第232話 大将首と水壁戦術


小田原亨は、カッターと呼ばれる魔道具を操りながら、これはウインドサーフィンに似ているなと思った。


若い頃はウインドサーフィンの経験もあった。休日の鎌倉海岸の他、小笠原諸島まで旅行に行って遊んだものだった。


小田原亨が物思いにふけっていると、「お前、上手いな!」と、同じくカッターで併走する女性が言った。彼女の腹筋はシックスパックに割れており、背中や両腕、それから両足にも素晴らしい筋肉が付いていた。


背も高く、筋肉の付き方もバランスが良い。筋トレで見栄えが良いように付けた筋肉ではなく、武道や格闘技などの鍛錬で身につくようなタイプの筋肉だった。初めて彼女を見た時、小田原亨は嫉妬した。このすばらしい筋肉は、一体どのようにして手に入れたものなのかと。同時に、その持ち主に興味が湧いた。どれほどまでに凄い戦闘能力があるのかと。


だから、お前を信用するためには自分と戦えと言われた時には、正直嬉しかった。


再びこの島に転移したのは、昨日だった。


出張先のパラオから戻ってきたら、「出張よろしく」と言われた。どうも他の二人はすでに行っているようだった。


パラオで倒した怪異もなかなか強かったが、いきなり出現したと言われるあの島の方が、もっと強いやつがいる気がした。


それ故に、小田原亨は、人使いが荒いしずくの依頼を拒否しなかった。だが、転移した先がモンスター娘達が入浴中の露天風呂だったのには大層驚いた。


覗きと思われて、一瞬で犯されそうになったが、そこにジーク達がいて助かった。


犯されるのは許して貰えたが、どうも納得がいっていない人物がいて、いきなり決闘になってしまった。


風呂上がりで高揚した肌、何故か全裸で構えを取る大柄な女性がそこにいた。恥も外聞も無いのかと小田原亨は思ったが、その筋肉が見事過ぎて、エロを通り越して芸術の域に達していると感じたため、考えを改めて相対することができた。


決闘の相手は、カシャンボ娘のレイテといった。


自分に勝てば体を好きにしていいぜと言われたが、残念なことにそれでモチベーションは沸かなかった。


その身体能力は相手にとって不足無し。決闘は受けることにした。自分がアタッカーなら、相手はサブミッション、いや、クラッシャーと言ったところか。ローキックでけん制しようが、正拳突きを顔面に叩き込もうが、かまわずタックルを仕掛けてくる。


最後は本気の手刀を延髄に叩き込むことに成功したが、それすらも効かず、強引に胴体にしがみつかれ、最後には背中を取られて担ぎ上げられたため、そこで試合い終了の号令が掛かった。


一見暴れ馬に見えるレイテだが、魔王軍の将軍を務める不思議なヘアースタイルをした女性の言うことはちゃんと聞くようだった。勝負はレイテが勝ったのだから、それが聞き分けが良かった理由なのかもしれない。


と、言うわけで、小田原亨とカシャンボ娘のレイテは仲良くなった。だからこうして、小田原が戦場に行くと言ったとき、レイテも行くと言って、二人してカッターに乗って戦場に移動している。このことは、魔王軍の将軍も異論は言わなかった。おそらくだが、三匹のおっさんの一角である小田原亨の監視を兼ねているものと思われた。


「ああ、もう戦闘が始まってしまっている」と、レイテが言った。


「あれ、味方が包囲されてるのか?」


小田原亨の視線の先には、大量の騎兵が何かを取り囲む様が見えた。


「水で城を造るって言ってたから、籠城してるんだろう。包囲されてるには違いない」


小田原亨は籠城という言葉を聞いて少しいぶかしんだが、それは押えて「どうしたものか。助けに行くべきなのか?」と言った。


「お前、魔術戦に詳しくないな。白兵戦力が要塞の外側に二人増えたところで、中のヤツラの邪魔になるだけだ」


確かに、城から遠距離魔術で敵を遊撃している最中、それに近づいても邪魔かもしれないと小田原亨は考えた。


「そうか。お前は、どうすればいいと思う?」


レイテは、にやりと口角を上げて「大将首だ」と言った。


レイテの視線の先には、100人ほどの歩兵で守られた本陣らしき集団があった。


小田原は、「なるほど」と言って、こちらもにやりと笑った。



◇◇◇


ウルカーン王都防衛軍の本拠地は、東側防塁の途中に築かれた砦にあった。


その展望台に上って野戦を望遠鏡で観察していたリチャード将軍は、なかなか敵を制圧出来ない自軍の騎兵隊にいらだちを募らせていた。


「何をやっている。鎧袖一触ではなかったのか!」


「相手は精鋭を集めていたのでしょう。水の壁? でしょうか。我々の炎に対抗するべく、ララヘイムから水魔術の援軍を迎え入れているのでしょう」と、副官。


「そんなことは解っている! ちっ。まあよい。目の前の300が精鋭なら、後ろの3000は烏合の衆だということだ。バッタ男爵も王に反旗を翻したマツリというヤツもさらし首にしてくれる」


