第227話 援軍と再会と


少し、風のある夜。冷たい空気が気持ちいい。日課になりつつあるエアスラン軍料理人部隊との戦闘を終え、今はベッドの上だ。


『桜ちゃん? 元気だよ』


念話でそう答えたのは、ハマグリ妖怪のおしんだ。


『そっか。元気ならいいや。まだ高校生なのに仕事手伝わせてしまって済まないって言っておいて』


『分かった。でも、楽しそうだよ。最初は男の人の手を掴むのが嫌だったみたいだけど、慣れたんだって』


『そうか。お前達がいて助かる』


『なんだい旦那、いきなりそんなこと。あ、分かった。すっきりしたんでしょ』おしんは、そう言って、変な笑い声を出す。


『まあ、何だ? 変わり無いならいいや。じゃな』


俺は、おしんとの念話を切る。おっとりしているくせに鋭い。


さて、次は、しずくだな。俺は、腕にはめてあるお揃いの腕輪に魔力を通す。


数秒待つ、『何だ?』と聞こえる。しずくの声だ。


『いや、声が聞きたくなったのと、ちょっとだけ頼み事、ついでにそっちの様子も知りたくて』


しずくは、ふんと鼻を鳴らし、『頼み事とは?』と言った。


『ケイティ送ってよ。聖女の防塁。ナインも合流するし、ちょっと苦手な敵がいて』


『どうせ碌な事を考えていなさそうだな。まあ、いいぞ。お前達三匹のおっさんはそっちに送ってやろうと思っていたんだ』


『そういえば、それはいいんだが、俺、ひどい目にあったんだぞ。転移した先が全裸のおっさんだらけの部屋だったんだけど』


『気付いているんだろ? あれは何かが干渉したようだ。大方、自分の都合で不幸になった女を助けたかったんだろう。迷惑な話だ』


『そうなのか。やっぱり。そっちは変わり無く?』


『身内はいつも通りだ。ニュースは賑わっているが』


『どんな感じ?』


『C国とR国はその島の一部を領有したと主張している。R国に至っては、この島にはサタンがいると主張しているな。介入の口実だろうがな。C国は南米や南太平洋の島嶼国家を巻き込んで本気で領有を国際承認させようとしている。それからF国もタケノコと国交を結ぶことを発表したぞ』


まじかよ。


『というか、C国もR国もこの島に上陸してんの? それからF国がモンスター娘と?』


『上陸自体は本当のようだ。島の一部の領有は、自分達がそう主張しているだけだと思うがな。早く国家権力でそれを否定しないと、本気で人民を移住させてくる勢いだぞ。あ、それからK国がそもそもその大陸の大地は半島から飛んで行ったものだとの主張を始めた』


『まじかぁ。元気だなぁ。まあ、明日には王手一歩手前まで持っていけるかなぁ』


『ふう。まあ、


『やっぱり、そうだよなぁ。まあ、頑張るか』


『お前、私に話掛けてくるのは良いんだが、女を抱いた後は止めておけ。案外分かるものだと思う』


『そ、そうなのか。でも眠ってるし』


『女は怖いぞ』


俺の左手側の上には、アリシアが眠っている。やってしまった。すごく……盛り上がってしまった。張りとしなやかさと、そして柔らかさを併せ持った魔法のお肌だった。


『そうなのか。鈍感そうなんだけど』


『大事にしてやれ。花の命はって言うからな』


『分かった。また連絡する』


俺は、しずくとの通信を切りつつ、アリシアを抱き締める。


『待て、最後に一つ。あいつら、いつまで拘束しておくつもりだ?』


通信が切れる瞬間、しずくはそう言った。あいつら? あいつらか。忘れてた。インビジブルハンドで右腕と体を固定させたままだったやつらがいたな。


俺は、急いで娘らに狼藉を働いていた集団のインビジブルハンドを消した。ちょっと元気がなくなっていた人もいたが、気にしないことにした。その時には、しずくとの通信は終わっていた。


