女にしたんだ。だから若すぎてだめなんだ。風竜も本当は普通の少年にするつもりだったんだが、うちらが陳情してあそこだけは大人にしてもらった。雷獣もおっぱいだけ巨乳にしようとか企てていたんだが、途中で邪魔が入ってよ」


「そうなんですね。子が出来ないだけなら、男性同士でも良かったのでは?」


「当時の魔王が言うにゃ、気持ち悪いから嫌だ、だそうだ。雷獣はおっさんだったからな」


「なるほど」


ケイティとバルーンが駄弁っていると、エアスラン軍の中からバチバチと輝く何かが歩み出る。その周りには、それを止めようとする人物がいるようだが、体からほとばしる電撃が強すぎて近寄れないようだった。


「あれが雷獣ですか」と、ケイティが言った。


「そうだ」と、バルーンが応じる。


「では、アレを押えれば、エアスランは攻略ですね」


「お? お前からやるか?」


「はい。私も雷を使いますからね。勝負です」


ケイティはそう言って、単独で防塁から飛び降りた。



◇◇◇


「久々だぜ!」


肩の筋肉が人の頭ほどもある女性が大笑いをしながら、剣を構える歩兵にショルダータックルをかます。


兵士を吹き飛ばし、そのまま一直線に一際高価そうな鎧を纏っている一団に突撃していく。


「なんだこいつらは。止めろ!」


将兵らしきおっさんが叫ぶが、襲撃者の勢いは止まらない。空手着に身をつつんだおっさんが、炎を纏う騎士を回し蹴りで沈黙させる。


地面に着地したスキンヘッドのおっさんが、「済まんが、自分達はバッタ軍だ。戦争してるんだろう?」と言った。


「バッタ軍だと? まさか!」


この先では、1500対300の戦闘が繰り広げられていたはずである。なかなか勝ち鬨が上がらない様子をみて、この本陣も少しだけ浮き足だっていたところのようだった。


目の前に所属不明のカッターが見えてからは、さらに慌ただしかった。


まず、ウルカーン王都防衛軍の砦より、数百の援軍と思しき軍隊が出てきた。助かると思っていたら、その軍隊の頭上に炎が降り注いだ。慌てふためいていたら、カッターに乗ってやってきた二人はどうやら敵だった。迎撃を命じた矢先、今度は小さく固まっていると思っていたバッタ軍が、水の壁を両翼に展開させてじわじわと前に出てきた。


騎兵1500を操るために野戦に赴任していた分隊長は、めまぐるしく変わる戦況について行けず、伝令や護衛兵に適切な指示を出すこともできず、ただわめき散らすだけになっていた。


「アイツを止めんか! たったの二人だぞ! 援軍はどうなっている。バッタはどうなった!」


「どっちがやる?」と、肩を揺らしながら斜めに突進する筋肉が言った。


「自分が行っておこう」と、併走するスキンヘッドが言った。


スキンヘッドは大股で走り出すと、わめき散らす男の前でふわりと浮き上がる。


左足を相手の脇腹に一蹴、そのまま着地せず右足を延髄に叩き込む。


首が、明らかに変な方向に曲がり、そのまま地面に倒れ込む。それを見たレイテはにやりと笑った。


周りの雑兵は叫び声を上げながら、ちりぢりになっていく。


「これが大将首ってことでいいのか?」と、スキンヘッドが言った。


レイテは倒れた敵兵を見下ろしながら、「この場の指揮官ではあるようだがな。少し小物だったか」と返す。


二人の目の前の城壁からは、大量の炎が地面の兵士に撃ち下ろされていた。


周囲はすっかり夜のはずだったが、その周囲ではひたすら明るかった。


「おうおう。元気良いねぇ。どちらが敵味方か分かりゃしねぇ。この辺で止めとくか?」と、レイテが言った。


その時、小田原亨の目には、城壁の上にいる兵士の頭部が弓矢で射貫かれた瞬間が見えた。だが、その兵士は直ぐに絶命せず、城壁の上から下にいる敵兵の中に自ずからダイブした。そして、その地上の中心で巻き起こる爆風が、周囲の兵士を吹き飛ばす。


「なんだ今のは。爆弾でも抱えていたのか?」


同じ光景を見たと思われるレイテが怖い顔をして、「ウルカーン軍が秘匿する魔術には、自爆系のやつがあるのさ。自分の命と引き換えに、大爆発を起す。私に言わせりゃ野蛮だな」と言った。


