第229話 アトラス大陸争奪戦とエアスラン軍


C国……


アトラス大陸の西海岸、ティラネディーアの漁村近くに上陸したC国は、漁村の村長の同意を取り付け、早速入植を進めていった。


その地の一部をコンクリートの壁で覆ったり、迫撃砲、軽機関砲を持ち込んでトーチカを築いたり、また、狩りや漁を行ったり、着々と領有権を固めていた。極めつけは南米にいたC国系民間人を連れて来て、そこで自給自足の生活をさせることにした。もちろん、その民間人には、出産間近の妊婦も含まれていた。


そんな新大陸に出来つつあるC国タウンを歩きながら、「大成功だ。本国ではすでに新大陸の一部の領有が発表された。A国や日本は反発しているらしいが、負け犬の遠吠えだろう」と、迷彩服の軍人が言った。


随伴する人物が、「ここは食べ物も豊かで人間もお人良しだ。周囲の村は碌な武装もしていない。我々が持ち込んだ酒で何でも交換してくれる。人民を大量入植させるチャンスだ」と応じる。


彼は、急遽ここに派遣されてきたC国の党員幹部である。母国からは、このアトラス大陸への入植責任者を命じられている。


「まずは下手に出て警戒を解かせ、その隙に大量の武器弾薬と人民をこの地に運び込む。そして、しかるべき時に一気に周囲を開放する」と、軍人。


党員はにやりと笑い、「我々が一番乗りだ。この地は我らのものだ。他国は、指を咥えて待つことになる」と言った。



◇◇◇


R国…


「まだ国の決済が降りぬのか。あいつら、ぶくぶく太った豚どもめ。前線にいる我々をバカにしよって」と、軍艦のキャプテンシートに座る海軍服の男性が言った。


「本国も厳しいのだろう。これ以上の援軍はしばらく望めぬのではないか」と、別の男性。彼の方が、身なり的に上等で、上官のようだった。


「しかしですな。我が軍が反撃を受けたのですぞ。早く武器を補充せねば、ろくに探索も出来ません。相手は弓矢とはいえ、これが脅威なのですぞ。音も無く隠れられると、防ぎようがない」


「前線の兵士の半数が負傷してしまった。だが、敵は森の中だけだ。狩りを諦めれば、死にはしない」


「ですが、在庫が少なくなってきております」


「乱暴に扱うからだ。私は、大事に部屋で飼っておるぞ」


軍人は自分の部屋にいるものを思いだし、にやりと笑う。内地にいるときには絶対に味わえない快楽を、この船の船員達は手に入れていた。何時戻れるか分からない航海の消耗品としての柔らかい肉と穴を、特に身分が高い者は極上品を所有し、身分の低いものも仲間と使い回して楽しんでいた。


ひとしきり口を言ったあとは、艦橋にのんびりとした空気が流れる。敵は森から出てこない、出てきたとしても、陸から100メートル以上離れた鉄の船には、全く攻撃手段がないことは、彼らも気付いていた。


