第231話 羽音のないグリフォンと水の城


お、おおお……


お城だ。城ができとる。作戦は聞いていたが、思った以上にお城だった。


荒野の一部が沼地になっている。即席とは言え、立派な沼城のようだった。しかも相手は騎兵。弓兵もいないし、攻城兵器も持っていない。


俺は空から千里眼で見ているからお城だと分かるが、地面を走る騎兵達は、単に水の壁で防御している位にしか思わないだろう。


騎馬兵とは、馬が駆ける音と振動で高揚感が湧く。自分達が最強だと思ってしまう。騎乗突撃はもの凄いプレッシャーを相手に与えるのかもしれないが、突撃する兵士は恐れを忘れて一気に敵に肉薄してしまう。それは戦場において良い効果を生み出す場合があるが、それ故にこの罠との相性は最悪かもしれない。


早速、敵騎兵の一部が泥に足を取られて転倒する。後続が何騎か巻き込まれる。流石に敵も気付き、地面が固そうな所を走る。


だが、その通路は狭くなっていて、通ろうとすると、沼地の先から攻撃魔術を喰らう。壁に開けられた小さな穴から火炎放射を喰らう。後ろからランニング・ファイアバードが追いかけてくる。


ようやくバッタ軍に近づいたかと思うと、異常に堅い重装歩兵にがっちりと止められる。足が止まった隙にこれまた炎やら雷やら氷やらが降り注ぐ。倒した敵は水の壁が呑み込んで排出していく。


これはいじめだな。うん。いじめだ。


しかもこのお城、沼地を越えた先に広い空間がある。これを設計したヤツは、絶対に性格が悪い。誰だろう。マツリやネムではない。チータラ将軍やゴンベエだろうか。 違う気がする。ビフロンスかなぁ、いや、息子を殺されたファンデルメーヤさんかもしれない。彼女は後詰めのスイネル軍にいて最前線にはいないが、ウルカーンにはさぞかし恨みを持っていることだろう。


案の定、広間に騎兵が集まってくる。どこにも行き場が無いからどんどん人口密度が上がってくる。


あらぁ。これはまさに殺し間。騎兵ほいほい。


千里眼で見下ろしていると、空に無数の火球が発生する。あれはカルメンのファイア・メテオだ。


ウルカーン騎兵も、自分達が得意な炎に焼かれるなんてな。かわいそうになってきた。


「何してるの?」と、アイリーンが言った。


千里眼から見下ろす戦場に釘付けになっていると、いきなり隣で声がした。


「いや、ごめん。マツリの方を見てた」


アイリーンはジト目になって、「それで? どう?」と言った。


「勝つんじゃないかな。300対1500だけど、魔道士戦は、実は数じゃない」


戦争は数かもしれないけど、局地戦は実は魔力量と魔術士の質で決まる。敵さん、俺達が持っている魔道具と魔力量を見誤ったな。


というか、今回の俺達の軍の本体は、じつはマツリ将軍の300なのだ。そもそものバッタ軍は200しかいない。それにチータラ将軍率いる精鋭100を合流させ、本気でウルカーン軍の撃破を狙う。なお、チータラ将軍は別に国を裏切った分けではない。元々神獣アナグマの契約者として、神獣に忠誠を誓っているだけだ。アナグマとミケはウルカーンの神獣であるからして、彼にとって今のバッタ軍こそが官軍なのである。


「あらそう? では、私達も頑張らなくちゃね」と、アイリーンが言った。


今日は白い将軍服にポニーテールだ。うなじが可愛い。


「グリフォンは元気?」


「もう元気元気。もうずうずして、奴隷を沢山かき集めて訓練してたみたい」


「奴隷? ひょっとして、増えてる?」


「増えてる。だって、安いんだもん。奴隷」


ここでいう奴隷とは、要はジュノンソー公爵領の元住民達の事だ。それらを集めて武器を渡したら、即席の兵士になるのだろう。


だいたい公爵という大貴族は、忠誠を誓ったり心酔している人物の一人や二人は抱えているし、地下に潜っている人、スパイなんかもいるだろう。密かに援助してくれる商人もいたのかもしれない。書類上奴隷に落とし、当主を処刑、娘を性奴隷にしたところで、権力というものはなかなか死なないのだ。舐めすぎている。


「そっか。じゃあ、行こうか」


ここは、ウルカーンの街中だ。怪我から復帰したジュノンソー系の兵士1000は、少しずつウルカーンに移動させ、潜伏させていたのだ。城門を裏から破り、一気に城を落とすために。