「一応ですが、援軍を向かわせた方がよろしいかと。あの水の壁を騎兵のみで抜くのは骨が折れましょう」と、副官。


「ふん。それは私も考えていたことだ。弓兵300と歩兵500を援軍に向かわせろ」


命令を聞いた副官達は、慌ただしく準備に取りかかる。


しばらく経つと、城門が開き、そこから武装した兵士が行進を開始する。目標は数キロ先の戦場だ。本来は数日後に到着する予定のスイネル軍を撃つために準備をしていた兵士達である。士気も練度もまずまずであった。


リチャード将軍は、自分の足元から出陣する自軍の兵士達を見下ろしながら、ワインを口にする。今は夕食の時間のようで、テーブルに並べられた料理に舌鼓を打っていた。実際、太陽はもう地平線の彼方に沈もうとしており、彼は自分の部下達の戦いぶりを眺めながらディナーを楽しむつもりでいた。


「ん? おい。城壁の上に兵士がいるぞ。誰が指示を出したんだ?」と、リチャードが言った。


「いえ。最小限度の監視しか指示していません。敵はカメのように固まっておりますれば」


「そうだが、あれは一体」


砦から続く城壁の上には、百人くらいの兵士がいるように見えた。


がちゃりと扉が開く。通常は、門番がノックをするはずである。


リチャード将軍と副官数名が扉の方を見る。


そこには、白い軍服に身を包む細身の人物が一人で立っていた。細身の女性で、目付きが悪かった。


それを見たリチャードは少し目を細め、「お前は、誰だ? どこかで見た顔だな」と言った。


「学園の性悪女ですわ。リチャード王子?」


目付きの悪い人物がそう言うと、彼女の後ろからずかずかとガタイのよい男達が入ってくる。


「学園? そういえば、ステファンの元婚約者、まさか」リチャードは、そう言って、目の前の人物が何者なのか理解する。


砦の足元で、爆発音が鳴り響く。


城壁の上に布陣した謎の兵士達が、出陣中の軍隊に後ろから攻撃魔術を放つ。


「こいつが防衛軍大将の王太子よ。討ち取って」


白い軍服の人物がそう言うと、周りの男の一人が黙って剣をすらりと引き抜く。


何の抵抗もないかのように、一刀両断で頭が割れた。


「マツリ将軍がここに来るまで籠城」


周囲の男達は、無言で部屋を出て行った。



◇◇◇


「火の手が上がった。アイリーンさんだ」


水の城からウルカーンを眺めるマツリがそう言った。


「マツリ将軍、敵の本陣もおかしいよ」と、休憩中のマルコが言った。魔道具を握り絞めて魔力を回復させている。


「さっきのカッターじゃない? モンスター娘が我慢仕切れず突撃したのかな」と、ネム。


「嬢ちゃん、敵の勢いも収まったぜ。完全に攻め手を欠いている。夜だしな」と、スパルタカスが言った。


今は散発的に襲ってくる敵をチータラ将軍率いる重装歩兵ががっちり止めて、自在に水の壁を動かせる水魔術士と抜刀隊数名のペアで襲撃するという連携で完全に敵を防いでいた。ただ、マツリ将軍側も積極的に攻めていなかったため、ほとんど膠着状態になっていた。


「よし。作戦第二段階に移ろう。カシューさん、ゴンベエさん、それからパイパンとバターを連れてきて」



・・・・・


ばうわう! 西の空が僅かに白い黄昏時に、白銀のフェンリルが舞う。


水の城を取り囲む騎兵達の後方をかく乱するように、荒野を駆け回る。


フェンリルとは別の角度より、もの凄い速さが闇を切り裂く。移動後には炎、氷、風の刃、猛毒、ありとあらゆる災難が敵兵に降り注ぐ。


「カシューさん、今!」


後方かく乱を見届けたマツリが叫ぶ。


「動け! 水の壁。全速前進!」


バッタ軍を囲んでいた水の城が、両翼に形を変えながらウルカーンの方に進んでいく。


死屍累々の荒野を乗り越えながら。


「ありったけの魔術を撃ち込んで。ウルカーンを落とすよ!」


マツリは、掲げる戦猫旗を前方の街の方角に指した。その街からは、強烈な炎が吹き荒れていた。

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