第226話 廃村攻略戦と聖女の要塞


土埃を上げ、数百の騎馬が平坦な荒野を駆ける。


五十程の騎馬が本体と別れ、防塁が崩れている南側に回る。敵を包囲するためだ。


本体の総大将、マツリが馬上で剣を掲げ、「カルメン、放て!」と叫ぶ。


マツリと併走する金髪の少女が、「はい」と応え、手綱を握っていた右手を天にかざす。


「ファイア・メテオ!」


左手に魔道具を持つカルメンが、火魔術を放つ。ローパー伯爵家出身の彼女は、母国攻めに加わる決心をしており、ナナフシ軍の食客としてこの攻略戦に参加していた。開幕はカルメン・ローパーの高レベル火魔術で行く様だ。


廃村の上空に数十ばかりの火の球が現われ、ごうごうと垂直に尾を曳きながら敵陣に降り注ぐ。


「敵はザコだ! 速攻で落とす! 騎馬のまま村に突撃せよ!」


マツリ隊は、正面から廃村に突撃していく。


「来るぞ! プロテクション隊前方へ!」


廃村の防塁から槍と弓が勢いよく撃ち出される。それを待ってましたとばかりにプロテクション隊がシールドと魔術で捌いていく。


ピシャン! ゴゴゴゴ……


「防塁の上! スパークだ! 手練れがいる。カシューさん!」


「あいさー」


ララヘイムからの派遣組を率いるのはおっさんの部下の数名だ。騎乗のまま水魔術を使うと、直ぐに水の膜がナナフシ隊の頭上に展開される。対雷魔術用の防護幕だ。


「そのまま前進。白兵戦になれば我らの勝ちだ!」


マツリ隊の後続から、敵防塁上の弓兵に向けて火の球が撃ち込まれ、敵弾幕が弱まる。


その隙にマツリ隊の7割近くが廃村に入り込むことに成功する。


廃村駐留のエアスラン軍は、情報では歩兵約100人。ほぼ情報通りのようであった。


敵天幕のいくつかは最初のメテオで炎上していたが、さすがは職業軍人と言うべきか、奇襲にもかかわらずエアスラン軍は陣形を組んで待ち構えていた。


「止まっているエアスランなんて! 一斉射用意!」


炎魔術士が騎乗する騎馬隊が横列陣形を組み始める。


「放て! 魔力使い切ってかまわん!」


マツリが叫ぶと、無数とも思える火の球が放物線を描き敵陣の頭上から降り注ぐ。


その殆どはプロテクションで防がれていたが、波状攻撃で降り注ぐ火の球が相手に着弾し始めると、炎に巻かれて転がり出すもの、プロテクションが切れた瞬間に逃げ出すもの、遊撃の手を止めて炎が付いた味方の火を消そうとするものが出始め、瞬く間に陣形が崩れていく。


「相手は防戦一方よ! 抜刀隊、行け!」


騎馬隊の一部と戦車部隊は、騎馬を降りて歩兵となり、陣形を組んで剣を構える。


「嬢ちゃんら頼むぜ」


イケオジが叫ぶ。


「ウォーターシールド!」


抜刀隊の左手に対雷魔術用のシールドが現われる。


魔道兵同士の戦いは、飛び道具の打ち合いより、白兵攻撃の方が殺傷力が高く、決戦は歩兵突撃で決着される場合が多い。


「スパルタカスさん、お願いします」


「おう。行くぜ。新しい国家のために、死んでもらう。俺に続け!」


大盾を構えた即席の重装歩兵が走り出し、その後ろに抜刀した白兵戦力が続く。そのまま頭上から炎が降り注ぐ陣地に突入していく。


「逃げ出した!」


敵陣が総崩れし、我先に逃げ出していく。そのうち何人かは、カッターと呼ばれる風魔術で動く小型のボートを操って、マツリ隊が突撃してきた入り口とは別の方へ滑り出していく。


「本体は残りを潰す。逃げる敵はネム隊に任せるよ!」


マツリ隊は、すぐさま防塁上の防御陣地に攻撃を加えて行く。


しばらく経つと、防塁の外から戦闘音が聞こえてくる。そして、大量の炎が地面を走る。


「あれは、マルコさんのランニング・ファイアバード」


走る火の鳥が、逃げるカッターを追いかけて行き、スピードに乗っていない者に容赦無く体当たりしていく。


マツリは、敵の陣地が制圧されいくのを見届け、「勝った」と、呟いた。



◇◇◇


朝の運動を終わらせ、俺は聖女の要塞に戻る。エアスラン軍あいつら、めちゃめちゃ怒っていたな。


せっかく準備していた朝飯、ほとんどヒックリ返してやった。わざとこぼさず残しておいた大鍋には、うん○を入れておいたから、あいつら、きっとお腹を壊すことだろう。


というか、昨晩の夜襲で食料の半分くらいは焼いたから、相当焦っているだろう。


「千尋藻! あっちは勝ったらしいぞ」


非番らしいアリシアが嬉しそうにそう言った。


「アリシア。あっちってマツリの方?」


「そうだ。速報が入った。ほぼ完全勝利だ」


「ルビコン川を渡ったか。これより、スイネルから数千規模の軍が動き出すわけだ」


「そうだ。、な。いよいよ始まる」


「そうだな。気付いた時にはもう遅いってか」


俺とアリシアが駄弁っていると、兵士達がざわりと騒ぐ。どした?


