第221話 戦争の終わらせ方


薄明かりの本陣の中、「皆聞こえるかい?」と、聖女が言った。


ワンテンポおいて、各地に飛んでいる聖女の眷属らが、『皆聞こえるかい?』としゃべる。


向こう側の人らは、思い思いに『聞こえる』という意味の言葉を返す。


今の聖女は、どこからどう見ても普通の人間に見える。上手に擬態しているようだ。あの時は地獄絵図だったからな。体が半分タコになった聖女を、ズタボロで瀕死の兵士達がまるでゾンビの如く……


それはそれとして、「ゴンベエか。久しぶりだな。マツリも久しぶりだ」と、俺が言ってみる。千里眼の先には、ゴンベエがいた。どうも俺が行方不明になってからネム達に合流したらしい。同じ部屋にマツリもいる。少し大人びたかな。


ゴンベエは何故か少しだけ顔を赤らめて「久しぶり」とだけ言った。ゴンベエらは、バッタ男爵領『ナナフシ』にいた。ネムやマルコ、そしてヒリュウもナナフシにいる。


意外な所では……


「ん? 本当にあいつの目がこの部屋にいるのか?」と言って、キョロキョロするおっさんがいる。


「スパルタカスも元気そうだな」と、俺が言うと、向こうにいるインビジブルハンドが同じ音を出して声を伝えてくれる。


スパルタカスは「おお」と言いながら感嘆しているし、ゴンベエは「カモメ様より高性能なんだけど」なんて言っている。その隣には、いつか見た女性。魔獣使いのパイパンがいた。クメール将軍の身代わり兼愛人にされていたひとだ。エアスラン軍を抜けてこちらに合流しているらしい。


俺は、「サイフォンも元気か。ビフロンスも」と言った。今回は、別の千里眼をスイネルまで飛ばしているのだ。そこには、少しだけ落ち着いた雰囲気を醸し出しているサイフォンと、俺がいた時より長くなったライオンヘアのビフロンスがいた。


「元気ですよ。お会いできる日を心待ちにしています」と、サイフォンが言った。その隣では、ビフロンスがにこりと笑って立っている。


「千尋藻か。紹介するぜ、魔王軍、小豆洗娘のアズサ将軍だ」と、ジークが言った。


そこには、頭の両サイドに円弧状に突き出た髪の毛を持つ小柄なモンスター娘がいた。小豆洗娘か。一体どんな人なんだろう。


俺が「よろしくアズサ将軍」と言うと、彼女はにやりと笑い「よろしく千尋藻」と可愛らし声で応じた。意外と常識人のような気がした。


頃合いを見計らったのか、聖女が、「そろそろ話を始めるぞ。俺達の要塞の南にいるエアスラン軍は2万だ。もう一万がさらに南の野戦陣地とネオ・カーンにいる。当面は目の前の2万を捌くのが課題だ。あいつら、大胆不敵にも目の前で砦を築いていやがる。こっちが出てこない、いや、出てこられないと知っているんだ」と言った。


「ここにいるのは、聖女の騎士150と、エリエール子爵領兵250、それから負傷兵1000だっけ?」と、俺。


聖女はにやりと笑い、「そうだ。負傷兵の8割はシラサギとジュノンソー関係者だ。ノートゥン軍は本国に返したからな」と言った。


そう、ここに聖女がいるのは本当に彼女の意地なのだ。聖女に心酔している騎士が150も残っているけど、どれも一騎当千の強者らしい。


「ナナフシにいるのは、バッタ男爵領軍とその義勇軍200名です。ですが、軍事物資は3000人の1ヶ月分が備蓄されています」と、マツリが言った。


この国の貴族で男爵という位なら、200という兵数は多い方らしい。


「スイネルには、スイネル領兵が2000人います。この内、進軍可能なのは1000人です。ですが、代わりにララヘイム義勇兵2000人が参加可能です。いつでも出撃できる状態です」とサイフォンが言った。


このララヘイム義勇兵は、迫害されたウルカーン在住のララヘイム人もいるが、実は、その大半がビフロンスとサイフォン、それから元ナイル伯爵夫人のファンデルメーヤさんの説得に応じて邦人保護のために派兵されたララヘイムの正規軍とのことだ。今回、ララヘイムが一番したたかに動いている気がする。エアスランにも兵士を送っているからな。


「魔王軍は、5人をスイネルに残し、25人が出撃可能だ。うちらは自己完結型だから、補給物資などの迷惑は掛けない」と、アズサ将軍が言った。どことなく不気味な雰囲気を纏う人だ。自己完結型って、現地略奪型じゃないだろうな……ただ、兵士数の桁が少ない。どうとでもなるのだろう。


友軍の保有戦力報告を一通り終えた段階で、聖女は「さて、ここで戦争を終わらせるための作戦だ。結論から言うと、」と言った。同感だ。この方針は、昨日のうちに聖女と話し合っていた。奴隷制がノートゥンとのくさびになっているし、ウルカーンを乗っ取った方が早いと思うのだ。


