第222話 要塞の戦士達と桜の奮闘
エアスランへの反撃は夜戦ということになった。俺は、要塞の中で夜までまったりと過ごすことになる。
アリシアが任務に戻った後は、戦闘メイド達とお話したり、エリエール子爵やバッタ男爵を表敬訪問したりした。みんな逞しく強くなっていた。
そして、俺の後ろから音も無く忍び寄るやつがいる。
「わんわん(お前、どの面下げてここに来たんだ?)」と、バターが言った。いっちょ前に眉間にしわを寄せていやがる。こいつは、大けがをしてここに運ばれていたらしい。
「何時の話をしてる? 策略だ、俺がクメール将軍のところにいたのは。このバカ犬が。結局アイリーン奴隷にされちゃってるじゃねぇか」
「ばうわう(ぐう、お前が何処にもいないからだ。探したんだぞ)」
「異世界に行っていたからな。まあ、アイリーンは助けたしいいじゃないか。それよりも、お前を倒せるヤツがいるなんてな。前は猫の魔獣二体にやられたんだっけ」
「きゅうう~(相手に雷獣がいた)」
「雷獣といえばエアスランの神獣か。俺も雷は苦手だ。だが、負けはしないだろう。今回は足止めだしな」
それっぽいヤツがいたら優先的に狙おう。でも、雷は嫌だなぁ……
俺とバターが駄弁っていると、のそりと大きな男がやってくる。
その大男は、「君が千尋藻城かい? 噂は聞いているよ」と言った。
「あなたはチータラ将軍。もうお体はいいんです? かなりの怪我でしたが」
そう、このデクノボーみたいな男こそ、ウルカーンの守護神チータラ将軍だ。丈夫そうな金属鎧に身を包み、守備において敵無しとうたわれる防衛戦のプロ。神獣アナグマの力を宿すウルカーン王直属の職業軍人だ。未だにエアスランの侵攻を食い止めよという王命を愚直に守り続けている。
チータラ将軍は少しだけ顔を伏せて、「治った。でも、僕の兵士も百名くらいになってしまった。最初は二万人もいたのに」と言った。
「普通、そんなに兵士が消耗したら全滅と同じ意味なんですがね。残った百人は相当の猛者なんでしょう」と、返す。
チータラ将軍は朗らかに笑い、「あはは。まあ、負けることはないよ」と言った。この人は、一体どういう人なのだろう。自分の軍の兵士数が0.5%になっても、負ける事だけは想像できないらしい。
「ばうばう(あ、お嬢様)」
バターがここに近づく人物に気付く。
そこには、軍服に身を包んだアイリーンがいた。
アイリーンは相変らず目付きが悪い顔で、「あら。バターもここにいたのね」と言った。
「どう? また将軍やる気になった?」
アイリーンは片目を瞑り、「私、心が折れたはずなんだけど、どうもここにいる人達と一緒にいると、性奴隷にされたなんて、どうでもよくなって来るわ」と言った。
「まあ、この戦争が終わるまででいいから。その後は、約束通り日本に連れて行くよ」
アイリーンは少しジト目になって、「あなたね、ちょっと女を口説き過ぎじゃない? 戦争が終わったら、私を自分の国に連れて行くなんて。メイドの子も娶るんでしょ?」と言った。
「俺、長寿だから道連れが欲しくって」
世俗の恋人と、化け者としての恋人は違う。このことは、しずくも理解している。化け者は、いつかきっと孤独になる。孤独に耐えられる精神力が付くまで、少しでも多くの理解者を増やすのだ。もっとも、今の日本には妖怪が沸いているから、しばらく暇はしないと思うんだけど。
「……ま、グリフォンの名がまだ役に立つのであれば、もう少しだけ悪夢を見るわ」
アイリーンはそう言って、兵舎の方に歩いて行く。彼女には、これから重要な働きをして貰う。彼女の言う通り、もう少しだけ悪夢を見て貰うことになるかもしれない。
「あ、アイリーン。今晩はバター借りてくよ」
俺が踵を返したアイリーンにそう言うと、アイリーンは立ち止まって振り返り、「了解」と言った。
さて、今日は夜戦だし、出撃までまったりしますかね。
◇◇◇
夕暮れのオフィス街、とある事務所のデスクで突っ伏しているJKが一人。
「つっかれたぁ~」
後ろから、JKの肩をもみもみする垂れ目の女性が一人。
「お疲れ様。よく頑張ったわ」
「ねえ、まつさん。あれって、相手の手を私が直に握らないと駄目なの?」
「そうみたいね。そういう魔術だから仕方がないじゃない。でも、消毒が面倒臭いわよね」
「そうそう。これ、絶対にお肌が荒れるよ。一人に刻印する度にアルコール消毒なんだもん。まるで私がばい菌みたい。お前らが全員消毒してたら病気なんてうつらないっしょって言いたい」