無線ががらがらと鳴る。流石に、のんびりした空気から少しだけ緊張したものになる。


「何? 本当か? その場を保て。直ぐに連絡する」


通信士が興奮気味に応答する。


艦長がどうしたのだと言いたげな顔で報告を待つ。


「艦長、行方不明だった兵が戻ってきました」


「何だと? どんな状態でだ」


「それが、数名のエルフを引き連れているとのことです。相手は武装していません。信じられないことに、彼はエルフの言葉が分かるようになったそうです」


「そんな馬鹿な」


「いや、島が人間毎いきなり出てきたのだ。どんな奇跡も今は信じるよ」


R国の軍艦が慌ただしくなる。




◇◇◇


昼前のエアスラン最前線基地に、煌びやかな鎧とマントに身を包んだ人物が、一際豪華な戦車に乗って入ってくる。


戦車と言っても馬が曳く戦車だ。その後、続々と騎馬兵、歩兵、輜重隊が続き、まだ未完成の基地に兵士が吸い込まれるように入っていく。


戦車の人物は乗り物から降りると、つかつかと陣地の中を歩いて行く。


出迎えの兵士がさっと敬礼し、「シャール元帥ようこそ」と言った。


シャール元帥は、「ご苦労」と言って片手を上げ、側近を連れて歩みを止めずに奥に進む。


シャール元帥が目指しているのはとあるテントで、移動中早馬で聞いたトラブルの主を訪ねるためだ。途中、案内の兵士が駆けつけ、あちらですと言いつつ、駆け足で案内する。


シャール元帥が訪れた先のベッドには、真っ青な顔をした軍師がいた。


シャール元帥はにこりと笑い、「元気そうだな軍師よ」と言った。


軍師は真っ白い顔で、「元気そうに見えるか?」と言った。


「少なくとも五体満足だ。どうせ食あたりだろう」


「辛いのだぞ。部下には死にかけたやつもいる」


「五千の援軍を率いてきた。使い方を提案しろ」


軍師はよろよろと体を起し、部屋の隅にあるテーブルを指さして、「目の前の要塞には1000人ほどの怪我人と、200人前後のエリエール子爵軍、それから150人ほどのノートゥン軍しかいない。ウルカーン本国には国王派貴族と呼ばれるやつらの軍と王直轄兵、それから近衛兵がいる。東からは3500人ほどのスイネル・バッタ連合軍が迫りつつある」と言った。


シャール将軍は書類に目を通しつつ、目線で軍師に話の次を要求する。


軍師は、「東の3500の狙いはウルカーン占領だ。うちではない。勝手に自滅してもらってもいいが、それだと、エアスランの取り分が減ってしまう」と言った。


「どうするのだ? あそこにいるノートゥン軍は、再三に及ぶ説得も本国に帰らなかった連中だぞ」


「歩兵1万で聖女の要塞に兵糧攻めを行う。あの要塞には1000人のお荷物がいる。輜重隊を止めると、あっという間に飢える。もちろん、撤退するなら、ノートゥン軍と聖女には我らから手出ししないことは再度勧告する。ウルカーンが落ちると同時にこの要塞を占領して我が国のものとすれば、ウルカーンは喉元に剣を宛がわれた状態となり、戦後、どちらが勝者となっても、多くの譲歩を引き出すことができる。さらに、同時に残り1万5千で内戦状態にあるジュノンソー元公爵領に進軍し、いくつかの村を占領しておくのだ」


シャール元帥は顔をしかめ、「戦線が伸びすぎないか? 補給が続かんぞ」と言った。


「今のジュノンソー領は人々が奴隷として狩られ、略奪が横行しているんだ。我らが開放したら歓迎されるだろう。食料も現地調達が可能とみている。スイネル・バッタ連合軍がウルカーン攻略戦を開始し、どちらかが勝者となるまで、可能な限りの村を押え、終戦後の講和を有利に進めるのだ。内政干渉が可能なくらいの権利を求めたい」


「それが、貴様が言う神命とやらに必要なことだと?」


「そうだ。ウルカーンには別世界からの敵が潜んでいる可能性が高い。それをあぶり出す必要がある」


「それから、いきなり現われたという謎のおっさんと見えない手による嫌がらせはどう対処する? かなり強力なスキル若しくは新たな神獣による力だと思われるがな。少なくとも、忍者が扱うカモメではないだろう」


「それに関しては、私が説得にあたり、いざとなれば雷獣様にお願いして排除を試みます」


「ふむ。切り札をここで使う訳か」


軍師と元帥の打ち合わせ中に、天幕の外が騒がしくなる。


叫び声、怒声、それから雷魔術の音が響き渡る。


「どうした?」と、シャール元帥が言った。


軍師はベッドの上で辛そうに「いつものことだ。ただの嫌がらせだろう。負傷者が出たのは初日だけだ。その後は一日に数度、見えない手が襲ってくる。毎回追い払うことに成功している。本当は、私が出てコンタクトを取りたいのだが」と言った。


