第230話 進軍! ウルカーン攻防戦


ウルカーン王都防衛軍の司令室に、早馬からの情報が伝わる。


「バッタ男爵軍がウルカーンに向けて進軍だと? 何を考えている?」


司令室の上座にいてそう言ったのは、ウルカーン第一王子にして王都防衛軍の将軍を務めるリチャードだ。


「バッタ軍300が、後続のスイネル軍3500を待たずして廃村を出陣。情報から推察しますと、早ければ本日中、途中休憩を取ったとしても明日にはこの地に現われることになりますな」と、副官の一人が言った。


「馬鹿な。今のウルカーンには、近衛兵だけでも500はいる。王都防衛軍は今で8000、今日中には直轄領から2000が合流し、一週間後にはさらに5000が加わる。腰の重い貴族どもも勅命を見れば直ぐに万単位の軍を出すだろう。それを僅か300の男爵領軍が進軍? 笑わせる」


「して、いかがいたしましょうかリチャード将軍」


リチャードはにやりと笑い、「蹴散らそう。我が軍は負けが続いている」と言った。


「そうでございますな。合流される前に各個撃破してしまいましょう」


これまでのエアスラン戦は、最初のネオ・カーン戦の後は、主にアイリーン・ナナセ子爵やチータラ将軍、第二王子のステファンが指揮を執っていたため、第一王子のリチャードは初陣であった。

リチャードは、大軍対大軍の争いの前に、局地戦で勝利し、勢いを付けたいと考えており、そのことに他の副官達も異論は無いようだった。


「相手は騎馬300。こちらも騎馬だな。騎馬1500を出すぞ。野戦で蹴散らしてやる」


「昨日より、南のエアスラン軍が聖女の要塞を包囲していますが、そちらはいかがいたしましょうか」


「ふん。あいつらは良い条件で講和したいだけだ。宗教が異なるウルカーン王都が欲しいわけじゃない。第一、あそこにはバッタ男爵本人や寄り親のエリエール子爵もいる。裏切り者どもだ」


「チータラ将軍もいますが」


「チータラ将軍は負傷している。将軍に与えられていた兵士もすでに100人程度と聞いている。使い物にならんさ」


リチャード将軍は、王都防衛隊8000人のうち、対エアスラン用に揃えていた騎馬1500をバッタ男爵軍に差し向けることに決定した。ウルカーン東部に広がる平野を決戦場と想定し、早急に城門を越えて陣を敷くよう指示を出す。


