第228話 エアスランの軍師とウルカーン王の焦り


日が沈んだ頃、漆黒のマントを羽織った人物が、数名を引き連れてエアスランの最前線基地に到着する。


早馬を出していたのだろう。彼らは、到着後速やかにエアスラン軍の本陣に通される。


「ふう。急で済まなかった。ああ、まずは食事を取ろう。遅くなると迷惑が掛かるだろう?」


マントを脱いだ最初の人物は、栗色のくせ髪を手ぐしで整えながら、兵士を気遣う。兵士は一礼して本陣から出て行き、代わりに栗毛の人物が設えられた椅子に座る。


その後ろの人物は、「悠長ね」と言って、マントを脱がずフードだけを取る。そこにいたのは、三白眼の少女。ずいぶんご機嫌斜めのようだ。


「待ってくれ。お気持ちは分かるが、焦っても何も改善しない。それにエア様は、ここに来てウルカーン攻めの中止を主張しておられる」


「エアは、人間に育てさせたからそんなことを言う」


エアスランの亜神と巫女は特殊である。


原始の四神は、ララは古細胞、ティラは粘菌、ウルは植物の総意、ノートは転生細胞の群体であった。太古の昔、原始の四神は、神敵との盟約により人格を封印して神獣に国の行く末を託した。ララヘイム、ティラネディーア、ウルカーン、ノートゥンの誕生である。


その四カ国から派生したのが他の三カ国。神獣リュウが統べる海洋国家リュウグウ、ウルから派生した老いない人の国家エルヴィン、そして、雷獣と風竜の2柱が守護するエアスランである。今のリュウグウはタケノコと名前を変えているが。


その後の神話は、外世界からの侵略より世界を守るために、多少の後付けをされて宗教として形作られていく。それは人が運営する国家として至極当たり前のことであり、実話を超越した神話として人々の間に広く語り継がれていった。


ここで一つ。エアスランの神獣と巫女は、他国と比べ特殊だった。


始めに雷獣と風竜があって、獣のはずのその二柱は、愛し合って子をなした。その子供の名前がエアといって、その後、ずっとエアが巫女を務めている。代替わりする他国の巫女と違い、エアスランの巫女は建国の時より同じ人物なのである。


神獣同士から生まれしエアは、果たして人間か否か。少なくとも、両親である神獣とは常に交信できるし、長寿故の知識の蓄積もあった。


故に、エアスランは不老不死のエアを巫女に据えた国家としての安定度はあるが、国家を守護すべき亜神は他国より一歩劣るという立ち位置にいた。そんな国だからこそ、いち早く貴族制を脱却し、中央集権国家への道筋を付けたのであろうが。


「実際問題、この戦争は我が国の勝利で終わるでしょう。ですが、これを機にウルカーンの奥底まで切り込んでおかなければ、神の意志は完遂できない。我が国の政治家も賛同しています」


「お前が言う神の意志とやらは、別世界からの侵略者の駆除というやつか? 本当にいるのかな。絶対唯一の神とやらは」


「もちろんです。神は、私に神命を与えてくださったのです」


「では、何故神敵は生きている?」


「神敵は、神の御心を知らぬ煉獄の中にいるのでしょう。神は、いずれ神敵すらもお救いになられる」


「まあよい。私は、行方が知れぬ風竜さえ確保できればそれでいい」


「はい。私はいきなり現われた謎の戦士とコンタクトを取ってみます。どうも転生者の可能性があります。彼も神命を受けた者であれば、必ずや私の理念を理解するでしょう」


「そうだとよいがな。我々は戦争をしていることを忘れるでないぞ」


エアスラン軍人と謎の少女がテーブルについて駄弁っていると、先ほどの兵士が戻ってくる。手に持ったおぼんには、湯気を立てる器が乗せられており、ほんのりとジャガイモと香辛料の香りがした。