小田原亨はもう一度城壁の上を見る。彼らは何の旗も掲げていない。おそらく、数で勝る敵をかく乱するために、あえてそうしているのだろうと思った。名誉も何も無い中で、よくぞ自ずから散ったものだと小田原亨は考えた。


「美しくはないな。だが、それでも彼は、英雄だ」と、小田原亨が言った。


それを聞いたレイテは片目をつぶり、「自分であの魔術を起動出来るヤツはそうそういないさ。だが、それでも、私は野蛮だと思う」と言った。


炎が吹き荒れる戦場を、完全に足が止まった二人が見物する。


やがて、魔術でできた水の壁が、激戦の城壁にさしかかった。



◇◇◇


ウルカーンの街はそこそこ広い。


だが、東の城壁から貴族街まではそこまでの距離は無い。直線距離で1キロといったところだろうか。


だから、戦闘音がここまで響いている。夜で気温が下がって来たから、余計に遠くの音が聞こえてくるのかもしれない。


俺は、先行する500程のジュノンソーの兵士の後ろを、護衛対象を連れて走っていた。集中するために、千里眼は自分達の進行方向にしか展開していない。


今回、ウルカーンの街に忍ばせていた1000は、その後、同郷の奴隷やら地下に潜っていた有志やらを吸収し、1500程度になっていた。


そのうちアイリーン率いる1000は、1万近い王都防衛軍を無力化するべく、東の城門に奇襲を掛けていた。


上手くいけばマツリ達が外からも攻撃を開始するため、寡兵とは言え十分に仕事をしてくれるだろうと思う。


懸念されるのはエアスランの介入だが、そっちはケイティとバルーンにけん制を頼んだ。喜んで引き受けてくれた。あの二人は何時のまにか仲良くなっていた。


あとは、この500が王城を占領するだけ。この国の近衛兵は500程である。それは自分でも確かめた。昨日、援軍が合流していたが、それは東の城門防衛の方についた。なので、ここを守るのは500のままだ。


後は、エリートの近衛兵と、歴戦のグリフォンとの勝負だ。今はグリフォンというより、ぬえだけど。


東の戦闘をおとりとした闇夜の襲撃者。楽隊もなく掲げる旗すらない。どこからともなく現われる、姿の無い復讐者だ。


鵺が貴族街を駆ける。この街には、国王派の貴族の屋敷もあることだろう。屋敷の中から、外を伺う気配もある。だが、その全てを無視して王城に進む。この屋敷群は、領地持ち貴族らの王都住まいの言わば別荘だ。見方を変えれば、国に差し出している人質みたいなもんだ。無理に攻略する必要はないし、略奪なんてしている暇は無い。


狙いは王の首だからだ。ここの戦線に、俺とビフロンス、そしてハルキウがいる。


あっという間に王城に着く。入り口の橋が跳ね上げられている。夜はいつもこうするのか、それとも気付いていたか。


さて、どうしよう。俺が手を出せば直ぐにでも跳ね橋を降ろすことができる。橋の先のレバーを降ろすだけだからだ。だが、それをすると敵が俺達に気付く。


そんなことを思っていると、先陣が躊躇せず攻撃魔術を放つ。


もの凄い轟音がする爆発で、跳ね橋の吊り上げ装置が吹き飛び、橋桁が降りてくる。


跳ね橋のギミック意味ねぇと思いながら、そのままお城まで走る。


む!?


先陣が跳ね渡り始めたとき、その左右から何かが落ちてくる。


大きな杭? 何だあれ。


先ほどの攻撃魔術の数倍の振動と轟音を発し、鵺の数体が橋ごと吹き飛ぶ。


トラップか。敵もそこまで無能ではなかったか。


爆風で体がばらばらになっている。せっかくここまで生き抜いて、聖女の魔術で五体満足になって、あと少しだったのに。


隣のビフロンスが立ち止まる。


「外道」


外道? 確かに彼女はそう言った。


目をこらす。


入り口を守る城壁の上には、先ほどの杭を抱えた数人の兵士がいた。


あの杭には、人が付いている。紛れもなくヒトだ。縛られ、顔からコードの様なものが出ている。


「アレは、何だ?」


「強制自爆装置」


ビフロンスは、これでもかというくらい凶悪な顔をした。

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