腕の中で、アリシアが寝返りを打った。



・・・・


朝、上半身を起したアリシアが寝癖のついた髪を手櫛で直す。


「クリーン使ってやろうか?」


「いや、同僚メイドに頼む。上手な子がいるんだ」


俺が、とりあえず乱れた髪をポニーテールにしているアリシアを見つめていると、視線に気付いたのか「何だ? もう一回するか?」と言った。


「朝からは疲れるだろ?」


「そうだな。初めてだったしな。口でもいいぞ。飲んでやる」


「ちゃんと朝飯食え」


身支度を終えたアリシアは、俺にキスをして、そして天幕を出て行った。


千里眼発動。要塞は変わり無し。敵陣も、まあ変わり無し。腹痛の人だらけになっているかと思っていたが、みんなぴんぴんしている。胃腸は鍛えられているようだ。食料もまだ足りている。というか、普通に輜重隊来てるし。まあ、俺の役目は彼らの足止めであって、飢えさせることではない。


俺は、重武装した兵士が守っている調理テントに近づく。もちろん、千里眼とインビジブルハンドで。


昨日、俺は三食とも出陣した。またメシをこぼすと思っているのだろう。完全武装だ。


「来たぞ! メシを守れ!」


ばれるのは計算どおり。ちゃんとした術者が見張れば、俺のインビジブルハンドの接近は案外ばれる。ただ、今回は、そういう魔術的なものではなく、彼らの頭上には、無数の空飛ぶウン○があったのだ。


鍋に放りこんでやる。


「うわぁあ。やめろ、止めてくれ」


「ぎゃあ!」


気付かれずに入れたら、こいつらは普通に食う。火を入れているからか、普段鍛えているからなのか知らないが、お腹も痛くならない。ならば、目の前でぽちゃんと入れてやったらどうだろうか。


ブツがぽちゃんと音を立てる。


「くそ! こいつ絶対ゆるさん。絶対にだ!」


御飯に罪はないが……


ぽちゃん。ぽちゃん。


さて、鍋の半分にだけ入れてみた。こいつら、これをどうするだろうか。俺は、うん○を掴んでいたインビジブルハンドを消し、千里眼のみになる。


「ぐう。逃げたか」「どうする? 造りなおす食料はないぞ」「火を通せば大丈夫だろう」


「分かってるな」「ああ、俺達だけが、大丈夫な鍋を知っている」


醜いなぁ。自分達だけ安全な鍋を食べようとしていやがる。


嫌がらせを終えた俺は、天幕を後にして本陣に向かうことにした。



◇◇◇


おっさんがうん○で遊んでいる頃、聖女の要塞と呼ばれる陣地のとあるテントの中で、一人の女性が遅めの朝に目を覚ます。


モンスター娘のバルーンだ。昨日は一日中、ショタと楽しみ続け、少し疲れたために仮眠を取っていたのだ。目覚めたバルーンは、テントの中に充満するむせ返るような男の匂いを堪能しつつ、今日も可愛がってやるかと地面に転がしておいたショタを探す。そこには、両手を腰の後ろで結ばれたショタが昨晩のままの格好で転がっていた。


バルーンはにやりと笑い、ショタのあそこを足の平で踏みつける。風竜ショタはびくんと体を跳ねさせる。その姿を見たバルーンは、ショタが惨めだとでも思っているのだろうか、ニヤニヤと笑いながら刺激を続けていく。


「む?」


歴戦の魔道兵であるバルーンは、空間に違和感を覚える。そして、その違和感には思い出があった。


「あ、あ、あああ」


空間が割れる。バルーンは、歓喜に震えているようだった。背中と両腕に生えている羽根がざわざわと動く。


「こいつは、あれか? アイツか? アイツの空間魔術なのか? またあいつが出てくるのか? 今度は負けねぇ。50年前の恨みを晴らしてやる」


バチバチと空間を引き裂き、何かがぬるりと現われる。


そこには、全裸で七三分けのおっさんが立っていた。


「は?」 「え?」


全裸の男女が、仄暗ほのくらいテントの中で見つめ合う。



・・・・


男臭いテントの中で、全裸のままの男女が談笑する。


「ああ、そうか。神敵がなぁ。あいつも丸くなったもんだ。それでお前をここに送り込んで来たと? かつてのアイツだったらよ。必ず自分が飛んできてたのに」と、バルーンが言った。