「料理をお持ちしました軍師殿」


軍師と呼ばれた男は「おお早いな。助かる」と言いながらも、神妙な顔をして「スープだけか?」と言った。


兵士は青い顔をして「その、食料計画を暫定的に見直し、一回の食事の量を制限しておりますば、ご容赦を」と言った。


「そうか。食料庫が爆破され、その後輜重隊を増やしてはいたのだが、まあよい。我らも急に来たのだ。贅沢は言えぬ」


軍師は、温め直されたスープをスプーンで掬い、口に運ぶ。その様子を青い顔をしたままの兵士が見つめる。


「ふむ。美味い」と、軍師が言った。


兵士はほっとした顔をしたが、顔は青ざめたままである。とても緊張しているようだ。


「何時攻めるんだ?」と、隣の少女もスープを口にしながら言った。


「なあに、相手は毎日ここに嫌がらせをしてきています。カウンター作戦でいきましょう。明日にはシャール元帥も五千の援軍と共に合流します。その前までに、一手を打ってみせましょう」


「そう。作戦はお任せするけど、風竜の捜索だけはお願い」


二人の後ろでは、ついて来た側近らも同じ食事を取り始めた。



◇◇◇


玉座のウルカーン王の前に、頭を垂れる数人の男の姿があった。


「スイネル軍は義勇兵を吸収し、このウルカーンに向かっています。その数3000人。それに先立ち、『ナナフシ』よりバッタ男爵領軍がエアスランの占領する廃村を奪還。スイネル軍もそこに合流するものと思われます。それにごく少数ですが魔王軍が随伴しているという情報が入っています」


淡々とした口調で報告を上げるのは、この国の宰相、ローパー伯爵であった。


王は、「そうであるか。現時点では、スイネル・バッタ連合軍の目的は、エアスラン駆逐のように見えなくもない。だが、スイネルは、ウルカーンを恨んでいることだろう」と言って、虚空を見つめる。


その王に対し、精悍な顔つきの男が、「王よ。南はエアスラン、東にスイネルが迫っています。一方の有力貴族どもは、王都にはあまり兵を出しておりません! 頼みのチータラ将軍は大怪我で聖女の元に。ここは、講和を進言申し上げます。エアスランといち早く講和を行い、国王派の兵力を再編して裏切り者のスイネルを撃つのです。3000など、ものの数では無い」と言った。


王は少しあきれた顔をして、「早期講和は、無理だろうな」と言った。


「リチャード将軍、講和はすでに打診しているのです。戦後賠償は国王派貴族より出させ、国王直轄領の一部を割譲、下手するとスイネルはララヘイムに取られますが、それでも国王と国体はお守りできるはずなのです。ですが、戦力に余裕があるエアスランは、それを先延ばしにしてさらなる譲歩を迫っています」と、宰相。


リチャード将軍は「それを何とかするのが宰相の力量であろうが!」と言った。


ローパー伯爵は澄ました顔をして「せめてあと一太刀、敵に痛みを与えねば、講和のテーブルには座ってくれぬでしょう」と返した。


「だが、我が国はウルカーンだ。由緒正しきアトラス大陸最強の国家、今はたまたま兵が揃わぬだけ。エアスランもこれ以上の戦争は望まぬ。早期講和、いや、停戦でもいい。時間を稼いでスイネルの裏切り者どもを根絶やしにするべきだ」と、リチャード将軍。


「今の王都がスイネル軍に対抗するためには、王直轄領から全ての兵士をウルカーンに入れ、はせ参じない国王派貴族は破門にするという号令を発するくらいの覚悟が必要です。さらに、魔王軍には我が国の地下迷宮の探索権を与え、望めば王子の精すらも与えて中立を約束させる。最低でもそのくらいはせねば、負けるでしょう。魔王軍を敵に回すということは、国内にいるモンスター娘の傭兵は使えませんからな」と、宰相。


『王子の精』という言葉が出た段階で、この場にいる第五王子スルストの顔色が悪くなる。まだ15歳の若き王子にとって、望まぬ営みは王族の使命感より不快が勝るものであったようだ。