「空だ千尋藻。あれは今朝のモンスター娘か?」と、アリシアが言った。


「空飛ぶモンスター娘か。風竜どうしたんだろ。退けたのかな」


「風竜か。あいつ、ここのところ我が物顔でウルカーンの空を飛んでいやがったからな。ムカついてたんだ。少しすっきりした」


アリシアはそう言って、嬉しそうに俺に一歩近づいた。再会してからというもの、プライベードゾーンが近い気がする。まあ、今は婚約者、みたいなもんだからな。アリシアのやつも幸せ一杯なんだろうが、これがフラグになってはいけない。プラトニック状態のまま、ぐっと我慢しておく。いや、お尻くらいは撫でておこう。


今のアリシアは、ズボンタイプのメイド服だ。一歩寄って、撫でておく。柔らかい。


アリシアは、「もう、そんなに触りたいのなら、私の寝室に来たらいいだろう」と言った。オッケーなんだ。問題なのは、アリシアの寝室は他のメイドらと相部屋だということだ。


「武器庫の隅なら見つからないかも」


「見られたくないのか? それなら、使っていない食料庫の方が良くないか? いや、普通に防塁の外に出ればいいだろう。まあ、私は人に見られてもいいけどな」


「お前なぁ。俺だって恥ずかしいんだぞ」


「お前って、恥ずかしかったのか。覗き放題だったから見せつけているのかと思っていたぞ」


「お前も覗いていたのか?」


アリシアは俺の目を見て、「そうだ。大体どうやったら喜ぶのかも分かってる。同じ事をしてやるぞ」と言った。


「そ、そうか」どんなプレイなんだろう……


アリシアとバカップル会話を楽しんでいると、空飛ぶモンスター娘がほぼ頭上にまでやってきて、今度は降下を開始する。


「あれ、何か持ってないか?」


アリシアは目を細め、「ううん確かに。何か下げてるな」と言った。


そのままじっと待っていると、相手も俺に気付いたのか、こちらを目指して降りてくる。


綺麗な人だ。真っ白の髪の毛、まるで羽毛の様なフワリとした髪の毛だ。足は鋭い爪で腕が翼だから、パーピー娘か?


そのハーピー娘(仮)の左足の大爪には、人がガチリと握られていた。


褐色の人間。気を失っているのか、ピクリとも動かない。全裸だ。男性、というか、体の大きさ的に少年かもしれない。


そのモンスター娘は、俺を見るなり「ほう。お主が噂の千尋藻かな?」と言った。


「そうだ。初めましてだな。ジークにはお世話になった」と、返す。


「やはりそうだったか。私は鳥娘だ。名をバルーンという。こちらこそジークがお世話になっていたようだ。よろしくな」と言って、にこりと笑う。かっこ可愛い系かな?


「ああ、よろしくバルーン。ところで、それ何?」


「あん?」バルーンは、自分の足元を一瞥し、「こいつは風竜だ」と言った。


「え? ちっさくね?」


体の割にブツがデカいから少年ではないと思うのだが、ぱっと見少年に見える。


バルーンさんは地上に降り立ち、「知らないか? こいつは魔王によって、体は少年に、あそこは大人になるように改造されたんだ」と言った。何故そんなことをしたんだ魔王よ。


「本当に、風竜、だと?」


「こいつ、このチン○が一体誰のモノなのか、たっぷりと分からせてやる」


「そ、そうですか」


「天幕の一つを借りるぞ」


「どぞどぞ」


バルーンさんは、再び足の大きな爪でデカマ○ショタを掴み上げる。


「ひょっとして雷獣も?」


「雷獣? アイツは美少女に改造されただろ? おっさんだったんだがな」


バルーンさんはそう言うと、適当な天幕に入っていった。風竜の方は元々何だったのか少しだけ気になったが、どうでもいいと思った。


そういえばこのバルーンさん、俺の指揮下に入るとか言ってなかったっけ? どうしよう。彼女が本気を出せば余裕で勝てそうな気がするけど。そういえば、しずくはかつて魔王軍の快進撃を止めたんだっけ。その時の魔王軍は、ララヘイムを併合し、エアスランを落とす一歩手前だったとかなんとか。


「ケイティを、呼んで貰おうかなぁ。俺、雷苦手だし」


俺は何だか、しずくに会いたくなった。

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