ところで、その様子を窓の外から見下ろしていた毛むくじゃらの動物が、にゃあと鳴きながら大きなあくびをした。




◇◇◇


「にゃー(敵が動いた。騎兵1500で野戦だ。予想どおりだな)」


「ありがと。マツリ、騎兵1500だって」と、猫を抱えるパイパンが言った。


愛馬の下顎を撫でていたマツリは、こくんと頷く。


「ネム、マルコ、ゴンベエさん。小休憩が終わったら行くよ。今日、戦いになる」


名前を呼ばれたメンバーがマツリの方を向いて頷く。


「おいおい、マツリ将軍よ。俺を忘れちゃいねぇか」と、イケオジ。


「忘れてませんよスパルタカスさん。頼りにしてます」


「おうよ。騎馬兵なんて移動力だけだ。野戦なら歩兵が最強に決まってる」と、スパルタカスが言った。


「今回、3000」とマツリが呟く。質素ながらも女性の体に合わせた綺麗な鎧に身を包んでいる。


マツリの近くには、フードを深く被ったメンバーがいた。10人ほどの女性と、そして大柄な男性だ。


ネムはすらりと剣を鞘から抜いて見せ、「どんな強者も、首を切ったら死ぬ」と言った。


「あらネムちゃん。あの人、首が外れても生きてたよ」と、ゴンベエが言った。


「あの人、人間じゃありませんから」と、マルコが応じる。


「あの、僕、そんな話をしてるんじゃないんだけどさ。まあ、いいよ」と、ネム。


「ふふ。あの人、人間じゃないって思ってた。私、人間を好きになれそうにないから、ちょうどいいか」と、パイパンが言った。


「ばうわう(アイツが人間じゃねぇのは同意だ)」


「バターちゃん。よろしくね」と、パイパンがにこりと笑って言った。


バターは「わん」とだけ返した。


「よし、小休憩終わり。みんな、進軍開始!」


マツリはそう言って、自分のスレイプニールに跨がった。



・・・・・


砂が舞う荒野。その夕方に、敵の陣容が見えてくる。


数キロ以上先の荒野に、500ずつの騎馬が3つの塊を造っている。


中央には歩兵も見える。この野戦の本陣と思われた。


「まだよ。もう少し進んで!」


マツリが先頭で叫ぶ。バッタ軍300は、マツリに付き従う。自分達の5倍の敵兵に青くなっている兵士はいるようだったが、取り乱すものはいない。


敵の両翼の騎馬隊が、少しだけ広がりながら前進した。包囲する意図だと思われた。


「密集陣形! 敵を引き付けるよ」


バッタ軍が僚兵同士の距離を縮め、そのままゆっくりと敵中央に近づいて行く。


「敵右翼が動いた!」


広がっていた敵陣形の一部が、大きく円弧を描くように密集するバッタ男爵領軍に迫ってくる。


「うう~ん。嫌な手ね。一気に攻めるのではなく、小出しにしてきた。偶然だと思うけど」と、ゴンベエが言った。


「仕方がないよゴンベエさん。まだ策はあるし。みんな! 騎馬から降りるよ! 急いで」


全軍一斉に騎馬や戦車から降り、密集陣形を組んでいく。


それは、寡兵であるバッタ軍が考え出した対騎馬戦用の用兵であった。


「騎兵突撃は怖くない。火魔術も我らには効かない。皆落ち着いて」


土埃を上げて迫り来る騎兵突撃を前に、先日勝利を挙げて士気が高いはずのバッタ軍に緊張が走る。


敵先頭の騎馬がバッタ軍の約200メートル手前までさしかかったとき、マツリが「今!」と叫ぶ。


「オッケー、マツリ将軍」と、水魔術士カシューが言った。


「ユニオン魔術、ウォーター・ウォール!」


敵進軍路を斜めに横切るように、水の壁が地面からせり出してくる。


それはただの分厚い水の壁であり、普通は大量の魔力を消費するだけの、役立たずな謎用途の魔術であった。


だが、大量の魔力が用意出来たとしたら、全く違う話になってくる。大量の水は、それだけで脅威なのだ。


敵騎馬の数体が水の壁を避けきれずに転倒し、後続の数機がそれに巻き込まれる。とっさに対応出来た騎馬兵も進路変更を余儀なくされ、やや密集しつつ、直線的にバッタ軍に向かう形となった。


お願い!」


「絶対零度砲、発射!」


5人の水魔術士から放たれる白い光線が、敵騎馬の密集地帯に照射される。


フードを深くかぶり歩兵の中に隠れていたのは、おっさんに忠誠を誓った水魔術の騎士、本来は後続のスイネル軍にいるはずのサイフォン軍団であった。


絶対零度の光線が密集する騎馬隊をなぞると、足が固まって転倒する騎馬、手綱を持つ手が凍って制御不能になる騎馬、顔面が凍って落馬する兵士が続出する。本来、ファイアウォールなどで効果を和らげることができる氷系の攻撃魔術であるが、高速で移動する騎馬には防ぐ術もないようだった。


「後ろの500も動いた!」と、マツリが叫ぶ。


両翼の残り片方も動き出す。戦場に出現した水の壁を避けるように、密集しているバッタ軍を目がけて突進を開始する。


最初に突撃した騎馬隊は、戦列を崩しながらも戦線から離れて行き、再度集合を掛けている。騎乗突撃をもう一度行うつもりのようだった。


さらに、中央で待機する騎馬500の縦横陣もバッタ軍に向けて陣形を微調整していた。


「あいつらは、水壁のいやらしさをまだ知らない」と、マツリの横にいるカシューが呟いた。


「カシューさん、魔力は大丈夫?」と、マツリ。


「大丈夫。パラス・アクア満タンだもん。それに、王様が他のも貸してくれたしね」


ララヘイムの王は、愛娘ファンデルメーヤの説得に応じ、大量の水魔力備蓄装置とエース級の水魔道士をスイネルに派遣していた。ララヘイム王は、ファンデルメーヤやサイフォン、そしてビフロンスが出会ったという謎のおっさんを異常に恐れた。ララの巫女の進言があったと言われている。要は、勝ち馬に乗った。ただそれだけのことだった。


「カシュー、水壁を動かして。あれを使うよ」と、サイフォンが言った。他の魔術士達は、魔道具で魔力を回復させている最中だった。


「あいあいさー。ゆけ! ムービング・ウォール! キャッスルモードだぁ!」


数百メートルの長い水壁が動き出し、。360度を囲む単純なものでは無く、低い壁を広範囲に展開しつつ、そこに隙間を空け、その先に曲がりくねった通路を設け、通路を抜けたと思ったら別の壁があるという構えになっていた。それは、まさにお城であった。


「出番かな?」と、大男が前に出る。後ろには、傷だらけの大盾を構えた数十名の重装歩兵がいた。上司に似たのか、殆どがにこにこと朗らかに笑っている。


「頼みます、チータラ将軍」と、マツリが言った。


チータラ将軍はにこりと笑い、大盾を掲げる。


「ウルカーンの神よ。神獣アナグマよ! 我らに守りを」


チータラ将軍がそう言うと、周囲の兵士にうっすらと光が舞い降りる。さらに、周囲の水壁も、僅かながら輝いているように見えた。


チータラ将軍の忠誠は神獣アナグマとウルカーン国家そのものにある。神獣ミケがウルカーンに付いた以上、彼の居場所はここにあった。もちろん、彼および彼の部下は全員聖女のお陰で生き延びており、それも、彼らがここにいる理由である。


「バフが掛かった。総員配置について! 殺し間を造るよ!」


マツリが叫ぶと50人ずつの6班に分れ、水壁の上や横に分散していく。


敵騎兵は、明らかに様子がおかしいバッタ軍に対し、突撃するしか選択肢が無かった。


騎兵突撃は、一度号令を発してしまうと、なかなか止まることが出来ないものだった。そこが、獲物を殺すことに特化した虎の口であるにも関わらず。

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