第223話 桜の奮闘と三匹の妖怪


東京の夜。しんと静まり返る枯山水に立てられた的の前には一人の男。


男が手から出した炎は、日本刀の形に纏まり、そして、「セヤ!」との掛け声のもと、ゴザに一太刀が入り、返す刀でもう二太刀目も入る。電光石火の剣技だ。


さらに、切られたゴザには炎が燃え移り、もうもうと煙を上げ出した。


技を披露した男は老人に向けて一礼し、部屋に戻ってくる。


直ぐに若い衆が燃え始めたゴザを片付け、そして新しい的を立てる。今度の的は先ほどのゴザ巻きの倍以上の太さがあり、さらに鉄板が張り付けられていた。


今度は身長2メートルくらいの大男が中庭に歩いてくる。


その大男は、何も手に持っていなかったはずなのに、手からにょきにょきとこれまた巨大な太刀が生えてくる。


彼はその大太刀を上段に構え、丸太のような的の前に立ち、体の大きさに似合わない素早さで、的を一閃する。数秒の時差で、両断された鉄板がゴトリと地面に落ちる。


それを見届けた和服の老人は、「我々も、このくらいのことはできるのですよ」と言った。


桜は感心し、小さくぱちぱちと拍手した。


これは、『魔術や怪異を扱えるのはお前達だけではないぞ』という半ば脅しであったが、無垢な一人と妖怪三匹は、純粋に目の前の剣舞を楽しんだ。自分達を楽しませるためにわざわざ余興をしてくれたんだろうと思ったようだ。


まつは、ぽつりと「」と言った。


「鬼? まつさん、彼って妖怪?」と、桜。


「そうそう。でも知らない子ね。多分若造」と、まつ。


まつは、庭にいる2メートルほどの大男に対して言っているようだった。鬼と言われた彼は、無表情のまま庭に立つ。


「ほう。その通り。彼は妖怪だ。最初の炎使いは、我々で不動明王の祭壇を造り、そこに皆で祈りを捧げて気を集めたのだ」と、老人。


桜はへぇ~と言わんばかりの顔で、大男をじろじろと見る。角は生えていないから、今は人間に擬態しているのだろうと思った。同僚のまつはカッパで、たきは磯姫、さっき知り合ったしんに至っては、ハマグリらしいのだ。彼女らも見た身は人間と変らない。


「……では、魔術回路の刻印とやらを、やっていただきましょうか」と、最初の黒スーツが言った。


「は、はい。分かりました。どなたですか? 二人分の注文だったはずです」


桜はそう言って、持ってきたポーチから五百円玉サイズの水晶板を取り出す。今回は、プロテクションレベル1を二人分の注文だ。


「まずは、安全確認のために……」


黒スーツはそう言って、横の若い男に目配せする。


若い男は、「自分で、試しておくんなせい」と言って、上着を脱いで隣の男に渡し、さらにシャツを脱いでいく。


そこには、和彫りの……


「お嬢さん。今日、魔術を刻印するのは大事なお方なんだ。もしも、があっちゃいけねぇ。まずは彼で試させてくれ」


桜は、「分かりました」と言った。相手が誰であれ、やることは変らない。今日一日、散々やってきたことの繰り返しだ。


上半身裸の男性は、桜の前で正座して、そして右腕を前に突き出す。


「失礼します」


桜は、彼の腕を左手で掴み、そして右手に水晶板を持って魔術を発動させる。水晶板が輝きを放ち、彼の腕に見えない回路を刻んでいく。


数分後、桜は無言で彼から手を離し、「終わりました」と言った。


和彫りの男性は無言で手を引き込め、座ったまま少し後ろに下がると、おもむろに立ち上がる。


そして、別の若い黒スーツ二人が、廊下から角材を持ってやってきた。


桜は、今から何が行われるのか想像したのだろう。


「あの、魔術は回路を刻印しただけじゃ使えるとは限りませんけど……」


「何ぃ? あんたら、紛い物売りつけてんじゃないだろうな」と、若い衆が言った。


今魔術回路を刻印された男は、その若い男を手で制し、上半身裸のままで「やれ」と言った。


若い衆は桜を睨み付けたまま下がる。一方の上半身裸男は、鍛え上げられた体に力を入れたまま、仁王立ちになる。


ブオン! スパン!


男の前後から容赦なく叩き付けられた角材は、一本は彼の目の前で折れ、もう一本は彼の背中に当たってしまう。


上半身裸男は、にやりと笑った。


プロテクションレベル1を初めて使う人物が、角材のフルスイングの一撃に耐えたのはかなり凄いことだ。そのことを知っている桜は、素直に感心しつつ、「次の方はどなたですか」と言った。