サイフォンが「ウルカーンは、。ナイル伯爵派の貴族と、ララヘイム人義勇兵の矛先は、ウルカーンに向いています」と言った。


「問題は、ウルカーンを占領したあとの事だが、国が瓦解するようなら、もっと大きな不幸が訪れる。それは大丈夫なんだな」と、聖女が言った。


「ビフロンスです。私が何とかします。退。そうなると、エアスランもウルカーンには手出しできなくなるでしょう」と言った。


「よし。良く言った。ウルカーンは奴隷に落としたジュノンソーを食うのに夢中になっている。今がチャンスだ。エアスランの本音は講和待ちでウルカーン全体を占領する意思はない。ローパー伯爵が生きているうちはウルカーン占領には動かないだろう。だが、スイネル軍がウルカーンに進軍するのであれば話は別かもしれん」と、聖女。


エアスランの目的は、自国の国益を最大限に確保しつつ、転生者の軍師が世界の敵を根絶やしにするというものだ。だが、今は異世界は店じまいし、世界は一つになっているのだから、軍師の目的もうやむやだろうに。軍師が世界が一つになったことを知ったら、どう思うだろうか。


聖女は、「だから、課題はエアスラン軍の足止めなんだ。あいつら、うちに戦力がないと思って、暢気に砦を築いていやがる」と言った。


「そこで俺の出番ってこと? エアスランを足止めすればいいのかな?」と、俺が言った。


「そうだ。あいつら、ここにはもう碌な戦力は無いと思っていやがる。むしろ、怪我人ばかりでメシだけ喰らうお荷物だとすら思っているだろう。だから輜重隊も狙わないし、目の前で砦を築き始めた」


「じゃあ、千尋藻がエアスランを攻めたら、」と、マツリが言った。


聖女は、「そうだ。そこは、今エアスラン軍が暫定的に占領しているが、駐在させているのはわずか100名だ。流石に補給が続かないんだろう」と言った。


作戦の内容が見えてきた。俺が手勢を率いてここから南のエアスラン軍に嫌がらせを行い、その隙にマツリ達のナナフシ軍があのジークの襲撃を戦った廃村を電光石火で占領、同じタイミングでナナフシにある軍事物資を活用してサイフォン率いるスイネル軍とララヘイム義勇軍に魔王軍がウルカーンに攻め入るということか。


そして、今回は強力な伏兵もいる。


「あいつら、俺の手元にいる瀕死のグリフォンをお荷物と思っているだろう。目に物を見せてやろうじゃないか」と聖女が言った。そう、ここにいる負傷兵1000は、実は復活している。大けがを負ってもなお、戦う意思が折れていない精鋭中の精鋭、地獄の戦場を生き抜き、エアスランの波状攻撃を防ぎ、激戦を潜り抜けてきた猛者が1000もここにいるのだ。しかも、その大半は自分達を奴隷に落としたウルカーンに怒り狂っている。


「あの、とりあえずそっちに行きたいって、ご挨拶に」と、パイパンが言った。


「おお、来い。。積もる話もあるだろう。ウルカーン軍の本当の強さを見せてやれ」と、聖女が言った。


少し今の会話の意味が解らなかったが、パイパンがここに来る。彼女はテイマーだから、と相性がいいのかもしれない。


「魔王軍も、足が速いヤツをそちらに行かせる。使ってやってくれや。指揮は千尋藻にまかせるよ」と、アズサ将軍が言った。


「援軍は助かるが、今回のエアスランは、神獣が随伴している可能性がある」と、聖女が言った。


「望む所だ」と、アズサ将軍が応じる。もの凄い自信だ。さすがは魔王軍、50年前に世界征服を企てた軍隊。神敵しずくに負けて島に引きこもったが、その軍事力は健在なのだろうか。


「よし、準備ができ次第、連絡を送る。トリガーは千尋藻のエアスラン急襲だ。いいな」と、聖女。


各々が頷いて、通信が終了する。


一大決戦が始まる。



・・・・・


俺が作戦会議室の天幕を出て少し歩くと、そこにアリシアがいた。聖女のゴタゴタで会えず終いだったが、ここにいるのは知っていた。インビジブルハンドでお尻を撫でるだけにしておいたのだ。


アリシアは、ずいぶん迫力が増している気がした。つい先日は粗相をして涙目でパンツ一枚になっていたやつなのに。


「アリシア、元気だったか?」


アリシアは澄ました顔をして「ああ、何とか、生き抜いた」と言った。腰に下げている剣は、かつての細い剣ではなく、愚直で装飾のない丈夫そうな剣だった。


「怪我は、無かったか?」と、問うてみる。


「右目をえぐられ、左腕は切り落とされた。挿し傷擦り傷多数。だが、その都度聖女を食べて生き抜いた」


「そうか。大変だったな。今度から、俺も出撃する」


アリシアは目を潤ませ、「千尋藻、抱き締めていいか」と言った。


俺がいいぞと言うと、アリシアは人目も憚らず、俺を抱き締めた。あいかわらず、筋肉の上に程よい脂肪が乗っている良い体だ。


俺は、アリシアを抱き締め返し、「もう少しで終戦だ」と言った。

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