どうやら、感染症対策で、一人の手を握る度に手指の消毒を行っていたらしい。
「桜ちゃん、お疲れのところ悪いんだけど、そろそろ出発しないと夜の部間に合わないよ」と、オフィスにいる別の女性が言った。
短めのソバージュヘアを、左右非対称にキメた小顔の女性だ。カッパのまつのお友達の妖怪磯姫だ。彼女を連れて来たまつが言う通り、可愛い顔立ちをしている。
「うえぇ。たきさん、でもさ、次の人ってどうしてもここのビルに来るの嫌がってんでしょ? そんな人達後回しにすればいいじゃん」
「人間には色々あるんじゃない? しずくさんがその人達に魔術売るって決めたんだから、しょうが無いよ」と、たきが返す。
「分かってはいるの。ゴメンネ愚痴って。仕事って大変なんだね」
たきはにこりと笑い、「そうそう。でも、そんなに気張らず自然体でいいよ。正し、相手がルールを守っているうちはね」と言った。真顔で拳を握り締めながら。
今日のお客さんは全員警察官と消防署職員だったにもかかわらず、若く、それでいてすれていない女性に手を握られるのが嬉しかったのか、業務と関係無い話をされたり逆に手を握られたりもしたのだ。たきとしても、その程度なら殴り付ける分けにもいかず、桜が不快な思いをしていると分かってはいたのだが、やんわりと注意するに止めていた。意外と常識のある妖怪のようだった。
「こらこら、たきが殴ったら洒落にならないから。しずくさんが言うには、任侠の人達も無視するワケにはいかないって。この社会って、そういう仕組みになっているんだと思う。江戸の街もそうだったじゃん」と、まつ。
「そうだけどさ。なんか心配なんだ。もう一人くらい呼んどく?」と、たき。
「そうねぇ。この間、桜のお父さんと一緒に飲んだ子なんだけど、貝の旦那とめっちゃ気が合うらしくてさ、一緒に仕事してもいいって言ってたし」と、まつ。
「気が合うって……あいつも貝じゃねぇか」
桜は、まだ妖怪増やすのかと、少しあきれた顔をした。
・・・・・
桜、まつ、たき、それから応援に駆けつけたハマグリ妖怪の『しん』で、純和風の門を潜る。ここがお客さんがいるという屋敷らしかった。しんは、目がくりっとしておっとりとしたおっぱい大きめの女性だった。
玄関には、等身大より大きいサイズの観音像が奉られていた。この高そうな仏像、この怪異騒動があったから、というよりかは、元々ここはそういう所なのだろうと、桜はJKながらに想像した。
まつのごめんくださいという呼び出しに応じ、中から出てきた黒いスーツに身を包む色黒のガタイが良い男性が、「株式会社軟体動物研究所なのか?」と言った。
「は、はい」と、桜が返す。
「40代の男性だと聞いていたが?」と、黒スーツ。
桜は勇気を振り絞り、「あの、父が急用で、代わりに私が参りました」と言った。若者らしい怖い物知らずと、後ろに三人もいる同僚達のお陰で、桜は普通に受け答えをした。
黒スーツはぎろりと桜達を一瞥すると、「ついてこい」と言って歩き出す。
三人が付いて行った先は、広い畳の部屋で、そこに黒スーツの男達と、和服の老人がずらりと座っていた。
桜はその雰囲気に顔を引きつらせながらも、仕事の責任感と、普通にしている同僚三人のお陰で卒倒せずに部屋に入る。
最初の黒スーツが座るように促し、他の黒スーツ達の前に座らされる。
異様な雰囲気が漂う中、中央の老人が、「ようこそおいでくださった。あんたらが魔術いうものを使えるようにしてくださるんか」と言った。
桜は勇気を振り絞って、「は、はい。魔術回路と言います」と応じた。
中央の老人が目配せで何かを指示すると、部屋の奥から30代くらいの男が廊下から現われる。高身長で薄いサングラスを掛けている。
老人は、「少し、見て行ってくださらんか」と言った。
そうすると、周囲の男達が縁側のふすまを取り払い、中庭が露わになる。枯山水の綺麗に整備された大きめの庭だ。
サングラス男は、無言で中庭に降りていく。よく見ると、中庭には一本の棒が立てられており、そこにゴザが巻き付けられていた。試し切り用の古風な的と思われた。
中庭に降りていった男は、さっと手のひらをかざすと、そこから炎が吹き出した。
しずく達は、炎の魔術回路を販売したことはない。そのことは桜は知らなかったが、彼が用いているのが魔術であることは、何となく想像がついた。
桜は、固唾を呑んで炎魔術士の次の行動を見つめ続けた。
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