リチャード将軍は顔を歪ませ、「スイネルのバックにはララヘイムがいる! くそ。裏切り者が。絶対に許さぬ。王よ。直轄領からの徴兵と兵の招聘を。それから、日和見主義の貴族どもに号令を! 従わぬものは、ウルの巫女による制裁発動を要請します」


王は、「リチャードよ。それは総力戦になる。負けたら、国体の維持も危ない」と言った。


「ならばどうすれば良いと言うのですか! 父上、せめて直轄領の兵士は王都に戻すべきだ。直轄領を任せている第三王子に命じ、守りだけは固めさせていただきますぞ!」


ここにいるのは、宰相であるローパー伯爵、近衛兵団団長で現在王都防衛軍の将軍でもある第一王子のリチャード、まだ学生の第五王子スルストである。


王は、周囲が見えていないとはいえ、第一王子のリチャード将軍が言うことにも一理あると考えた。


ウルカーン国王は、リチャード将軍による直訴の結果、直轄領からの徴兵および早急な派兵、さらには国王派貴族へ挙兵を指示する勅命にサインすることになった。



・・・・・


御前会議後の王の執務室、王に呼ばれたローパー伯爵が部屋を訪ねると、第五王子のスルストが門番を務めていた。王子が門番というのも珍しいが、近衛兵にすら秘密にしておきたい会談なのだろうとローパーは考え、通されるまま王と謁見する。


案の定と言うべきか、そこには王の他に、見目麗しい二人の女性がいた。


ローパー伯爵は女性のことには触れず、「王よ。いかがなされた?」と言った。


「ローパーよ。アナスタシア王妃とフレデリカ王女だ。扉の外にいるスルストと共に、国外脱出を任せたい」


「王よ。国外とは何処であるか。魔王軍が来ている以上、地下迷宮すら安全では無い」


ローパー伯爵がそう言うと、王は机の上に置いてある一枚の植物紙に触れ、「本日、このようなものが届いた」と言った。


「これは、エルヴィンからの援軍要請? 王よ、一体何事だというのですか」


「海の外より、鉄の船が来襲したそうだ。応戦したが、多くの国民が狩られ女子供が連れ去られてしまったとある。エルヴィンはこれまで、侵略の意思を持たない森の民として、軍事魔術を保有してこなかった。それが仇となったのだ」


「王よ、あなたの狙いは、まさか」


「聖女の故郷、エアスランの忍者の里、魔王の出自もそれと聞く。日本だ。鉄の船に乗って、日本に亡命させるのだ。我が王族が生き延びるには、もはやそれしか無い」


王がそう言うと、二人の女性、すなわち王の妻と娘が悲痛な表情になる。


「王よ。鉄の船の国は日本とは限りませぬ。国体の維持は必ずや認めさせてみせましょう。思いとどまってくだされ。せめてティラネディーアか、エルの大樹の陰に逃げ込めば」


「ローパーよ。相手はララヘイムでもエアスランでもない。余が恐れるのはビフロンスだ。アレが巫女に戻ったとき、それは何処にも逃げ場がなくなるということだ。それならば、未知数の可能性にかけた方がよい」


「王よ。ビフロンスは慈愛の人だ。王が王としての責務を果たせば、きっと許してくれましょう」


ローパー伯爵は、王の指が僅かに震えていることに気付いた。


「頼む、ローパーよ。最早信頼出来るのはお前しかいない」


ローパーは顔を歪ませながら、王妃と王女の顔を見た。すがりつくような顔、ローパーは、最早この王族に未来は無いと考えた。


ローパー伯爵は、「分かりました王よ。ただし、王妃と王女だけです。王子はいけません」と言った。


王族の男子は、男系の子孫を残すことができる。ウルカーンを継ぐ者にとって、これほど邪魔なものはない。何処に逃げようとも、必ず追っ手が掛かり、王妃と王女ごと根切りにされてしまうだろう。逆に男子がいなければ、見逃される可能性がある。一部とは言え、愛する家族を守れる可能性は高くなる。


王は無言であったが、ローパー伯爵はそれを肯定の意味として捉えた。

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