数分後、いつものように、その騒ぎも収まる。


シャール元帥は書類をテーブルに戻し、「収まったか。とりあえず、暖かい食事を取りたい」と言った。




◇◇◇


夜、ベッドの中で日課のうん○遊びに励んでいると、しずくから念話の通信が入って来た。


しずくの存在を感じながら、心の中で会話を行う。


「今日はフランスの外交官が来たぞ」と、しずくが言った。


「へえ。何しに?」


「何しにって、フランスはアトラス大陸の近くに領土を持っている。直ぐに軍艦を派遣し、タケノコとコンタクトを取ったことは説明しただろう」


「そうだった。タケノコの本国って、もの凄そうだな。今バルーンさんって人が来てるけど、キャラバンのモンスター娘とは一線をかくす凄みがある」


「モンスター娘は放っておくと化け者級の強さを持つことがある。バルーンと言うヤツは私も戦った事がある。強いぞ」


「マジかよ。空を飛ぶってだけで強敵なのに」


「アレは反重力魔術で飛んでいるのだ。強力なバリアと土魔術も操りほぼ無敵だ。それでも、魔王軍最強ではないと言われている」


「すごいな魔王軍」


「今の魔王軍には、音魔術使いの小豆洗い娘や怪力無双のカシャンボ娘、超広域回復魔術使いのアマビエ娘がいるようだな。少数だがかなりの強兵だ。フランスが出会ったのは濡れ女娘に酒好きのマシラ娘だ。ゴクウと言ってな、タケノコ最強の一角だ。50年前は倒して封印するのに難儀したんだが、元気に復活しているようだな」


「マシラ娘のゴクウかぁ。おれ、オオサンショウウオ娘とか、アンモナイト娘とかが好きだなぁ」


「フランスもいつか後悔するだろう。そいつ、酒乱だからな。だいたいな、そいつら国の代表者でもなんでもない。人が言うことも全く聞かん。軍に連れて行ってもらえず、留守番していただけだろう。騙されてただ酒飲まれるだけだ」


「フランスそのこと知ってるの?」


「知らんと思う。聞かれなかったからな」


「そっか。まあ、いっか」


実害がただ酒だけなら、どうでもいい気がした。


「ところで、順調か? アメリカにUKに日本の内閣府の連中が毎日のようにうちに来るんだ。迷惑だから来るなというのだが、毎回タコの刺身と高級熟成味噌を持ってくるんだ。妖怪達にお裾分けしているんだが、そろそろ飽きてきてな」


「そ、そうなんだ。こっちは少し時間が掛かったけど順調。何やらエアスラン軍が動き出したけど、うちらの方が早いかな。もう王手だから」


「小田原がペリりューから戻って来た。どこかに転移させるか」


「バッタ軍の方がちょっと心配かな」


バッタ軍は、ゴンベエとスパルタカスが付いているとはいえ、総大将が若いマツリだし、ネムやマルコも食客として従軍している。ついでにカルメンもいるし、半数は戦争素人軍団なのだ。レミィはスイネル軍の方にいるし、ティラマトはまだ地上に出てきていない。


「分かった」


その後、2,3点の情報交換をし、しずくとの通信を切る。


その後、そのまま寝落ちしようとすると、あいつがテントにぬるりと入って来た。


「久しぶりだし、ね」


ギランか。今回こいつの役割は、ビフロンスの護衛だった。明日からの作戦では、俺がその任務を引き継ぐ。


聖女の防塁はケイティに任せ、マツリとネムとマルコの方には小田原さんがつく。三匹のおっさんが、再びこの大地に降り立ち、そして戦争を終わらせるために戦う。


最初放浪していただけのおっさんが、何とも大げさになったもんだ。


俺は、布団に入ってきたギランを抱き締めた。相変らずしなやかな体だ。戦争の事は、しばし忘れることにした。

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