第220話 アトラス大陸争奪戦と、桜の奮闘
アメリカ、UK、日本の三カ国会談……
「ですから、あそこは元々異世界だったところのようです」と、日本の担当者が言った。
「異世界だと?」と、アメリカの担当者が言った。
「はい。我々の得た情報によりますと、アトラス大陸と呼ばれる所でして、7カ国がひしめく群雄割拠の島とのことです。大半の国は貴族制、もしくは王政を敷いており、文明は意外と高く、清潔で飢えと病気も殆どありませんが、それは個人個人が魔術を使用するためと思われます。また、魔物や悪鬼も存在し、人々は魔術の力でこれに対抗しているようです」
「すると、その異世界が我らの世界にやってきたということか……」と、UKの担当者。
「厳密には、もともとこの世界のもので造られている島ではないかと推察されるとのことで、文明的にはおよそ1万年ほど前から続いているはずですが、それにしては島の地質が若く、謎が多いところのようです。例えるなら、『神の箱庭』だそうで、おそらくは、神々の実験場ではないかとのこと。この度、何らかの理由でこの世界に戻ってきたとも言えるでしょう」
「ううむ。謎の部分は今後明らかにするとしてだ、そことどうやって接触を図るかだが、何か良い案は無いか」と、アメリカの担当者。
「今、かの大陸は戦争中だそうで、武装中の軍隊が全土に展開されており、下手に刺激すると反撃を喰らう恐れがあります。魔道兵と我々の軍隊は相性が悪く、魔道兵の研究が進まないうちは、介入すべきでは無いというのが日本の考えです」
「では、逆に魔道兵の研究が進んだら、それはどうなんだ?」
「今度は、亜神や神獣と呼ばれる存在がいて、それらがあの大陸の国を守っている限りは、下手に介入すると痛手を被る可能性があるとか」
「では、どうすれば良いというのだ。C国、R国、そしてフランスまでもがあの島に興味を示しつつある」
日本の担当者は一呼吸置き、「あの島には、日本人がいます」と言った。
「何? なんだと? 今さっき介入はすべきではないと発言したではないか」
「国家としては介入はしませんが、すでに、日本人があの島に渡ってしまっています」
「説明をしてくれないか」
「分かりました。まずは、アトラス大陸にある国々と怪物達、それから、その日本人の立ち位置を説明いたしましょう」
日本の担当者は、国家の話、神獣の話、そしてかの島に渡った日本人が如何にしてそれに関わったかを語り始めた。もちろん、しずくからのヒアリング結果である。
◇◇◇
C国……
C国は、アトラス大陸西側に発見した海浜より、ゴムボートを用いて上陸。さっそく国旗を立てて、暫定陣地を構築し、周囲の偵察に入っていた。
「ドローンの映像によると、この先に村があります。人が農作業を行っているのが見えます」と、隊のドローン担当官が言った。
「よし、母艦に打電。接触を試みる」
指揮官は隊から5人を選び、人がいる村へ移動させる。
・・・・
C国兵士が村に近づくと、斧を持った村人が警戒しながら木構えの門の前に集まって来た。村人は、よく見ると全員背が小さいが、筋骨隆々で髭を生やしているものも多かった。
「待て、我々は怪しいものじゃない。村の代表者と話し合いたい」
しかし、村人はお互い顔を見合わせるのみで、反応が薄い。
「話合いがしたい、代表者はおられるか」
C国兵士がもう一度言った。
そうすると、村人の1人が、透明な板を持ち出して、C国兵士の方に歩いて来る。C国兵士は怪訝な顔をしたが、相手が1人なのはこちらを刺激しないためだろうと考えて、そのまま村人を待つ。
近くに来た村人は、C国兵士の前で右手を差し出したため、C国兵士は握手かと思い、同じように右手を差し出すが、村人はC国兵士の腕を掴み、そこに透明な板を宛がう。
そうすると、透明な板が少しだけ光を放ち、C国兵士の腕を照射する。兵士はびっくりして腕を引っ込める。
「話を聞こうか」と、村人が言った。