「待てやお嬢ちゃん。兄貴の背中、今ので腫れとるやないけ!」


桜は、いきなり大声を出され、びくっとなってしまう。


その時、炎の剣使いがにやりと笑ったのが見えた。


「騒ぐな。だがな。俺達ゃ、こんな棒きれ防げねぇもん貰ったってしょうがねぇんだ」と、上半身裸男。


「プロテクションレベル1で今の攻撃を防げるなら……」


「ああ? 何だって? 俺達の商売舐めちゃいけねぇ。兄貴の大事な背中が傷ついちまった。どうしてくれるんだ」


「そ、それは貴方達が勝手に……」


「俺達が悪い言うんかい。ボロを売りつけたお前の会社が悪いんじゃないんか! それとも何か? 兄貴に才能が無い言うんか!」


桜は涙目になりながら、「それは、そんなことは……」と呟く。


そこで、別の男がにやにやとしながら、「なあ、お嬢ちゃんら。自分にも魔術を貰えねぇか。そうしたら、それが紛い物じゃないって、証明できるかもしれねえぞ?」と言った。


「まつさん、どうしよう」と、桜。


まつは、「契約は二人分だから、いいんじゃない?」と暢気に返す。


桜は、何故かまたもや上半身を脱ぎだした男性を見て、男臭さに目眩がした。



・・・・・


スパン! スパン!


スイングされた角材が二人目の男に二発とも命中する。彼のプロテクションは、まるで紙の如く何の抵抗も見せなかった。魔術とは、才能により優劣があるからして……


「おんどれら! バッタモンやな!」


男が激高し、座る桜達に頭上から怒鳴りつける。


「プロテクションレベル1なら、そんなもんじゃない?」と、まつが答える。


「何だとこの女!」


「まあ、待て待て。彼女らは、ここには商売に来ているだけだ」と、老人の隣に座る40代ほどの黒スーツが言った。


皆の注目が、彼に集まる。


「どうだろか、若いのもう一人試してみるか、もしくはレベルが高いヤツをくれねぇか? そうしねぇと、こいつらの気分が収まらねえ」


「え? 契約は二つだから、もう終了。次は飲み会だし、そろそろ帰らなきゃ」と、河童のまつが言った。


「そうだな。桜、間に合わねぇぞ。約束やぶったらいけねぇ」と、磯姫のたきが立ち上がる。


もう一人のハマグリのしんは、訳が分からずにこにことしたまま、たきと一緒に立ち上がる。


「お前らよ、舐めてねぇか?」


「行くよ桜ちゃん」


「う、うん」


まつに言われ桜も立ち上がるが、その頃には、周囲を厳つい男達が取り囲んでいた。


40代の黒スーツが、「お嬢さん達。私ら、舐められたら商売できんのですわ」と言った。


まつは、まじめな顔をして「そうなんだ」と言いながら、先に進む。だが、そこで2メートルを越す大男が行く手を遮る。先ほど鉄板を一刀両断にした男だ。


まつは顔を膨らませ、「鬼の分際で私達をどうしようっての? わたし、知り合い多いんだから」と言った。


鬼は無言で太刀を手から出そうとするが、まつが「茨木ちゃん呼んでこようか? それとも、頼光よりみつさんがいい?」と言うと、ピクリと動きを止める。


「まあ、私ら、今問題起すと色々と面倒臭そうでさ。しばらく大人しくしておこうって話し合ってたとこなんだよな」と、磯姫のたきが言った。


「よく分からないんだけどぉ、桜ちゃんのお父さん呼んでみようかぁ?」と、ハマグリ妖怪のしんが言った。


「え? お父さん?」と、桜。


「うん。私の目って、貝の旦那と相性いいらしくって、1個交換してるんだぁ。呼んだらここの様子が見えるはず」と、しん。


「というかさ、しずくさんも知ってんでしょ。ここのこと。リアルタイムで」と、たき。


「人畜無害だから放置してると思う。あの人、硫黄島の超巨大がしゃどくろでさえも相手にならなかった。日本でまともに相手出来るの、頼光軍団か貝の旦那くらいじゃないかな」と、まつ。


桜は少しあせり、「お、おしんさん、それやばいよ。お父さんがこのことを知ったら、どうなるか分からないよ」と言った。


「んん~、でも、もう話ちゃった。怒ってた」と、しん。


「まじで? めんどくさいよ。さらっと終わらそうよ」と、桜。


「でも、娘に対して良いとこ見せるチャンスだから、張り切るかも」と、まつ。


「あの旦那、けっこうぼ~っとしてるから、どうだか。しんと同類って感じする」と、たき。


女4人がわいわいと騒ぐ。


「あ、お父さん」


桜が、虚空を見つめて呟いた。


「契約に背いたら、確か、魔術回路のある右腕引きちぎられるんだっけ」と、たきが言った。


「ところでさ、貝の旦那、誰に刻印したのか知っているのかな」と、しんがニコニコとしながら言った。


「知らないんじゃない? 」と、桜。


桜は、インビジブルハンドが使用出来る契約を結んでからというもの、それが見えるようになっていた。今の桜には、おびただしい数の見えない手が浮遊する様が見えていた。


ここに同席している男衆全員の顔が青ざめる。誰も、一歩たりとも動けなかった。


「帰ろ。次は飲み会だから」


「私飲めないよ」


「大丈夫よ。いざとなったら、呑み好きのお友達を呼び出すから。鬼なんだけど~ちょっとイケメンなのよね」


桜と三匹の妖怪は、飲み会に参加するべく、この屋敷を立ち去った。

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