「ええ、まあ、彼女、千尋藻さんのことを戦友と呼んではにかむんですよ。可愛いですよ?」と、全裸おっさんが言った。


「そうかそうか。いやいや良いこと聞いた。しっかし、が出現してしまったのか。これから楽しくなりそうだぜ。こんな戦争早く終わらせて、世界に出たいぜ」


「それは同感です。私は援軍としてここに移動してきましたので、早く戦争を終わらせるように努力しますよ。全裸とは思いませんでしたけど」


「そっか。お前名前は?」


「ケイティと言います」


バルーンは地面の彼を親指で指さして、「お前、私と一緒にこいつとヤレるか? もちろん、フィニッシュはどこでもいいぜ」と言って、妖艶にケイティを見つめる。


ケイティは、縛られてがたがたと震えるショタを一瞥し、澄ました顔で「いいですよ」と言った。


「気に入った。一緒にこの世を楽しもうぜ」


ケイティとバルーンは握手を交し、ショタを見おろしにやりと笑った。



◇◇◇


相変らず薄暗い本陣のテントに入る。ほんのりと柑橘類っぽい匂いを感じる。聖女は香水を使う時がある。


「千尋藻か。順調か?」


「順調だと思う。援軍要請もしたし、あとは、あいつらが無事にここに辿りついたら、王手だ」


「エアスランも異変に気付いただろう。焦っている可能性がある」


「目の前の敵陣、シャール将軍も軍師もいない様だぜ。どうするか」


「想定どおりだ。目の前のあいつらに、お前の嫌がらせを防ぐ能力はない。意思決定者と切り札が、最前線に来ざるを得ない状況が出来上がっている。風竜がああなったのは想定外だがな」


やはり、エアスラン軍の本気はこれからか。


一方の風竜くんは、ちょっとかわいそうな状態になっている。昨日は、バルーンさんに一日中犯され続けていた。ちょっと覗いてみたけど、なかなか凄惨な現場になっていた。あれがお姉ショタか。おそろしい。語尾に必ずお姉ちゃん可愛いと付けるよう強要されて、言わなかったらおしおき強制セック○。言ったら言ったでラブラブ強制セック○。何度も何度もお姉ちゃん可愛いと言わされて……アレされて、これもされて、飲まされて、相方の雷獣が怒るんじゃないかな。


今日はまだテントから出てこないし、きっとお楽しみ中なのだろう。


聖女と話をしていると、伝令役のノートゥン騎士が天幕に入ってくる。聖女の側近だ。


「聖女様、到着されました」


来たかな?


俺が急いで天幕の外に出ると、懐かしいやつらがそこにいた。


「千尋藻!」


そいつは、ぬらりとした尻尾を揺らしながら走ってくる。


「ギラン。久しぶりだ」


「へ、へへ」


ギランは恥ずかしいのか、走り寄ったあとは、俺の手を両手で握った。抱きつく勢いだったのに。


ギランの後ろには、辺りをキョロキョロするナインがいた。


「ナイン。援軍要請しておいた。あいつも来るぞ」


ナインは一瞬で顔を赤らめる。


「二人とも、綺麗になった」


会わなかったのは僅かだったが、ずいぶん成長した気がする。


その二人の後ろには、少し恥ずかしそうな顔をした青い髪の少年がいた。少し、痩せたかな? いや、精悍になったというべきだろう。こいつ、鍛えていたな。


「ハルキウ・ナイル」


「お久しぶりです」と、ハルキウが言った。ちょっと前はお子様だと思っていたのに、男子三日会わねばってやつだ。父親があんなことになったから心配していたのだが、本当に気丈にしていたようだ。


ハルキウは、腰には質素で丈夫そうな剣を下げ、背中には大きな盾を背負っている。


そして……ハルキウの後ろにいた大柄な女性が、深々と被っていたフードに手を掛けながら、ゆっくりと俺とギランの前まで歩いてくる。


取り払われるフード付きマント。解き放たれるライオンヘア。


マントの中から現われたナイスバディと、見覚えのある懐かしい両腕。


「ビフロンス。来たな」


「戦争は、後少しです」


ビフロンスは俺を見つめ、俺はその視線を受け止めた。

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