腕を捕まれたC国兵士にだけ、村人の言葉が理解できるようになったようだ。
◇◇◇
R国……
R国は、C国とは異なる北側の海岸に海浜を見つけ、そこからの上陸を試みる。
C国が上陸した西側は緩やかな平野であったが、R国の北側は豊かな森林地帯のようであった。だが、艦艇から飛ばしたドローンによると、ここにも人の営みが確認されており、いきなり人口が多い地帯からではなく、森林地帯を選んだようだ。
「行け! 行け! 行け!」
小型の揚陸艇が海浜に着岸、指揮官が兵士に上陸を指示する。小銃を持った兵士も、トーチカがあるわけではない海岸への上陸とあって、特に緊張した様子はなく、次々に上陸を果たす。
「よし。森の入り口まで移動。陣地を構築する」
荷物を抱えた工兵達が、歩兵の後に続く。
歩兵隊が森の中に達したところで、1人の兵士がバタリと倒れる。
「どうした?」
ひゅん
空気を切り裂く音が聞こえると、次の瞬間R国歩兵の胸に矢が生えていた。
「物陰に隠れて発砲せよ!」
トタタタタ トタタタタ と、一斉に自動小銃が発射される。
スポンという音がしたかと思うと、矢が飛んできた方向からドゴン! という強烈な音と振動が発生する。
携帯型のグレネードランチャーだ。
「前進しろ! 相手は弓矢だ」
・・・・
ひとしきり戦闘を行った後、R国兵士の前には、自国兵士の遺体と、現地人と思しき数名の死体、それから、怪我をしつつも生け捕りにされた数名が拘束されて地面に並ばされていた。
「隊長、こいつら、人間ではありません」と、R国兵士が言った。
拘束された現地人の耳は、みんな長がく尖っていた。
「まさか、本当にこの島にはサタンがいたのか。よし、こいつらは全員本国に送る」
「分かりました。10名全員ですな」
「うん? 11人いると思うが……まあ、好きにしろ。こちらの被害も大きい、応援が来るまで、母艦で待機だ」
下士官はそう言うと、揚陸艇に戻って行く。
それを見届けた兵士らは、捕虜のうち、見目麗しい女性の腕を引っ張り、立たせる。
女性は何か叫ぶが、言語が異なるため、兵士達に意味は通じなかった。仮に何を言っているか分かったところで、結果は一緒の話であっただろうが……
「何か隠し持っているかもしれん。体を検めるぞ」
兵士達はニヤニヤと笑い、女性の顔を殴り付けると、彼女の服を剥いでいく。
「体は人と変らんようだ」
兵士は、泣き叫ぶ女エルフをもう一度殴り付け、体に押し掛かっていった。
◇◇◇
F国
F国は他と違い、無人島を探していた。まずは無人島に上陸して領有を宣言したあと、じっくりと本島の攻略にかかろうという作戦である。
「あの島にしよう」と、この軍艦に乗船する士官が言った。隣にはこの軍艦の艦長がいる。
「分かりました。南に小さな浜があります。ボートで上陸できるでしょう」
艦橋で軍の上層部らが作戦を練っていると、艦内通信のブザーが鳴る。どうやら甲板員の方からのようである。
艦橋のオペレーターが通信器を取り、何事かと問う。
「は? 何を言っている。もう一度確認してから連絡しろ」
「どうした?」と、艦長が誰かに怒鳴りつけるオペレーターに言った。
「いや、風呂場に髪を洗っている女がいると言っています」
「はっはっは。その女性は美人だったかね?」と、艦長。
「ええ。黒髪でおそろしいくらいの美人だったらしいです」と、オペレーター。
「ほう。オリエンタル美女か。あいつらも早く国に返してやりたいが、急にこんな島が出てきたなんてな」と、士官。
「ええ。幻の女が見えるくらい溜っているんでしょう」と、艦長。
そんな駄弁りの最中に、もう一度ブザーが鳴る。
「はい。どうした? まだいる? 女がか? え? 発砲許可? 艦内で発砲なんか許されんだろう」
「どうした」と、艦長が言った。
「風呂場の女が、びしょびしょに濡れたまま甲板員に纏わり付いているそうで、発砲許可を申請してきました」
「馬鹿な」