だから、今更聖女の要塞をエアスランが包囲して兵糧攻めにしても、何の意味も無かったりする。


「分かった。その前にキスして」


アイリーンは真面目な顔をしてそう言った。戦争が終わっても、自分を忘れるなってことだろう。俺って信用されてないな。


俺は、柄にもなくどきどきしながら、ゆっくりと目を閉じる彼女にキスをした。



◇◇◇


マツリは、100メートル四方の殺し間に密集する敵の騎馬兵を見下ろしながら、隣のカルメンに放てと言った。


その瞬間、彼らの上空に無数の火の球が出現する。


高レベル炎魔術、ファイア・メテオだ。


だが、相手も炎の騎士。ウォール・アイスほどではないが、各々のプロテクションや炎系の魔術で火の球を相殺するなど、かなり善戦している。


これはしぶとく生き残るかも知れないとマツリは思ったが、今は作戦中だ。のんびりはしていられない。


「抜刀隊、準備して」


マツリがそう言うと、近くに控えていたスパルタカスとネムがお互いを見合わせて、すらりと剣を抜く。


その後ろには、50程の歩兵、そしてフェンリル狼のバターが続いていた。


さらに、マツリの足元には、一匹の猫がいた。体長1メートルほどの大きな猫だ。


「ミケ様、お願いします」と、マツリが言った。


ミケは、まん丸の目で周囲を見やり、二本足で立ち上がって「にゃー」と鳴いた。


抜刀隊にざわめきが起きる。自分の腕を見つめる者、剣を掲げる者、雄叫びを上げる者、何故か鎧を脱ぎ捨てる者、反応は様々である。


戦神のバフ。


今ここに防御と攻撃のバフが同時に掛かる。これこそが失われたはずのウルカーンの至宝であり、ウルカーン軍を大陸最強と言わしめた理由なのである。


戦猫旗せんびょうきを掲げよ!」


マツリがそう叫ぶと、伝令兵が待ってましたとばかりに特別な旗を掲げる。


それは猫のシルエットが描かれた伝説の旗。かつてウルカーン軍であることを示すために使用されていた錦の御旗だった。


鬨の声があがる。


「我らこそがウルカーンだ! 総員、賊軍を撃て!」


マツリが叫び、目の前の水の壁に通路が開く。


そこから、抜刀隊が飛び出した。閉じ込められた騎兵に向けて。



◇◇◇


「うっそぉ。今の防ぐ?」


空を飛びまわりながら、魔術を放つはロケットおっぱい。


ウルカーン王都防衛軍の騎馬兵の一部は、流石にここの防御が異常と気付き、騎馬を降りて手堅く攻める一団が現われていた。


沼地を回避し、水壁の陰に隠れ、手薄な場所から侵入しようと試みる猛者達がいた。


そんなイレギュラーな強者に対処している一人の女忍者がいた。


「貴様、エアスランの忍者だな。こいつら、敵を引き入れよって」と、ウルカーンの騎士が言った。


ゴンベエは、「失礼な。私をエアスランと一緒にしないでね」と言って、炎を纏う騎士に電撃を放つ。


敵騎士は一瞬痺れるも耐え、剣を構えてゴンベエの方に走る。


「何処にも、惜しい男っているんだけど、これって戦争なのよね」


ゴンベエが空を走る。それに相対する炎を纏った騎士が、微妙に動いた地面に足元を取られて体勢を崩す。ゴンベエはその隙に懐に入り込み、鎧の隙間に短剣を突き刺す。


その騎士は地面に倒れたが、顔色一つ変えずにゴンベエを包囲しようとにじりよる騎士が10名ほどはいた。


「あ~あなたらって、強いわ。敬意を表して、本気で殺してあげる」


ウルカーン軍の地上の騎士は、即席で陣を組んでゴンベエを仕留めようと試みる。


「ファイア・ウォール!」


「インフェルノ!」


「上だ! ファイア・ランス!」


上空を飛び跳ねる女忍者に向けて、得意の炎系魔術が放たれる。


穿孔さっこうの貝!」


上空のゴンベエがそう叫ぶと、空に夢中になっていた敵兵の足元が、一気に崩れ去る。


それは落とし穴で、深さは2メートル近くあり、鎧を着込んだ兵士らが上がるのは困難な深さに思えた。


「炎の蛇!」


10名程度が閉じ込められた落とし穴に、炎の蛇がぬるりと降りてくる。


超高温で燃える蛇は、瞬く間に穴の中の酸素を消費し尽くし、熱で焼き殺す以前に、一息で兵士全員の意識を刈り取った。


ゴンベエは上空に留まったまま、敵が息絶えたことを確認すると、戦闘音のする方に駆け出した。



◇◇◇


カシューは悲鳴に似た叫び声を上げながら、「こうなると私らって、あまり役に立てないよね」と言った。


水の城の外では、突撃を阻まれた大量の騎兵達が、馬から下りて攻城戦を開始していた。魔術を放物線で放ちながら、隙を見て接近を試みており、味方にはバフが効いているとはいえ油断ならない状態であった。また、殆どの騎士は、水魔術士の氷系攻撃魔術を警戒し、炎を纏うような防御系の魔術を使用していた。


「大丈夫です。この戦場もあの方が見ています。いざとなれば、どうとでもなさるでしょう」と、サイフォンが言った。


「でもさ、あの人って、戦争は可能な限り当事者が戦わないといけない、とか格好つけてさ、結局私らが戦ってますよね」と、カシュー。


「あの方が言うことにも一理あります。ウルカーンの王族と敵対貴族全員をあの方の力で暗殺したとして、国が纏まるかという話です。城様は、この戦争の次を見ていらっしゃるのです」と、サイフォン。


「分かっちゃいるんですけどさ、相手も強いよ。ネオ・カーン軍とはレベルが違いすぎ」


「そりゃ、首都防衛軍ですからね。練度も魔道兵の質も違います。ですが、魔力も体力も無限ではありません。バフを頂きながら籠城する我らが有利。そろそろ戦局が動きますよ」


「はあい。もうすぐ夜だけど、これ、このまま続くんでしょうかね」


「私達は敵の目の前で籠城しているのです。昼も夜もありません」


「あの、サイフォンさま、東の荒野より接近する何かが確認されます」と、監視役の水魔術士が言った。


「東の荒野ですって? それならば、友軍かも。連絡はなかったけど」


「速度的に騎馬かな。数騎です」


「数機の騎馬? ひょっとして、モンスター娘のどなたかが我慢出来ずに介入してきたのかしらね。だめだって言ってるのに」


「見えました。あれは、カッターです。風魔術で動くアレです。2騎です。2騎います。この角度は、うちらのお城ではなくて、敵本陣? いやまさか」


水魔術士軍団は、いきなり現われたカッターをいぶかしがったが、今はそれを見届けるしか選択肢がなかった。

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