「甲板!? 艦長、その女が甲板に出たようです」と、オペレーターが言った。
それを聞いた士官と艦長が、艦橋から甲板を見下ろすと、逃げ惑う水兵達と、それを追いかける長い物がいた。
うねうねと長い何か。その先端には、しっとりとした黒いふさふさが付いていた。人の頭と言われたら、そうなのかもしれない。
「うわあああ! 何だ、何だあれは」
「分かりません、分かりませんが、私、日本文化が好きな友人から似たような話を聞いた事があります」と、オペレーター。
「そ、それは何だ?」
「たしか、濡れ女というものに酷似しています」
「濡れ女だと?」
艦長そう言うか言わないかのタイミングで、長いものの先端が、にゅっと艦橋に沿って昇ってくる。
艦橋の窓ガラスの真ん前に、女の顔が浮かぶ。甲板にいたはずの濡れ女は、窓の外から艦長らを除き込んでいた。確かに黒い髪を持ち、ちろちろと口から赤い舌を出している。
「くっ、これが、濡れ女だいうのか」
宙に浮く女の長い髪は、水がしたたるほど濡れていた。女の首から下は、全て鱗が生えた長細い何かで、まるで巨大な蛇のようであった。
「艦長、発砲を許可しますか」
濡れ女をじっと見続ける艦長は、「待て、彼女、俺達に何か話し掛けている」と言った。
艦橋の外の濡れ女は、確かに口元を動かしている。
「応じようじゃないか。君、ハッチを開けてくれ。レディを待たせる分けにはいかん」と、艦長が言った。
◇◇◇
日本……
「そうだ。そうやると、相手に
魔術回路を人に刻印することができる水晶板の使い方を教えているようだ。
「ねえ、本当に私がこの仕事するの?」と、桜。
「職業体験だ。そもそも、この国のルールでは、家業を子供が手伝うのは別に違反ではないらしいぞ?」
「家業って、なんで私がお父さんの愛人の仕事を……」
「ん? 愛人ではない。恋人、若しくは恋仲だ。給料ははずむ。お前の父親が開けた穴を埋めるのは、お前しかいない」と、しずく。
言い負かされた桜は、絶句しつつ、根が真面目なのかしぶしぶ仕事を手伝うことにしたようだ。
「桜ちゃん、私も手伝うから。お昼から仲間も応援に呼んでるし。磯姫の子なんだけど、すっごく可愛いの。あなたのお父さんとも仲がいいのよ」と、まつが言った。今日はオフィスレデイの格好をしている。水辺の仲間達を呼んでいるようだ。
「はあ~分かった。まつさん、今日のお客さんは、これから東京都の消防署職員20名が身体能力強化のご予約と、千葉県警がプロテクションレベル1と2セットを30名ってことでいい?」
魔術回路販売は、水晶板を売るのではなく、魔術を要望する人に来店してもらって、刻印することようにしていた。これは転売や水晶板の分析をされるのを防ぐためだ。そのため、1人当たりの時間は5分から10分ほどかかり、一時間で10人・回もこなせない効率の悪さとなっていた。
「そうなっているかな」と、まつ。
「綾子さんは出張だし、私がやるしかないか。お父さんのためだもんね」
「そうそう、その調子よ桜ちゃん。さらに、夜の部は港湾労役協務会に訪問販売する予定だし、その後は日本タピオカ協会の幹部らと懇親会よ」と、まつ。
「うへぇ。夜の部は嫌だ。嫌な予感がするぅ。まつさん代わってよ」
「駄目よ。秘密保持のために、水晶板の起動の仕方はあなたとあなたのお父さんの他には、しずくさんしか知らないんだから。もちろん、私達もついて行くし、お酒は私と磯姫の子が飲んであげるし、狼藉働くヤツがいたら、知り合い呼んでやっつけてやるんだから」
「まあ、頼んだぞ。私は少し霞ヶ関に行ってくる」
そう言って、しずくは千尋藻城が働く予定だった会社の建物から出て行った。
後に残された千尋藻桜は、少しだけため息を付きそうにな顔になったが、気を取り直してデスク回りを自分好みに整理し始めた。
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